第一章 第二節 人を喰らうフォルネウス
※この作品はシェアワールド『テラドラコニス』の世界観に基づいて書かれています。
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「殺されるなよ、アレキ
洞窟にはフォルネウスって、魔獣がいるからな」
澄み切った空
春の風が気持ちいい、誕生日の朝。
じっちゃんが俺に贈った言葉は
「殺されるな」だった。
なんか、ディープインパクトな朝だなあ……。
木造のキッチンに、窓からポカポカの陽光が差し込んでくる。じっちゃんは柔らかな春を裂くように、俺の肩にバーンと手を置いた。
「深淵の書を守りし魔獣、フォルネウスだ
いいか、絶対に死ぬな!」
じっちゃんの眼差しが、重い。
ちょっ……待って待って
それは殺される可能性があるっていう、話だよな?
俺はゴクンと唾を飲み込んで、覚悟の言葉を切りだした。
「……あのさ、『フォルネウス』ってどんな感じの魔獣なのかな?」
「フォルネウスは、まーだいたい2、3メートルはあるかな」
「2、3メートルの……魔獣」
え、それって勝てそうじゃなくね?
俺のグーパンで倒せる気、ゼロだけど。
地っ味〜〜〜に庭で剣術とか、筋トレはしてるけど。えーと、そのくらいで勝てそうなレベルかな?
「そ、それってさ……ぶっちゃけ、強い?」
「いやまあ、けっこう強いかな」
「強い」
「ゴリゴリの筋肉質な体に、暗黒に近い色の体毛。4本の巨大なツノが生えてて、瞳も4つ。デカイ牙が上と下から生えてたかな? ま、パッと見からもうTHE! 魔獣! って感じで」
「THE! 魔獣……」
「人間も食うかもな」
「人間も食う」
「そいつが深淵の書を守ってるから、まあ頑張れよ」
「お、おう……」
勝てる気しねええええええええええええええええーーーーー!!!
ムリ、絶対ムリ!!
もう帰宅したい。いやまだ、冒険スタートすらしてない自宅だけど。実家のキッチンですけど。
いやいやいやいやいやいや!! そんな魔獣とか、意味わからんし。どうやって勝つの?
俺は確かに、反魂使いになりたいけどさ、どんな武器で戦えばいいんだよ?
「そんな、人間喰うような魔獣と、俺……戦えるかな……」
おもわず弱音が零れる
だって、自信なんかないよ
だって俺、人間としか戦ったことないし。
刹那、隣にいたダリウスが、涼やかに口の端をあげた。
「大丈夫だ、アレキ。俺がいる」
「ダリウス、どんな余裕だよ。相手は人間じゃないんだぞ?」
「いや、おそらく勝てる」
ダリウスの瞳には、迷いがない。
どんな自信だよ?
そんな事を考えていると、ダリウスがスルリ、俺の横をすりぬけていく。食卓テーブルの椅子を俺の方に向けると、おもむろに座った。悠々と長い足を組むと、腕を組んでこう告げる。
「アレキ。おそらく父さんだって、その洞窟にいった筈だ」
「だろうな」
「ならば出逢った筈だろう、そのフォルネウスに」
「あ……」
そっか……!
父さんだって出逢った筈だ、その魔獣に。
「おそらくは勝った。
だから反魂使いになれたんだ。父さんの時は、たった一人で戦ったって事実が、そこにあるだろう」
「でも俺たちは双子。今回は、一人じゃない」
「そういうこと」
「じゃあ、勝てるかもな」
「ああ、勝てる!」
微笑むダリウスの顔には、みなぎる自信があった。
なんか、心強いな。俺はダリウスには、絶対負けたくないけど、絶対に死んでほしくもない。
それは心の芯から思う、俺の本音だ。
まずは反魂使いになる前に『フォルネウスを倒し、生きて深淵の書を手にいれること』。
これが最優先事項だよな!
「まずは二人でフォルネウスを倒そう!」
「ああ、反魂使いに選ばれるかどうかは、書が決めてくれる」
「だな! よっしゃああああああああ! じっちゃん、行ってくるわ!」
じっちゃんが、目を細めてうなづいた。
もう、迷いはない。
俺は、壁に立てかけてあったバスタードソードをしっかりと握りしめ、扉へと足を向ける。
隣をゆくダリウスの武器は、スティレット。全長30cmほどの短剣だが、軽業師のように跳躍し、瞬発力でガンガン戦うあいつには、しっくりくる武器だ。
勢いよくドアをあけ庭へと飛び出すと、蒼天にライラックの花びら。
あの日、父さんが「死んだ人を蘇生させた」光景。あのビジュアルに酷似していた。澄み切った青の空、乱舞する紫の花。
庭にそびえるライラックの大樹
その下には、生き返った少女ではなくてーー
「カノン」
彼女がいた。
幼馴染の彼女は、俺のひとつ年下。白銀の髪はさら艶のロングストレートで、全体的にちっこい。なんか華奢。雪みたいな肌に、硝子めいたアイスブルーの瞳。大きい耳が特徴のエルフだ。うん、かわいい。
「アレキ17歳、おめでとう」
『んしょ』と呟いて、突然、首筋にカノンの腕がまわされた。
ちょっ……顔、近っ!
彼女のしなやかな白い指が、俺の首筋にそっと触れる。カノンの顔が近い。ちいさな息遣いが耳をくすぐる。何これ、ヤバイ。ときめく。
でも近いって……!!!
俺の首のうしろ、なんかモゾモゾするんですけど、何してんだろう?
「できた〜」
ほんわり花のような笑みを浮かべると、カノンが満足げにコクコクうなづいた。
俺の胸に、揺れる鉱石。
「あたしの手作り! 蛍石ってさ、アレキのイメージなの」
首から下げられたそれは、ネックレスだった。
鉱石に革紐でグルグルに結わえられた、カノンの手作りアクセサリーか。すみれ色に、翡翠色がほんのりミックスされた蛍石。なんか、すごいキレイだな。
「守りの石だよ。きっと、アレキを守ってくれるから」
「ありがとう」
これが、この守りの石が、きっと俺を守ってくれる。そう信じて、蛍石をぎゅっと握りしめた。
「アレキは、蛍石か」
声に驚いて振り返ると、ダリウスだった。おおう、なんか全部見られてたっぽい。すげー恥ずかしいんだけど。
おもむろにダリウスがポケットから、ゴゾゴソとネックレスを取り出した。
「俺は、これをもらった」
「これは……?」
「カノンが俺にって」
……なんかデザインの激似感すごくない。
革紐がクルクルと巻かれてるし。違うのは蛍石じゃないことくらいかな。それは氷のように、クリアな水晶にみえた。
「これさ、今朝もらったんだ。キレイだよな。濁りのない透明な水晶。宝物にするよ、カノン」
「えへへ、ありがと〜」
頬をほんわり染めて、照れてうつむく仕草をみせた。かわいいな、カノンは。
でもそっか。
なんか、俺のためだけのプレゼントじゃなかったのか。……えっと、微妙にショック受けてるぞ、俺。
刹那、ダリウスがそっと俺の耳に、微かな声で呟いた。それは胸が軋む告白。
「俺、反魂使いになったらカノンに告白するよ」
「え?」
「……もちろん、フォルネウスを倒してからな」
「それは……!」
「有言実行は、俺の性格。アレキならわかるだろ。先に話しておくよ」
覚悟の眼差し。
ダリウスはキッと俺を睨むと、唇の端に笑みを刻んだ
なんだよ……宣戦布告かよ。
あいつがカノンを好きだってことは、俺も薄々感づいてた。無言のまま、お互いの瞳を凝視しあうと、カノンが『もう!』と、はぜるようにセンター割りで入ってきた。
「やーめーてーーーーー!! もーなんか険悪な雰囲気だよ〜」
「あ、ごめん」
反射的に謝ると、ダリウスがスッと離れる。
「先にいってるな、フォルネウスをみつけてみせる。洞窟で落ち合おう!」
そう爽やかにウインクを決めると、一陣の風のように、ライラックの大樹の下を駆け抜けていく。あいつの青みがかった銀のジャケットが、みるみる小さくなっていった。
「……ダリウス、なんか言ってた?」
鋭いな、カノンは。
「いや、たいした事じゃない。ただちょっと、あいつと戦うのも、けっこう大変そうだな〜って思っただけ」
「そっか」
カノンは一瞬うつむくと、パッと顔をあげてバラのような笑顔をみせる。
「アレキなら継げるよ」
「え?」
「昔さ、いちどだけ反魂の術使ったこと、あったもんね」
「覚えてるんだ……!」
「当たり前でしょ〜、隣に引っ越してきた日のことだもん」
そういえば昔、死んだ命を生き返らせたこと、あったな。
すごく、胸の奥がぎゅっとする
はじめて恋をした日
はじめて命を蘇生させた
それは、人ではなかったけれどーーーー
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