VSヒュドラ ②
「ダン!なんで私を連れてきたのよ!レイさんと一緒にいたいって言ったじゃない!」
と言うリンダの言い分にダンは本格的に頭痛を起こし始めた。
レイハルトに言われ気絶した者たちを叩き起こし、護衛の雇い主であるリンダを抱えて洞窟を脱出しておよそ30分程度の時間が経過しているが未だレイハルトは姿を見せず、時々揺れを感じる事から洞窟内で激闘を繰り広げているのだろう。
「ヒュドラなんて1人じゃあ討伐できるような相手じゃないのに一体レイさんはどれだけ強いんだ?」
ダンはぽつりと疑問を呟く、オーガの時といい洞窟内のあの冷静な判断といいレイハルトの底知れぬ実力を肌で感じ、どうしてこの人がこんな片田舎の村にいるのだと只々不思議でしかない。
「レイさんまだかな?早くこないかな?」
と言う場違いなリンダの発言にこの人大丈夫か?と本格的にリンダの頭の中を心配し始めたダンの耳に「おーい」と言う声が届く。
くるりと振り向いてみるとそこにはレイハルトの子供たちであるレオ達とフェルが少し額に汗を浮かばせ来ていたのだ。
「レオ君たちじゃない!久しぶりね!」
「リンダ姉ちゃん無事だったんだな!」
と言うレオに対しシルヴィアは周りをキョロキョロと確認し始める。
「お父様は一体どこに?」
「レイさんならまだ洞窟でヒュドラと戦ってるよ」
ダンの言葉に子供たちは洞窟の入り口を不安げな目で見つめる。この子たちにレイハルトしか親がいないのだから心配するのは当たり前かと思うダンもつられて洞窟の入り口を見た。
「父様・・・・」
とシルヴィアの絞り出した声が周りに響いた瞬間、突如轟音が鳴り響き岩が崩れ始めそこから血塗れで、鬼の形相を浮かべるレイハルトが飛び出してきた。
「父さん!」
皆が驚きを浮かべる中瞬時にベルリは魔力を練ると風魔法を発動させ、地面にぶつかりそうなレイハルトにかける事で衝突の威力を最小限にすることに成功する。
その風魔法に驚いたレイハルトはベルリ達の姿を確認すると憤怒した表情を浮かべ叫んだ。
「お前たち家で待ってろって言っただろ!」
レイハルトの初めて見せる怒りの声に子供たちはおろか、怒りを向けられていないリンダ達でさえも体を震わせ、フェルに関して言えば地面に転がり怯えからかお腹を見せ始める。
肩から息をするレイハルトは視線を崩れ出来た穴に目を向けてゴクリと生唾を飲み込み、血の吹き出る腹部を押さえると火魔法をかけ一気に焼き傷口を塞ぐ。
あまりの痛みに気を失いそうになるが、なんとか踏ん張ったレイハルトは皆に向かって叫んだ。
「今すぐここから逃げろ!このヒュドラはただのヒュドラじゃない!」
「ですがお父様!」
と叫ぶシルヴィアの声を睨む事でそれ以上の言葉を制したレイハルトは今度はどこか優しげに子供たちに向かい言葉をかけた。
「お前たちの気持ちも分かるが、お願いだから避難してくれ」
「父ちゃ・・・!」
レオが言おうした時の事だ。
ガラッと岩が崩れ子供たちの方を向いていたレイハルトの視界が流れ、体が一気に後ろへ吹き飛んで行く。
ノーバウンドで10メートル以上も飛ばされたレイハルトはゴホッ!と血反吐を吐いてその場で蹲り、があーーー!と苦悶の叫びを上げた。
そうして岩が崩れて出来た穴から出てきたのは、5首を持ち尻尾が3つに増えている異形の姿をしたヒュドラが現れたのである。
「なんなんだこのヒュドラは・・・!」
ダンは息を飲みヒュドラのあまりの異形な姿に凝視する。
今までにない邪気と圧力、殺気をヒシヒシと感じるダンは冒険者と傭兵で鍛えられてきた感で確信した。
こいつはヤバい!
ダンは一瞬で判断を終えると第一に守るべき対象である雇い主のリンダを抱え上げ叫んだ。
「今すぐ逃げろ!」
その声に触発されたかはたまた目の前のヒュドラの異様さに耐え切れなくなったのか護衛と商人達は蜘蛛の子を散らす様に走り出す。しかしダンはそこで急ブレーキをせざる終えない状況になってしまう。
レオ達が逃げるのでは無く未だ苦悶の声を上げているレイハルトの方へと向かい走り出したのだ。
「おい!今すぐ逃げろ!殺されるぞ!」
とダンはレオ達に向かって叫ぶが、シルヴィアが泣きそうな顔を浮かびあげ振り向く。
「お父様の方が心配です!」
クソ度胸ありすぎんだろ!と毒付くダンは腰から剣を抜くと身体強化と身体硬化、さらに五感強化を発動させリンダを降ろす。
「リンダさんは早く逃げろ!俺があのヒュドラを引きつける!」
と振り向いたダンはポカンと口を開けてしまう。降ろされたリンダは降ろされるや否やバッと駆け出し一目散にレイハルトに向かって走り出したのだから。
「なんで俺の周りには度胸があるやつばっかりなんだ!!」
と歯を食いしばりどこか投げやりな言葉を残しつつ時間を稼ぐためにダンは勇敢にもヒュドラへと向かって行く。
◇◇◇
視界が霞んでいたレイハルトは洞窟内でのヒュドラとの戦いを思い出す。
隙をつき飛び上がったあの時仕留めた!と気を抜いてしまったを一瞬を突かれ、突如増えたヒュドラの尾による横殴りの攻撃が直撃し肋骨が折れ、腹部に突きをもらいそこから血が溢れるように流れ出しレイハルトは確実にダメージを重ねていた。
「クッ・・・」
血が溢れる腹部を身体強化で、筋肉を増強する事により一時の止血をしたレイハルトはフッーと息を吐き折れた肋骨が臓器に刺さっていない事を確認するとそのままヒュドラへと走り出す。
あのヒュドラは異様だ。
ヒュドラとは三首の竜であり、5首になる事はありえない。自然の摂理に反している目の前のヒュドラは、もう既にヒュドラという枠を超えた力を持つ別生物へと進化したという事だ。
先程から感じる殺気や濃密な邪気、これは過去に一度レイハルトが感じた事がある。そう冒険者をやめるきっかけとなりあの忌々しい記憶を植え付け、未だにレイハルトを苦しめているあの黒龍に。
嫌な予感を感じながらもレイハルトは腰を低く落としヒュドラの前脚に全力で剣を振り斬撃を食らわせる。
ガキンッッッッ!!!
と火花を散らし宙を舞う刀剣を見てレイハルトは驚愕した。
かなりの強度を誇るはずのミスリル銀の剣が根元からボッキリと折れてしまうほどの鱗の硬さに、やはり先程とは格が違うとその場から跳び下がったレイハルトは今出せる強力な魔法の詠唱を開始し全力でヒュドラに放つ。
「氷結に染まり 地獄の極寒に凍てつき眠れ ニブルヘイム」
莫大な魔力が洞窟内を渦巻きヒュドラを包み込む程の魔法陣が発生。氷結が徐々に広がりバキバキン!と言う音を立てながら周囲もろとも凍らせて行く。そして10秒足らずでヒュドラなは氷の彫像へとその姿を変えたのだった。
急激な魔力消費と体の痛みで頭痛を引き起こすレイハルトは頭を振りこめかみを抑えるとその場で腰を下ろす。
これほどの消費は30代後半まじかののおっさんにはきついもので、荒い呼吸をなん度も繰り返した。
深く深く深呼吸を数度行ったレイハルトは右手に巻いていた帯を緩めスルスルと解き、右手の感触を確かめて行く。
「あの黒龍戦以来だぞこんな消費したのは・・・」
よっこらしょっと立ち上がるレイハルトは腹部を抑えながら早く洞窟を早く出ようと一歩前へと踏み出したときの事だった。
パキッと言う音が洞窟内に響いたのだ。
レイハルトはゴクリと息を飲みゆっくりと後ろを振り返ってみるとバキン!と言う音を立て氷の彫像となったヒュドラに大きな亀裂ができたのである。
冗談だろ・・・?
レイハルトは急いでバックから新たな剣を取り出そうとした瞬間、閉ざされていたヒュドラの目が一斉に開き氷を粉々に砕くと3本の尾を重ねた横殴りの攻撃がレイハルトを襲いそのあまりの威力に岩を突き抜け外に出たという訳だ。
ダメージを負わなければまだまだヒュドラとは戦えたはずだが、自分のおごりでこの結果を招いてしまった事にレイハルトは怒りで自分を殺せることだろう。
そんなレイハルトの周りに子供達が駆け寄りマジックバックからポーションなどを取り出して行く。駆け寄ったきたリンダもレイハルトの姿を見て少し涙ぐんでいた。
「俺たちの父ちゃんだ!俺たちが助ける!」
「死なないでくださいお父様!」
「お父さん!」
「パパ!」
「父ちゃん!」
「父さん!」
「レイさん!」
「「「「「「「死なないで!」」」」」」」
子供達リンダの悲痛な叫びが背中越しに伝わりレイハルトは内側から力が湧き上がるのを感じる。今自分が立たねば誰が子供達やリンダを守るというのだ。
負けられない・・・!子供達のためにも絶対に俺は負けるわけにはいかないんだ!
「うおおおおおおお!!!」
レイハルトは咆哮を上げ立ち上がる。
その目は子供達を絶対に守るという使命感でまるで紅い炎が浮かび上がっている様にも見えた。
脳内から分泌されるアドレナリンで体の痛みが消えたレイハルトは地面を踏みしめヒュドラへと向かって行く。
「ぐはっ!」
と頭や腕、体の各所に怪我を負ったダンは既に満身創痍な状態。そんなダンの様子を見てレイハルトは叫ぶ。
「ダン下がれ!フェルと一緒に子供達とリンダを連れて逃げろ!」
「レイさんあんた一人じゃ無理だ!あいつは次元が違いすぎる!」
レイハルトはマジックバックから真っ白な細剣と真っ黒な刀剣を取り出しダンにポーションを投げると不敵に笑った。
「大丈夫だ・・・!俺はまだ本気を出していない」
「な・・・!?」
レイハルトの言葉に驚きを隠せないダンは少なかったはずのレイハルトの魔力の高まりを感じ思わず固唾を飲んだ。
ダンは幻覚なのかレイハルトの後ろに白装束を着た少女と赤黒い衣を纏った少年を見たような気がする。
「早くしろ!」
言うレイハルトにはいっ!と返事をしたダンは渡されたポーションを飲み込むと全力でリンダ達の元へ走り出す。
フェルは既に聞いていたのか2メートル以上の姿になり、次々に子供達を背へと乗せていた。
『急げ!主の攻撃に巻き込まれるぞ!』
「あ、あんた何か知ってるのか?」
『あの状態の主を見るのは今日で2度目だ。あの力は強すぎる周囲の環境を変えてしまうほどに』
フェルのその話を聞きレオ達は皆、揃えて固唾を飲み込むのだった。
小説って難しいですね・・・。
ここまでお読みいただきありがとうございます( ̄^ ̄)ゞ
次回VSヒュドラ決着






