第一章 第六節 選ばれし者と忘却のカノン
この世でたった一人、選ばれし者だけが
手にする事ができる「反魂の書」
それは、命の理を破り
ディストピアの門をひらく、鍵だった。
俺の名はアレキ
地獄の門、あけてみせるーーー
俺は今、「忘れ去られた遺跡」の入り口に立つ
目的はただひとつ
反魂使いになるため
深淵の書に選ばれるためにーーーー
「ね、アレキ! アレキ! なんかワクワクするよね〜遺跡にワナとかありそうじゃない?」
カノン、無邪気だな〜。
漆黒を孕む闇のなかで、彼女の艶めいた銀髪と、雪のように白いワンピースは、光を浴びたみたいに煌々と輝いてみえた。俺はドキドキを隠すように、からかってみせる。
「本当に、ワナとかあるかもしんないぞー」
「もし引っかかったら。その時は、幻想の国の王子様みたいに助けにきてね」
「ガラじゃねーんだけど」
「アレキに、期待してる!」
……期待してなくても、助けにいくけどな。
ルダと二人、きゃっきゃうふふと、はしゃぎながら、その辺の岩をペチペチ叩いたりしている。かわいい。
なんかホッとするな……。命懸けの戦いになるかもしれないから、覚悟してたんだ。
緊張でギュッと握りしめていた手には、じんわりと汗がにじんでたけど、今は二人のおかげで和んだのか、汗もひいたみたいだ。薄暗い洞窟も、ゴツゴツした岩が転がる道も、三人でワイワイ話しながら行けば学校の帰り道みたいで。なんていうか、明るい兆しを感じて俺はうれしくなった。
「ねえ、アレキ。地図だとさ、この岩が分岐点みたいだよ〜」
ルダが地図を広げて、巨大な岩を指さした。
岩、デカっ!
2mはあるぞ、これ。
地図を覗きこむと、確かに岩っぽいモノが描き込まれている。そこに何故か赤い線でペケの記述があった。ん? なんか気になるぞ、このマーク……。
「おっきいね、この岩。なーんか仕掛けがあったりして〜」
カノンがペーーンと岩を軽やかに叩いた。
ドッッッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
「きゃあああああああああああああああああああ」
「カノン!!」
岩が急激にガガーーッッ!
と音をたてて横移動すると、岩があった場所に穴があいていた。岩に手を添えていた彼女は、勢いよく洞穴に滑り落ちていく!
嘘だろ……。
「させるかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
刹那、俺の手はカノンの手を握る。
「カノン……!」
離すものか……!!
離すものか、離すもんかよおおおおおおおおおおお!!
落下していくカノンをかばうように、彼女をギュッと抱き寄せる。
そのまま砂とともに落ちていくんだけど、ヤバくないか、これ……? フワッとした浮遊感に身を任せながら、俺は意識を失ったーーー
目が覚めた、砂だ……。
いちめんの砂
白いサラサラの砂が、横たわる俺の体を守ってくれたらしい。
上空をみると、洞窟の天井の欠けた部分から、パラパラと砂がこぼれ落ちている。なんか、幻想的だな……。
まだ昼間なのに、そこだけ光が射しこんでいた。なんか周りは薄暗く、ブルーの色彩に満ちていた。天井を穿つ穴から、一筋の光がキラキラと明滅して、ほんわり優しく世界を照らしていたんだ。
「あ…………?」
「カノン、大丈夫かよ、ケガとかしてないか!?」
「わた……し……」
「カノン?」
「いかな……きゃ……」
カノンは俺の1メートルくらい離れた場所で、砂に半身をうずめていた。その瞳は、どこか虚ろだ。一体どうしたんだよ?
ボーっと、何もない空間を見つめる猫みたいだ
俺が呼びかけても、瞳に俺が映ってないって気がした。
「血が……呼ぶ」
そうちいさく呟くと、彼女はスルリと砂から抜け出した。その白銀の髪についた砂の欠片が、ハラハラと落ちる。
そのまま真っ直ぐに、砂の向こうにある洞穴へとつづく道を目指し、カノンはフラフラと一人歩んでいった。ちょ、どういうことだ?
「どこ行くんだよ!」
カノンは答えない
なんか、知らない人みたいだ……。
俺は砂を蹴り、走る!
なんかわからないけど、虚無の表情をした彼女を放っておけない! 地面がサラッサラで足を踏ん張れないけど、なんとか彼女にダッシュで追いつき、その細い肩に手が届いた……!!
「カノン! おい、ちゃんと俺を見ろよ!!」
「あ……」
ゆっくりと首をかしげた彼女は、眼前にいるのに目線があわない。やっぱりおかしい、まるで心を失くしたみたいだ。
洞窟の中はダークブルーの闇に覆われていて、彼女の白磁の肌がほのかに青みがかる。整った顔立ちなのに表情がないから、なんだか人形めいてて軽くゾッとした。こんなカノン、カノンじゃねーよ!
一体、どうしたらーーー
「書……」
俺が引き止めた腕をふりはらうと、彼女はまた朧な足どりで洞窟の奥へと進んでいく。なんでだよ!
俺は反魂使いになるためにここに来たのに、なんでこんな事になってんだよーーーーーーーー!!
洞窟の奥の行き止まり
大きなテーブルめいた岩が、中央に座していて
巨大な岩石は、古代の祭壇めいて見えた。
彼女の足はピタリ、そこで止まる。
漆黒に彩られた洞窟の中、彼女が立っている周囲だけが、蒼い月の光に塗れていた。
洞穴の天井に、穴?
そこからキラキラと神秘的な光が淡く、ほのかに彼女の輪郭を浮かびあがらせていた。
「どうしたんだよ、カノン」
振り返った彼女は、一冊の本を胸に抱いていた。
「え……その本まさか……!」
それは少年の頃の記憶
懐かしい本。俺も触れた事があるダークローズな色彩の表紙。そこに描かれた魔法陣には見覚えがあった。
その本を、俺は知ってるーーー
「深淵の書だよな? カノン」
「あ……」
ちいさく声を漏らすと、深淵の書を抱きしめたまま、彼女はユラリと地面に倒れていく。え、ちょ……! どうなってんだよ、もう全然わかんねーよ!
なんで深淵の書?
彼女が迷いもなくここに辿りつき、この禁書を抱きしめてたのは何故だろう。謎がいっぱいすぎて、もうワケわからんし。えっと、とにかく! このままにしておけない。カノンを優しく起こし……
「深淵の書を開くことができた者は、反魂使いになれる。俺たちは、その言葉を聞いて育ったよな、アレキ」
背後から、ダリウスの声。
コツコツコツコツ
コツコツコツコツ
洞窟に靴音が響く。ダリウスの後ろには、うれしそうに手をブンブン振るルダもいて、その無邪気さに俺は少しホッとした。
「ダリウス! てかルダも、よかった……! どうやってここまで来たんだよ」
「こっちが聞きたいよーーー、アレキとカノンが岩ごとゴゴー!! っと、落下しちゃったから探してたんだよ〜」
ルダがうっすら涙を浮かべて俺の背中をバンバン叩く。痛い、地味にいったい。
でもなんか、心の芯から心配してくれたのはちょっと伝わってきたから、うれしかった。
「カノンは、どうして倒れてるんだ?」
地面に倒れている彼女は、まるで眠り姫みたいにみえる
ダリウスが心配そうに眉をゆがめると、彼女の頬にそっと触れた。
……お?
なんだこれ、嫉妬か
嫉妬ってヤツなのか?
胸の奥がジクジクと疼く。……彼女に、触れてほしくないって思った。
「か、カノンは……なんか突然倒れちゃってさ」
「そうか、失神してるなら、動かさないほうがいいかもな」
「ああ」
「じゃあ、今のうちに試してみようぜ」
「え?」
ダリウスは静かに笑みを刻むと、カノンが抱きかかえていた本を、ゆっくり指さした。その瞳にはピリリとした緊張感がたぎってみえる。
「俺は知りたい。深淵の書が、誰を選ぶのか」
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