第四話 舞いと踊り
壇上の脇に先ほどでてきた男性が現れる。彼の視線がセラに向かれたのに気づく。青年に再度頭を下げてから、壇上に向かった。
「さて皆様がひと休みしている間の余興として、踊り子に来て頂きました。休憩の合間にどうぞご鑑賞ください」
セラは途中で扇を受け取り、壇上にのぼった。パラパラと拍手が聞こえてくる。
これが酒場であれば、もっと盛大だった。ひときわ大きな音を立てていたのはロムルスだ。隣でルルミーアが眉をひそめているにも関わらず、叩いていた。
先ほどまで踊っていた青年が目を丸くしている。彼の表情には驚きとやや怒りも含まれているように見えた。
壇上を一人で歩いくが、貴族の人たちはセラのことよりも、隣にいる異性の方が気になるようで、ほとんど注目されなかった。
一礼をし、優雅な音楽と共にセラは動き出した。
扇をひらひらさせながら、足をゆっくり動かす。美しく優しく、凛とした雰囲気を作り、微笑みを忘れずに舞っていく。型からぶれずに一定の動きをする。
下にいる人たちは、こちらを見ている者も何人かいたが、依然として多くの意識は向かれていなかった。
ただしそんな中で意外だったのが、ルルミーアがじっと見ていたことだ。表情は変わらず、まるで採点するかのようにセラを見つめていた。彼女の視線も相まって、緊張しながら舞った。
何だか奇妙な気分だ。踊りは楽しむものなのに、なぜこんなにも緊張感をもって舞っているのだろうか。
こちらが一生懸命踊っても、何も反応がない。これではただの背景だ。
こんなこと――セラは望んでいない。
音楽の途中だが、セラは動きを止めて扇を下ろした。
人々が訝しげに見てくる。
「音楽隊の皆さん」
奏でていた人たちが手を止めた。
「もっと速い曲を。心が躍るような曲をお願いします」
音楽隊の人たちは困惑した表情をしている。彼らは眉を跳ね上げたルルミーアの様子を伺っていた。
するとロムルスが彼女に耳打ちをした。彼女は怪訝な顔をしつつも頷くと、音楽隊に向けて首を縦に振った。
すると音楽隊の中心人物である男性が、首を振りながらテンポを指定する。そして他の者たちはそれに従って音楽を奏で始めた。
思ったよりも速い。だが街でもよく耳にする、セラが知っている曲だ。彼らはテンポが速いにも関わらず、息のあった演奏をしていた。
音を聞き、テンポを体に刻み込んで颯爽と動き出す。
回る、回る。扇を激しく上下左右に動かしていく。音が跳ねれば、セラもまるで妖精のように軽く跳ねた。
汗が飛び散るのも気にせずに、舞うのではなく踊る。笑顔を綻ばせながら、セラは音楽を聞き、自分ができる踊りをした。
そして私を見ろと言わんばかりに、壇上の間際まで寄る。ほとんどの人の視線がこちらに向けられていた。
セラはすっと右手を伸ばした、ロムルスに向けて。
彼は口元に笑みを浮かべると、壇上まで歩み寄り、セラの右手を取って飛び乗った。そして手を引き、セラを引き寄せる。
「好きに踊るぞ。この音楽は俺も好きな曲だからな」
「ええ。ロムルスに合わせる。任せなさい」
にやりと笑みを返すと、彼は手を変えて、セラの右手を左手で握って、自由気ままに踊り始めた。
踊りとは言い難い、型のないものだ。足を横に横にと動かすが上手くいかずに、セラのつま先にぶつかることもあった。だがそれで止まることなく、彼は続けていく。
繋がれた手を挙げられたのを見て、セラはその場でくるりと回った。そしてこちらが視線を合わせると、彼も一回転した。
そこで音楽が転調する。速度も上がる。
ロムルスがたじろいだのに気づいた。セラは彼の手を引っ張りながら、テンポよく足を動かしていった。
男女で踊る際は、女性がリードをしてはいけないと、都会のダンスを軽く学んだときに聞いた。男性を尊重しての発言だろうが、女性であるセラとしては納得できない点である。女性が引っ張って何が悪い。だからあえて貴族の前でその一般論を崩した。
ロムルスは少し遅れながらもついてくる。戸惑いもあったが、表情は晴れやかだった。
妖精の輪の上で踊ったように、楽しく踊れ。音楽に体を委ねるのではなく、音楽をリードする気で体を動かせ。
それを意識しながら、セラは耳を澄ませ、視線をロムルスに向けて、笑顔で踊った。
くるりと回ったとき、視線が壇上の下に向いた。下でも拙いながらも、男女が楽しそうに踊っている。情緒は微塵も感じられないが、作った笑みではなく、心の底からの笑顔を相手に向けていた。
踊ることで心を通じ合わせる。それができるダンスとは何と素敵なものだろか。
終盤に進むにつれて、音楽が激しくなっていく。セラはさらにロムルスを引っ張り、踊っていった。
次第に音が大きくなる。音楽も終盤だ。セラは精一杯踊りながら、その場を楽しんでいった。
やがて音楽は終わりとなり、音楽隊が同時にフィナーレの音を出す。余韻に浸りながら、セラとロムルスは止まり、お互いに見合った。
激しく踊っていたおかげで、呼吸が荒く、額には汗が浮かんでいる。汗によってドレスは張り付いていた。
「よくついてこられたわね。上手くなったんじゃない?」
「お前のリードが上手かったからだよ。――ほら、あっちを見てみろ」
ロムルスの言葉に促されて、セラは壇上の先に視線を向けた。頬を赤くし、肩を上下している人たちがいる。彼らは満ち足りた表情をしていた。
そんな中、ぱんぱんと手が叩かれる。それにつられて周囲にいた人たちも手を叩き始めた。
初めに手を叩いたのは、金髪の少女――ルルミーアだった。口元に笑みを浮かべている姿は満足げそうである。それが一瞬リーリと被った。
聞いたことのない、盛大な拍手が鳴り響いていく。セラは頭を下げようとしたが手を叩き返した。ロムルスも倣って叩いてくれる。
セラがきっかけを与えたが、この場の雰囲気を作ったのは、ここにいる人たち。だから皆で称え合うべきなのである。
拍手はいつまでも鳴りやまなかった。それは人々の心が一体になったことを感じられる光景だった。
「セラ」
張りのある凛とした声を後ろからかけられる。外の空気を吸うためにバルコニーに出ていたセラが振り返ると、ルルミーアが腕を組んで立っていた。
「何でしょうか、ルルミーア様」
彼女は何も言わずにセラの横まで歩いてくる。
パーティは今も続いていた。軽やかな音楽が奏でられている。疲れた人は椅子に座って談笑しているが、元気な人たちはまだ踊り続けていた。
すぐ横まで来たルルミーアは口を開いた。
「……貴女が躍った最初のは、素敵な舞でした。でもあれは私が考えていたものとは違っていましたわ」
セラは目をぱちくりした。ルルミーアは唇を噛んでから顔を向ける。そして扇子を広げて口元を隠した。
「貴女の踊りは魅せるのではなく、やはり楽しませるものだったわ」
「そうですね。私が普段踊るのは祭りや酒場など、人々の心が盛り上がり、一緒に踊る場が多いですから、魅せるというのは違うと思います。……すみません、ルルミーア様の意に反した踊りをしていまい」
「……そんな言葉を出す必要はありません」
ルルミーアの頬が赤らんでいる。彼女は扇子を下げて、セラを真っ直ぐ見た。
「いい踊りでしたわ。貴女のおかげで会場がおおいに盛り上がっています。いつもの堅苦しい会ではなく、とても楽しい会になりましたわ! ……そんな空気にしていただき、ありがとう。今後も活躍を期待しているわ」
セラがぽかんとしていると、彼女は逃げるようにして中に入っていった。
「今の褒められた?」
辛らつな言葉しか吐かれなかった相手に褒められ、礼まで言われた。裏でもあるのかと疑ってしまう。
「……彼女の本心からでた言葉だよ。お前は疑り深いな」
汗を拭いながらバルコニーにロムルスが出てくる。彼はセラの隣で柵に背中を付けた。
「ルルミーア様と練習したとき、こんなこと言っていた。貴族会のダンスパーティは、偽りの仮面を付けた男女の交流会。それを変えたいってな。セラという石をそこに投げたのは、そういう想いがあったからだろう」
「嘘……」
セラは両手で口元を覆う。彼は柵から背を離し、こちらを見た。
「彼女は俺みたいな男を探していたと言ったが、本当はお前を連れてきたかったんだよ。俺はただのおまけさ」
「え?」
「そろそろ素直に受け入れろ。お前の実力を知って、あの人はこの会に呼んだんだよ」
ロムルスの指がセラの額を押してくる。彼の瞳が真っ直ぐ向けられた。
「わかったか」
間近で言われた。整った顔がすぐ傍にある。セラは胸の高鳴りを隠しながら頷いた。
そしてロムルスは指を離して、室内に目を向けた。
「さっきデザートが出ていたぞ。最後に食べようぜ」
彼が歩きだそうとしたのを見て、セラはすらりとした背の彼に向かって言葉を投げかけた。
「ロムルス!」
彼が不思議そうな目で振り返ってくる。セラは胸の前で両手を握りしめた。
「ありがとう! ロムルスがいたから、私は自分の踊りができた。あんたがいなかったら、きっと私は……」
ロムルスが近づき、セラに手を差し出してきた。
「自信を持て、セラ。一人で踊っている姿、かっこよかった。――最後に踊ってから、デザートでも食べようぜ、お嬢様」
「お嬢様なんて思ってもないくせに」
セラはふふっと笑みをこぼしてから、彼の手を取った。
ロムルスの温もりが伝わってくる。それを感じながら、歩き出した。
彼と一緒にいると心臓がドキドキしてくる。彼が他の女性と手を取っていると、心が違った意味で揺れ動く。
長身でかっこいいという外見面ではなく、口は悪いが、さりげない気遣いが、セラにとってはいつのまにか当たり前になっていた。
この想いを言葉に出すことはできる。背中を押し、時には手を引っ張ってくれる彼をどう想っているか――を。
でも今は声には出さない。
だって、これから楽しく踊る時間だから!
部屋に入り、彼と向かい合うと、笑いあった。そして流れる音楽を聞きながら、二人で踊り始めた。
了
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こちらの作品は、タチバナナツメ様主催の西洋ファンタジー創作小説アンソロジー『悠々閑々幻想録』への寄稿小説です。
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