美波の想い
「おじいちゃんがもの凄く機嫌が悪いから、一度帰るわ。人手が足りないって」
朝8時、部屋を訪ねて来たゆんが玄関口でため息をつく。
「寂しくなっちゃうねえ、航ちゃん」
「どうする? マシロの転移で送るか?」
「動じないねえ……航ちゃん。いいよ、せっかく来たから買い物して車で帰るよ」
「分かった。ちょっと待ってて」
便所サンダルをつっかけ、玄関前のアスファルトの上に軽自動車を出した。
「本当に便利だよね、その収納! あたしも欲しかったなあ」
Lv22 小山内唯(オサナイユイ) 23才
種族:人間
職業:鍛冶師(高)
所属:星
ランク/ランキング:D/2/13
生命力:470/470
魔力:160/160
体力:120
筋力:122
防御力:110
素早さ:90
幸運:62
魔法:水魔法2 土魔法3
スキル:駿足2 一振入魂3 鑑定3
火系防御3 眼調整3 身体操作3
新潟で水魔法オーブを取り込めた時は、二人で跳ねて喜んだものだ。火魔法に適性が無かったのをゆんは残念がっていたが、大体魔法は一つか二つ、多くて三つくらいまでしか適性がないらしい。ただダンジョンミミズがドロップした土魔法オーブを試してみたら、適性があり取得する事が出来た。
この土魔法のお陰で、今回の18階での魔鉄採掘がスムーズにいき、魔鉄喰いの白い糞と共に軽自動車の後部座席に山となっていた。これだけあれば、結構な数の魔鉄入り武器が作れるはずだ。ただ気になる点は……。
どうして鍛冶師見習い(高)から、もう鍛冶師(高)になってるんだ!? 早いだろお、いくらなんでも……俺のこの置いて行かれた感、察してくれる?
「じゃあねー、おじいちゃんたちといっぱい武器作って置くから」
車に乗り込み、運転席の窓から顔を覗かせニカッと笑うと、手振り走り去って行った。
「あれ、こう兄。こんなところで何して……ええええ!?」
ゆんの車を見送り、部屋に戻ろうと自分のマンションに便所サンダルを向けた時、後ろから美波の叫び声が響いた。
「よそ様の家に、マンションになってる……でもあれはこう兄の部屋で……え? 管理人さんになったの?」
なってません。サラリーマン(低)のままです。
「びっくりしたよ! 久しぶりに……って言っても2週間ぶりだけど、来てみたらこのアパートがマンションになってるんだもん」
俺の部屋で麦茶を一気飲みすると、興奮したように美波が話し出した。今日から夏休みで、泊まり込みでダンジョンに潜ると約束していた。
「ああ、俺も驚いてるよ。千駄木家の力にね」
フッとニヒルな笑いが出てしまう。
「……こう兄。こう兄と私はたった二人だけの兄妹。隠し事はなしだよ?」
美波が大きな目で俺を見つめてくる。
「ああ、そうだな。ここは俺のマンションだ。宝くじで1億円当たって、それでこのアパートを買い取りリフォームした。前に話した会社の先輩が取り仕切ってくれてね」
「ああ、変人ってこう兄が言っていた人ね。リフォームってここまでするんだねぇ。こう兄の部屋は変わらないけど……じゃあ、その首に入れた星っぽいタトゥーも、その人の影響?」
美波がなんとも言えない顔で、俺の首に入った六芒星の印を指さした。
「いや、これは自分の意思だよ」
俺はこのタトゥーがレベルタグである事、これにより自分のランク、ランキングが分かり、そしてもし死んだら、同じタグをつけてる全員に分かる事も教えた。
「死ぬ他に、印を失ったら分かるlose、誰かを殺してしまったら分かるkillもある」
「……」
黙っている美波のコップに、また麦茶を入れながら説明を続ける。
「組む人たちで同時に相手の印を触れば、パーティーを組む事も出来るんだ。お遊戯会みたいに輪になって手首を掴むから、ちょっと恥ずかしいのが難点だな。俺は隣の人に首を触られるから、それはそれで恥ずかしいし。解散は同じように印を触れば良いだけ」
「……こう兄」
「うん?」
「私もそのレベルタグを入れるよ」
「ピ、それは良い考えですピ」
マシロと昆虫図鑑を見ていたPちゃんが俺の肩に乗って来た。
「美波がレベルタグをつければ、生存確認が簡単に出来ますピ」
「ね、ピヨちゃんもこう言ってるしー」
「駄目だ」
「どうして?」
「ピ?」
「キュ?」
美波が驚いたように俺に聞いてきた。なぜかPちゃんとマシロも首を傾ける。そんなの決まっている。
「美波は16才の女子高生だ。手首にレベルタグなんて入れてみろ、学校停学、下手すりゃ退学だ。俺はそんなこと望んでいないし、もちろん母さんだって同じように反対するよ」
俺が首を振ると美波がぷっと膨れた。
「こう兄にはもう頼まない。こう兄の先輩に頼むからいいもん」
「先輩だって反対する」
「変人なんでしょ?」
「変人でもだ」
「ピ、レベルタグを目立たない所につければ良いですピ」
Pちゃんが片羽根を上げた。余計な事を……。
「今後探索者登録をする者には手首につけると決まったようですが、他の場所にもつけられますピ」
「ホントに!? 例えばどこ? ピヨちゃん」
「航平のような首、足首、膝の裏、脇の下、足の付け根ー」
「全部却下」
「なんで? 足首なら靴下で隠れるよ?」
「学校のプールはどうする? という事で脇も、足の付け根も駄目です」
全く、もし脇の下や足の付け根につけて、パーティーを組む時触られたらどうするんだ? お兄さんは許しませんよ!
「そもそもなんで美波は、レベルタグなんてつけたいんだ? ランキングが知りたいなら、今の時点で文句なしに俺の次に強いぞ?」
Lv29 田所美波(タドコロミナミ)16才
種族:人間
職業:女子高生(高)魔法使い(中)
生命力:630/630
魔力:320/320
体力:170
筋力:135
防御力:140
素早さ:175
幸運:71
魔法:風魔法2 火魔法2 光魔法4
スキル:呼吸法2 恐怖耐性2 空間把握2
魔力回復3 気配探知3 身体操作4 駿足4
眼調整4
「ランキングなんて関係ないよ……」
プイッと美波が横を向く。
あれ? この感じ。美波は泣きそうになるとこんな動作をする事があった。
「なんだ? そんなにタグをつけたいのか」
「……だって、こう兄がもし、ダンジョンから戻って来なかった時、心配しなくてすむもん」
「ん? ああ、1週間スマホの充電しなかったしなぁ。新潟から帰ってからもそのままだった」
「レベルタグつけたら、こう兄が元気かどうか、分かるでしょ?」
ああ、そういうことか。
「ピ! 美波! タグをつけるなら胸の下のお腹が良いですピ」
「……ホントだね! そこならスクール水着でも見えないし、分からないよ! ピヨちゃん冴えてるっ」
Pちゃんが両羽根を腰に当てふん反り返る。
「おいおい、勝手に決めるなよ……」
「こう兄こそ勝手に決めないで。私はいざという時、こう兄を助けるって、キラキラ魔法を使えるようになった時から決めてるの」
「ピ、航平、美波もつけた方が安心ですピ」
「分かったよ……ちょっと先輩に相談させてくれ」
先輩に電話をかけると、コール2回ですぐ出た。事情を説明し電話を切ると、期待に満ちた目を向ける美波に、ため息混じりに先輩からの言葉を告げた。
「……今から来いって」
「やった! どれくらいかかるの? 電車で遠い?」
美波が嬉しそうに立ち上がった。
「いや、5秒くらいかな。マシロ、千駄木家に頼むよ」
「キュイ!」
もう片方の肩に乗って来たマシロが、元気に返事をする。
「え? どういうこと?」
「二人きりの兄妹。隠し事はなしってね」
美波の頭をクシャッとなで、俺たちは千駄木家に転移した。
読んでくれてありがとうm(_ _)m ダンジョン出現まで後10日。




