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小さな女の子の頼みは断れない。

 すぐに見えてきたのは、これまたゲームに出てきそうな西洋の城。

 ここまでくると、本格的なRPGの世界に入り込んだ感覚になってきた英輝。

 話題作りもあったが、好んでプレイしていたRPGの世界に入り込んだかと思うと、心なしかワクワクしてくる。

 やはり、城下町には同じ言葉しか言わない町娘とかいるのだろうか、などとあさっての事を考えているうち、門の所までやってきて。

 ウィルの姿を見た途端、城門を守っていた兵士がさっと道を開ける。

 その事に「おぉ~」などと感心しながら彼女について城内に入るが、英輝はそこに漂う雰囲気に首を傾げた。

 門番もいて、しっかりした城なのだが、どこか雰囲気が暗い。

 プレイしてきたゲームでは、そんなものは感じない、というか感じようがないその一種独特で陰鬱な空気に、英輝は現実なのだと再確認した。

 ゲームはみな同一の表情しかない。

 勿論発展目覚しいゲーム業界の中で、表情を伴う要素も出てはいるが、殆どが真面目な顔ばかりだ。

 だが、手を引かれるままに歩いていた英輝が他を見渡してみると、みな同じように元気が無い。

 これが二次元と三次元の差か、などと思いながら歩いていると、手を引くウィルから声がかかった。



「みんな暗いって思ったんでしょ? それもこれもアイツのせい…あのバカのおかげでみんなは…」

「あのバカ?」



 セオリーを則っているのなら、魔王だの悪魔だのが登場してもおかしくないと思っていた英輝には、そのウィルの言葉が引っかかった。

 それはまるで、身内、もしくは仲間に対して言うような罵りだった。

 だから、思わず鸚鵡返しに聞いてみたのだが、ウィルからはその答えは返ってこなかった。



「詳しくは女王様に聞きなさい。 さ、ついたわよ」



 話をしながら城内を歩くこと幾時か。 階段を上って案内されたのは、いかにもな扉の前。

 ここを開けば王様か女王様がいる、それは確信にも似たもので。



「うわぁ…いかにも謁見の間です!って、叫んでる扉」



 扉を見上げながら、英輝は素直な感想を零す。

 何度も見たゲーム世界、ゆえにここがどういう部屋かはすぐに悟ることができた。



「妙な所で勘が働くのね…。 こほん。 城付き魔道士ウィル=サーティスです。 勇者様、ヒデキ=アサノ様をお連れしました!」

「うっわ、その言い方ハッズ!」

「うるさいっ! しゃんとしなさい、しゃんと!」



 ギャーギャーと言い争いをしている二人の目の前で、観音扉が両側に開いて。

 王座に座る白いドレスに身を包んだ女性が、クスクスと笑っていた。

 その事にウィルは恥ずかしそうに英輝の手を引きながら謁見の間へ入って行くと、玉座に座るその女性の前で跪く。

 それに倣い、英輝もその場に膝をついた。



「し、失礼しました! 女王様、勇者様をお連れしました。 ……ヒデキ、頭下げるっ!」

「へ? うわっ、いきなり後頭部押すなよ。 危なく転ぶトコじゃねーか」

「だから、頭下げなさいってば! 相手は女王様なのよ?!」

「え、あ、ど、どうも、失礼しました」



 言われて、慌てて頭を下げた英輝に、軽やかな声が振ってきた。



「良いのですよ、ヒデキ、と申しましたね、頭を上げてください」



 耳に心地よいソフトソプラノの声は、優しげな感じがして。

 思わず顔を上げて、改めて女王を見た時、英輝はふと違和感を受けた。

 そこにいたのは、どうみても自分より下も下、小学生くらいの少女。

 容姿に対して、女王というその肩書きはおおよそ相応しくないように感じる。

 どちらかといえば、まだ王位継承前の王女、といったイメージがぴったりな少女だが、視線だけで辺りを覗っても他に王様らしき姿はない。

 少し、本当に僅かな間の後、王女と呼ばれた少女は、微苦笑を浮かべて英輝に声をかけた。



「わたくしが、まだ幼いとお思いでしょう?」

「え?! あ、いえっ、あの…はい」

「ちょっと、女王様になんて事を!」



 素直に認めた英輝に、ウィルが小声で咎めるように肘で彼の脇腹をド突く。



「ごふっ。 な、何すんだよ、ちょっと突けばいいだろうがっ」



 予想外に強かったその肘突きに、英輝はウィルへやはり小声で言い返す。

 二人は、会って間もないというのに、ド突き漫才が出来るほど気が合っていた。

 それは英輝の本質、彼を取り巻く空気がそうさせている。

 特にどうと言う事はしていないのに、それなりに友達が多い英輝。

 彼は気付いていないが、その場の空気を和ませるような雰囲気を持つ英輝に、みな和み、更に分け隔てなく接する彼に好感を持つのだ。

 ウィルも例外ではなく、その雰囲気に素を出して英輝に接していて。

 本人達は気付いていないが、女王には仲の良い二人に見えていた。



「すっかり仲が良くなったのですね。 その様子ですと、あの魔物にも勝つ事も出来ましょう」

「女王様! こんなのと一緒にしないで下さい!」

「これウィル、勇者様に向かってこんなのとはなんです」

「し、失礼しました…。 でもっ、勇者様と紹介しましたけど、こいつは勇者じゃないのです、一般庶民だったのです! 騙してごめんなさい、女王様」

「いいえ、ヒデキ様は勇者様です。 わたくしにはわかります、この方は、秘めた力を持っています」



 ゆっくり首を横に振った女王は、英輝に視線を向けて、優しく微笑む。

 その事にキョトンとしたのは二人。

 思わず顔を見合わせて、ウィルは疑わしい眼差しを向け、英輝は自分を指差して首を傾げた。

 その様子に、またクスクスと笑みを零したのは女王だ。

 英輝には不思議な力があると見抜いたのは、それを指してのものだ。

 気難しいウィルと、ここまで仲良くなっているのだから、と心で思っている。



「さて、わたくしも名乗りましょう。 わたくしはルースフォン=ヴィ=トローリィ、この国、トローリィ国の国を治める者です。 さて、ヒデキ様。 早速ですが本題に入りたいと思います」



 そう切り出した女王の話はこうだ。

 数ヶ月前、この国には二人の大魔道士がいて、一人は英輝の隣にいるウィル、もう一人は、この国に反旗を翻したガラード=アルトリウス。

 そのガラードが、この国を乗っ取るために作り出した魔物、メセタフェルトを倒すべく、異世界に助けを求めたのだという。



「大体はわかりましたけど…俺は、本当に一般庶民ですよ?」

「いいえ、ヒデキ様は素晴らしい力を持っています。 できればわたくしは、ガラードに再びこの国へ戻ってもらいたいのです。 そのためには、ヒデキ様のお力をお借りせねばなりません」

「いやいやいや、国に反旗翻して魔物作ったような奴、戻してどうするんですか」



 パタパタ手を振りながら真顔で言う英輝に、女王は困ったように眉をハの字に下げて、寂しげな笑みを向ける。

 その笑みに、何かあるのかと英輝がウィルを見ると、ウィルも悲しげな顔をしていた。



「ウィル? ガラードって…女王様の何?」

「ホンットに妙なところで勘が良いわね…、ガラードは私の同期の魔道士。 国の二大魔道士と呼ばれていた…女王様の、許婚だった者よ」

「許婚? にしては女王様の態度が変…なんだよな。 許婚ってのは建前で、実は恋人同士だったんじゃ…?」

「そうよ。 周りから見ていても仲むつまじい二人だったわ」



 そのウィルの言葉で、英輝は半分納得した。

 この依頼が、そのガラードを倒してくれ、ではなく連れ戻してくれ、という依頼だと言う事に。

 ウィルは“だった”と過去形で話しているが、女王様にとっては現在進行形で、まだガラードを好いているのだろうと。

 だからこその、“連れ戻してくれ”という依頼なのだと。



「ふぅん…で、それが何で反旗を翻す事に?」

「ガラードは悪魔に耳を傾けてしまった。 この国を乗っ取り、世界を手に入れようと魔物を生み出したのよ」

「悪魔って…もしかして元々悪かった大臣とか?」



 それは半ば当てずっぽうだった。

 本当に悪魔に耳を貸した、というならその悪魔を倒せと依頼してくると思ってのことだ。

 その悪魔が人間だったとしたら、そして、セオリーに則った展開の中で一番怪しいのは、と考えた所で出てきたのが、よくあるお約束な人物。

 そこで、英輝がそう聞き返せば、ウィルはあからさまに驚いた顔で彼を見た。



「なっ…何なのあなた、何故それを?」

「いや、王道だったらそうかなーと」

「なによ、王道って」



 冷たいウィルのツッコミに、あはは、と乾いた笑いをしながら誤魔化し、密かに溜息をついた英輝。

 薄々感じてはいたが、ゲームの王道だ、この世界は。

 考えてみると、王道感満載だった気がした。

 異世界からの召喚、勇者呼ばわり、国の危機、そして敵が女王の許婚。

 尤も、こんな内容のゲームなら初めて5分でやめそうな気がしてならない。

 やったとしても、簡単にクリアしてしまいそうな内容だ。

 だがしかし、果たして現実はどうなのか、それはわからない。

 王道なら、ここで仲間を紹介されるか、武器防具を貰うんだろうなー、などと考えていた英輝だが、現実はやはり違った。



「では、ウィルと共にガラードが根城にしている北の神殿へ向かってください」

「へ? あの、武器とか防具とか、仲間とかは?」

「この国に魔物はおりません、武器防具は必要ないでしょう。 それに、仲間ならウィルがおりますわ、ヒデキ様」

「えー、この人と二人で、ですかぁ?」



 いかにも不満満載な声を上げた英輝に、ジト目を向けてきたのはウィルだ。

 ガッと英輝の制服の襟を掴んで、すわった目で彼を睨みつける。



「何? この私が一緒なこと、不満だって言うの?」

「ち、違いマス! 二人じゃ少ないんじゃないかなーと! 魔物、メセ…何とかを倒すんだろ? なら、もう二人くらいいてもとか思ったしだいです!」

「メセタフェルト。 フンッ、あんな魔物なんか、この私が呪文一発で倒してやるわよ。 あなたはガラードの説得! そのために女王様がお選びになったんだから、がんばりなさい!」



 えぇー、と不満の声を零す英輝に、またもやウィルのジト目が振ってくる。

 結局その目に負ける形となって、英輝はその依頼を引き受けることにした。



「わかった、わかりました、女王様、その依頼、お受けいたします」

「ありがとうございます、ヒデキ様。 わたくしのことはルーンでよろしいですわ」

「ではルーン様、この俺にお任せください!」



 ドン、と胸を叩いて大見得をきる英輝に、ウィルがボソッと一言。



「さっきまでビビッてたクセに」

「うるせーな、ウィルが呪文で倒せる魔物なら、俺は手出ししなくていいだろうから、そのガラードとかを説得する事に努めようとしてんじゃねーか」



 またもや勃発しかけた言い争いだが、深々と頭を下げた女王、ルーンの言葉によって、それは不発に終わる。



「よろしくお願いします、ヒデキ様」



 その懇願するような言葉にウィルも英輝も口を噤み、姿勢を正して深く頭を下げ、二人は声を揃えて言う。

 「お任せを」と。


 英輝にとって、魔物退治なんぞできるわけはなかったが、人の説得なら、と大見得をきったものの。

 謁見の間を出たあと、廊下を歩きながら腕組みをして考え込んでしまう英輝。

 目の前にいるウィルの同期、と言う事は同い年なのだろうが、ルーンとつりあわない気がしたのだ。

 年上だからこそ恋に落ちた、という可能性も考えられたが、ウィルは贔屓目に見ても二十代前半、あの幼い女王には年上すぎるのでは、と。

 まだ何か隠されている、そう疑念をいだいても不思議ではない。

 そう考えると、ついつい疑わしい眼差しでウィルを見遣ってしまい。

 眼差しに気づいたウィルが、少々ムッとした顔で見返してきた。



「何よ、何か聞きたい事でもあるの?」

「あー、些細なことなんだけどさ、ガラードって、どんな奴?」

「単純バカ」

「いや、一言の元に終わらされると、いっそそいつが哀れになってくるんだけど」



 本当はそれが気になったわけではなかったが、それも気になったのも確かで。

 問えば、返ってきた単純かつ簡単な答えに、英輝は思わず哀れみをまだ見ぬガラードへ向けてしまった。

 しかしウィルは、そんな事おかまいなしに話を進める。



「だって、そうなんだもの。 あの悪い大臣にコロッと騙されて魔物なんか作り出しちゃってさ。 その魔物が出す瘴気で神殿近くには草一本すら生えなくなったそうなのよ」



 話しているうちにも歩は進めていたため、城の門を出た所で瘴気の話を聞き、英輝は慌ててウィルに詰め寄る。



「待て待て待て、そんな所に行くなんて聞いてねーぞ」

「細かい事に拘るわねー、この私がついてるのよ? 大丈夫に決まってるじゃない」

「その自信はどこから湧くんだ…?」



 胸を反らせて威張るウィルに、英輝は項垂れて弱々しくツッコむしか出来なかった。

 やがて、跳ね橋を渡り城下町へと向かう二人。

 ウィルには慣れた場所かもしれないが、英輝にとっては見るものすべてが新鮮で。

 ヨーロッパ辺りの下町は、こんな風なのではないかと思うような建物の佇まいや、露店の市場が並んでいた。

 一つ一つの露店を渡り歩く英輝に、子守をしている気分のウィル。

 この世界の服ではない英輝は店の主人側からも注目の的になり、いつしか英輝を取り巻く輪が出来ていた。



「どこから来たんだい?」

「その服、どこで売ってるの?」

「もやしみてぇな兄ちゃんだな」



 口々に英輝を見た質問や感想が飛んできて、英輝はどう答えたものかとたじろぐ。

 そこへ助け舟は…出されなかった。

 英輝が助けを求めて振り向いた先にはウィルはおらず。

 見回せば、スタスタとその場を去っていく姿を見つけて。

 おーいと手を振るも、他人のフリをするウィル。

 なんとも薄情な旅の共だ、そう思いながら、英輝は大声で彼女の名を呼んだ。



「おい! ウィル! 助けろ! 他人のフリすんな!」



 その叫びに、ぴたり、と止まったウィルは、そーっと英輝のいる輪の方を振り向く。

 途端、輪は英輝からウィルへとなだれるように移った。



「ウィル様! ガラード様は、ガラード様は悪くありません!」

「そうですとも、悪いのはあの大臣、ガラード様にはご容赦を!」



 取り残された英輝はといえば、口々にウィルに言う町人の言葉に、首を傾げる。

 魔物まで作り出したガラードを悪く言う町の人は誰一人としておらず。

 それどころか庇うような発言まで出ている。

 ここでも“悪いのはあの大臣”と出てくる辺り、日頃からあくどかったんだなぁ、と納得はしたが。

 それを宥めるウィルは、本当に困った顔をしていた。



「わ、わかっています、ガラードはあの大臣の口車に、まんまと乗せられたのですから。 大丈夫です、ガラードを退治しに行くのではありません、説得しに行くのです。 みなさんのお気持ちは痛いほどわかっています、私も、ガラードをどうこうしようなんて思っていませんから」



 ウィルの一生懸命の説得に、町人は、安心したようにホッと安堵していた。

 ここまで慕われていたガラード、一体どんな人物なのかと、英輝の中に興味が湧いてきた。

 そもそも、女王ルーンの恋人なのだ、仲むつまじい姿も見られていたと言うのだから、町の人も知っているのだろう。

 そんな相手が何故悪の道に、そう考えるも答えなど出るわけもなく。

 結局、散開していった町の人を見送りながら、英輝はウィルに歩み寄った。



「なぁ、ガラードってさ、人望厚いんだな」

「そうねぇ…私は攻撃系、ガラードは守備系だったから、自然と町の人にも好かれていたのよ。 国同士の戦いの時なんか、この町を一人で守ったんだから」



 そう話すウィルの目は、懐かしげなものだった。 しかし、それはすぐに憂いの色に変わって。

 グッと拳を握ってそれを見つめると、悔しげに話を続ける。



「なのに、あの大臣、ガラードの優しさにつけこんで…アイツは、ガラードは何も悪くない。 悪いのは今もガラードを唆している大臣なのよ」

「ふぅん、それを聞いて安心した。 根っからの悪人を更正させられるような人間じゃないからな、俺は」

「私はメセタフェルトを倒すから、その間にガラードを説得して。 大臣が何か言ってくるかもしれないけど、それ無視していいから」

「よし、役割分担は決まったわけだ。 んじゃ、そろそろ行こうぜ、その北の神殿って所に」

「えぇ。 あ、でも待って。 ここからその神殿に行くのに、丸三日はかかるのよ。 野宿のための食料とか買っていかなきゃ」

「み、三日ぁ?! そんなにかかる…ってか、そんなに遠いのかよ!?」

「世の中そんなに甘いわけないでしょ。 そもそも、近くだったらもうメセタフェルトが攻めてきてるわよ」

「あ、そっか。 でもさ、距離はあるとしても、何でまだ攻めてきてないんだ?」

「未完成らしいのよ、メセタフェルトって。 だから、完成に向けて神殿奥にこもってるって話よ」



 手頃な果物屋に寄って、必要な食料を物色しながら話すウィルに、またふぅん、と相槌を打つ英輝。

 その後、ランプ、松明、オイル、マッチ、携帯食料などを雑貨屋で購入したあと、やっと城下町を出て、街道を歩き出す。

 全ての荷物を英輝が持ちながら。



「ちょっと待て、何で俺が荷物持ち?」

「男でしょ? それくらい持てなくてどうするのよ」

「いや、だからって、けっこう重量あるこの荷物は辛いんですけど!」

「じゃあ、その鞄に入れれば?」

「へ? この中? 無理、教科書入ってて、入れる余裕無い」

「なら、そのまま持ってくるのね。 大丈夫よ、この辺は獣もいないし、襲われるとしたら…」



 不意に、ウィルの言葉が止まった。

 英輝が言葉の続きを聞こうと口を開くも、手で制されて、口を閉ざさなくてはならず。

 なにやら警戒しているウィルの視線の先、街道の脇にある茂みを、英輝も見つめる。

 途端、そこから十人ほどの、いかにも「私達は悪人です!」と誇張している風体の輩が飛び出してきた。



「仲良いところ見せつけてくれんじゃねーかよぉ、ひょろい兄ちゃんと神官さま」



 そのうちの一人、大降りの刀を持った恰幅の良い男が声をかけてきた。

 確かあれ、ククリって言うんだよなー、などと、状況をいまいち把握していない英輝が刀を見てのほほんと思っていた。



「さあ、その荷物と、有り金全部置いていってもらおうかぁ?」



 その言葉で、英輝はようやく理解した。 あぁ、俗に言う盗賊ってヤツか、と。

 確かに、魔物はいないとルーンは言っていた。 それはあくまで魔物は、と言う言葉通りのもの。

 人間の敵は人間、そう考えると、ファンタジーによくある魔物が出てこないこの世界は、自分の世界に似ていると半ば安堵して溜息をつく。



「何、怖いの?」

「いや、安心しただけ。 ホントにモンスターとか出ないってのがわかったから」

「あっそ。 結構肝は据わってるのね」



 盗賊達を無視して、のんきな会話をしている二人。

 それに業を煮やしたのは盗賊のリーダーである声をかけた男だ。



「やいやいやい、のんきに話してんじゃねーよ、さっさと荷物と有り金置いて…」

「あー、もう、うるさいわね。 怪我したくなかったら、さっさとどっか行ってちょうだい」

「なにぃ? 女の神官さまが俺達相手に何ができるって言うんだぁ?」

「その喋り方、ウザイ。 警告はしたわよ、あとで泣いて謝っても知らないから」



 ビシッとリーダーに指を突きつけてウィルが不敵に笑うと。

 英輝には聞きなれない言葉が彼女の口から紡がれた。

 それは、唄うような涼やかな言葉の羅列。

 やがて、といってもごく数秒でその唄が終わったかと思うと、力強い口調で短い単語と同時に両手を突き出すウィル。

 次の瞬間、掌辺りからから竜巻が発生し、それは巨大になって盗賊一行を飲み込み、茂みの遠く、森の辺りまで吹っ飛ばした。



「すげぇ! 今のが魔法ってヤツ?!」

「何感動してるのよ…、こんな初歩中の初歩の術で感動されても嬉しくないわ」



 嬉しくないなどと言いながら、満更でもないのか髪をフサァとかき上げ、満足そうな顔のウィルに、英輝は素直に感動して目を輝かせた。



「なぁ、まだあるんだろ? 魔法。 見せて見せて!」

「何も無いのに魔法使うと自然破壊になっちゃうじゃない。 少なくとも、この先ちょこちょこ使う事になるだろうから、存分に見られるわよ」

「へ? 何で?」

「盗賊、山賊って言うのはね、一歩国から出ると掃いて捨てるほどいるのよ。 あの一団だけじゃない、第二第三の盗賊が出てもおかしくないわ。 その時見る機会があるって言ったのよ」



 事も無げに肩を竦めて言うウィルに、英輝はピキ、と固まった。

 一つや二つならまだ見物していられるだろうが、掃いて捨てるほどとは。

 そんなに治安が悪いのか、と地元日本ではありえない事に放心している。



「この辺はまだ治安はいい方よ、いても十はこさないはずだし。 けれど、この先進むにつれて治安は格段に悪くなるわ。 そうなったら、大人しく私の後ろにいなさいね」

「…はい、肝に銘じます」



 大事な使命の前に、そんな事で命は落としたくない英輝は、ウィルの言う事に素直に頷くのだった。

 そうして、約三日間の旅が始まった。


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