No.1 「いつも」の崩壊
――あれ…?誰だ?
「……!」
――誰だ?何を言ってる?
「…い!」
――誰だ?誰が俺を呼んでいる?
「おい!湊人起きろ!今授業中だぞ!」
「…あれ?」
いつの間にか眠っていたようだ。湊人は眠たそうに目を擦り、パチパチと瞬きをして頭を覚醒させる。
「何ぼーっとしてんだよ?早くしないと社会の先生来ちゃうぜ?あいつ怒るとめちゃくちゃ怖いんだよなぁ…」
「そうだった!」
しかし、気付いた時にはもう遅かった。急いでノートを開こうとする湊人の机に、真っ黒な影がぬぅんと出現した。壊れかけたロボットのように湊人は、ギ…ギギギと後ろを振り返る。そこには熊のような大きな体があった。思わず湊人は「ひいっ」と小さな悲鳴をあげてしまう。
「この馬鹿どもが!何ペチャクチャ喋ってやがる!」
――あ、怒ってんの俺が寝てた事じゃないのね……。
そう湊人がツッコむ余裕もなくなるほど社会教師の圧は凄かった。
そして休み時間に時は進む。あのあと湊人と誠は、某あやとり上手な頓珍漢メガネ少年さながら廊下で水入りバケツの行をしていた。
「ったく。お前が騒ぐから怒られたじゃねえかよ」
「お前がぐーすか寝てたからだろ?」
「あ?」
「あ?」
湊人と誠が睨み合った。
「もう!またけんかしてる!」
湊人たちが睨み合ってる間に割って入ってきた新たな声。それは、鈴を転がしたかのような綺麗な声だった。
この声の持ち主は九条詩歌、湊人達の幼馴染だ。その綺麗な声に似合うような整った顔立ちをしていて、俗に言う美少女というものだ。
「――私は仲良い湊人と誠が好きだけどなぁ……」
「…………しょうがねーな。詩歌に免じて許してやんよ」
「いやお前……。愛しの彼女に言われたからって流石にそれはデレデレなんじゃ……」
若干赤面のまま突然の和解を申し出た誠に対し、赤面の意味を悟った湊人は呆れた表情をする。
「ッ…!? そ、そんな訳ねーだろ? ほ、ほら!詩歌もなんか言えよ!」
赤い侵食が止まらない誠は、詩歌に助けを求めた――が。
「んぅー?私は、誠のこと大切な彼氏さんって思ってるよー?」
「ぶほぉわっ……」
逆にトドメの一撃となってしまった。
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湊人は駅前の噴水に腰掛けて、いつもの二人の事を待っていた。相変わらず雪は降っていて、地面には少し積もっている。
湊人とは、待ち合わせ時間より遅れてるなと、白いため息をついた。
ぼーっとして待っていたら、やっと誠と詩歌がこちらへ走ってきているのが見えた。
息も絶え絶えのまま、湊人の前で止まり、潔く頭を下げた。
「わりぃ湊人、少し遅れちまった」
「ごめんね、湊人!遅れちゃった」
「少しって……。一時間も遅れて何してたんだよ?」
何か理由があったんだろう。そう思って何をしていたか聞いた湊人だったが、
「はい!これあげる!」
「俺からはこれだな!」
突然二人から、誠からは赤い小包み、詩歌からは緑の小包みをもらった。二人はいたずらが成功した子供のようにニヤニヤしていた。湊人は突然のことに「へ?」と間抜けな声を漏らした。
「ほら、もうすぐクリスマスじゃん?俺っちってその…あの…付き合ってるわけだから、二十四日、二十五日は遊ぶのが難しいんだよ」
「だからさ、湊人のクリスマスプレゼント選んでから行くか、って話になって買ってきたの。だから遅れたっていうのは言い訳みたいだけど……ごめんね?」
「――ま、まあ、そういう事なら、許してやってもいいけど……」
嬉しいのに照れて素直に喜べない、拗ねたようにそっぽを向く湊人を見て、二人は更に笑みを深める。
「……開けていいか?これ」
「おう!いいぞ」
早速丁寧に包装を解いていく。
緑の小包――誠から貰った小包に入っていたのは、洒落た黒い手袋だった。そして赤い小包――詩歌から貰った小包に入っていたのもまた手袋で、白いふわふわとした手袋だった。
「おい、俺はタコじゃねえんだから手何本もねえよ…」
「え、まじ?ま、まあ俺と詩歌気があうし…! あー、その。なんかごめん」
「湊人、ごめんね。まさか同じとは思わなくて……」
フッと軽く笑い、呆れた表情で湊人は言った。
「いや。これはこれでお前ららしいかもな。俺のために買ってくれたんだしこれも1つの思い出って事で」
「ほんとか!?ありがとな!」
「ありがとね!湊人!」
「あ。俺もお返ししないとな、お前ら今日寄りたいとことかあったけか?」
「ううん、ないよ!」
「よし、それじゃあ俺からもクリスマスプレゼント買うから付いて来い!」
こうして湊人達は、街へ入っていった。
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「なあ、誠、詩歌。なんか欲しいものとかあるか?」
「んー。なんでもいいぜ俺は」
「あっ、じゃあ私はねーマフラー欲しいかなぁ」
「そうか、誠もマフラーでいいか?」
「おう、俺に贈るって気持ちがはいってればなんでもいいぜ」
とりあえず行き先は決まった。湊人は近くにマフラーの売ってそうな店が無いか、キョロキョロと探し始めた。
――その時。
「――キャァアアア!!」
湊人は、声のした後ろへ振り返った。するとナイフを持った男がこちらへ向かって来ていた。
よく見れば刃物には赤いものが付いており、その赤いものが雪へ滴り落ちて赤い斑点を作っていた。
「なんだ!?」
誠が叫ぶ。それが原因だったかわからないが、男はこちらを標的にする。誠はすぐに反応して、咄嗟に湊人は詩歌を突き飛ばした。
「あぐぅぅぅッッ……!」
男の持っているナイフが誠の右腕を浅く切り裂いた。誠はよほど痛いのか腕を抑えて座り込んでしまった。
男はその隙を見逃さなかった。誠に向かって大きくナイフを振りかぶり、誠を刺そうとしていた。
それを見た湊人は、思わず飛び出していた。誠を刺そうと振り下ろされるナイフが湊人の目にはスローモーションになって映った。
――そして。
誠を蹴飛ばすことはできたが、湊人は無防備な背中を刺されてしまった。湊人の綺麗な鮮血が、積もっている雪を赤く染めていく。
少しずつ朦朧となっていく意識の中、湊人を刺した男は大勢の人たちに押さえつけられているのが視界に入った。
湊人はふと、自身にに近ずく気配を感じた。誠と詩歌だった。二人の顔は青ざめている。自分はそれほどにやばいとすぐにわかった。
「おい…何寝転がってんだよ……俺たちのマフラー買ってくれるんじゃなかったのかよ……?」
誠は自らの腕の怪我を気にせず湊人の肩を揺さぶってる。
――そんな揺らしたら俺の血が流れてっちゃうじゃねーかよ。
その軽口すらも言えず、掠れた呼吸音が漏れるだけだった
「湊人ぉっ……!」
詩歌は嗚咽をしながら大泣きして、湊人の名前を連呼している。
――すこし不謹慎かもだけど俺のために泣いてくれるのめちゃくちゃ嬉しいな。
――ああ、多分もうダメだ…。
――自分が死ぬ時って本当にわかるんだな……。
――俺の人生短かいなぁ……。
――せめて来世は……自分が好きなように生きれればいいなぁ……。
そして湊人の視界は暗転した。
――そして。
――――そして。
最後まで読んでくださり本当の本当にありがとうございます!
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