VS 火龍
火龍激突!
周囲に放つ咆哮を放つ赤い龍を見て、レイハルトはあの龍が火龍である事を認識する。そして相当な手練だという事も。
生半可な気持ちで挑めば大きな怪我は免れないだろう。
相手の目は明らかに餌を見つけた動物の目をしているし、この戦闘はもはや回避はできない。
それに後ろにいる赤ん坊達が狙われるという何より危険な状態になってしまう。
覚悟を決めたレイハルトは右手で剣の柄を掴むとおもむろに腰から着けていたベルトを引っこ抜き、掴む右手を強くグルグル巻きにし縛り付けた。
これで手から剣が離れなくなり幾分かはマシになっただろう。
しかし握力が持続する時間はそう長くはない。その間に決着をつけなければならないのでとても酷な戦闘になるのは間違いないのだ。少し前のレイハルトならば途中で諦めていたかもしれないが今は違う。今彼の後ろに守るべき命が存在するのだから嘆くのは戦闘が終わってからだ。
「俺の握力の持続時間は持って30秒。その30秒の間に龍を一匹倒す」
レイハルトは剣を抜き取り、剣先を火龍の方へと向けると好戦的な笑みを浮かべて言い放つ。
「悪いがさっさと決めさせてもらうぞ!」
その言葉を理解しているかは定かではないが、レイハルトの放つ殺気に反応した火龍は木々を揺らす程の咆哮を放つと突如紅い魔法陣が5つ出現し、そこから火炎の球がレイハルト目がけ飛んでくる。
だが剣を持っていない方の手。左手を前に突き出しながら負けじとレイハルトも白銀の魔法陣を5つ出現させた。
「氷よ 貫け 氷結の槍」
すると火龍の出現させた火球とは打って変わり、レイハルトの魔法陣からは氷でできた槍が出現し、火龍の放った5つの火球に全て命中し相殺される。
「ちっ。これでも結構魔力込めたのにな、相殺とか笑えない威力だぞ」
舌打ち混じりに毒付くと火龍の喉元が赤くなってきているの目撃した。
「嘘だろ!ここでブレスかよ!!」
その場が異様な静寂とピリピリとした空気が広がり、レイハルトは冷や汗を浮かべあの救えなかった光景が浮かび、手足が凍えるたかの様に震え始めた。
「クソ!クソ!クソ!」
と手足を全力で叩き震える手足をなんとか戻そうとするが未だ震えは止まらない。
こんな時にあのトラウマが原因で動けなくなるとは自分はつくづく不幸な人間だな
出来ればここから全力で逃げ出したい。しかし自分の後ろには赤ん坊達がいる。
一体どうすれば?怖い!逃げるな!戦うんだろ!嫌だ!あいつが来る!あいつは死んだはず!手が動かない!本当にそうか?
もうほっとこう・・・。お前はそれでいいのか!
レインハルトの内にある様々な感情達が彼の心中いっぱいに浮かび上がり、そこで自分がわからなくなり立ち尽くしてしまう。
刻一刻と相手のブレス発動の時が迫る中、目を閉じ立ち尽くしていたレイハルトの耳にひときわ大きな赤ん坊の声が耳に届く。
「おぎゃーー!おぎゃーー!」
レイハルトはゆっくりと目を開き、前脚を地面につけ前傾姿勢になる火龍の姿が目に入る。
彼の心にはもう恐怖心が完全になくなった。
そう今思えばこの目の前の龍は自分にとってはさほどの脅威ではない事に気が付いたからだ。
「・・・そうだよな。あの黒龍より火龍は弱い」
剣を握る右手に力を込めて、レイハルトは後ろを振り向く。
何はともあれあの赤ん坊の声で自分が目覚めたのだから、必ず守らなければならない。
「ありがとう。必ず守る」
スッと剣を上段に構えるレイハルトはそのまま剣を一気に振り下ろした。
ヒュッ!と風を切る音ともに剣から放たれた斬撃が、前傾姿勢の火龍の目に向かって飛んで行く。
ザシュッ!!と肉を確実に斬った音が森中に響き、血飛沫が宙を舞う。
『グギャャャャャャャャャャャャャャャ!!』
と片目から血を流す火龍が痛みかはたまた怒りからか木々や地面を揺らす程の咆哮を放つ。
本来生物が咆哮を放つ時は、相手を怯ませ動けなくするか、逃げ出させる効果があるのだが、それでもレイハルトは逃げず怯まずしっかりと地に足を踏み込み火龍に向かって走り出す。
火龍は内心焦っていた。
同じ龍ならいざ知らず今まで自分が放つ魔法や咆哮に耐える小動物がこの世にいたのかと。
濃密な殺気を放ちながら迫る小動物に恐れている自分に苛立ちを覚えた火龍は、確実に殺すために蓄えていた魔力を一気に放出し目の前の小動物に向かって吐き出した。
高熱量を持つ炎光線が目の前の小動物を包み込む事を残った片目で、しっかりと見届けた火龍は勝利を確信しこれどもかと翼を広げると勝利の咆哮を放つ。
『グギャャャャャャ!』
そんな声が森へと響き満足して体勢を戻そうとした時の事だった。残った視界に黒い影が差し込んできたのだ。
「お前そんなに嬉しいのか?」
『ッッッッ!』
あまりの驚きに身を固めてしまう火龍。そこには焼き尽くしたはずの小動物が自分の頭の上に乗り自分を見下ろしている姿が映る。
「これでチェックメイトだ」
小動物から確信めいた声が響きそうして振り下ろされた剣が、自分の視界を黒く染め上げたのを最後に火龍はそのまま絶命した。
ドスンと音を立てながら倒れる火龍を見たレイハルトは、固定する為に縛り付けていたベルトを解き剣を収める。
少し痺れ力の入らない右手を見つめながらフーっと体の力を抜いて赤ん坊達がいる大木の魔防壁を解いて向かう。
坊魔壁を張っていたので被害は全く受けていないだろうがもしかしたらと言う事があるかもしれない。
急いで向かうレイハルトは気持ちを落ち着かせると窪みをゆっくりと覗き込む。
そこにはどこか満足そうな寝顔を浮かべる赤ん坊達の姿があった。
そんな微笑ましい姿を見て心から良かったと思えると何故だか目元に涙を浮かべてしまう。
この子達を守れて本当に良かった・・・。
レイハルトはゆっくりと赤ん坊達を外に出し最後の人族の赤ん坊を取り出すしていると、こちらへ向かって走るフェルと馬の姿を見て片手を振った。
「おーいここだ」
フェルはレイハルトの目の前まで来るとハッハッと舌を出し、ブンブン!と尻尾を振ったいた。こういう姿を見ると完全に犬に見めてしまうのが不思議だ。
レイハルトは馬とフェル両方を撫でるとフェルが驚いたように言葉を出した。
『その子らは捨て子か?』
「ああそうだ。フェルこの手紙の持ち主の匂いを辿れないか?」
クンクンと手紙に鼻を近ずけ匂いを嗅いだフェルは目を閉じて
先ほど反応した方向を向く。
『この持ち主なら先ほど見てきた。ついてきてくれ』
先ほどまで左右に揺れていた尻尾は、今では萎れた花のように垂れ下がっている。
レイハルトは赤ん坊をどうしようかと悩んだ末、普段は荷物を置いて馬に引かせるソリに乗せる事にしようと思いバックからソリを取り出してうまの腰へと着ける。
「しっかり頼むぞ」
と馬を叩くとブルルルッと鼻を鳴らす馬に笑みを浮かべてフェルの元へと急いだ。
◇◇◇◇◇◇◇
数分移動しフェルが急にその場に座る。
レイハルトは隣に立つと思わず目を見開いた。
そこには血が広がる真ん中に手を胸に起き青い顔だが安らかに眠る1人のシスターの姿があったのだ。
「これは・・・!」
とレイハルトはゆっくりとシスターに近ずく、見ると太腿や腹部など複数箇所に大きな傷が出来ており、そこから血が出てきたのだとすぐにわかる。元は白かったであろう衣服も今では血で真っ赤に染まっていた。
『我がここに来た時にはもう手遅れだった。こやつの血で集まる魔物を狩るのがせめても償いだったわ』
衣服が血に染まるの構わず、シスターを抱き上げたレイハルトは静かに彼女の冥福を祈る。
「あの大木の所にこの人の墓を作ろう・・・」
バックからスコップを取り出すとザクッザクッ!と穴を掘って行く、魔法は使わないレイハルトにとって死んだ者はちゃんと人の手で埋葬しなければ失礼だと考えるからだ。
自分の身長程の高さまで掘ったレイハルトはゆっくりとシスターを穴の底へと置き、一輪の花を胸に添えると穴から出る。
『主よ。燃やすのか?』
フェルが言いたいことは、このままシスターを埋めてしまえばグールやスケルトンなどと言ったアンデット系の魔物へとなってしまうのでは?危惧するためのものだった。
とある文献には実際に死んだものをそのまま埋葬したところグール化して人々を襲ったという事例が出ている。
レイハルトは無言で手を突き出すと穴の中に魔法陣を展開した。
「燃やし尽くせ フレイム」
大きな火柱を上げ強烈な熱量を持った焔がシスターの体を包み込む。
骨が塵となる程の焔はシスターの体を何の抵抗もなく燃やし尽くし焔が収まった時にすでにシスターの肉どころか骨さえも残っていない。
それを見届けたレイハルトは掘った土を穴の中に入れ戻し、予め掘っておいた墓石をそこに立てた。
赤ん坊を最後まで守ろうとした素晴らしい女性にスッと手を合わし安らかな眠りを願ったレイハルトは立ち上がるとフェルを見た。
「帰るか・・・」
そうしてその夜レイハルトは赤ん坊を連れて無事に自分の故郷へと帰省を果たしたのだった。
次から10年後の時が過ぎました