第2話 経歴
「イーヴァさん。
数年前、ダンジョンから市街地に向かって大量のモンスターが”逆流”した事件のことはご存知ですか?」
先ほどまでクオンのことを拘束していた男性、ウィリスがイーヴァに尋ねた。
「ええ、はい。
ダンジョンとの境界線が突破されて、居住区までモンスターが侵入してしまった件ですよね。
低階層のモンスターでなく、深部に生息するモンスターが現れたことで大きな被害が出たっていう……。
私が初めてモンスターを見たのもその時でしたから、よく覚えています」
「それをどうにかしたのが、そこの男です。
まあ、それを引き起こしたのもコイツだった、ということも判明していますがね」
「僕は悪くねえ!
ああでもしなきゃ地上のなにもかもが吹き飛んでたかもしれないんだぞ!?」
「え? ええ?」
「イーヴァさん。
あの事件はね、別の問題を解決するためにただ副次的に起きてしまったことだったのですよ。
当時コイツはダンジョンの第三十層にあたる部分でとあるモンスターと装置を偶然発見してしまったんですが、いやあ、それが実に笑えない代物で……」
「そう、特殊なガスを使って付近のモンスターを爆弾に変えてしまう装置でな。
それだけなら大した事ないんだが、そこに併せてポップしたのが、胞子をバラまいて自分の遺伝子をヨソに伝播させるやつだったんだよな。
爆弾の機能を付与された胞子が階層中にバラまかれて、かつ感染した個体からまた新たな胞子がバラまかれて拡散するっていう……」
「この世の終わりじゃないですか!」
「そうだよ、この世界はとっくにどうしようもなくなってるんだよ」
ウィリスの言葉とクオンの補足に、思わず吼えてしまったイーヴァ。
その言葉をクオンは冷静に肯定した。
ダンジョン内モンスターが全て爆弾化してしまうよりも前に、クオンはその階層の全体の発破を決行。
未感染状態のモンスターを自身が上層へ向かうとともに爆音で追い立て、既に感染していたモンスターは発破により引き起こされた落盤で階層ごと埋め立てて処理したという。
「なんで既に発破の仕掛けが構築されていたんですか?」
「階層の数からして、そろそろ何か大きな仕掛けが用意されてると思ったんだよ。
こっちはただの人間でしかも一人なんだから、先にマッピングと対策をしておくのは当然だろう?」
イーヴァが尋ねると、当たり前のようにクオンは答えた。
「そのおかげ地下の階層のキャパシティを越えて地上までモンスターがあふれ出したわけですけどねえ!」
ウィリスが声を震わせて言った。
「ちゃんとその後始末だって手伝ったろ!」
「デマを流して街の一区画を占拠し、そこにモンスターを追い込んだ後区画ごと焼却したのが後始末!?
あなたはなんでそう全方位に出血を強いるやり方を選ぶんですか?」
「どうやっても怪我するんだから、一番痛みの少ない方法を選んでいるだけだよ!」
声を荒げるウィリスと、断固抵抗するクオンのやり取りが再び始まった。
イーヴァとしては半ば呆れて笑うことしかできない。
「あれ? マイルズさん。
さっきクオンさんが第三十階層にいたって、ダンジョンの最深到達階って十五層までじゃ……」
「いやあ、こんなの公表できないでしょー…。
ギルドから冒険者に携帯させている計器から、彼が第三十階層にあたる深さまでダンジョンに潜っていたことや、彼が発見した装置の存在も事実とわかっているんだけど、その階層や経路はぜーんぶ彼が埋めちゃったしねえ」
他にもいろんな問題があるし、とマイルズは困ったように言った。
「スカウトの経緯としては、まあ、一連のやらかしを把握した我らがギルド長アラハバキは、彼のことをいたく気に入ったみたいでね。
どんな手を使ってでもギルドの職員として確保しろって命令が出てたのよ」
「オッサンのストーカーなんて気持ち悪過ぎるでしょ!
こっちの感情は無視ですかー!」
「いやあ、私としてもこんな劇物を野放しにするくらいなら囲って閉じ込めておくのが一番だと思うよ。
まさか自分がその飼育担当になるとは思わなかったけどね」
はははー、とマイルズが笑う。
「ま、イーヴァ君の同僚の紹介といったらこのくらいかな。
さっき階層の話もでたし、ちょうどいいや。
これからの仕事についての話をしていこうか。
ほらクオン君、君も聞くんだよ」
「わかってるよ。
ここまできたらもう逃げませんっちゅーに……」
クオンが観念したようにため息を吐く。
──わたし、やばいところに来ちゃったなー……
クオン達の横で、イーヴァはこれからのギルドでの仕事を思い不安を抱えた。




