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第一話 踊り子とお嬢様

 奏でられる音楽に合わせて気持ちよく体を動かす。ここでは体裁なんて関係ない。煌めく太陽の光を浴びながら、皆で楽しく盛り上がろう!

 そう意気込んで、少女セラは目の前にいる長身の黒髪の少年を見上げた。すると彼は口元に笑みを浮かべた。つられて笑みをこぼす。そして互いに一歩ずつ近寄り、自分の右手と彼の左手を握り合った。さらに少年の右手がこちらの腰に触れると、セラは左手を彼の肩に置いた。

 ゆったりとした調子の音楽から、テンポがいいものに変わる。金管楽器を使った音楽は明るい曲を作っていた。

「一、二、三で行くぞ、セラ」

 声に出したロムルスのテンポを復唱して、頷き返した。

「わかった。さあ、踊ろう!」

 互いに首を振ってテンポを掴みながら、同じ側にある足を一緒に踏み出した。

 二人は音楽に合わせて、足だけでなく、体全体を動かす。セラの亜麻色の髪がなびけば、ロムルスの黒色の前髪も揺れていく。

 音楽が盛り上がる場面では、セラの腰に添えられていたロムルスの手が離された。それを合図と言わんばかりに、こちらも左手を離し、繋がれた手を高い位置に上げる。それを始点としてセラはくるくる回った。

 セラの様子を見ていた周囲にいた人たちも踊り始めており、小さな広場はすぐに人でいっぱいになった。

 再びロムルスの体の前に戻ると、音楽を聞きながら、時にゆっくり、時に激しく動いていった。

 やがて速かった音が遅くなり、静かに終わりを告げていく。二人も少しずつ動きを遅くし、最後にセラがくるりと回って終わりとなった。

 周囲から拍手が鳴り響く。それを聞き、上気していた頬がさらに赤くなった。

 セラはロムルスから手を離し、スカートを摘みあげて、軽く頭を下げた。彼も右手を胸に添えて頭を下げる。そして互いに見合うと、笑いあった。



 今日はクリアット街で開かれている、花祭り。花開く季節に町の中央広場にて、皆で食事をしたり、音楽を奏でたり、踊ったりと、楽しく過ごす祭りである。

 温暖な気候のこの街は、季節の変化もきめ細かく、節目ごとに祭りが開かれていた。花祭り、収穫祭、新年祭など、季節の訪れをその時々で楽しんでいる。

 ひと踊りを終えたセラは、ロムルスと共に広場の端に移動した。そこでジュースが入ったコップを受け取り、一気に飲み干す。コップを下げてもらっていると、見慣れない馬車が目に入った。

 豪華な飾りをつけている、馬の毛並みもよさそうな馬車。そこに穏やかな雰囲気をまとっている御者の老爺(ろうや)が乗っている。庶民がいる居住地には場違いな馬車だ。

 誰が乗っているのか不思議に思っていると、御者が動き、馬車のドアを開けていた。そこから現れたのは、長い金髪を巻いた、鋭い青い瞳の少女。胸は大きいが、顔立ちから判断して、セラと同じ十五歳くらいだろう。

 ロムルスたちもセラの視線につられて、そちらに顔を向けていた。注目を浴びる形となった少女だが、動揺することなく、開いた扇を口元に当てた。

「今のがダンスですって? 嘘でございましょう? お子さまのお遊戯かと思いましたわ」

 少女は扇子越しでも聞こえるように、あえて大きな声で言い放つ。セラたちの表情が固まった。

「ちょっ、ちょっと。今の発言はどういう意味よ!」

 セラが噛みついたように言うと、金髪の少女は上から目線で見てきた。

「そのままですわ。それがダンスとは私は認めません。ダンスとはもっと精練されたもので、紳士淑女が嗜むものですわ」

「認めませんって、貴女、何様のつもり?」

「第一に服装がなっていませんこと。何ですか、その水玉模様の野暮ったい布は? 袖や端にヒダが入っているそれは、まさかドレスと言うのではないでしょうね?」

 セラは視線を下に向けて、自分が着ているものを見た。赤い水玉が布全体に散りばめられている、木綿で作られたドレス。家にあるドレスでもっとも上等なものだ。

「そして赤い帽子。どこのおばちゃんかと思いましたわ」

 少女が溜まらず声を出して笑う。口元は見えないが、彼女が小馬鹿にしているのは明らかだった。

「おばちゃんって、失礼な言い方ね! この場にいる皆を敵に回したわよ!」

 周囲にいた人たちも頷いていく。彼女たちもセラと同じように上質な木綿のドレスを着て、大きなリボンが付いた帽子を被っている。

 少女は扇を閉じ、深く息を吐いた。

「……これだから田舎者は」

「なっ……!」

 今まで聞いた中で、最も屈辱的な言葉を出された。顔を真っ赤にしていると、少女がゆっくり寄ってくる。しかし彼女は途中でセラ以外の誰かを目にすると、はっとした表情でそちらに向いた。そしていそいそと歩き、セラの横にいたロムルスの前に立った。

「貴方様のお名前は?」

「俺?」

 ロムルスが自分のことを指すと、彼女は両手を握りながらこくこくと頷いた。彼女の頬がやや赤らんでいる。

「俺はロムルス・ルトだが……」

 名乗ると、少女は彼の右手を両手で握りしめてきた。

(わたくし)は、ルルミーア・マウローと申します。ロムルス様、今度屋敷で開かれるダンスパーティで、私のお相手をしてくれませんか?」

 彼女の言葉を聞き、ロムルスやセラだけでなく、その場にいた一同が目を丸くした。

「ルルミーア・マウロー……様?」

 確かめるように言うと、彼女はしっかり頷いた。

「ルルミーアで構いませんよ。様なんて他人行儀の言葉、つけないでくださいませ」

 街では見かけない場違いな馬車に乗る、高圧的な口調の少女。そして聞き覚えのある名前。

彼女はおそらく――街を納めるマウロー男爵の娘だ。

「俺……じゃなくて、僕がルルミーア様のお相手なんて、務まりません。他に素敵な男性がいらっしゃいますよ」

 ロムルスは慌てて口調を正す。彼女は気にした様子を見せず、顔を近づけてきた。

「いえ、私はロムルス様がいいのです! きちんとした服を着れば、さらにかっこよく見えますわ!」

(もしかしてロムルスの顔だけで選んでいるのかしら)

 ロムルスは身長が高く、顔立ちも整っているため、かっこいい部類に入る男だ。異性から何かと告白されることが多いが、彼はすべて断っていた。

 父同士が親友のセラとロムルスは、小さい頃からよく遊んでいたため、その光景を度々見ていた。悪戯っぽく「付き合ってみたら?」と言ったことがあるが、「面倒だ」で一蹴されている。彼の性格を考えれば、それは当然のことだった。

「なぜこんな庶民に声をかけるのですか。釣り合いませんよ。てか、絶対に釣りあわねぇって」

 素を出しながらも断っているが、ルルミーアは引き下がろうとしなかった。ロムルスの口調が段々と悪くなっていくのを、セラは冷や冷やして見ていた。

「お願いしますわ!」

「だ、か、ら、ダンスパーティなんて面倒だ!」

「じゃあ、どうしてこの女と踊っていたのですか?」

 ルルミーアがセラのことを指してくる。こんな呼ばわりをされ、再び感情が高ぶってきた。

 ロムルスがちらりとセラを見てくる。お嬢様とのやりとりに嫌気がさしているようだった。しかし彼女と見合うときは、無理くりに笑顔を取り繕っている。

「……彼女とは昔から付き合いがあり、縁があれば踊っているんです。所詮お遊び的なダンスですよ」

「そうですの。ですが基礎はきちんとできていましたわ」

 祭りが多いこの街では、踊り方は学校で最低限教わる。ロムルスはその容姿から踊りの相手役を申し出てくる人も多いため、練習には不足がなかった。

「私と一緒に練習すれば、素敵な都会のダンスができますわよ。こんな小娘の田舎のダンスではなく」

 怒りが頂点に達する。セラはわざとらしく咳払いをし、ルルミーアの注意を引きつけた。彼女は眉をひそめて、顔を向けてくる。

「何ですの?」

「さっきから田舎とか都会とか言っておりますけど、何がどう違うのですか? もしルルミーア様が田舎と都会を区別するのであれば、彼は田舎のダンスしか踊れません。都会のダンスなど教わっていませんから!」

 堂々と言い切る。隣にいたロムルスがほっとしたような表情をしていた。ルルミーアは軽く首を傾げる。

「そうでしょうか。ダンス自体に大きな差異はありません。伸ばすところは伸ばし、動くときは動くよう強弱を付ければいいのです。ロムルスさまはよく動けているので、その程度であれば私の手で直せますわ」

 彼女はロムルスの左腕に両手を絡ませてくる。彼の表情が途端にひきつった。

「お礼はきちんと出します。ですからいいですわよね?」

「お礼とかそういう問題じゃなくて……。どうして僕なんですか。他に上手い人はたくさんいます」

「一目惚れですわ」

 あっさりと言われ、ロムルスとセラはぽかんとした。

「きっとこんな女より釣り合うと思いますわよ」

「こんなって――」

「――セラのことを甘く見ないほうがいいです」

 セラが怒りを言葉に出す前に、ロムルスは静かな声で言った。ルルミーアの目が細くなる。

「どういうことですの?」

「そのままの意味ですよ。今回は僕に合わせてくれましたが、彼女は――」

 セラは慌てて彼の口を塞ぎにかかったが、その前に言われてしまった。

「踊り子です」

 ルルミーアは腕を放して、見開いた目をセラに向けている。まるで珍しいものを見ているかのようだ。

「冗談言わないでくださいませ。こんな()が踊り子だなんて!」

「見ていないのに結論付けないでください。なあ、セラ?」

 ロムルスに話を振られるが、首を縦に振れなかった。

 彼が言ったことは嘘ではない。一応踊り子と名乗っている。しかし酒場やこのような祭りの締めで軽く踊る程度のもの。貴族の娘に向かって踊り子だとはっきり言えるほど、技術も感性も優れているとは言い切れなかった。

 何も言わないセラに対し、ルルミーアがじっと見てくる。そして扇を開いた。

「……ロムルス様、彼女が我が屋敷で踊ることになれば、貴方も来ていただけますか?」

「はい?」

 ロムルスは眉間にしわを寄せ、セラは顔を上げた。

「交流のためのダンスパーティで、余興として踊ってもらいますの。この街にはこんな人がいるということを広める、いい機会だと思いません? それに楽しそうに踊れば、参加者も自然と表情が緩むと思いますの」

「そうかもしれませんが……」

 自信の無さが声に反映される。言葉が続かないのを悟ったルルミーアは鼻で笑った。

「踊り子は多くの人に見てもらいたい人間かと思ったのですが、違いますの? とんだお門違いな踊り子さんね。せっかくの機会ですのに」

 もともと踊るのが好きで、日々の仕事に疲れた人を癒し、皆に笑って欲しいと思い、皆の前で踊り出した。

 貴族たちの前で踊るなど、滅多にない貴重な機会である。美しい舞台で踊れれば、さぞ気持ちもいいだろう。

 同時に怖いとすら思った。失敗したら……それが脳内でしつこく反芻(はんすう)してくる。手をぎゅっと握りしめた。

「セラ」

 ロムルスが呼んでくる。

「一緒に行くから、踊ってみないか」

 心の奥底に響くような、綺麗な声。それは多くの少女たちの心を射止めてきた声でもあり、セラにとってはほっとするような声でもあった。

 握りしめていた手を緩めていく。このまま貴族に馬鹿にされたまま、終わりたくない。踊り子としての誇りを胸に秘めて、一歩踏み出してみようではないか。

 セラは背筋を伸ばし、ルルミーアを見返した。雰囲気に押された彼女は半歩下がる。

「何?」

「わかりました。是非とも踊らさせていただきます。よろしくお願いします」

 そしてセラはスカートを摘み、右足を左足に絡ませて、優雅に礼をした。


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