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召喚されてもフラグは折っておく。




 それは、初めての事だった。




 ある春の日の夕方、少年が一人、公園に立っていた。

 いつもは素通りする公園だったが、今日は何となく足を向けてみる気になって。

 立ち寄って、懐かしげに公園を見渡しながら歩いているとみつけた、これもまた懐かしいあるものに、惹かれるように近付いた。

 それは、何の変哲もない時計塔。

 しかしその塔は一種不思議な雰囲気をかもしている。

 少年が小さな頃よく遊んでいた公園でもあるため、見知った場所の建造物なのだが、その不思議な雰囲気は子供心にも常に感じていた。

 さらに、そこで遊ぶ子供たちの間では“触ったら何か良くない事が起こる”、そんな噂があり、近づく子供は彼を含めていなかった。



「昔は、怖がってたよなー」



 そんな呟きと共に少年が時計塔に近づいたのは、懐かしさがあったからで。

 子供の頃の恐怖心よりも、今は好奇心が先にたち、手を伸ばせば触れられる位置に立って、少年は塔を見上げた。


 彼の名前は麻野 英輝、この春二年生になった地元高校に通う高校生だ。

 背は170前後の痩せ型で、髪は黒、部活などには入っていない帰宅部だが、どこにでもいる普通の高校生である。

 おおよそ平々凡々な生活を送ってきた彼にとって、その不思議さは非日常的なスパイスのように感じられて。

 高校の鞄を肩にかけたまま、ボーっと塔を見上げる。

 よく見れば、見上げる塔の先端部分は、夕日に照らされて光っていた。

 夕日に照らされているわりには、妙な光り方をしているそこ。

 しかし、英輝は気付くことなく天辺を見ながら、そっと塔に触れた途端。


 声が、聞こえた。



『―――たすけてっ!』



 その声に、英輝が思わずパッと塔から手を離すと、その声は余韻も残さずかき消えて。

 慌ててきょろきょろと辺りを見渡すが、公園には誰もいない。

 子供が遊ぶ時間はもうとっくに過ぎており、英輝だけがぽつんと立っている、そんな状態だ。

 辺りに人がいないのを確認した後、英輝は再び時計塔に視線を戻し、そーっともう一度触れてみた。



『―――たすけてっ!』



 すると、同じ声が聞こえた。

 今度は塔から手を離さず、しかし信じられないような顔で瞬きをしながら、静かにその声に耳を傾ける。



『―――誰か、この声は聞こえませんか!』

「空耳…じゃぁないよな。 こんだけはっきり聞こえるし」

『―――あぁ、この声が聞こえる方がいらっしゃるのですね!』

「聞こえる、けど。 何?」

『―――助けてください! 今からあなたをこちらへ転送しますから、私達のトローリィ国を救ってください!』

「はぁ?! ちょ、何言ってんだよ、俺にそんなことできるわけ…!!」



 英輝の言葉が終わるより早く。

 時計塔全体が光り始め、その光が彼を包み込む。

 それと同時に、浮遊感にも似た感覚が英輝を襲い、その光が眩い閃光に変わった瞬間、彼の姿はその場から消えてた。



「…う…」



 冷たい石の感触に、英輝が唸り声を上げたのは、ほんの数秒後。

 意識ははっきりしているのに体が動かない、そんな状態で、目を開いて辺りを確認する。

 視界に入った景色は、先刻までいた公園ではなかった。

 鬱蒼とした森に囲まれた、RPGによく出てくる遺跡のような場所だ。


 ごく一般的な高校生が、景色を見ただけで“ゲームに出てくる遺跡”などと、すぐには連想できないだろうが、英輝がすぐに連想できた理由はゲーム好きだからだろう。

 テレビやアイドルなどはあまり好まず、漫画よりも小説を好む英輝は、同級生と話が合わず、ゲームでもやっていないと話題についていけない、そんな理由からTVゲームを始めた。

 初めは話題作り程度だったが、RPGが存外面白く、更に手を広げて多種多様のRPGをプレイしてきた。

 それゆえ、すぐに連想できたのだろう。


 けれど何故そんな所で自分が寝ているのか、そこはまだ頭がはっきりしない。



「ここ、は…?」

「お目覚めになられましたね、勇者様。 ここはトローリィ国が管理する召喚の祭壇ですわ」

「この声…さっきの…? …あ、動ける」



 思わずガバッと体を起こした英輝は、間の抜けた声で動ける事に気付く。

 が、すぐに思考を復活させ、声の主を、隣にいるだろうその人物を見遣った。

 そこにいたのは、いかにもゲームに出てきそうな神官や僧侶といった風体の女性で、跪いて自分を見つめていた。

 英輝が見た所、年の頃は二十代前半、スレンダーだが女性らしい体つきで、跪いているため背はわからないがおそらく自分より低い。

 青い、空色の長い髪を、頭の横で結っていて、髪を束ねている箇所に赤い宝石が輝いていた。

 そんな女性が、自分をまるで尊者として見ている様子に、英輝は居心地の悪さを覚える。



「ようこそおいでくだしました、勇者様」

「や、残念ながら、俺は一般庶民です」



 ここはキッパリと否定した方が身のためだと思いながら、英輝が言い放つ。

 そうでなければ、なし崩しに勇者に仕立てられる、そんなRPGを何度もプレイしてきた。

 豊富なゲーム知識が否定しろと警鐘を鳴らすのに従い、その女性に首を横に振ってはっきりと告げる英輝。



「そんな…一般庶民なんてそんなことないわ! だって、ここで祈っていた私の声が聞こえたのですもの、勇者様の…はず」



 はっきりと否定したのが功を奏したか、女性から疑問詞風の言葉が零れる。

 即座に否定したことで発せられたのだろうその言葉を、英輝は聞き逃さなかった。

 相手が疑問を持ち始めたことで、勇者フラグをへし折ったと確信した彼は、さらに畳み掛ける。



「あ、今疑問持ちましたね? その通りです、俺は勇者なんかじゃない」

「いやっ、でもっ、そんなっ」



 再度否定すると、女性は頭を抱えて首を左右に振り、まじまじと英輝を見て、また同じ行動を繰り返す。

 とりあえず起き上がれたので、その場にあぐらをかいて座り、頭をポリポリと掻きながらその様子を見つめる英輝。

 そして、頭を振るのをやめた彼女が、なにやら俯いてブツブツ呟き始めた。

 何を呟いているのかと、彼が聞き耳を立てようとしたところ、ガバッと顔を上げて彼女は英輝を見据えた。

 そこに、先刻までの敬う眼差しは、もう微塵もない。



「あーもう、あなたでいいわ。 で、名前は?」

「は?」

「名前よ、な・ま・え、言葉は通じてるんでしょう?」

「そーいや不思議だけど、耳に入ってくるのは日本語なんだよなぁ…ってぇ! そうじゃなくて! 何だよ、いきなり態度変わりやがって」



 言葉が通じるのはお約束だからなんだろうか、そんな事を考え始めるも、すぐにペイッとその話題を投げ捨てて、英輝は彼女の口調が変わった事にツッコミを入れる。



「勇者でもないあなたにおべっか使うほど心広くないのよねー、私。 で、名前、とっとと言いなさいよ」



 フサァ、と長い髪をかき上げてフン、とソッポを向いた彼女は、視線だけ英輝によこして、名を問う。



「うっわ、性悪っぽい」



 その態度の豹変に、思わずジト目を送りながら素直な感想を言と。

 英輝のその言葉にカチンと来たのか、女性はギロ、と彼を睨みつける。

 言い知れぬ恐怖を感じ、その睨みに負けてたじろぐ英輝。



「な、なんだよ」

「この私にケンか売る気?」

「ケンカ売るも何も、素直に言っただけだー!」



 すごまれて、なおも口走ったその言葉は彼女を怒らせる結果となり。

 プチッと何かが切れた音がしたかと思うと、女性は立ち上がって座る英輝に指を突きつけた。



「いい度胸ねぇ、この私、大魔道士にして召喚術師ウィル=サーティスにケンカ売るなんて、消し炭にでもなり無いのかしら?!」

「けしず…っ?! わーっ、悪かった、悪ぅございました! なんかもうホントにやりそうで怖いから、それだけはご勘弁を!」



 彼女の事は何も知らない、勿論その力も、何もかも。

 しかし、嘘ではないという威厳がヒシヒシと伝わってきて。

 平謝りする英輝に、機嫌を直したのか、突きつけていた指を下ろすウィル。



「フンッ、わかればいーのよ、わかれば。 それで? 名前は?」

「麻野 英輝です」

「私はさっき言ったけど、ウィル=サーティスよ。 でも変わった名前ね、アサノなんて」

「あ、そっち苗字。 名前は英輝」

「ミョウジ?」

「あー…そっか。 ファミリーネームが麻野、ファーストネームが英輝」

「そう、じゃあヒデキ、私と一緒に来てもらうわよ」



 通じるか、と不安は過ぎったが、英輝が外国風に教えれば、あっさりと納得したウィル。

 そうして、片手を差し出し、クイ、と顎を動かした彼女に、英輝はキョトン、としてその手を見上げる。



「どこに?」

「決まってるじゃない、あなたを勇者様として女王様に紹介するのよ」

「何でそうなる?! 俺は勇者じゃないんじゃなかったのかよ?!」

「仕方ないでしょ、私の声が聞こえて、実際ここへ召喚されたんだもの。 何の能力も無いただの人間でも、勇者って祭り上げなきゃ、この国が滅びちゃうのよ。 それを阻止するためにはそうするしかないの」

「どういう国だ、それは! 一般人を祭ったって滅ぶのが進行しても阻止するなんて無理だ!」



 至極真っ当な英輝の叫びに、しかし彼女は聞く耳持たずにグイッと彼の腕を持ち上げ、無理矢理立たせる。

 そして、その手を引きながら無言で歩き出すウィル。

 英輝はと言うと、なおも「無理だ!」とか「聞け! 人の話を!」と抗議の声を上げていたが、聞こうとしない彼女の態度に仕方なく引かれるままに歩き出した。

 会って間もないが、どう考えても彼女、ウィルの性格は気難しい。

 それをその態度で痛感した英輝は、彼女に抗議したところで無駄と悟ったのだった。


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