第一章 第三節 雨と少年、禁忌の書
※この作品はシェアワールド『テラドラコニス』の世界観に基づいて書かれています。
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「私、忘れてないよ?
シドサーガが死んじゃった日は、雨が降ってたの」
カノンが遠く、空を見上げてつぶやいた。
いつかの雨の記憶を、彼女の涼やかな声が連れてくる。
カノンがライラックの大樹の下に、小走りで駆けていくと、俺の方へとふわり、体を向けた。
「懐かしいな〜。ここで死んだよね」
大樹の下にはレースみたいな、丸い影が浮き上がる。カノンが、あの日を再現するように、芝生をゆっくりと撫でた。
ライラックの花が散り際で、そこに真っ白なスカートを広げて座る彼女は、女神か何かみたいにキレイだなあ……って思った。
「俺もさ、ちょっとショックだったから、よく覚えてるよ。うちの隣に引っ越してきてすぐに、シドサーガが事故にあったんだよな」
「そう、たしかね。12歳くらいだったと思うよ」
あの日は土砂降りの雨で、俺もまだ少年だった。
馬車に轢かれたシドサーガを、彼女が震えながら抱きしめていたんだ。
「どうして泣いてるの?」
12歳の頃の記憶だ、やけに鮮やかに甦る。
俺の家の前に、雨を孕んだ美少女がひとり
ポロポロとまつげを、震わせ泣いていた。
すみれ色に染まる、ライラックの花
雨に散った花びらが、道いっぱいに広がって
花の降りそそぐ道の真ん中
彼女は「ナニカ」を、つよく抱きしめていた
「どうして泣いてるの?」
もういちど、聞いてみる。
少女は肌が震えるほど、カタカタと揺れていて
美しい白銀の髪も雫にまみれ
深紅のワンピースも、雨とはねた泥でズブ濡れだ。
それでも、くしゃくしゃの泣き顔でも
濡れた髪の少女のこと、どんなにかキレイだな……って思ったんだ。
「ちっちゃいドラゴン、死んじゃったの?」
「ワイバーン……」
彼女が夢中で抱きしめるソレは、小さなドラゴンにみえた。
「ワイバーンて、何?」
「ワイバーンは、ドラゴンの頭、コウモリの翼、ワシの脚だし、尻尾はヘビなんだから! ドラゴンじゃないの! 全然ドラゴンじゃないからーーーーー!!」
な、なんか怒ってるし、突然の絶叫なんなんだよ。
「皆、間違えるの。ワイバーンは、たった一人の友達なのに……」
「たった一人?」
コクンとうなづくと、ワイバーンの腕小さな前足が、ダラリと垂れた。なんか、今死んだばっかりなのかな?
「お母さんが離婚して、勝手に再婚して、私ここの隣に越してきたの」
「そっか」
「大好きだった友達も、お庭のマーガレットも、焼きたてのパンをくれる隣のおばさんも、ここには何もないでしょ?」
「それはさ……」
「鍛冶屋の工房をこっそり見にいくのだって、私大好きだったのに! 私、あの街がよかったの。全部置いてきちゃった。越してきたと思ったら、シドサーガは馬車に轢かれちゃうし。もうやだ……帰りたいよ……」
ふぐっ……という喉に詰まるような声をだして、また彼女の瞳から大きな雫がポロポロと零れる。
「ね、こっち来て」
俺は、泣き続ける彼女の背中を強引に押すと、ライラックの木の下へ連れてきた。この日、花は咲いてなくて、緑の大樹が俺と彼女を雨から守ってくれた。
彼女のシルクのような銀の髪は、頬にぴったりと張りついて。雨粒なのか涙なのか、わからないくらいに濡れていた。なんか、すげー……守ってあげたくなる。
「ここなら木の葉っぱがいっぱいだから、あんまり濡れないはずだよ」
「うん……」
「ここで待ってて! すぐ戻るから」
キョトンと佇む彼女に向かい、そう告げる。待ってろ!!
俺はダッシュで父さんの部屋に向かった。そこに、深淵の書があることを知っていたから。
家に、人の気配はない。
父さんと母さんは、絵を描くのが好きなダリウスのために、絵の具を買いにいってる筈だ。たしか夜まで帰ってこないっていってたよな。
ーー反魂の術、使ってみよう
俺はそう、決めていた。
父さんの書斎に、ソッ……と忍びこむ。
床板の一枚を外すと、くり抜いたような穴があって、そこに本が隠されていた。
「深淵の書だ……!」
いつか継承するまで、触れてはならないっていう、禁忌の書物。
俺は血を孕んだような、ダークローズな色彩の表紙にそっと触れてみる。
表紙には魔法陣が描かれていて、書物の中はすこしセピア色に染まっていた。すっげーなんか……ドキドキする……!
前に父さんが深夜、ここにコッソリ仕舞うの、見ちゃったんだよね。12歳の俺には大きすぎる書物だ。猫くらい長いし、ズシリと重い。
俺は重厚な本を両手でぎゅっ! と抱えると、階段をダダダダダっと駆けおりた。雨に濡れないように猛ダッシュだ!! 庭先で待つ少女の元へと急ぐ。
「どうしたの、その本?」
アイスブルーの瞳を大きく見開いて、彼女は首をかしげた。
「禁忌の書物だよ」
「禁忌?」
「地面にワイバーンを置いて」
「この子、シドサーガって名前があるのよ」
「じゃあ、シドサーガをここへ」
深淵の書をひらくと、血で描かれたような鈍色の文字がビッシリと刻まれていた。うおおおおおお、すっげーー……!
俺は一字一字たしかめながら、本に書かれている通りの線を、木の枝でザーーーっと描いていく。ライラックの根元に広がる線は、だんだんと魔法陣の形を成してきた。
「できた! 魔法陣」
生まれて初めてにしては、よく描けたと思う!
よっしゃ、生き返らせてみせるぜ!
魔法陣のセンターに六芒星があって、そこにシドサーガを置いた。一部始終を見ていた彼女は「?」がいっぱいの不可思議な顔で、魔法陣の外側から声をかけた。
「ねーーー! この絵なんなのーーーーー?」
「命を甦らせる、魔法陣だよ」
「魔法陣て?」
「まあ、見ててよ。永遠に失くした魂、とり戻してみせるから」
俺は深淵の書をひらき、血の刻印めいた鈍色の文字を辿る。
そして、詠唱したーーーーーーーー
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