第一章 第五節 この世には『ある筈のない奇跡』
この世でたった一人、選ばれし者だけが
手にする事ができる「反魂の書」
それは、命の理を破り
ディストピアの門をひらく、鍵だった。
俺の名はアレキ
地獄の門、あけてみせるーーー
はじめて詠唱した日
はじめて反魂の術を使った
はじめてシドサーガの命を呼び戻し
はじめてカノンの名前を知った。
そうして俺は今、父さんにバキャ! と、頬を殴られて
土に描かれた魔法陣の上に、ドサリ! 倒れこむ。
「アレキ、反魂は禁断の術。私はそう、教えたはずだ」
「ごめんなさい。あの……! 友だちの大切なワイバーンが、死んじゃって……。俺さ、どうしても助けたくて、なんか夢中でっ……」
「禁断の術を、簡単に使うな!」
いつもは優しい父さんの、激しい怒号。
こんな厳しい顔初めてみた……。握られた拳が、わななくように震えてる。12歳の俺から見た父さんは、とてつもなく巨大に見えた。
「魔法陣か……、一人で描いたにしてはよく出来ている。深淵の書に選ばれるとは……迂闊だった……」
「父さん!」
「アレキ。子どもが命を弄ぶな。こんなことは二度と……!」
刹那、カノンが割って入った。
「アレキは、悪くない!」
「カノン……!」
「アレキは、私のシドサーガを生き返らせてくれたの! 怒らないで! 私が、私が頼んだから……」
「カノン、やめろよ」
「やめない! だってアレキは間違ってない! シドサーガは、他の誰も代わりになんかなれない。私の大事な家族なんだよ!」
父さんはゆっくりと、地面に片膝を立てて座る
カノンに目線を合わせると、肩に掌をポン……と置いた。
「君の想いは伝わったよ」
「本当に?」
「ああ、秘密にしてくれないか。アレキが使った術は、この世には『ある筈のない奇跡』なんだ」
「……わかった」
「君の想いに免じて、今回だけはアレキを許すよ」
父さんの射るような瞳が、柔らかい眼差しに変わる。
カノンがコクンと頷いた。よかった……俺今、本気こわかったから。
カノンが怒られなくて、よかった。父さんがカノンを安心させるかのように、すこしの笑みを刻む。そして、まっすぐ俺に向き直った。
「深淵の書は、私が預かる。継承するまで、触れることは許さない」
「父さん、ごめん……」
「わかったら、鍛えろ。心も体も」
「はい」
「反魂の術。副作用があるかもしれんな……。書には触れるな、お前がいつか、この本に選ばれるまでーー」
ぽんぽん、と。大きな掌が俺の頭をなぜた。その温度を、いつもまでも覚えてる。
12歳の頃の記憶。
やけに鮮明に浮かび上がる。
あの時、父さんは生きてたんだ。生きて、俺を叱ってくれた。俺が15歳の頃に消えてしまったんだ。今は、どこで何をしてるかもわからない。死んじゃったかもしれない。そんなろくでもない想像をしたこともある。
深淵の書は、父さんの手がかりでもあるからさ
だから、どうしても手に入れたかった。
遺跡にあるっていう、禁断の書物。そこにいけば、少し……あの頃の父さんの欠片に、触れられる気がしたんだ。
もしも俺が反魂使いになったら……父さんは、喜んでくれるかな?
俺が深淵の書に選ばれたら、その時はーー
そうだ、確か父さんはあの時「副作用があるかもしれんな」って言ってた。なんだろうな、副作用って?
「アレキ? どうしたの、ボーッとして」
「あ、ごめん。なんか急に初めて会った日のこと、思い出した」
「そっか。私もね、忘れたことないよ。ね、シドサーガ?」
「キュウウウウウ〜」
咲き誇るライラックの枝に止まっていたシドサーガが、背中の翼をバサバサ広げて、カノンの肩に止まった。はらはら舞う、すみれ色の花びらの中で、佇む彼女とシドサーガ。まるで童話の住人みたいだ。
「ね、私も一緒にいきたい!」
「は?」
「反魂の術をね、継承する『奇跡の瞬間』ていうの? 私も立ち会いたいな〜って」
「なに無邪気なこと、いってんだよっ」
「え、ダメかな」
童話の住人が、思いもかけない言葉を吐いた。え、ダメだと思うけど。あれ? でもじっちゃんは『誰も連れていくな』とは言わなかったな……。えっと、いいのかこの流れ。
「俺も一緒にいきたすぎーーーーーーーい!!」
「おうふぉっっっ! なんだよ、ルダ!?」
ルダが俺の背中に、全力ダイブしてきた! 子どもかよ!
ニコニコ無邪気に微笑むルダは、俺の幼なじみでお隣さんだ。カノンとは血の繋がらない弟になる。
カノンは、母親が再婚したから隣に引っ越してきたけど、ルダは赤ん坊の頃からずーっと一緒だ。
今日も、紫のゆるふわ天然パーマに、くしゃくしゃの笑顔で俺の背中をバンバン叩く。地味に痛い。んでも俺は昔から、カノンとルダの笑顔に救われてきた気がするんだ。
「俺も一緒にいく!」
「私も一緒にいくーーーーーー!」
「なんなんだよ、この流れーーーーーーーーーーー!!」
ーーーーーーそんなわけで俺は今、遺跡の入口にいる。
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