第1話 配属
空がしばらくぶりに晴れ間を見せた日。
ある建物の一室では、厳かな空気が満ち溢れていた。
おろしたての制服に身を包んだ若い女性、イーヴァ・ウォルシュは背筋をぴんと伸ばし、真剣な面持ちでいる。
彼女が見据える先には、マイルズと呼ばれる壮年の男性が立っていた。
「あー…、今日までの訓練ご苦労さん。
君は今日から正式なギルド職員であり、同時に私の部隊の一員になる。
知っての通り、人々が暮らす世界の足下にはダンジョンと呼ばれる地下機構が果てしなく広がっている。
境界線の見張りや、出入りする冒険者の管理、そしてサポートと。
我々の仕事は多岐にわたり、常に誰かに必要とされている。
理不尽な思いをすることも珍しくはないが、ま、めげずに頑張ってほしい」
「はい、この街の一助となれるよう努めます!」
「……うん、いい返事だ。
ダンジョンズギルド、そして第255独立部隊へようこそ。
ま、気楽にね。
この部隊はそれほど階級に縛られることもないからさ」
マイルズはそう言って穏やかに笑った。
それは儀礼的なやりとりが全て終わったことを示し、気楽にすることを促すような笑みであった。
「あの……マイルズさん。
さっそく質問したいことが」
「うん、何か気になることでもあるかい」
「え? いや、そのー…」
イーヴァは口をまごつかせる。
実を言うと、彼女は入隊式の間、いやそのさらに前、この部屋に入って来てから不審な人物が視界に入り続けていたのだ。
しかし目の前にいるマイルズはその不審な人物を気に掛ける素振りすら見せない。
質問しても良い物か考えあぐねていたが、ついに我慢ができなくなってしまった。
イーヴァはちらりと部屋の隅に目を向ける。
『………』
視線の先には、両手両足を荒縄で縛られ、さらにパイプ椅子にくくりつけられた青年が一人、死んだような目で虚空を見つめていた。
その真後ろには、青年の両肩に手を置く男性がいる。
「その、あの人達はいったい?」
イーヴァは改めてマイルズに尋ねた。
マイルズは右手で目を覆い、天井を仰ぐ。
深いため息をつくと、観念したように彼は部屋の隅を振り返った。
「ウィリスくーん。
もういいよ、放してやって」
「あ、もういいんですか?」
「イーヴァ君の入隊式も済んだからね。
いい加減おじさんも現実を受け入れることにするよー…」
「了解です。
じゃあ、解いちゃいますね」
ウィリスと呼ばれた男性は、それからものの数秒で青年の拘束を全て取り払う。
「ねえ、もう逃げないって言ったよね?
諦めたって言ったよね?
なのにここまでする必要あった?
何で僕、よく知らない女の子にまで自分が荒縄で拘束されているサマを見せることになったの?」
椅子から立ち上がりながら青年が言う。
そんな彼にマイルズが話しかける。
「もう逃げないって言ったあとに行方をくらましたことだってあったでしょ、君。
君がギルドのスカウトに対して前向きじゃないってことくらい知ってるんだよ」
「強引なスカウトはすなわち誘拐だと思います」
「ギルドが”スカウト”って名目で確保を進めなかったら君、あの災厄の重要参考人としてしょっぴかれてたんだけどなあ……」
「こんな力ずくじゃ逃げたくもなるわ!」
「いや、君最初に声をかけようとした時からギルドのこと避けてたよね?
私達に何かされたわけ?」
「正直、人と関わり合いになるのが好きじゃなくって……。
それにあの一件で絡んでくる連中は大抵ロクなのじゃなかったから……」
「なるほどね。
じゃあ、ギルドだから避けてたわけじゃない?」
「いや、面倒ごとに巻き込まれる筆頭組織だと思うから、全力で拒否したと思う」
「傷つくなあ……。
面倒ごとに巻き込まれるってのは当事者的にも否定できないのがさらに悲しい…」
マイルズは少し落ち込んだように肩を落とした。
イーヴァはその様子を見ていて、混乱するばかりであった。
「あの、結局その人は一体何者なんですか?
……もしかして、私と同じ、この部隊への配属者とか?
「え? いやいや何を言って」
「ああ、そういうことさ」
イーヴァの言葉に最初に反応したのは拘束されていた青年。
彼は眉を顰めてイーヴァの言葉を否定するようなそぶりをみせたが、それを食い気味にマイルズが言葉を被せる。
「イーヴァくん、彼はクオンという青年で……君と同じく今日からこの第255独立部隊に預かりとなった人物だ」
「ちょっ…! 聞いてないんですけど!?」
「我らがギルド長、アラハバキの決定だよ!!」
先ほどまでの厳かな様子はどこへやら、マイルズはむしろ自分に言い聞かせるように吠えた。
イーヴァはマイルズの口から語られるクオンという青年のプロフィールを一つ一つ咀嚼する。
曰く、元ダンジョン冒険者。
曰く、超人的な能力があるわけではない。が、超常的な思考を持つ男。
曰く、数百のダンジョンを無傷で散歩できる男。
曰く、モンスターの方が彼を迂回する。
イーヴァにとってにわかには信じがたい話ばかりであった。
そんな風に己のプロフィールが開示される中、クオンは自らの人生が避けようのない運命の中にあるのだということを認めることにした。
──あのロンゲ野郎、この様子を見て笑っていそうだな。
クオンは一人、脳裏に何者かの顔を思い浮かべる。
この場に至り、たった一つ誰もが知りえないクオンのプロフィールがあった。
彼は前世の記憶を持つ、異世界からの転生者である。




