第一章 第七節 選ばれし者、選ばれなかった者
この世でたった一人、選ばれし者だけが
手にする事ができる「反魂の書」
それは、命の理を破り
ディストピアの門をひらく、鍵だった。
俺の名はアレキ
地獄の門、あけてみせるーーー
「アレキ、俺は知りたい。深淵の書が、誰を選ぶのか」
ダリウスは濁りのない、まっすぐな瞳でそう告げた。
そして、カノンが眠ったまま抱きしめていた深淵の書を、ゆっくりと引き剥がした。
ポタッ……
ピチャ……
洞窟の上から水が滴り落ちていて、雫の残響だけが妙に気になった。ダリウスが漆黒の髪をかきあげて、運命の一冊を俺の眼前に突きつける。
「これが深淵の書だ。アレキ、試してみてくれないかな」
「ちょっ……?」
「書を開くことができた者は、反魂使いになれるんだろ?」
「ダリウス……。俺が……先でいいのか?」
「いいよ。俺は、運命を信じてる」
「俺だって信じてるよ!」
ダリウスが薄く笑う。俺はカッとして、まっすぐに本を受けとった。重厚な表紙、ザラついた表面に心臓がドキリとはぜる。
「俺がきっと、選ばれてみせるから……!」
小さい頃、いちど開いたことがある。この書に選ばれたことがあるんだ……! だからきっと無理じゃない、俺は信じたい。
ーーーーー自分自身をーーーー
心臓の音がドクドクと高鳴る、おおおおおお緊張する、マジで……!! 小刻みに震える指で、俺は分厚い表紙に触れた……。目を閉じて、深く息を吸う。
ずっと、この日を夢みてた
きっと、この刹那のために生きてきた
いつか、あの日の父さんみたいに
俺が、血族を継承するって
深淵の書を開いて、俺は反魂使いになる……!
こころ静かに。
そうだ集中するんだ、選ばれし者だけが、この本を開くことができるはず。俺はグッと指を本の中に滑らせ……!!
え……?
開かない
本が固い
え、ちょっ……なんだこれ!?
嘘だろ……!?
そもそも表紙がめくれない。閉じたままなんだ、まるで木で創られた箱みたいに四角い形から姿を変えない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、開けええええええええええええええええええええええええ!!」
開かない。ガンとしてページがめくれない。なんだよ、なんなんだよ、これーーーーーー
「貸してくれないか、アレキ」
「ダ、ダリウス」
「選ばれし者はお前じゃない、ってことだろ?」
そんな……衝撃で膝がカクン……と落ちる。俺の両腕からスルリと深淵の書がもぎとられた。ハッとして見上げると、そこにダリウスの端正な顔立ちがあった。
神話にでてくる誰かみたいにミステリアスな瞳。サラサラの漆黒の髪が風を孕んで揺れると、左の指先がその表紙の裏に滑る。
……滑る?
「開いた……」
「え……?」
「俺は選ばれたんだ……、深淵の書に……!」
閃光
本から眼を穿つほどの眩しい光が、放たれた。なんだこれーーーーーーー!? ダリウスが片手で持ってる深淵の書。それがパラパラとめくられる。光は洞窟のすべてを照らして、昼間みたいに輝いた。ちょ……、なんでだよ……!?
なんで……ダリウスなんだよ。
どうして、選ばれなかった……
どうして、俺じゃなかったーーーーーーーーーー
この日のために生きてきたんだ。
そう思ってた。今、運命の一冊はダリウスの手の中にある。あんなにも憧れた深淵の書。……なんで俺じゃダメだった……?
もうなんか、よくわかんねえ。
グチャグチャの苦い気持ちが胸いっぱいに広がる。冷えた地面に腰をつけたまま、ただ呆然と「選ばれし者、ダリウス」を見るしかなかった。
「深淵の書は、俺が継ぐ。アレキ、いいよな?」
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
「なんの叫びだよ」
ダリウスが深淵の書をパタンと閉じる。そして咆哮が聞こえた方角に、目を走らせた。
「わ、わかんねえ」
胸の衝撃で、声がかすれる。俺はゆっくりと砂を払い、立ち上がった。そして眼前にある祠をまっすぐに睨む。ゴツゴツした岩にはさまれた祠。
なんていうか、この奥は闇のトンネルみたいだ。何か蠢いているようにも感じて……肌がざわめき、ゾクリとする。
「ダリウス、声は祠の奥から聞こえたよな?」
「ああ。なんか祠さ、揺れてないか?」
「やっぱりか。なんか気配を感じ……」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
なんか……やばいだろ、これ……!
ドゴオオオオオオオオオオオッッッ!! という破壊音と共に、祠の闇の奥から何か……巨大な獣みたいなの出てきたけどっ……!!
「アレキ……なんだよ、あれ……!」
いつのまにか、ルダがブルブルと震える腕で俺の肩を掴んでいた。横をみると、ルダの顔は蒼白だ。ヤバイ、よな。祠から3メートルくらいの黒いシルエットが襲いかかってくるとか、もう童話の世界だろこれ。
本能的な……何か得体の知れないナニカの影。もうもうと巻きあがる粉塵の中で、それは……ゆっくり……ゆっくりと立ち上がる。
「おおおおおおおお……」
「じ、じっちゃんに聞いたこと、あったよな……?」
「ああ、フォルネウスだ」
ダリウスが深淵の書を左手で抱きしめたまま、右手は獣のシルエットを、まっすぐに指差して呟く。
「洞窟には、フォルネウスという深淵の書を守りし魔獣がいる。そう、確かに聞いたな」
俺は生命の危機を感じて、バスタードソードを握りしめる……! そうだ、確かにじっちゃんは言っていた。深淵の書には、書を守りし魔獣がいるってーー
「そいつに言葉は通じない。ただ、深淵の書を守るために襲ってくるだろう。フォルネウスに、殺されるなよ……! じっちゃんが言ってた魔獣ってまさにコイツだろ、アレキ」
「ああ、思い出した! でも、あんな魔獣どうやって戦うんだよ」
「殴ったり、蹴ったり」
「いい度胸だよなー、ダリウスさんてばよ!」
粉塵の煙がゆるやかに晴れてきて、視界がクリアになっていく。
祠の前、立ちはだかるように現れたのは、噂の3メートルはあろうかという魔獣。デカっっっっっ……!!
漆黒の体毛で覆われ、4本の巨大なツノ、ダークレッドの瞳が4つ、にたりと大きく開いた口からは、禍々しい牙が上下から生えていた。
「あのさ……こんな魔獣、どうやって勝てと?」
「選ばれし者ダリウスさん、よろしくお願いしまあああああああああす!」
「よろしくできん」
「そこをなんとか!!」
「できるかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「るおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
猛々しい轟音。
漆黒の魔獣が、跳躍する……!
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