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貴女がいて俺がいて

作者: 藤原

「ぁあ!もう!!」

 意味もなく俺は叫んだ。夜だというのに、一切周りの迷惑とかは考えていなかった。理由は単純明快。

 ストレスが溜まっていたからだ。

「こんな物捨てたら俺は楽になれるのかな…」

 俺は机の上にあるを凝視した。そこに忌々しいブツが開いて置いてある。受験生ならば一度は必ず手にするものである過去問だ。センター試験は大学入試の第一関門みたいなものだ。だから問題に慣れておく必要もある。だが、俺はセンター試験の過去問をするのも、勉強するのも、体が拒否し始めている。

「何やってもダメならいっそ燃やした方がいいかな」

 嫌になると俺は、独り言が多くなる。喋って少し楽になるのならいくらでも話してやる。だが、その前には、俺の健康的な生活の為にはコイツをなんとかしないといけない。

 俺は過去問を掴むとゴミ箱に放り投げようとした。気がつくと力一杯に腕を振り下ろそうとしていた。

『私を棄てるの?』

 可愛らしい声が俺の脳内に響き渡った。その可愛さたるや、目を引くものがあるがその声が一体どこから聞こえてくるかは分からない。

 刹那、目の前が真っ白になった。眩しいという程でも無いのに目を開けるのも辛かった。

 暫くして目を開けてみるとそこに広がっていたのは俺の部屋じゃない不思議な空間。何もない。虚無だ。

「ここには何があるんだ?」

 思わず声に出てしまう。だが、その答えを求めるのも、探すのも無駄な気がした。そんなことをしても永久に答えなど出ないような気がしてしまった。

 俺は理由もなく歩くことにした。この空間にいると心にあるモヤモヤしたものが少しづつ晴れていくような気がしていた。

 暫く歩いた。俺は椅子を見つけた。少し休憩しようと思ってそこに腰掛け、ふと前を見るとさっきまでそこにいなかったはずの人間がいた。女の子だった。その女の子は俺に近づくと少し悲しげな表情を見せた。なんだろうか俺が何か悪いことをしたとでも言うのだろうか。心当たりなど微塵もない。

 女の子はスゥっと息を吸った。周りの空気が少しだけ動いたような気がした。だけどそんなこと有り得ないと鼻から否定した。女の子は俺に語りかけた。

『こっちに来て欲しいって祈る程私は辛いんだよ?』

 聞き覚えのある声だった。その声は、過去問を投げ入れた時にした声と瓜二つだった。そして、ある疑問が俺の中に湧いた。それを女の子に聞くのは少し躊躇った。明らかにその女の子は俺のことを知っているようだったから。その女の子はというと自身の茶色に染まった髪を触っている。少し巻いてある髪は綺麗で艶もあった。そしてその光景に思わず息を飲んでしまう。ずっと見ていたかった。例え、ロリコンと世間的に蔑まされだとしても。でも、俺はこの状況を把握したいといつ欲求の方が辛うじて上回った。

「君は一体誰なんだ?」

 女の子は俺の方を向かなかった。逆にそれが怖い。背中に妙な汗をかかせる。

『私は、周防裕哉くんの持っている物だよ』

 ダメだ頭の理解が追いつかない。いや、そもそも、これ自体が俺の脳内で妄想されて起こっているという可能性も。いや、そうに違いない。それになんで、この女の子は俺の名前を知ってるんだ?確かに俺は、周防裕哉という名前な現在高三の受験生な訳だが。逆に間違っていないからこそ怖い。だから幻と思いたくなってしまう。

「そうだ、これは幻なんだ。こんなの俺の妄想に過ぎないんだよな。うん、うに違いない」

『疲れているのはそうなんだろうけど私は幻なんかじゃないよ。ホラ足だってあるし』

 女の子はそう言って俺に足を見せる。だが俺が知りたいのはそんなことじゃない。ここがなんなのか、だ。それを知らない限りは俺はここを現実とは認めない。

「幻じゃないなら証拠は?」

『証拠はあるよ』

 そう言って女の子はパチンと指を鳴らした。すると、空間が崩壊するような勢いで全く別のものを形成し始めた。そして、見えてきたのは文字の羅列。

「これは…」

『見覚えあるでしょ?』

 相変わらずの無邪気な笑顔で俺を見つめてくる。なんだけそんな純粋な目で見られると恥ずかしいからやめてほしい。俺は決してロリコンじゃないのに…。さっきまで消え去っていた筈のモヤモヤがまた来た。

 そのモヤモヤはそこにある文字の羅列によるものだ。この文字の羅列俺には見覚えがあった。

「これは…俺の過去問の中身か?」

『そうだよ。そして私自身』

「どういうことだ?」

 俺に意味は理解できなかった。

『そのままの意味だよ。裕哉くんがゴミ箱に投げ入れた過去問が私なんだ。だから私凄い悲しいんだ。自分があまり有意義な使われ方をしないままに捨てられて、使っていた人が嫌な顔をするのなんて』

 女の子は悲痛な表情をした。

「名前は?」

 いま聞くべきことでないのかもしれない。でも、俺はどうこの女の子を呼べばいいのか分からない。名前を知らないとここからの会話がなんだかギクシャクするような気がした。だから、聞くことにした。彼女の名前を。

「キミの名前は?」

『私に名前はないよ。だから裕哉くんが付けて、私を可愛がって欲しいな』

 なんだか誤解を招くような言い方をされた気がするがこれは気にしない方がいいのだろうか?

「名前を付けろって言われてもな…」

 俺はペットなんかも飼ったことなんてないし、今まで何かに名前をつけようと思ったこともそんなことをする機会も無かった。だから突然名前を付けろなんて言われても、難しいの一言しかない。でもこの時の俺は頭が冴えていたのか何なのかはよくわからないが可愛らしい女の子にぴったりと自分で感じる名前が一つだけ圧倒的な存在感を示して頭の中に渦巻いていた。

「キミの名前は里桜。どうかな?」

『どうも何も私な名前は裕哉くんが名付けるものが絶対だから。だって私はキミの所有物なのだから。それにしても理桜か。いい名前だね」

 そりゃそうだ。名付けなんてしたことのない俺が神の啓示を承ったように頭の中にすっと出てきた名前だからな。だが、コイツが最初に言ったことは少しばかり聞き捨てならない。

「最初に言ったことは少しばかり違う言い方できなかったのかな?この会話を他人が聞いていたりしたら俺は完全に犯罪者なんだけど?」

『犯罪も何も事実なんだから』

 ダメだコイツ絶対に意味わかってないな。それに一体何が目的なのか全く分からない。だけど、理桜を見てるだけで少し心が揺らぐ。

 ってダメだ。理桜がいくら俺の持ってる過去問だって言っても、目の前にいるのは140cm位の身長しかない、それこそランドセルを背負わせたら小学三年生位に見える女の子なのだから。手を出したら有無を言わさず世間的にも法律的にも死んでしまう。理桜は合法ロリと言われる部類でもないし。なんだか、突き詰める方向が違ってきてしまった…。もう一度冷静に考えよう。そもそも、理桜は俺に何をして欲しいんだ?

「理桜は俺に何を求めてるんだ?」

『私はね裕哉くんに大切に使ってくれることを願ってるんだ。それでね、裕哉くんが大学に合格するところを見たいの。そしたら私の存在意義は達成されたことになるから』

「それでこの空間は何なんだ?」

『ここはね私の中だよ。だから過去問の中』

 そんな話あり得るのか?やっぱり俺の妄想じゃないのか?と疑いたくなる。でも、なんだか俺は信じたくなっていた。理桜がいるから。何があってもこの存在は本物の存在だと思いたいから。

「過去問の中…。そんな所に俺をどうやって呼び出したんだ?」

『私が裕哉くんと話したい。捨てられたくない。まだ使って欲しいって強く願った。願ったらなんだか裕哉くんがここにいたんだ。だからどういう経緯でこの世界に裕哉くんが来たのかは私には説明できないいんだ。ごめんね』

「戻れるんだよな?」

『それも分からないの』

 世界が暗転したような気がした。目の前の視界がグニャりと歪んだ身体がふらふらとした。目眩か?

 だが、すぐにそれも治った。

『裕哉くん大丈夫?』

 理桜は本当に心配そうに俺を見つめてくれた。

『自業自得なのに貴女は心配しすぎなのよ』

 その声は理桜ではない。俺は驚いて周りをぐるりと見た。そして、理桜の少し後ろに一人腕を組んでいる理桜と同じくらいの外見をしている。最もこっちは理桜みたいに優しいというう事はない気がする。だって見るからに怒ってるし、見下してるし。

『あなただって、裕哉くんが心配だから来たんでしょう?違うの?』

『違うわ。このバカに分からせるためよ』

 この子の言うことはなんだか傷つくな。でもこの子は一体…ここにいるってことは一応この子、過去問なんだよな?

 見た目に反した見た目。でも、やっぱり可愛い。俺の好きな女の子のイメージが二人とも詰め込まれているようだ。身長という一点を除いては。

「えっと…キミも過去問なのかな?」

『それくらい分かりなさいよ。私にも名前なんてないわよ。つけなさい』

 おい、命令口調とは…中々で。で、名前か。この子にぴったりの名前。理桜の時はすぐに頭の中に浮かんだ。この子はそんな上手くいかないよな。過去問…か。成功するための道具。ならば、よし決めた。なんだか二人も名前を付けていると名前を付けるのが上手くなっているような気がする。

「キミの名前は翼。どうかな?」

『羽ばたかせたいのかしらね。ふんまぁいいわ。使ってあげる。一応所有者のくれた名前だし』

 顔はそっぽを向いているものの少し照れている。良かった。気に入ってくれたみたいで。

「それで翼は何なんだ?センター試験?」

 俺がそう言うと翼はムスッとした。

『そんなことも分からないの?』

「いや分からないから聞いてるんだが…」

 翼は俺をちらりと見た。理桜は少しオドオドしてしまっている。可哀想になぁ…。しっかりと心のケアをしないと。ん?でも、そもそも傷つけたのは俺みたいだし、そもそもの諸悪の根源は俺のような気がしなくもないぞ。というか絶対にそうだ。

『何考えてんのよ。今から私が話してあげようってのに生意気ね』

 翼の声がした。俺は自分で思っていた以上に、考え込んだ表情で下を向いていたようだ。

「ごめん、大丈夫だから」

『しっかりしなさいよね。話を戻すと私は裕哉、あなたの過去問に違いないわ。でも、センターじゃないの。二次試験の過去問よ』

「なるほどだからクセが強い性格なのかな?」

 俺の第一志望の大学の問題は結構クセが強いことで有名だ。だから翼はこんな性格しているのかな、と感じてしまう。流石にそれが考えすぎと分かっていてもだ。

 だがそんな直感は、時として当たることもある。

『よく分かったわね』

「ならセンターの問題はそんなにクセも強くなく、穏やかで標準的であると。だから理桜はそんな感じなのか?」

 理桜はビクッと体を震わせた。

『えっと、そうだね。私たちはそこにある問題によって変わるわ。そして、使い手によってもね』

 目は笑っていなかった。正直怖い。何をされるか分からない恐怖がある。

「それで理桜と翼は俺に何をして欲しいんだ?」

『まじめに私たちを使って欲しいだけ』

 これには、翼が答えた。それに理桜も

『そうですよ。私たちを大切にしてくれればいいの』

 と相槌を打った。

「それで具体的には何をすればいいんだ?」

『ここまで言ったら分かって欲しかった』

『無能』

 なぜだ。二人から猛烈な批判を浴びせられている。そんなに俺は鈍感なのか?

「えっと…とりあえずごめん。えっと、俺は君たちを使えばいいのかな?それも正しく」

『そこまでわかっているのならさっさとやりなさいよ』

 翼はやはり痛烈に言ってくる。だが、一つ問題がある。この空間から脱するにはどうしたらいいか。これが全く分からない。まさか、ここで俺に勉強しろとでも言っているのだろうか。

「それで一つ聞きたいんだけど、というか理桜にはさっきも聞いたんだけど、この空間から出るためにはどうしたらいいんだ?」

『私にも分からない。でも、そんなこと言ってる暇があったらさっさと勉強しろこのクズが!』

 なんか俺怒られました。それもとっても怖いです。怖い幼女です。

「でも、教材が…」

『あの…それならここにある』

 それを言ってくれたのが理桜で良かったと心底思った。もし、翼ならきっと、ここにあるじゃないの。あなたの目は節穴なの?と言ったに違いない。

 とりあえず俺は、理桜が指差した方向を見ると、机と椅子があった。そして、その上には過去問や、参考書が沢山。これはもしかしなくてもその通りだな。どうやら俺の予想は悪い方向に当たってしまったらしい。

『何、ボーッと立ってんのよ!さっさと座りなさい!』

「何だかどんどん言葉が俺に対してキツくなっているような」

 俺は辛いよ。だってこんなにも幼女が言うんだよ。ても、逆らったら今度は殴られそうだから俺も流石におとなしく座った。

 机に座って最初にした事はそこに置いてある過去問を解く事だった。だが、そこには時計がない。もしかして、また罵られないといけないやつか…。

「時間はどうやって測るんだ?」

『私たちが測るよ。そこに大きな太鼓があるでしょ?終了時には、あれを叩くわ』

 そう言った理桜の声は心なしか、ウキウキしていたように聞こえたが、俺が欲しいのはあくまでも時計だ。時間がわかるあの時計が欲しいのだ。

「数字のある時計が欲しいんだけど?」

『あなたの目の前にあるじゃない」

 相変わらずの口調で翼は言った。目の前を見ると、目の前には大きなタイマーがあった。時間はどうやら翼がセットするらしい。だがこんなもの、さっきまでは、絶対になかった。

『感謝なんかされても喜ばないんだからね』

「そりゃどうも」

 いただきましたよ。画に描いたようなツンデレ発言。でも、まあ翼の機嫌がいいのなら別にいいか。

『それじゃ始めるよ。はじめ!』

 理桜の合図で過去問を解き始めた。今、俺が解いているのはセンター試験だ。科目は英語。問題自体の難易度はそこまで高くはない…はずなのだが、点数は取れない。

 とは言っても泣き言は言ってられない。とにかく必至に解いた。



 一時間二十分後俺の右隣にある太鼓が凄まじい重低音を響かせた。

『そこまで』

 理桜の声で俺は鉛筆を置いた。そして、答案用紙であるマークシートを翼はひょいと持つと近くにある機械にセットした。

 …やっぱり俺の気づかない間にどんどん色々な物が増えている気がする。

『何よこれ!酷いわね。こんなの大学受けられるわけないじゃない!』

「辛辣だな」

 そのままの感想を俺は口にした。

『私にも見せて』

 理桜が翼の持つ俺の正答率の書かれた紙を覗き込んだ。

『これは…なんとも言えないわね。やっぱり真面目に私たちを使ってもらわないと…』

『そうね…。きっと私たちの思っていたりより裕哉はキチンと取り組んでいなかったのよ』

 理桜も翼も悲痛な表情をしている。更に、俺を哀れむような目で見ている。なんだよ。俺だって人間なんだからそんな目で、しかも二人から見られたら心は傷つくんだぞ。多分言っても無駄な気がするから言わないけど。

『これは強化プログラムを組む必要がありそう』

『さあ裕哉私たちを怒らせた気持ちはどう?私たちが地獄の…もとい素晴らしい強化プログラムを用意するからそれをして頂戴。今すぐね』

 地獄のってどんなのやるつもりなんだ?俺には想像もつかない。ただ…

「ハイ」

 これしか答える事はできなかった。体が自然と硬直してしまっている。拒否反応を示しているのか、そもそも体が危険を本能的に察知してしまっているのだろう。これから起こるであろう地獄絵図に対して。

『さて、覚悟はいいかな?』

「い、いつでもかかってこい!」

 少し声が震えた気がしたが気にしない。ここで気にしたらおそらく俺の心は完全にこの二人に壊されそうだ。

『なら、これを解きなさい』

 翼が渡してきたのは一冊の問題集だ。

「全部?」

 すぐやるにしてはかなり多い量だった。分厚いのだ。それも凄まじく。ぱっと見ただけでも辞書の様な厚さだ。

『何言ってるの?これはまだ序の口よ?』

 俺は死にました。



「やっと終わった…」

 声にならない程に擦れて弱々しい声で俺は言った。しかし、そんな俺を尻目にして、理桜は微笑んだ。それは今まで俺が見てきた理桜のそれではない。悪魔だ。あれは悪魔だ。理桜ではない。理桜に悪魔が憑依しているかの如く雰囲気は怖かった。俺の生命力そのものを全て吸い取られそうだった。

『次はこれ』

 手渡したのは先ほどの問題集よりも一回り厚い問題集。これは本当に俺を殺す気なのではないか?と神経を疑ってしまう。だが、これをやらないわけにはいかない。わからないところは、二人に教えてもらいながら解き進めた。流石に二人とも過去問で解説も詳しく載っている本のせいか、説明は上手かった。

『何度言えば分かるの!?バカなの!信じられない!!』

 翼は俺が質問をするたびに罵ってきた。理桜はそれを見て苦笑している。全く怖い人たちだ。

 そして、その問題集が終わる頃には、俺には時間の感覚というものが消え去っていた。仕方がない。時計などない空間なのだから。

『ふん…裕哉。あなたこの二冊もう一周しなさい』

「え?」

『もう一周頑張ってね!』

 理桜は笑顔で言ってくるし、翼はさも当然と言わんばかりの顔をしている。くそ!やるしかないか俺は。

「ここまできたら地獄の底まで付き合ってやるよ」

 ヤケだが、そうでもしないとこんな事やってられない。

『そうそうその意気よ』

 翼はまるで他人事だ。自分も関与しているんだからもう少し優しく言ってくれてもいい様な気がする。



「こ、今度こそ終わった…」

 今回ばかりは本当に動けないし動きたくない。

『よくやったわ。褒めてあげる。じゃ今度はこれよ』

「まさかこの感じは…」

『ご明察。はいこれ』

「まだやるのか!」

『当然よ。裕哉には私たちを解く前にその下地をしっかりと作ってもらわないといけないんだからね』

 もう絶望しすぎて言葉が出てこない。逃げたい。逃げる?…よし逃げよう。

 今考えると、この判断は間違っていた。この時の俺は浅はかで愚かだった。

 俺は立ち上がると全力で疾走した。その時の俺は完全に失念していた。ここがどんな空間であるのかを。そう、この空間は理桜と翼の二人の過去問の中なのだ。言うなればこの二人のホームグラウンドだ。自分の中である以上瞬間移動も可能なのだ。

『どこに行くの?』

『そんなので私たちから逃げ切ろうなんてバカね』

「もうやめてくれ!」

『ふぅーん。裕哉はこの空間から出たくないんだ?』

「出たいよ!」

『なら、一緒に頑張ろう!私も裕哉くんと頑張るから』

 理桜は優しくしてくれる。ありがたい。本当にありがたい。

 席に戻るとなぜか俺は椅子に縛り付けられてしまった。逃亡防止か?それにしても酷い。これじゃ囚人じゃないか。

「それでなんかさっきより難しくなっている気がするんですが?」

『それは当然だよ。だってさっきのは基本でこれは少し応用が入ってきてるからね』

 この手の説明には珍しく、理桜が説明してくれた。翼と違い理桜は俺を直接的には罵らないなら精神的に楽だ。それにしてとこの厚さ。もう笑うしかない。一冊で、さっきの二冊を積み重ねたよりも厚い。鬼畜か?

 だが、ここから出るためにはやるしかないらしいのでやる。



「死ぬ…」

『言葉が出るうちは大丈夫よ!』

 俺はこの椅子と机に座ってから不眠不休でやっている気がする。

「寝たい」

『ここは寝なくても大丈夫なの!』

 なんてブラックな場所なんだ。少しは人権を考えて欲しい。多分翼に言っても無駄なんだろうけど。

 でも、これだけやったら次は何をやるんだ?その答えは、俺が聞くまでもなかった。翼が言ってくれたのだ。

『次は過去問よ。どれだけ伸びているのか、確かめて見なさい』

「過去問か…」

『なに、まだあれを解きたいの?』

 反射的に首を強く横に振った。

『なら早くやって。いくわよ。…始め!』

 また俺は過去問を解いている。だが、今度は前回解いた時と違ってサクサクと解ける。わかる。解答までの道筋が見えている。

 俺は鉛筆を置いて見直しをすることもできた。進歩だ。

 そして、しばらくすると、また太鼓の重低音が響いた。

 前回と同じく、翼はその答案用紙を機会にセットした。そして、その結果を見ると、少し驚いていた。

『すごいじゃない!成長よ成長!』

『どれどれ…。ほんとだ!すごいよ裕哉くん』

 そんなに褒められると嬉しいな。

「へへ、ありがとう」

 そう思っていたら二人が光に包まれた。直後、二人は激しく光を放ち始めた。その光は二人を覆うとなんだか、形を変え始めた。

 光が収まり俺が目をしっかりと開けて二人を見てみると、そこにいたのは翼と理桜ではない。中学生くらいの女の子だった。

『貴方の成績が上がったから私たちも成長したのね』

『そうね。裕哉くんありがとう!』

「二人とも理桜に翼なのか?」

『それ以外に誰だって言うのよ』

 冷たい目線で翼は言ってきた。成長してより声も視線も鋭くなり、俺の心に突き刺さる。だが、それを抜きにして考えると、すごい美人だ。二人とも。

 これで俺の成績がもう少し上がったらもっと成長してくれると思うと、少し元気とやる気が出てくる。

『さて、私たちをもっと楽しませてね』

 そう言って理桜は笑った。一体この二人はどこまで成長するのだろうか。合法的な年齢になってしまうと、そういうことも少し考えてしまう。だが、そんな考えは、翼にはお見通しのようだ。

『この変態!そんな卑猥なこと考えている暇があるならさっさと問題の一つや二つときなさいよ!早く私の問題を解いて欲しいのに!!』

「始めてみた…」

 デレたのだ。それも露骨に。嬉しかった。自分がデレられるだけの存在になったということが。

 さて、ここから先は完全に自分との戦いだ。自分を追い込めるだけ追い込む。ようやくその決心ができた。

「あるだけ問題集持ってきてほしい」俺は頼んだが、自分で頼んでおきながらと恐ろしい事を頼んだな、と感じていた。

『おまたせ』

 少しして理桜と翼が戻ってきた。ここら辺中にある問題集を片っ端から持ってきたようで二人の腕は一杯だった。

「ありがとう」

 そう言って俺は鉛筆を回した。そして、徐に一冊の問題集を手に取ると、解き始めた。こんなに満たされて勉強をしているのは初めてだった。楽しかった。楽しみで仕方がなかった。二人が成長しているところを見るのが。そして、自分の成績が上がるのを見るのが。

 次々と俺は問題を解き進めた。時に間違えて、翼に罵られた。だけど、それも苦痛じゃない。

 そして、二人が持ってきた問題集を全て解き終わる頃には時間がどれだけ過ぎたかなど全くわからなくなっていた。

「過去問やらせてくれないか?」

『わかった。上がっているといいね』

「そうだな」

 本当に上がっている事を祈りたかった。

『よーい始め!』

 理桜の合図で俺は解き始めた。今回もスラスラと解ける。間違っているところなど万に一つもあるものか。それほどの自信が今回の過去問にはあった。そして、全てが解き終わると、前回、前々回やった時と同じように答案用紙を機械にセットした。翼がその紙を見ると、それをじっと見て一度、二度と瞬きした。そして、もう一度見た。そして、無言で理桜に渡した。一体なんなんだ?もしかして悪かったのかもしれない。なんだか、突然自信がなくなってきた。怖かった。そして、理桜はゆっくりと俺の方を向いた。その表情は汗をかき、ありえないものを見るような目だった。

『裕哉くん、不正はしていないんだよね?』

 なんだ?不正?不正なんて行為二人が見ているのにどうやってしたらいいんだ?

「してるはずがないだろう。そんなことよりも結果見せてくれよ」

『満点』

「えっと…冗談ですよね?」

『これが冗談に見える?」

 そう言った理桜の顔は真剣そのものだった。

『マジよ。裕哉は満点なのよ!満点!すごいわ!本当にすごいわ!』

 そう言い終わる前に二人の体はさっき成長した時と同じように体が光に包まれた。

 そして、それが終わった時そこにいたのは高校生くらいの二人だった。本当に綺麗で抱きしめたい。それくらいだった。ここまでくると本当にもう意識せずにはいられない。

『最終形態ね。これで多分私たちの成長も最後』

「その…すごく綺麗だ」

 バカか俺は。何を口走ってるんだ!

『えっと…ありがと』

 あの翼が罵るような上からな言葉を言わなかった。理桜は顔を赤面させていた。

 思わず二人をぎゅっと抱きしめたくなった。二人の体温に触れたい。強くそう願った。それがこの空間ではできる。

 だが、もう体は動いていた。

『ちょっ…何を!』

『ダメだよ裕哉くん…』

 二人とも言葉では否定的だったものの体はまんざらでも無い様子だった。

 だが、神は…神かどうかすら分からないが、運命は、この場合は過去問は時として、非常な事をする。それ程に残酷な事があるだろうか。

 俺は予期などしていなかった。今から起きることに対して。いや、幸福の絶頂にいる人間がそんなことを考えるはずもない。

『ありがとう。私、楽しかったよ』

「突然だな。どうしたんだ?」

『どうも無いわよ。ただ理桜は言いたかっただけなのよ。でも、私は言わないわ』

「どういうことだ?」

『終わりなのよ』

『つまりね、タイムアップ。もうあなたはこの空間にはいられないと思う。だって私たちの願ったことが全部叶えられたから』

 何を言われているかまるで分からず、それを理解してくれた理桜が説明してくれたが、頭が真っ白になって血の気がなくなっていくようだった。

「もう、終わりなのか?」

 この空間は楽しかった。多分俺にとっては一生忘れることのできない経験となったと思う。だけど、理桜と翼とはずっと一緒にいたい。俺の側にいてほしい。そう感じるようにもなっていた。

『ありがとう。私たちのことを大切に思ってくれて。丁寧に扱ってくれるようになったんだもん。嬉しいよ』

『とりあえず感謝しておくわ。これで本番失敗したら許さないんだからね。もう呪ってやるから』

「呪われるのはやめてほしいな」

 笑った。笑うことしかできなかった。別れるのが辛いのではない。怖いのだ。

『でも、私たちがいなくても、もう裕哉くんは大丈夫だから』

 そんな理桜の声がした。だが、その時には既に俺は白い光に包まれ、俺自身の視界もかすれ始めていた。見えたのは少し笑っていた、理桜と翼だった。それだけだった。それだけだったが、俺には十分だった。涙は出ない。涙での別れは違うと感じた。

 最高の時間だった。俺にとっては本当にかけがいのない時間。

 それを胸に刻み込んでいた。



「…ここは?部屋か」

 どうやら俺は部屋に戻ってきたらしい。カレンダーを見ると、どうやらあの日に戻ってきている。あの空間では時間は関係ないと言っていたのはどうやら本当のことだったらしい。

「ごめんな」

 俺はかがんで、目の前に投げ捨てられていた過去問を手に取った。それをパラパラとめくると不思議と懐かしさを感じる。椅子に座り問題を解くと解けた。どうやらあの空間であったことも夢ではない。自分はみっちりと勉強をしていたらしい。

「…さて、勉強するかな」

 二人の存在がいたから勉強できた。今は俺はこう思っている。きっとあの二人は俺のために現れて愛してくれた存在なんじゃないかって。俺自身も好きになっていた。だからそれに報いるためには結果で返すしかないんだ。そう思うと勉強にも気合が入った。正直周りは驚いていた。当然だと思う。だって、ついさっきまで全然できていなかった人間が、一時間やそこらで満点取るようになったのだから。驚かれない方が無理があると思う。

 これは、きっと翼と理桜からのプレゼントでもあるのだろうなと俺は感じている。そうじゃないと説明出来ない。俺は、理桜と翼が好きだ。もう一度会いたい。できるなら、会って抱きしめたい。二人にもっとお礼を言いたい。…でも、それはもう叶うことはない。二人は元いる世界に戻った。あれは、あくまでまも過去問なのだこら。それが擬人化しただけ。人間ではない。

 だから、この思い出は胸に刻み込んでしまっておくべきなのかもしれない。そうじゃないと、俺は悲しくなって喪失感で溢れてしまうだろうから。少なくとも、入試までは絶対に会えないものと考えた方がいいかもしれない。

 今は夏休みだ。まだ、時間はある。約束を果たすためにも、期待を裏切らないためにも、もっと努力しないと。

「やるぞ!!」



 それからというもの、俺はそれこそ本当に、時間の感覚がなくなるほどに勉強に勤しんでいた。入試の時には、更にパワーアップしていた。

 そして、努力の甲斐もあり、当初目標としていたよりも数段上の大学を受け、無事に合格することができた。あれから半年近くだったが俺は理桜と翼に会うことはできていない。

 でも、今日合格発表だった。だからこそ、なのかもしれない。俺は手持ちの過去問を床に全て並べた。

 そして、

「ありがとう理桜。ありがとう翼。二人のおかげで俺は大学に合格することができたよ」

 報告をした。その行動は会いたいから、というわけではなく、二人に…俺を支えてくれた二人に俺の現状を報告したかったのだ。ただそれだけだった。俺が言い終わった直後、白い光に包まれた。この感覚一度経験したことがある。



 奇跡というものは起きるタイミングは誰にもわからない。もちろん俺にもだ。

『たまにはやるじゃないの』

『おめでとう、裕哉くん!ずっと見ていたよ!』

 そこにいたのは、会いたいとずっと願っていた二人だった。

 俺は言葉を出すことすら忘れていた。ただ嬉しさのあまり二人に向かって駆け出していた。

『もう…私たちは逃げないからそんなに慌てなくても大丈夫だよ』

『今日くらいは許してあげる』

 俺が抱きついたハグをしたというのに、二人も嬉しそうだった。突然すぎて少し驚いていたみたいだったが。

『よく…頑張った。見ていたよ。裕哉くんが必死に私たちを解くところを。使ってくれて嬉しかった。幸せだった』

『使うために生まれてきたもんに最大の敬意を裕哉は払った。だから、もう裕哉はバカじゃない。汚名返上したんだ!』

 あ、完全に翼はデレたな。これは見たらわかる。でも、俺もそんなこと言ってくれて嬉しかった。自然と涙が出てきた。

『でもね…私たちも、裕哉くんもいつまでもここにいるわけにはいかない。私たちの役目は終わった。役目がなくなったものは、消える』

「はっ?」

 衝撃発言だった。もうこれ以上にないくらい世界の全てが止まり、自分の目の前にある空気が淀み、音は全て雑音に聴こえて、五感を通して伝わってくる全ての情報に悪意を感じてしまった。

『信じられいのは当然だと思うわ。でも事実なのよ。認めないといけないこともあるの。私だってもう少し裕哉と遊びたいわ。でもね、世の中には時間がある。いくらあなたの時間を捻じ曲げた私たちでも、自分の時間に、役目が終わったことに対して、干渉することはできない。だから、裕哉の手で私たちをきっちりと処分して欲しいんだ。そうしたら私たちは役目をすっぱりと終われて、過去問として華々しく散れるから』

 言っていることはとても悲しいことだ。でも、不思議と理桜と翼の顔からは朗らかな雰囲気が感じられた。自分たちの役割を果たせて幸せなのだろう。

 でも、それだったとしても俺は、認めたくはない。認めたくはないが、それをしないと、二人は悲しむだろう。迷っていると肩のあたりに何かが置かれた感覚があった。

『迷う必要はないよ。私たちは裕哉くんの心の中に永遠に存在し続けるんだから』

『でも、私達はあくまでも人間じゃない。だから現実を大切にしてほしいわ』

 翼は笑った。ここまでされたら、俺も腹をくくるしかない。

「分かった。でも最後に一つこれだけ聞かせてくれ」

 俺の言葉に二人は頷いた。

「二人とも俺は大好きだ。だから…その、忘れないでほしいんだ。俺のことを」

 自然に言おうとしているのに、涙が出てきた。もう本当に会うことはできないという切なさからだ。そして、本当に言うことができてつまり、告白することができてよかったと感じたから。その喜びだ。

 突然の告白に二人は、驚いていた。

『と、突然何言ってんのよ!!』

 翼は驚き、首をブンブンと振り、髪の毛を乱している。それが何を意図しているのかは俺には理解不能だが、顔は少し赤くなっていた。理桜に関しては、沸騰しているようだった。

『あ、あ、あ、あの……えっと、うまく言えない…』

 そして、何も言えないみたいだった。少し経ち落ち着いたのか、翼は言った。

『バカなことをするのね。でも、嬉しいわ』

『私も嬉しいよ。本当に嬉しい!!これは私からの感謝の気持ち』

 そう言って、理桜は俺に近づいてきた。

 そして、大胆にも俺の頰に暖かい唇を軽く当てたのだ。

『なっ!?抜け駆けは許さないわ!』

 なんだか、翼が怒って俺に近づいた。そして、やはりというか、予想通り、俺の頰に唇を押し当てた。長かった。嬉しかった。もしかしたら今の俺の顔は紅潮しているかもしれない。それでも恥ずかしさよりも感じている。

 俺は今すごく幸せです!!

『…もう時間だね。ありがとう裕哉くん』

『楽しかったわ。裕哉と過ごした時間。忘れないでね』

「俺も、ありが……」

 最後まで言うことはできなかった。だが、気持ちは伝わったように感じる。

 白い光に包まれた俺は、自分の部屋に戻ってきた。

 目の前には過去問が並べられている。俺はその過去問を全部持つと、庭に出た。そして、庭の隅っこに過去問を置くと、新聞紙とライターを家からとってきた。

「俺はどう処分したら最善なのか、よくわからないけど、俺の考える最善の方法で処分する」

 そう言って俺は軽く息を吐いた。過去問の間と頭に、丸めた新聞紙を挟み込むと、ライターでその新聞紙に火をつけた。まだ、二月。冬場で乾燥しているからか、よく燃えた。その煙からは、理桜と翼が笑っているように見える。この二人の寿命を今、俺は見ている。感謝しながら。

 そして、その煙は俺にこう言っているようだった。

『これから頑張って!裕哉くん期待してるから』

『頑張らないと承知しないんだからね!裕哉が幸せにならないと許さない!』

 二人は絶対にこう言っていると確信している。しばらくして、煙の勢いが収まった頃には、そこにあったのは過去問は燃えて灰になっていた。

 その灰は丁寧に庭に埋めた。庭に埋めれば、いつでも思い出せるような気がした。

 灰を埋め終わり振り向いた時には俺の心は新生活に対する不安もあったが、何よりも楽しく生活しようも心に誓った。そうでないと二人が悲しむ気がしたから。

 俺はその言葉を聞いた二人が、いつまでも微笑んでいるような気がしてならなかった。

久しく一人称です。どうでしょうか?これは、とある大手D文庫のカクヨムで現在開催している企画用に書いたものです。思ったよりも、一人称としての完成度が知りたくこちらにも投稿しました。

自分、三人称視点ばかりで一人称では殆ど書きませんので拙い部分に関してはご容赦ください。

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