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◆エピソード7『このキスに意味はありますか』

 メープルのことが片付いてから、数日後。

「暇だ……」

 私は、部屋のベッドで暇を持て余していた。

 ジンジャー・ガルシアさんが回復するまで、メープルのスイーパーズ登録が解凍されないのを理由に依頼は休みっぱなし。

 モナのメシ代はジンジャーさんが払ってくれてるし、ついでに私らも迷惑料の代わりってことでお世話になってる。

 そんなわけでレンタルルームに入り浸ってもちさまをやりまくろうと思っていたのだが。

『浮気か? ワタシというものがありながら浮気なのか和泉ッ!』

 と、メープルにわけのわからない説教をされてしまった。

 いや、まぁ、別にそんなの無視すればいいんだけどね?

 あのキレたメープルを見た後だとどうにも強く言えなくてさぁ……仕方なく我慢してるわけなんだけども。

「和泉っ! トランプ買ってきたぞぅっ!」

「おー」

 ゲームをさせたくないってことは、メープルは遊びたいわけで。

 まぁ私もやることないし付き合ってるわけなんだけど。

「ふっふっふ、ワタシの大富豪での立ち回りに恐れおののくが……ん? モナと光希はどこへ行ったのだ?」

「モナはどっか食いに行ったし、光希は調べものがどうとかいって出ていったー」

「しょんなぁ……」

 光希とモナは、そこまで付き合いがよろしくないのだった。

「せっかく買ってきたのに……」

「まぁ、こんななんの目的もなく休日を過ごすなんて中々無かったしなぁ」

 自由時間はバラバラ、仕事は一緒。

 どこかで決めたわけじゃないけど、なんとなーくそんなイメージが固まってしまっている気がするので仕方がないっちゃ仕方がないと思う。

「仕方がない……ふたりでポーカーでもして遊ぶか」

「おー」

「交換は一度だぞ」

 私のベッドの脇に椅子を置いて、ベッドの上にカードが配られていく。

「そういやさ、メープルって小さいときは何して遊んでたんだ」

「なんだ、突然」

「いやぁ、なんとなく。あ、いちまーい」

「ピアノやバイオリンなんかをやっていたな。む、三枚だ」

「はへぇ、楽器」

 ザ・お嬢様って感じだ。

「幼い頃に見た母と父のアルバムにな、カッコよく演奏する二人が写っていたのだ。それに憧れて、母と父へ下手なりに弾いて見せたものだった」

「今も出来んの?」

「出来なくはないが、そもそも子供の独学と両親の教えだけだったからな……なんだ、聞きたいのかっ!?」

「んー、まぁ聞いてみたくはある。はい、スリーカード」

「わ、ワンペアだ」

「へーい罰ゲームぅー」

「な、なにっ!? 罰ゲームなど言っていなかっただろう!」

「犬の真似」

「な、ちょ、ちょっとまて! そんな話一度も!」

「3,2,1、どーぞー」

「わ、わふわふっ! わふわふっ! きゃんきゃんっ!」

「よぉしよしよし」

「わふわふ……えへ、えへへ……」

 あぁ……なんだろう。

「く、くすぐったいぞ、和泉……全く、お前という奴は……へへ……わふわふ……」

 なんでもない時間が流れていく。

 超、無意味な時間がすぎていく。

「おーしよしよし」

「んむぅ……わふぅ……」

 私、このまま老後まで過ごしたい。

 とか思っていたら。

「アンタたち、昼間っからベッドの上で何してるわけ?」

 いつの間にか光希が帰って来ていた。

「おわあぁっ! み、光希っ!? い、いいいいいつ帰ってきたのだっ!?」

「今さっき。アンタのお父さん、メープルだけなら面会していいってアメリアさんとこに連絡来てたらしいわよ。お母さんも来てるからメディカルセンターに来いってさ」

「ほ、本当かっ! お母さまが……す、すぐに行って来る! 和泉たちとの面会も、取り付けてくるからな!」

「おー、ゆっくりでいーぞー」

「いってきますっ!」

 ばたばたと出ていくメープル。

 お母さんのことは好きなんだな、ほへー。

「……和泉」

「んぁ、何か」

「さすがのアタシでも同居人に家畜プレイ強要とか、ドン引きだわ」

「いや待てお前なんか勘違いしてないかオイ」

 犬だし、アレ犬だし、家畜じゃないし、っていうかプレイじゃないし。

 やめてくださいそういう風評被害!!!

「はぁ……ん?」

 ふと、ベッドの上に広げられたトランプを手に取る光希。

「へぇ……ねぇ、和泉」

「やだ」

「まだ何も言ってないでしょぉ!?」

 へっ、絶対勝負とか言う気だろ。お前の行動は大体わかってんだよ!

「私はメリットの無い勝負は受けない主義だからな」

「ふぅん、じゃあいいわ。勝った方が負けた方になんでも一つ言う事を聞かせられるっていうのでどうよ」

「………………」

 ずいぶん大きく出てきやがったな、こういう場面での『なんでも』は本気でなんでも。守らざるを得ない悪魔の契約。

 そこまでの勝算があるのか、もしくは私にやらせたいことがあるってことだ。

 しかし光希に言う事を聞かせる、とか言ったって別にしてほしいことなんざないしさせたいこともないしなぁ。

 ここは適当に……。

「ハンッ、光希ひとりの行動権なんざもらったところで――」

「へぇ、恐いんだ?」

「やってやろうじゃねえかてめぇこの野郎ッ!」

 ナメた口聞いてんじゃねぇぞおらぁ!


 ◆


 で。

「ほら、キリキリ歩きなさい」

「ぐっ……普通に負けた……」

 スリーカードとフルハウスで負けた……めっちゃ普通に負けた……うぅ、くやちぃ……。

「で、ここは一体どこなんですか光希様」

 連れて来られたのは、アンカレッジから離れた小惑星っぽい星の中。

 ごっつごつの岩肌が剥き出しになってるただの小惑星の一部が、リトルバード(修理済み)が入れるくらいの港になっていた。

 中はいかにも昔の超文明な人類が作りましたよーって感じの遺跡が広がっていて、よく分からない光源がたくさんあって若干眩しいくらい明るい。

「和泉は疑問に思ったことはないかしら、どうしてこっちの世界でもアタシたちの言葉が通じるのか。食文化が同じなのか。宇宙ステーションにどうしてわざわざ地表と同じ重力が完備されているのか」

「……いや、別に」

「アンタ、こっちに来てから緩みすぎじゃない?」

 んなこと言われたってこっち来てから吐き倒したりアメリアさん辱めたり忙しかったんだよ、私は。

 あ、またアメリアさんの制服姿見たいな。

「アタシはね、この世界が『異世界』じゃなく『人類の未来』だと考えているの。それはアメリアさんも同じだったわ。キャリアパレットをアタシたちが持っていることもそう。次元の向こうと共通点があるなんて考えにくい……理由があるとすれば、それは次元を隔てた向こうの世界同士なのではなく、時間の壁を隔てた過去と未来の世界だからだ、ってね」

「はぁ」

 な~に言ってんだこいつ。

「その答えが、ここにあるかもしれないってわけ」

「さーっぱりわからん」

「ここが、メトロポリスに住んでるジェネレーション・ワン以前の人類が作った遺跡なんじゃないかって言われてるのよ。だから、その調査依頼を受けたってわけ」

「はぁ……で、なんだって私らは制服なんですかねぇ」

 そう、なんでかわからんがポーカーに負けた私は真っ先に制服に着替えさせられた。

 懐かしの制服は若干邪魔臭さすらある着心地で、非常に鬱陶しいんですけども。

「しょうがないでしょ、依頼主が『本当に異世界人かどうか確かめさせろ』っていうんだから」

「にしたってお前、目隠し自撮りを送らせるってお前」

 制服に着替えた私たちはなんだか知らんが手で目が隠れるようにしつつ、自撮りを撮って光希がそれを依頼主へと送った。

 わざわざツーショットの他にそれぞれの自撮りまで送らせやがった依頼主がどんな奴なのか知らんが、十中八九よからぬことに使われてるに違いないと思うんだが。

「し、しょうがないでしょっ!? ここはイデア機関管轄の特区なのよ! 黙って入れる場所じゃないの!」

「アメリアさんに言えばよかったじゃねえか」

「アメリアさんの立場じゃ今すぐ許可を取り付けられないって言ってたのよっ!」

「えぇ……」

 使えねえなーおい……。

「いいから行くわよっ! 依頼を受けるだけでも苦労したんだから……! どんな危険が待ってるかわからないわ、きゃりぽんを構えておきなさいっ! ぜぇーったいに遺跡の秘密を解き明かすわよッ!」

「へーいへい」

 そんなわけで久しぶりのスカートをひらひらさせながら、私たちは遺跡の奥へと向かったのだった。


 ◆


 で。

「なによ……このなんたら学生クイズみたいな扉は」

 先へと進んだ私たちの前には真っ赤な『A』の扉と真っ青な『B』の扉が現れた。

「ふむ、確かにメトロポリスじゃ見ない様式だな……あながち古代人の遺跡っていうのも間違いじゃないのかもしれん」

「こんなふざけた古代遺跡を調査したいんじゃないのっ! アタシはもっとシリアスでカッコいいミステリーでサスペンスな雰囲気が欲しかったのよっ!」

 そんな雰囲気の注文されてもさぁ。

「いいわ、アタシは『A』を進む。アンタは『B』を行きなさい」

「えー」

「ポーカー負けたでしょっ! 分かったらさっさと行く!」

 ちぇー、仕方がない。

 万が一の時はきゃりぽんで扉を焼き切って逃げれば大丈夫だろうし、入るかぁ。

「んじゃいきますよーっと」

 私が扉へ入るのを見届けるまで断固動こうとしない光希を尻目に、私は扉をくぐった。

「おー、お?」

 そこは、六畳一間くらいの部屋で。

 なんていうか、年末特番でよくやってる格付け的な番組の控室っぽい感じの部屋だった。

 唯一違うところがあるとすれば、モニターやカメラの代わりに隣の部屋……光希の入った『A』の部屋の様子が見える窓が壁一面に設けられているということだった。

「ちょっとぉー! 和泉ぃー? 大丈夫なんでしょうねー!?」

 『A』の部屋に入った光希が叫ぶ。

「おー! 大丈夫だぞー!」

 私も叫び返してみるものの、どうやら光希には届いていないらしく。

「ったく……返事くらいしなさいよね……」

「返事してんだろうが耳掃除しろアーホ」

「なんですってぇ!?」

 やっぱり聞こえてる!?

「やっぱり聞こえないわねぇ……」

「ほっ……びびらせやがって」

 ホントにこっちからの音は聞こえないみたいだった。

 とりあえず、入ってきた扉とまったく同じ形の扉が行先に設けてあるので開けようとしてみたものの、開かない。

「んぐぐ……っ! 開かない……どうなってんのよっ!」

 光希の方も同じか。

 おそらくこの部屋の中で何かしなければならないんだろう、とか考えていると不意におじいさんっぽい声が聞こえて来た。

『ふぉっふぉっふぉ、よくぞここまでやってきたのぅ、異世界人』

「なっ、だ、誰だアンタ!」

『ワシはこの遺跡の創設者にして時代のぉ……あのぉ、あれじゃ。吟遊詩人的なぁ、語り部的な奴じゃ』

「語り部的な奴て……」

 なんか適当なじじいだなぁ、おい。

『おぬしらの求めているモノはわかっておる。その答えは、この遺跡の最奥にあるぞよ』

「最奥とか行くのめんどいから今教えてもらっても良いですかね、私じゃなくあっちの赤い髪のほうに」

『ふぉっふぉっふぉ、やだぷ~』

 うぜぇぇぇ! なんだこのじじい!

『真実を知りたくば相応の試練を乗り越えよ! ワシは最奥で待って居るからの! あ、ちなみにこの音声は向こうの部屋には聞こえておらんからの。こちらを選んだ幸運なおぬしは、心行くまで楽しんでいくとよいぞ』

「はぁ? 楽しむ? 意味がわからないんだけど、そもそもここは一体なんなんだっていう――」

『それでは、ごゆっくり~♪』

 ――ブツっ。

「切れやがったし……」

 ま、いっか。

 楽しんでいけというんだから、楽しませてもらおうじゃないの。

 というわけで椅子に腰かけて、改めて光希の方を見てみる。

「簡素すぎて地球と関係あるのかどうかさっぱりわかんないじゃない……」

 ぶつぶつ呟く光希の部屋には、一人用のテーブルと椅子。

 そして、テーブルの上には卓上マイクが設置してあるだけの簡素な部屋だ。

 むしろ飾りっ気がなさ過ぎて、如何にもこれから何かやりますよ~という感じが滲み出ている。

 と、さっきのじいさんの声が光希の部屋から聞こえてくる。

『勇気ある冒険者よ、よくぞここまでたどり着いた』

 うわあ、なんかこれみよがしに威厳あるっぽくしゃべってるー。

『これより五つの試練を乗り越えた時、真実への扉が開かれるであろう……』

「真実への扉……やっぱりここには、古代人の残した真実が隠されているのね!」

『では第一問』

 急にクイズ番組チックだな、おい。

『あなたは今、8人グループディスカッションの司会役です』

 おいなんだその就活みたいな問題。

『ひとりの馬鹿みたいな頭の悪そうな女性が、クッソどうでもいい自分の経験談を延々と話しており会議がぜーんぜん進みません』

 やたら私怨のこもった言い方なのがすごい気になるんだけど、なんなのこの問題?

『さぁ、このとき司会役としてあなたが取るべき行動をお答えください』

「司会……グループディスカッション……やっぱり日本基準の問題ね……古代人が、日本人の系譜であることは明らかだわ……やっぱりこの遺跡には日本との関連性が……」

 やたらクソ真面目に考えた挙句、光希の出した答えは。

「『なるほど、それではもう少し具体的な部分を決めていきましょうか』とさりげなく話題を逸らす、よ!」

 光希が答えると、何故か私の目の前にじゅいーんっとマイクが出てきて。

『あ、正解とか特に設けてないからおぬしが正解・不正解を決めてよいぞ』

「なんだその頭悪いシステム……」

 一切意味ねぇじゃねえか、このシステムがよぉ。

『ぬふふ……ちなみに不正解にするとえっちな罰ゲームが向こうの子を襲うぞい』

「はいこいつ不正解。正解はそもそもそんな状況に陥らないようテキパキ会議を進める」

『ぶっぶー、正解はそもそもそんな状況に陥らないようテキパキ会議を進めるでしたー』

「なぁによそれぇっ! 問題と正解が一致してないじゃないっ!」

『おぉ、冒険者よ……こんなところで失敗してしまうとはなさけない。しかしここまで進んできた功績を称え、第一の試練ハードモードに挑戦する権利を授けよう』

「はぁ!? ちょっと意味わかんないんだけど! ハードモードってなによゲームじゃないんだからあ!」

『第一の試練ハードモードは、一分間耐久宇宙触手地獄じゃ~』

「はあ!?」

 ――バゴーンッ!

 光希の部屋の四方の壁から飛び出してきたのは、うすピンク色をした無数の触手。

 そして、私の目の前には両手が入るくらいの穴が開いた台座がせり出してきた。

『その台座に手を入れると触手を操れるから、一分間好きにするのじゃ。ワシのところからじゃ操作出来んのでの、めちゃくちゃに! 少女をめちゃくちゃにするんじゃ! はようはよう!』

「へぇ、この穴にねぇ」

 やたら興奮しているじいさんに言われるがまま、穴へ手を突っ込んでみると若干ひんやりとしたゴム手袋みたいな感触が両手を包み込む。

「ひぃっ!?」

 同時に、うねうねと蠢く触手たちが巨大な両手を形作った。

「おー、それでこうすると」

 台座の中で人差し指だけを動かしてみると。

「い、いやぁぁぁっ!! 来ないでよぉっ!!!」

 触手で形作られた手の人差し指が、部屋の隅へと逃げる光希の片足をにゅるにゅると包み込む。

「い、いやぁ……なまあったかいぃ……!」

 あ、温かいんだね、触手って。

「ぐっ、うぅ……このぉ、こんなのきゃりぽんでぇ……!」

 それはダメでしょー。

「あぁっ! あたしのきゃりぽんがぁっ!」

 きゃりぽんを振りあげた手を触手で絡め取りつつ、光希の足から腹にかけてをずぶずぶと触手の中へ引きずり込んでいったりしてみる。

「や、やだぁ……やだあぁ……!!」

『安心するがよい冒険者よ……その宇宙触手は大変心優しい生き物……命を奪うような真似どころか傷つけるようなことは絶対にせん……ゆっくり……ゆっくり体を委ねるのじゃ……』

「意味わかんないわよぉ! さっさとこっから出しなさいよぉ!」

 おー、すげー。光希が触手まみれだー。

「いやぁぁぁぁっ!!」

 その後、私は一分間ゆっくりと光希を嬲った。


 ◆


「うっ……うぅ……最悪よぉ……」

 時間いっぱい光希を弄んだあと、鍵が開いたっぽいので先に進むと光希と合流出来た。

 最初に見た『A』と『B』の扉がまた目の前にあり、後ろには私と光希それぞれが入っていたAとBの部屋に繋がる扉が。

 どうも『A』と『B』の部屋→合流部屋→『A』と『B』の部屋……っていう繰り返しになってるっぽいな、わかりやすい。

 で、合流した光希はといえば。

「おぉ、凄いことになってんな」

 触手の粘液まみれでびっちょびちょになっていた。

「なんで和泉はなんともなってないのよぉ!」

 そりゃあお前をいじくりたおしてたのが私だからなんだけどさ。

「いやぁ、運が良くてな」

 素直に言ったら絶対ぶっとばされるので、黙っておこう。

「危うくきゃりぽんを取られそうになったのよ!? 最悪ッ! もう最っ悪っ!!」

 いやぁ、すんませんねどうも。へへ。

「まぁまぁ、実質被害ゼロなんだからいいじゃねえか。先進むんだろ?」

「進むに決まってるでしょっ! 次はアンタがAの部屋に入りなさいっ!」

「はーいはい」

 どうせ私が試される側になったところで、光希のことだから正解にするだろう。こいつはそういう奴だ、たぶん。大丈夫、だよね?

 というわけで若干の不安を抱えながら、『A』の扉をくぐると。

「あれ?」

 なんでか中はさっきとまったく同じ控室的な雰囲気で。

「くっ……またやらなきゃいけないのね……」

 光希の方もさっきと同じ、試練の部屋となっていた。

『ほほう、運がよいのぅ、おぬし』

「あ、やっぱりこれ運なんだ」

 いえーい、ラッキー。

『んじゃ、また適当にあの子にエロいことしてくれれば扉開けるからよろしく頼むぞーい』

「へいへーい」

 さっきと同じように席についた光希と私。

『それでは第二問。8割男子2割女子で構成された仲良しグループが十人を超えたあたりでなんだかグループ内の空気が悪くなってきました、貴女は女子です、さぁこんなときどうする』

 さっきと同じように女子に対する何らかの恨みがあるとしか思えない問題が出され。

「一番亀裂を生み出しそうな女子と一番仲良くなって愚痴を聞いてあげるっ!」

 さっきと同じように光希が一生懸命答え。

『判定を頼むぞい』

「正解は全員ぶちのめして我が道を行く」

『ぶっぶー、不正解。正解は全員ぶちのめして我が道を行くなのじゃー』

「ぬわぁんでよぉおっ!」

 さっきと同じように不正解となり。

『第二の試練ハードモードは、ぬるぬる粘液シューティングの刑じゃ~』

「ちょっ、もうさっきの触手でぬるぬるだっていうのにぃっ!」

 さっきと同じように現れた台座を使って。

「いやっ、やだぁ! なんで執拗にお腹ばっかり狙うのよぉ! やぁっ! なまあったかいぃ!!」

 さっきと同じように、光希を粘液まみれにしたのだった。

 ……ふぅ、今回のシューティングは楽しかったです!


 ◆


「うぅ……おかしい、絶対おかしいわ……どうして古代の遺跡にこんな仕掛けがあるのよぅ……」

「さぁ、侵入者対策じゃないか? こんな不真面目な仕掛けの先に誰も真実のうんたらがあるとは思わないだろ」

「……それもそうね」

 二つ目の試練を終えてなお、光希の真実を求める心は衰えていなかった。

 当然、控え室から光希を好き勝手するだけの私のやる気も衰えるわけもなく、遺跡の主であるらしい老人の声もノリノリで応援とかしてた。

「五つの試練を乗り越えたら~とか言ってたし、あと三つだな。さっさと行こうぜ」

「……待ちなさい」

 適当に扉を開けようとしたところで、引き留められてしまった。

 まずい、ノリノリなせいで私が操作してることを勘付かれたか?

「……一緒の扉に入りましょう」

「な、なんでだよ、せっかく二つあるのに」

「あたしじゃなんでか知らないけど不正解になっちゃうのぉっ! だからアンタが答えてっ! もうなまあったかい粘液まみれはヤなのおっ!!!」

 思いっきり涙目になりながら、粘液まみれで訴える光希があまりにも痛々しいため、私は渋々一緒に扉をくぐることを了承した。

 と、さりげなーく私だけで部屋のなかを覗き見る。

「ほら、中見てみろって。さっきと同じだろ?」

 『A』の扉を開きながら中を見せてやると、びくつきながら光希が隅々まで部屋の中を観察する。

「ほ、ホントに……? もう、粘液はイヤよ……!」

 クックック、馬鹿めっ!

「うわー急に何かの衝撃で扉がー!」

「えっ、えっ、えっ!?」

 光希を軽く部屋の中へ押し込みながら扉を勢いよく閉めるッ!

「ちょ、ちょっとぉ! 和泉ぃ! 和泉ったらぁ!」

「あー、すまーん、全然開かないわー、別の部屋行くわー」

「ちょっとおっ!!!」

 ふぅ、上手くいったぜ。

 早速『B』の部屋に入ると、案の定さっきと同じような控え室。

 光希の方は試練の部屋になっていた。

『それでは第三問――』

「さぁて、次はどうやって押し込んでやればいいものやら……」

 三度試練を課せられる光希を眺めながら、私は次の策を練った。

 ちなみに光希は服が透ける液体をぶっかけられる刑に処された。

「どうして全部なまあたたかいのよぉ! もうやだあ!」


 ◆


「くぅ……っ! ち、ちょっと和泉っ! わざと扉を閉めたんじゃないでしょうねっ!?」

「いやいやホントになんかに押されたんだって。っていうかお前、いくらなんでも黒のレースな下着ってどうなんだよ」

 光希の制服はふしぎな状態になっていた。

 スカートや上着の形は半透明になっているので何かしら着ていることは分かるのだが、中はスケスケ。

 かろうじて液体のかからなかった下着と、素肌が見えるというなんともふしぎな状態になっていた。

「うっ、ううううるさいわねどうでもいいでしょっ!? じろじろ見ないでよ変態ッ!」

「お前それ粘液まみれで黒いレースの下着で上下そろえた幼馴染が目の前に居る私に向かって言えんのかよ」

 この状況で見ないほうがおかしいだろ、粘液まみれの人間が半透明の服着て下着丸出しなんだぞ。

「くうぅぅ……っ! こんなふざけたトラップばっかりとか信じらんない……もう良い、もういいわ。そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるんだから!」

「お、どうする。帰るか」

「帰らないっ!!! 扉を開けて中であたしが試練に答える、どうせ外れるんだからそのあとのハードモードが始まるまでアンタが扉をあけっぱなしにしておいて!」

「なるほど、ハードモードの試練が終わるまで部屋の外で待機するってわけだ」

「そういうことよっ! ふっふっふ、甘かったわね古代人! 未来人の知略の前にひれ伏しなさいっ!」

 はは、ホント甘々だよなぁ現代人。

 もちろん、扉を押さえる係に任命された私は。

「あー、なんだこいつはー、やめろー、扉を押さえなくちゃいけないのにー」

「あぁっ!? 和泉ぃっ!?!?」

 光希が部屋の中ほどまで入ったところで即刻扉を閉めて。

『それでは第四問――』

 光希を不正解にして。

「いやぁぁぁっっ!! なにこいつらぁぁっ!」

 人の下着だけを食べる『パンテイーター』とかいうトカゲを大量にけしかけたりしたのだった。

 ちなみにほとんど撃退されてしまった。チィッ!


 ◆


「ぜぇっ……ぜぇっ……」

「おー、だいじょぶかー」

「もういいわ……アンタも信用しない」

「おっとついに私までも敵認定」

「もういいッ! 部屋ごとぶち抜いて、ゴールまで一気に行ってやるわッ!」

「えっ、ちょっ、嘘だろ!?」

 きゃりぽんから大鎌を展開させて雷を纏わせると、『B』の扉へ向けて斬撃を放った。

「うわぁ……ホントにぶち抜いたし……」

 粉々に吹き飛んだ『B』の部屋。

 向こう側に別の合流部屋が見えるので、普通に向こう側まで貫通してしまったらしい。

「いつの間にこんな馬鹿威力が出せるようになられたんです……?」

「ふんっ、アンタと違ってあたしは鍛錬を怠っていないのよ。ほら行くわよ!」

 鍛えてますから、シュッ! ってことなんだぁ、すごぉい。

 そんなとこ鍛えないでぇ、頭のほうももうちょーっとだけ鍛えたらいいんじゃないですかぁ? へっへっへ。

「へっへっへ……ん?」

 ぶち壊された『B』の部屋の中。

 光希の雷でぶち壊されたらしい残骸の中に、明らかに控え室側に置いてあったちょっと豪華な椅子やら台座やらの残骸がちらほらと見える。

 うわ、あっぶねー。普通に『B』に入られてたらバレてたかもしれんなこりゃ。

「ちょっと、何してんの? 早く来るっ!」

「はーいはい、今行くって」

 ま、結果オーライだな! ラッキーラッキー!

 で、砕けちった『B』の部屋を抜けると。

「何よ、ここ」

 これまでの合流部屋とは違い、『A』と『B』の扉の代わりに大きな両開きの扉が一つある。

 が、押しても引いても開かない。

「五つの試練……を、一応乗り越えたはずだが」

 あのじじいは居ない。扉は開かない。

「な、なんでよぉ! 詐欺よ詐欺! こんなの詐欺よ!」

「いやお前が部屋をぶち抜くとかやらかしたから普通にシカト決め込まれたんじゃねえのか」

 十中八九そうだと思うんだけど。

「そ、そんなわけないでしょ!? あんな変態クソじじいが喜びそうな罰ゲームを五回も受けなきゃいけないなんて馬鹿らしくて付き合ってらんないに決まってるじゃない!」

「その馬鹿らしいことに付き合わさせるのが目的の遺跡なんじゃねーのか」

 あんな部屋まで用意しといてまさか『女の子にえっちなことしたいわけじゃないんですぅ~』とは言わんだろう。

「うぐ……ぬぐぐぐぅ……じゃあどうしろっていうのよぉ!」

 とりあえず光希の制服をびりびりに引き裂けばいいんじゃねえの。

 とか言おうとした時。

『よくぞここまでたどり着いたな、異世界の冒険者たちよ……』

 あのじじいの声が聞こえて来た。

『五つの試練を乗り越え……乗り、乗り超えとらんな貴様らッ!? なぁにやってくれとるんじゃっ!』

「おいやべえぞめっちゃキレてんじゃん」

「う、うぅううるさぁいっ!」

『あーあーあーあーせっかく教えて上げようと思ったのになぁ、うわぁ萎えるわぁ。まじそういう、そういうずるとかないわぁ。えぇー? ここまできといてするぅ? まじないわぁ』

「おいやべえぞめっちゃ萎えてんじゃん」

「い、今更引く気は無いわよ!」

「ちゃっちゃと謝ったほうがいいんじゃねえのか」

「引く気はないって言ってるでしょ!? だいたい、人のこと粘液まみれにしたようなヤツにどうしてあたしが頭下げなきゃいけないわけ!?」

「そりゃあ、こっちがお願いする側だからじゃねえの?」

「知らないわ、被害者はこっちよ」

「なんだそのいつにない強気」

「あたしのシリアスでカッコいいミステリアスな遺跡探検を台無しにした罪は重いわッ! あたしのことを粘液まみれのすけすけにしたことも、い、和泉にあたしの下着を見せつけたこともねぇ!!!」

 下着の件はお前のチョイスの問題だし、っていうか今更お前の下着を見たって別にどうということないんですけど、その辺はどうなんですかね? あ、無関係ですかそうですか。

「ちょっと聞いてるんでしょ!? 真実の扉とやらを開けなさい! さもないとまた――」

 きゃりぽんを構えようとした時、じいさんのシリアスな声が響く。

『――冒険者よ』

 な、なんだこの空気。

 これまでのスケベじじいとは違う、何か壮大なスペクタクルを予感させる空気が漂い始めてる……!

『そなたたちの勇気、情熱、探究心……見せてもらった。真実の扉を開くに足る者であること、認めよう』

「だったら!」

『じゃが、真実とは常に想像を超える過酷を孕んでおる……その重さ、受け止めきれる強さがあるか示してみるのじゃ』

「強さを、示せ?」

 これ以上の強さを示せって言うのもまたロックな要求だなおい。あんたの遺跡壊されてんだぞ。

「強さなら示してやったじゃない、これ以上何しろっていうわけ!?」

『そこのもさもさ頭のおなごと口づけするのじゃ』

「「は?」」

『精神的強さを示すため、今ここでちゅっちゅしてみせるのじゃ』

「「……はぁぁぁ!?」」

『ふぇっふぇっふぇ~っ! 試練の部屋を壊したりするからじゃ~い! ほぉれキース! キース! キース! キースっ!』

 こっ、このクソじじいぃぃい! なんつーこと要求してきやがんだこの野郎ッ! 頭の中腐り落ちてんじゃねえのか!?

「な、ななななんでそんなことしなくちゃいけないのよおっ! 精神的強さと何の関係もないでしょお!?」

『羞恥とは強い社会性を持つ人類にとって最も大きなストレス感情の一つ……ソレに耐えられぬようでは、この真実の扉を開けてやることは出来んのぉ?』

「なっ、ぐ、ぅぅ……! 和泉みたいな屁理屈こねてんじゃないわよこいつぅ……!」

「おい待てなんで私が引き合いに出されたんだ今」

「うるさいこっち見んなっ!」

「ひでえ!」

『うひょひょひょひょぉ~っひょ! あれあれぇ~? やっぱり思春期少女にぃ、人前でちゅっちゅっちゅは試練が厳しすぎたかのぉ~? うぷぷのぷぅ~!』

「は?」

 おい、今こいつ煽ってきたよな。この私を舐め腐った態度で煽りやがったな?

「ち、ちょっと、和泉? どうしてそんなに怖い顔してるの?」

「………………」

 あぁ、もうダメだわ。コイツぜってぇ許せないわ。あぁもうダメだわ頭にきたわあ!

「おい光希、幼稚園の時のこと覚えてるか」

「は、ハァ? なによいきなり……そりゃ、ちょっとは覚えてるけど」

「幼稚園でよぉ、先生が結婚したっつー話聞いた時。『私たちもお嫁さんになったらドレス見せあいっこしようね♪』とか言ったよな」

「い、言った!? 知らないわよそんなことぉ!」

「相当痛ぇこと、言ってたよな」

「痛っ……ちょ、なんで腕掴むのよ、やめなさいよちょっと、嘘でしょ?」

「んなことに比べりゃあよぉ、ちゅっちゅのひとつやふたつどうってことねえよなぁ?」

「嫌イヤいやっ! どうってことあるわよ! ちょっと、やだ、無理、あ、あた、あたし初めてだからあっ! やだあっ! はな、離してえっ!」

「うるせえ! 大人しくしろやァ! あんな舐めた口聞かれて黙ってられっかぁ!」

 ぬめつく粘液まみれの光希を無理くり抑え込みながら、壁に両腕を押し付けてやる。

「や、やだぁ……やだったらやだぁ……!」

「戻ったらパンケーキおごってやるから! さきっちょだけ! さきっちょだけだから!」

「さきっちょってどこよぉ! ちょっとでも触ったらもう終わりじゃないのよぉ!」

「てめぇが連れて来た遺跡だろうがァ! いいから黙って唇寄越せやコラァ!」

 ガッと顔面を叩きつける勢いで唇を奪いにかかってみる、が。

「ぃやあっ!」

 機敏に避けやがるこいつぅッ!

「大人しくしろこのッ!」

「むりっ!」

「オラッ!」

「ヤっ!」

「こんのっ!」

「ぃいいいっ!!」

 ち、ちくしょう! いくらなんでもこんだけ避けられ続けるとこっちのほうが恥ずかしくなってくるわ!

「お前! 遺跡の秘密をどうこう言ってたじゃねえか! いいのかよ!」

「良くないけどちゅーは無理絶対無理どうしたって無理ぃ!」

「なっ、ぐっ……この、こっちだってしたくてやってんじゃねえんだぞ!」

「知らないわよだったら離しなさいよぉ!」

「お前が避けるから離せないんだろぉ!?」

 あぁくそ! 埒があかねえ!

「じゃあどうしろっていうんだよ!」

「…………………………もっと、そのぅ……こ、恋人っぽく、やって」

「……」

「……………………」

「ハァ?」

「は、ハァってなに!? わ、悪いわけ!? こ、こっちはファーストキスがかかってんのよ! いいじゃない、ちょっとくらい夢見たって!」

 コイツ……どんだけ自分が頭の中お花畑なこと言ってるかわかってんのか?

 いや、良い。今はそんなことどうでもいいんだ、重要なことじゃないんだ。

「……具体的には」

「う、腕とか押さえないで」

「はい」

「その……へ、変な目で見ないでっ」

「いや見てないし」

「あと、えと……こ、こくっ、告白とか、しなさいよ……」

「じつは光希のことすきだったんだーちゅーしよー」

「ちゃんと言いなさいよちゃんとぉ!」

「ちゃんとってなんだコラァ! やってんだろうが! 注文多いクセに文句つけてんじゃねえよ!」

「だってだってぇ! ファーストキスのシチュエーションを事細かに指定するなんて恥ずかしくて出来るわけないじゃないっ!」

「自分の格好見てから恥ずかしいとか言えやスケスケドロドロ女子高生がよぉ!」

「好きでこんな風になったんじゃないもぉん! へんたいじじいのせいだもんっ!」

 くっそぅ、マジで埒があかねえ!

 ……ふぅ、ふぅ。落ち着け、今私がやりたいことは、じじい絶対出来ないだろうと決めつけてやがる光希とのキスだ。

 それさえすればいい、他のことはどうだっていいんだ。

 目的だけを見据えるんだ、他のことは考えるな……捨てられるものは全部捨てろ私……!

「……光希」

「ひゃっ……な、何っ!?」

 光希の首元へ、片手を回す。

 ぐちゅ、と光希の髪に絡みついた粘液が気色悪い音を立てる。

 しかも若干生臭い。

「こんな時に、言うことじゃないってわかってる」

「なっ、なによぅ」

 光希の首筋をなぞるみたいに、片手を後頭部に回す。

 べちょぐちょぉ、と手におもいっきり絡みついてくる粘液と、前腕に垂れ落ちてくる光希の髪の毛ウィズ粘液。

 嫌悪感が爆発しそうなくらい尋常じゃないスピードで悪寒が背筋をバゾワゾワッと駆け上ってくる。

「でも、言わせてくれ」

「はぅっ、ぅぅ……っ」

 こんだけ気色悪いものを全身に纏わせておきながら、頬を耳まで真っ赤に染めつつキス待ち出来る光希の異常者極まりない精神に心底ドン引きしつつ。

「光希、好きだ―――……っ」

「んっ」

 私は、キスをした。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 生っ、臭っせぇ…………っ!

「ん、ちゅぁ……和泉ぃ……っ」

「んっく、ちょっ、すまん」

「……え?」

 いかん、まずい、やばい、ちょっと飲んでしまった。

 光希の全身に纏わりついた粘液は当然前髪にもついていて、必然的に顔面へ垂れて来た粘液がキスの一瞬で唇についてしまって思わず舐めてしまった。

 やばい、吐く、吐きそう、出そう。

「ちょ、ちょっと和泉っ、なにうずくまってんのよっ! ひ、ひどすぎない!? ひ、ひ、人とちゅーしておいてうずくまってんじゃないわよぉ!」

 う、うるせぇぇえ! 今こっちは限界ギリギリのところなんだよ! 胃がごぽごぽ音を立ててる気すらしてんだよ! ちょっと黙ってろよアホ!

「和泉ぃ! ねぇ和泉ったらぁ! こっち向きなさいよぉ! なんか言いなさいよお!」

 揺らすんじゃねぇぇえっ! どんだけひとに吐かせたいんだこのアホは!

 っていうかくせえんだよ近寄るんじゃねえよアホが!

「うっうっ……和泉のばかぁ……あほぉ……すけこましぃ……へんたいキス魔ぁ……」

「誰が変態キス魔だコぅぶぉええええええええええええぇえっっ」

「イヤァァァァアアアアッッッ!!!」

 こうして、甘酸っぱいと言われてるファーストキスは終わった。終わってしまった。

 私と光希のファーストキスは。

 なまぐっさい、粘液味だった。


 ◆


「どうだおらぁ! キスしてやったぞコラァ! 開けろやぁ!」

「うぇえぇ……っ、ぐしゅっ、ひぐっ……もう、さいあくよお……っ」

『お、おう。ぶっちゃけ見たかったキャッキャウフフなちゅっちゅと違い過ぎて、ドン引きしとるんじゃが』

「っるっせぇわっ! 誰のせいだと思ってんだ! もとはと言えば全部てめぇのせいだろうが! さっさと開けろやこのっげほっごほっげぇっほっ」

『わ、わかったわかった! 開けてやるわい! ほれ!』

 そんなわけで、ようやく開け放たれた真実の扉。

 その向こうには。

「なんじゃこりゃ……」

 もはや懐かしいファーストフード店の内装……しかも、私と光希が、リザたんと一緒に訪れたあのマッコの店内がそのまま設けられていた。

「お、おい、見ろよ、ここってあのマッコだよな」

「うっ、うぅ……ゲロ吐いたぁ……和泉がちゅーしてゲロ吐いたぁ……」

「い、いつまでぐずぐず言ってんだよ! イイから見ろよ! 今は目の前の光景に驚けよ!」

 どっからどう見ても、近所のマッコそのまんま。

 椅子や床の汚れ具合とか、使いこまれ具合とかまで私らが使ってた頃と同じように見える。

 な、なんだよこれ、私らがこっちに飛んできた瞬間から時間が止まってるみたいじゃねえか。

「ほっほ、何をきょろきょろしておる。ほれ、こっちじゃよ」

 スピーカーを通してじゃなくて、直接聞こえてくるじじいの声に振り向くと、あの日私らが座ってた席に、半透明に透けたじじいがマッコの制服を着て座ってた。

「その格好……」

「ふふ、驚いたかの。そう、わしはホログラムとして残された――」

「あんた、マッコの店員だったのか」

「ちがうわいっ!」

「だってマッコの制服着てんじゃねえか!」

「これは趣味じゃわい! しゅーみー! ホログラムなりのオシャレなんじゃ!」

 マッコの制服がオシャレとか言われても、やめといた方がいいんじゃねえのとしか思えねえなぁオイ。

「まったく……生臭女子高生はホント失礼じゃの……」

「うるせえよ。で、ここはなんなんだよ、なんだって私らの居たマッコがそのままこんなところにあるんだ」

「……知りたいか? いや、あの試練を乗り越えたおぬしらに、今更確認は不要じゃったな……」

 真剣なじじいの声。諦めたような微笑。

 これから教えられる真実が、如何に過酷なものかを物語ってるその仕草。

「ごくり……」

 嫌でも冷や汗が出てくる。

 私は、本当はとんでもない真実を知ろうとしているんじゃ――?

「ここはの……」

「こ、ここは……?」

「ここは…………」

「ここは……!」

「なんと……!!!」

「な、なんと……!?」

「マッコ、小惑星支店じゃ」

「は?」

 マッコ、小惑星、“支店“……?

「支店っつったか」

「そうじゃよ、支店じゃ」

「待て、まてまて、じゃあなんだ? 私らの学校の近くにあったあのマッコが、この小惑星にまるっと移転でもしたってのか?」

「それは違うのぅ。おぬしらの世界では学校の近所に建てられたマッコが、こっち側では小惑星内に作られたということじゃ」

「はぁぁ???」

 このじじいは何を言ってるんだ、さっぱりわからん。

「なるほどね、そういうことだったの」

「おおう、急に正気になるなよ」

 びびるだろうが。

「で、どういうことなんですか光希様や」

「あたしとアメリアさんの予測は合ってた……けど不十分だったってことね」

「そういうの良いから、簡潔に」

「ここは『あたしたちの時代から超未来である』と同時にやっぱり異世界でもあるってことよ。聞いたことないかしら、もし仮に時空を超越して過去や未来を改変出来たとしても起こるべきことは必ず起こるのが世界の法則だって」

「いや、知らんけど」

 聞いたこともあるような、ないような。知ったこっちゃない感じだけど。

「首尾一貫の原則、ってことなのかしらね……あたしたちの世界とこっちの世界は違う経緯をたどっているけれど『この内装を持ったマッコの店舗が生まれる』という事象だけは起こった、ということね」

「ふぉっふぉ、さすが赤髪ちゃんじゃのぅ。そう、おぬしらは次元と時間を飛び越えて来た。しかし、彼女たちには『次元と時間の軸』が見えておらんかった」

「だからリザが滅茶苦茶な時間……こっちの世界でいう遥か過去に当たるあたしたちの時代に向けて、次元を飛び越えてきたってわけね!」

「ふぉっふぉっふぉ、ご名答じゃ。半分ぐらいは、の」

 ……盛り上がってる。

 ねちょねちょの粘液まみれで下着丸見えな半透明制服JK(幼馴染)と、マッコの制服着た半透明のホログラムじじいがなんか小難しいこと話して盛り上がってやがる。

 超絶帰りたい。

「でも待って、だったらアメリアさんたちは? ジェネレーションワンは、一体誰が生み出したの?」

「ふぉっふぉ、そこもおおむね正解しとるよ」

「この世界のあたしたち……過去の人類が、アメリアさんたちの祖先ってことなのね。じゃあ、やっぱりこの世界の地球はもう……」

「ふぉっふぉっふぉ、そこはまた別問題じゃ。こちら側は、おぬしらの世界とは次元が違う。次元が違えば法則が違う、エネルギーが違う。魔法のように見える事象も、電気を使うかキャリア粒子を使うかMPなのかTPなのかPPなのかFPなのか……色々あるのと同じことじゃよ、法則が違うんじゃ、法則が」

「じゃあ、文化は? 言葉も食べ物も、おかしいくらいあたしたちが知ってるものと一致してる。重力だってそう、街並みだって全部あたしたちが理解できる範疇のものしかなかったことは?」

「それは逆じゃよ、おぬしらがこちらの世界を『理解できる範疇』と思う前に、彼女らがおぬしらの世界を『理解できる』と思ったんじゃ」

「アメリアさんたちが、あたしたちの時代を認識した……ううん、あたしたちの時代しか認識できなかったのね!」

「そういうことじゃ」

「なぁ」

 ちょっと、お二人さん?

「スゴイスゴイっ! 大発見よ! アメリアさんたちがあたしたちを選んだことは必然だったの! 次元を超えた先に、ジェネレーションワンとよく似たあたしたちの文化圏が存在していることをキャリア技術は感知出来ていたんだわ!」

「跳ねんな、粘液が飛んでんだよ」

 めっちゃびちびちいってんぞ。

「何をそんな冷静な顔してるのよっ! もっとはしゃぎなさいよ、世紀の大発見なのよ!?」

「そんなこと知ったからなんだっつーんだよ、金になんのか?」

「ハァ? こういうことはお金じゃないの! ロマンなのよロ・マ・ン! あんたそんなこともわかんないわけ?」

「はぁ」

 いや、ね?

 私だってね、わかってるよ? わかってますよ?

 そりゃあ私だってねぇ、時空ループものだのタイムスリップものタイムリープもの疑似科学だったり未来科学的な設定のゲームやったりアニメみたり漫画読んだり小説読んだりしてきたよ?

 だから? 多少は? ロマン感じたり「うわぁ、すげぇこと聞いちゃったよ」とか思ったり?

 それこそアメリカンなムービーの女優さんが如く「オーマイガァ……(吐息多め)」みたいな発言だってしてみたくなるよ、なってますよ。

 でもさ、私の目の前にはさ、どうしたって半透明のマッコのオッサンと半透明の制服きた粘液まみれの生臭い幼馴染が居るんだよ。

 おまけに私のこと置いてけぼりにして、二人でなんか盛り上がっちゃうってるんだよ?

「そりゃあ私だってこんなテンションになるわ! シリアスしたいのはこっちのセリフだよ! お前らもうちょっと自分の格好見直してから真面目な話しろや!」

「知らないわよそんなことぉっ! 自分の格好なんていう俗世間の概念にとらわれるんじゃないわよ! もっと世界と人類と運命のことを考えなさいよ!」

「っるっせえよ私だって考えてぇよ! でもどうしたってお前が生臭いしちょっと動く度にねちょねちょいってるんだよ! この粘液全ッ然乾かねえんだよぉ!」

 光希の足跡全部粘液で残ってるんだぜ!? どんだけしぶといんだよ!

「もう勘弁してくれよぉ……私、もう、目の前の出来事を受け入れきれないんだよぉ!」

 情報量が多すぎるんだよぉ!

「あぁもううるさいっ! だったらどっか座ってぼーっとしてなさいよ! 瞑想でもしてればいいでしょ!?」

「ひとにロマンがわかんねえのかとか冷静な顔してんなとか言ってたのはお前だろうがァーッ!」

 もう知るかっ!


 ◆


 で、大体10分後。

「和泉」

「んぁ、終わったのかー?」

 ホントに隅っこで瞑想をキメ込んでやった私のところへ、光希がようやく戻ってきた。

「えぇ。ワイズマンさんが、あんたに話があるっていうから先に戻ってるわよ」

「え、は?」

 ワイズマンっていうんだ、あのじじい。すげえそれっぽい名前してんな。

「ふぉっふぉ、こっちこっち」

 足早に船へ戻る光希を尻目に、ワイズマンの前に座ると。

「これを、渡しておこうとおもっての」

 なにやら手のひらサイズのピラミッド型をした置物かアクセサリーみたいなよくわからんものを渡された。

「なんだコレ、爆弾?」

「ちがうわいっ! これはテトラキューブといってな、いわゆるオーパーツ的なやつじゃ」

「はぁ」

 オーパーツ的なやつとか言われても具体的にさっぱりわからん。

 が、めんどくさいので詳細を聞きたくない。

 今私は最高に帰って風呂に入って風呂上りのキンキンに冷えたカフェオレが飲みたい。

「これを、おぬしに託す。ふぉっふぉ、友情の証じゃ」

「いや、あんたと友情結んだ覚えはないんだけど」

「何を言うか、一緒にお嬢ちゃんをずぶずぶのぬとぬとにしたじゃろ」

 やめろそのえぐい擬音!

「んじゃあ、帰っていいか」

「おうおう、詳しく聞きたくなったら研究者的な人に渡してみるんじゃぞ。おっぱい大きめのな」

「……なぁ、一個聞きたくなったんだけどさ、アンタはなんで私らが異世界人だったりアメリアさんのことだったり、知ってるんだ?」

「ふぉっふぉ、そりゃあ教えてもらったからじゃよ。わしはただの便利な人工知能……なんだかんだで今の今まで残ってしまっとった、――んてことのない――……――な……――じゃ――………………」

「……」

 それだけ言って、ワイズマンは消えてしまった。

「オーパーツ、ねぇ」

 教えてもらったとか言ってた……ってことは、私らを知ってる誰かがココに来てて、この話を聞かせたかった。

 何のために? 何が狙いで? ワイズマンの言ってたことはどっからどこまでが“そいつ”の知識だった?

 溢れだす疑問を投げかけようにも、ワイズマンの座っていた席にはもう、何も残っては――。

「おっと、接触が悪くなってしもうたわい。ん? 何シリアスな顔しとるんじゃ? 似合わんぞモップ頭よ」

「お前マジで一発殴らせろやオラア!」

 見てんじゃねえ!


 ◆


 まったく、実に鬱陶しいじじいと遺跡だった。

「しかしまぁ、なんだってこんな小惑星にマッコが作られたのか、さっぱりわからんな」

 いや、そんなこと言ったら宇宙ステーションで暮らしてるってことの方がさっぱり意味わかんないんだけどね?

「ま、いいか」

 とにかく、これで光希様の言う通り~な一日は終わったんだ。

「さっさと帰って、さっさと風呂入って、さっさとカフェオレ飲んで大富豪でもするかな~」

 負けっぱなしは癪だしな~。

 とか思いながら、乗っていた船のとこまで戻ると、光希が律儀に待っていた。

「おう、お待たせ」

「ねぇ、和泉」

「あん?」

 スッと広げられる、光希の両手。

 ぬちょぉ、と気色悪い音を立てながら膜を張る粘液。

「お、おい、なんのつもりだよ、なんでこっちに来るんだよ」

「あたしが試練を受けてる間、ずっと見守ってくれてたのよね」

「は? ……あっ」

 振り返ると、いつの間にか開けられてる最初の『B』の扉。

 床に残っている粘液。

「い、いやぁ、内装が違うだけであそこには――」

「さっき、ワイズマンが教えてくれたわ。アナウンスで」

 さっきの接触不良はコレかぁぁぁ! あの野郎、光希のところに飛んできてやがったな!

「お、おい待て、話し合おう、やめろ! 近寄るんじゃねえ! こっちにはきゃりぽんがあ――」

「ライトニングバインドッ!」

「あびびっ!?」

 し、痺れて、動けない……!?

「うふふ、ほぉら和泉……あたしがいっぱいい~っぱい、ハグしてあ・げ・る……♪」

 あ、あぁ……くるなっ、こないでっ、あぁぁっ!

「ぎゅーっ……♪」

「あぁぁあぁぁあぁぁあぁあぁぁあーーーーーーっっっ!!!」

 こうして、二人そろってドロドロになった私たちは。

「な、なんだその格好は……お、おい、何故近づいてくる、やめろ! 何故こっちにくるのだ!? 和泉、光希! やめっ、うわぁぁ!」

「全く何を騒いでおるかと思ったら……って、何故わらわに近づくっ! き、気持ち悪いわ! 来るでない! やめっ、やだっ、いやっ、ああああああっ!!」

 メープルとモナにも、どろどろのおすそ分けをして、四人揃って風呂に入ったのだった。

 あーくっせぇ。


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