フェンリルと馬と元冒険者
冒険者を辞めて村へ出発する話です
「本当に辞めるんですか・・・?」
冒険者ギルドのギルマスであるエミラ・リズベットは不服そうな顔を浮かべながら目の前にいる1人の男を見た。
短くざっくばらんに切られた赤髪に目元は鋭利な刃物で切られたような傷跡が目立つ男。その体は屈強そのものでちらっと見える肌には痛々しい傷跡が幾つも見え、その男がどれだけの鍛錬をしたのかを物語っていた。
その男 レイハルト・ジークリートは無言で頷くとおもむろに剣を出し柄を握る。だが徐々に指から力が抜けて行き、剣が手から離れそうになるのを力を入れて持ち直そうとする試みるが全く力が入らない。
脂汗が額をつたり力なく剣が離れ大きな音を立て床へ落ちた。
部屋中に静寂が支配しレイハルトは今の惨めんな自分を小さく笑う。
「・・・見ての通り力が入らん。これじゃあ剣もろくに振れやしない」
「で、ですがレイさんは、上級魔導士にも匹敵するほど魔法が使えるじゃないですか!」
「・・・ギルマス、俺は剣士だ。いくら魔法が達者に使えるからと行っても本業は、前衛で剣を振り敵を斬りチームの盾にならなければならない。後衛じゃなく剣士じゃないと意味がないんだよ・・・」
レイハルトは力の入る左手を強く握りしめると、床に置いて置いたバッグを肩にかけ出発の準備をする。その様子を見たエミラはもう説得するのは無理だと悟り肩を落とした。
「寂しくなりますよ。レイさんにはまだまだ教わりたいことがあったのに来れから私はどうすればいいんですか?」
レインハルトは少し笑みを浮かべるとエミラの肩に手を置き弱気なエミラを励ます、
「ギルマスはうまくやってるよ。俺がいなくてももう大丈夫だ。俺は故郷に戻るが何かあったら手紙でもなんでもくれ、返事を書くから」
「・・・!必ずですよ!」
目に涙を溜めながら送り出すエミラへ片手を振りながらレイハルトは静かに部屋を出て階段を下った。
今も変わらず騒がしいギルドの雰囲気や何気ない冒険者と受付嬢のやり取り、外へと続くギルドの扉に近づくにつれ数多くの思い出がつい昨日の事のように思い出す。
このままここに入れば気が変わってしまうのではないか?
と不安になったレイハルトは冒険者への未練を断ち切る様に扉を押し外へと出て、待機していた馬の背にまたがった。
少し古くなったギルドの外見を見上げ、込み上げる何かを溜めながら静かに馬の手綱を引いたレイハルトはそのままギルドを後にし、冒険者をやめたのだった。
◇ ◇ ◇
時は経過し馬に揺られて移動すること1日程が過ぎた。
冒険者ギルドのある王都からレイハルトの故郷であるコエナ村まで、およそ2日の距離にあるが道のりはまだ長い。
水筒を軽く傾け喉を潤すレインハルトは、川も近いことから今日はここらで野宿でもするかー と馬から荷物を降ろした。
「お疲れさん」
馬を気遣いながら町で買ったばかりの人参を馬の口の中へと放り込むとポリポリ!モシャモシャ!と音を立てながら粗食する馬。
よほど人参が美味しいのか鼻で体を小突いてもう一本!と要求する。
「はははっ。しょうがないやつだな〜」
レイハルトはそんな馬の態度に思わず苦笑すると空間魔法がかけられ見かけに反し多くのものが入るマジックバックからもう2、3本人参を取り出すと馬の口の中へと再び放り込んだ。
「ゆっくり食えよ?」
返事のつもりなのかブルルルッ!と鼻を吹く馬を人撫でし、予備の水筒を取り出し栓を開けたレイハルトは川の中へと突っ込んで水を溜めて行く。
30秒程立ち。溜まったかなと水筒を川から取り出して飲み口に蓋をすると、背筋に何か冷たいものを押し当てられたような寒気を感じ前を向いたレイハルトは思わず肩を震わせた。
そこには美しい白い毛並みに覆われた体長2メートル程もある一匹の大きな狼がジーとこちらを見つめていたのである。
レイハルトは思わず胸を撫で下ろし、その狼に向かって微笑みを浮かべた。
「フェルお前だったか」
フェルと言われた巨大な狼。その正体は魔物の中でも神の使いと呼ばれる聖なる魔物、神獣フェンリルだ。
レイハルトがまだ十代の頃クエストで南方の地へと訪れた時、まだ幼かったフェイを狼と勘違いして拾い育てたところ、年々大きくなって行くのに焦り調べてもらった結果、実はフェンリルだということが判明したのである。
そのフェンリルのフェルはフスーと大きく鼻息を吐き出しかと思うと何処からともなく怒った様な声が響いてきた。
『お前だったか。でないは!お主何我を置いて先にここにきとるのだ!』
フェンリルに限らずフェンリル級の高位の魔物は人の言葉を理解し喋れる者たちが殆どで、人と共存している魔物も少なくない。
レイハルトは思わず苦笑するとバックから干し肉を取り出してフェルへと向けて投げる。それを難なく口へと咥えたフェルはそのままムシャムシャと食べて行く。
「しょうがないだろう?あの場にお前いなかったし・・・。それにお前なら俺の匂いを辿ってこれるだろうし問題なかったはずだ」
『それとこれとは・・・(モグモグ)。(ゴクリ)関係なかろう』
「まあまあお前の好きな鶏の唐揚げでも作ってやるからそう怒るなよ」
『!・・・。絶対だぞ!』
途端尻尾を千切れんばかりに振り、口元からあろうことか唾が垂れるのを微笑みを浮かべて見るレイハルトはおもむろに立ち上がるとバックから鍋やまな板、食材、調味料やらを取り出し、久し振りに手製の料理を振る舞うため調理を開始した。
沢山の鶏の唐揚げを堪能したフェルは満足げにゲフーとゲップをすると膨らんだ腹を揺らしながら、レイハルトのそばまでやって来てそのままうずくまり寝息をたてながら寝始める。
やはり喋り相手のいる夕食は何処となく料理が美味しく感じると思いながらフェルを撫でたレイハルトは、冒険者になって初めての野宿を思い出す。
駆け出しの新米冒険者同士で笑いながらあーだこーだ言いながら少ない金で出し合って作った特製のシチューを口に運び味わって食べたあの味。今頃皆何をしているのだろうか?
瞼がそろそろ重くなってきた頃、今度シチューを作ろうと心に決めたレイハルトはフェルを枕代わりに静かに目を閉じ寝息を立て寝始めたのだった。
お読みいただきありがとうございます!(⌒-⌒; )
次は赤ん坊を拾います