魔法というもの
「“ブレーヴ・オクスタル”!!」
帝里が剣を上に掲げ、高らかに魔法を詠唱すると、帝里の剣の周りに、縦に伸ばした正八面体のような形をした八つの水晶が浮かび上がる。
その八つのクリスタルは、それぞれ、赤、青、黄、緑、茶、紫、白、黒の色に輝き、刀身を中心に、8の字を描くようにゆっくりと回り始める。
過去に異世界で魔王を倒した勇者にもなってくると、自分専用の固有魔法を持っているもので、帝里の場合、この“ブレーヴ・オクスタル”という魔法がそれに該当する。
この魔法の根幹である八色の結晶片は、火水雷風土光闇とある魔法の属性の内、赤が『火属性』、青が『水属性』、黄が『雷属性』、緑が『風属性』、茶が『土属性』、白が『光属性』、紫が『闇属性』、そして黒が『‘無’属性』を表している。
上の説明での属性にない、無属性があることに疑問を感じるかもしれないが、無属性は他7属性と同じくらい重要な存在なのである。
それは属性が『無い』が故に他の属性に馴染みやすく、さらに他の属性を『無くす』ことが出来るという、相反する属性達の中で唯一、変わった干渉できるという性質を持つからである。
もちろん、属性分類の出来ない魔法を無属性と分類することもあり、魔法は火水雷風土光闇の7属性である『有属性』と、無属性で分類される。
また、7属性の『有属性』の中でも様々な分類の仕方があり、火水雷風土属性は『五大属性』、光闇属性は『特殊属性』と呼ばれており、それぞれにゲームのような有利不利属性がある。
まず、前提として、人間の体は、それぞれの有属性の‘根源マナ’と呼ばれる人間の核のようなマナと、それらより遥かに膨大で、体の大部分を占める無属性のマナ、通称‘無マナ’で構成されている。
この無マナは魔法で使う魔力の源であり、それ自身には何の力も持たない。
なお、プトレミーシア王国の魔法真理学によると、この無マナというものは空気中にも存在し、それが集まって形作ったものが、‘物’となり、そこに根源マナが吹き込まれると、‘生命’になるらしい。なら、根源マナは‘魂’、とも呼べるかもしれない。
そして、この各有属性の根源マナの大きさとそれぞれの割合には、個人によって偏りがあり、それがその人の得意属性、苦手属性に繋がるのだ。
通常、魔法を発動するとき、この無マナを、各有属性の根源マナに通すことで、各属性のマナ(これを魔力と表現する)が作れ、それを使用する。この無マナが他の属性変わることが『馴染む』という表現される。
この一度に変換できる量と貯蓄量は人によって変わってきて、式で表すならば、
(各属性の根源マナの大きさ)×(その属性の変換率)
といったもので、これにより、その人の使えるその属性のマナ量、強さが決まってくる。
それぞれの根源マナが変換できるマナ量の合計値こそが、帝里の使う“マナ探知”で測っているマナ量なのである。
そして、こちらの世界にもマナが存在するのに、こちらの人間が魔法を使えないのは、まず、この変換が意識的に出来ないからである。
しかし、無属性のみ、根源マナが存在しないので、無マナをそのまま、マナ (魔力)として簡単に生成でき、人によっては感情が高ぶると無意識に作ることが可能である。
ただ、無属性の魔力 (マナ)は少し特別で、他の属性魔力に触れると、その属性に変わってしまったり、何も変換していないせいか、すぐに無マナに戻ってしまったりする。さらには、すぐに身体能力の向上に消費されてしまい、魔法をきちんと理解している者でないと扱うのが難しい。
そのため、こちらの世界が無属性の魔力を生成できたとしても、魔法を使用するのは不可能なのである。
因みに、元に戻った場合の無マナには干渉性はほとんどなく、なんとなく感じる程度で、殺気、威圧、覇気などと呼ばれている。
ところで、各属性の根源マナは独立しているので、複数属性を同時に使えると、魔力は単純に足し合わされ、威力が跳ね上がる。また、誰かと共同で魔法を使用するときも、別々で魔力を生成するので、一人では使えない強力な魔法を出すことが出来る。
しかし、属性同士には相反作用があり、様々な属性を同時に使うのは困難である。また、生物同士でも、魔力が、相手の魔力と反発してしまうことが多く、ある程度、お互いに協力しないと、共有できない。
そこで、帝里は自分の中にある、それぞれの属性根源マナを、この8つのクリスタルに、ほぼ全て入れ込むことで、完全に体外で分離させることに成功し、8属性全てを自由に使えるようになったのだ。
つまり、帝里は複数属性を自由に組み合わせて、威力の高い魔法を放つことが出来るのである。
そして、わざと無マナの一部を「無属性の根源マナ」として他の属性と分け、他属性とバランスをとることで、扱いが難しいとされる無属性も他属性の同時使用を可能にしたのである。
…と偉そうに講釈を垂れてみたものの、魔法については帝里にもまだまだ分からないことの方が多い。
異世界では科学は存在しないし、説明も全部が「マナ」と表現されたので、途中から何が何か分からなくなって、帝里が投げ出した分野である。なんとなくで魔法を使えていた帝里から言わせれば、魔法は想像力と心で大体どうにかなる。
とりあえず、誰もが全属性をある程度、使うことができ、同時に使うのが難しいとだけ考えれば大丈夫だろう。
もう少しこちらの世界の人にも分かる説明を考えて欲しかったと思いながら、帝里は改めて8つのクリスタルを見て、ため息をつく。
「しかし、色うっすいなぁ…まだ全快じゃないのね…」
さっきまで魔法の存在すら否定していたくせに、今は掌を返したように魔法に頼りきっているという、全世界のヒロインもびっくりのツンデレっぷりに応えてくれるほど魔法も甘くなかったようだ。
本来、はっきりと濃く輝いているはずの結晶片の色が薄くなっているのは、込められている根源マナが少ないからであり、つまりは、使える魔力が普段より落ちている証拠である。
「それでもまずは…よっと!」
突然、敵を前にしているにも関わらず、帝里は後ろを向き、振り向き様に剣を振ると、剣の周りにあった結晶が一斉にイブに向かって飛んでいき、イブの頭上で円を描きながら回り始める。
「お前を助けないとな!!
頼むぜ、“ヒール”!!!」
帝里が唱えた呪文に8つのクリスタルが呼応し、全ての色が白に統一され、イブが優しい光に包まれる。光属性の回復呪文だ。
光属性は光属性としての技としては別に、癒し系の呪文で、他にも防御技、能力向上技など援助系の技も多く存在する。
顔は蒼白で、唇も生気を失った紫色に変え、浅い息継ぎを繰り返すほど瀕死状態のイブであったが、帝里のクリスタルから放たれる光を吸収していくにつれ、傷口がみるみる塞がっていき、肌の色合いが良くなっていくと共に、苦しそうに歪んでいた表情も穏やかなものに変わる。これでもう大丈夫だろう。
とはいえ、イブの着ていた真っ白だったワンピースは血でほぼ全体が朱黒ずみ、髪にも死んだ色の血がこびりついていて、かなり壮絶な姿になっている。治療したとはいえ、見ていられない。
「そのままはちょっとな……よし、もういっそ洗っちゃうか!
ということで、“洗濯”&“乾燥”っとッ!!」
結晶片が赤2つ青6つに分かれ、青の結晶片がイブを取り囲むと空間に水を生成し、水はイブの体を空中に押し上げていく。
そして、水で出来た球の形の中にイブを包み込むと、水流で優しくイブの衣服と髪を洗っていく。イブが寒くないようにと、残る2つの赤結晶片で水の温度を調節するといった配慮付きだ。
溶け落ちるように血の汚れが消え、すっかり服と髪が綺麗になると、少し濁っていた水がスッと幻のように消え去る。
すぐに青の結晶片は次に全て緑色に変わり、イブを下から突風を吹きつけ、イブの体を空中に浮かび上がらせる。その間に、燃えるように輝く赤の結晶片がイブの体の周りを回り、服を乾燥させていく。
こうして服にほつれや破けはあるものの、それ以外は、透き通るように白く、服は新品同様の輝きを取り戻し、それを纏ったイブを地面にゆっくり優しく寝かせると、役目を大いに果たしたと言わんばかりに結晶片が元気よく、先程と同じく剣の元に戻り、満足げにクルクルとまた回り始める。これで完璧だ。
「やべッ!?あの機械も一緒に洗っちゃったけど、さすがに防水だよな…!?…それくらい未来なら当然だよな!?!?」
そもそも電化製品かすら怪しいのだが、イブの背中についた飛行装置を壊してしまったのではないかと帝里は慌てながらも、久しぶりの魔法の感触を味わい、帝里の背中をゾクゾクと高揚感が撫で上げる。ちゃんと属性を使い分けられていて、少し楽しい。
「とはいえ、やっぱりマナ量が少ないな…これならこっちの刀は使えそうにないし、戻しとこ。
あ、鞘も転がったときに危ないし、戻さないと。“エレルナ”!」
そう判断し、帝里が腰の後ろにつけた太刀に触れた瞬間、太刀が跡形もなく消える。そして次は今、手にしている剣を収めていた鞘に触れると、鞘が消え、他にも討伐際での装飾として付けていた邪魔なものが次々と消えていく。
これは変身時にも使用した召喚魔法、“エレルナ”である。
“エレルナ”は持ち物を自分特有の空間に送ることで、自由にしまったり、取り出せたりする魔法だ。無マナを使って収納しているので、誰でも大量に物が格納できる。
さっきのように自分の装備を入れられるのも良いが、旅をするときの荷物、特に危険な火薬や明かりの油などといったものを、安全かつ大量に持っていけるのが嬉しい点で、実際に今も帝里が旅で使っていた道具が残っているはずだ。
「っていっても、こっちの世界で、灯り用の油を数壺もなんて、絶対にいらないよなぁ…」
異世界から持ち帰ってしまった荷物を色々取り出しながら、調べているとふと当面の問題を思い出す。未来の暗殺者、アッシュとモイラだ。
あの二人は殺す宣言までしていたのに、帝里がイブを介抱している間、全く手を出してこなかったのだ。戦隊ものの変身シーンでもあるまいし、帝里も急に背後から襲われないか、途中まで警戒してたのだが、何かしてくる気配も全く感じられず、魔法を使えた興奮から少し忘れてしまっていた。
凶悪な存在を思い出した帝里は、大慌て荷物を片付けて、二人の方へ振り向くが、二人とも、戦闘態勢を取るどころか、軽く口を開けて、茫然と立ち尽くしていた。急に変身した帝里を見て…ではない。二人の目線は、その後ろ、イブに釘付けになっている。
「かッ…か、かりょく…ひめ……ッ!?」
「火力姫???」
痩せている方の男が怯えるように声を震わせて呟いた言葉に、思わず帝里は聞き返す。
異世界ではなく未来から来たのだから、まさかリアルお姫様ではないだろうし、電撃姫や残虐姫といったあだ名的なものだと思うのだが、女の子につけるには厳つすぎる名のわりに、強引にロボットを破壊するようなイブにはぴったりな名前だと思ってしまい、少し帝里は吹き出しそうになる。
「まさか、この時代に魔法が使えるやつがいたとはなッ…!
にしても、その女がエルクウェルと…クッ…これは面白い!!ハッハッハッ!!!」
逆に隣の大男はこの現状を楽しんでいるようだが、何が面白いのか帝里にはさっぱり分からない。
「なーぜ、あの姫さんがこいつに協力してるかさっぱり分からねぇが…よし!モイラ!エルクウェルの役、お前に譲ってやるよ」
「え!?アッシュ、いいの!!?」
アッシュという大男の言葉に、先程まで落ち着きなく慌てていたモイラが急に元気よく背筋を伸ばし、嬉しそうな声をあげる。
「あぁ、もうそれどころじゃねぇ。あの女を連れて帰りゃ、俺は本当の‘英雄’になれるしな」
「やったぁ!!エルクウェル役、本当にやりたかったんだぁ!!」
何か良からぬことを新しく企んだのか、いやらしい笑みを浮かべるアッシュと、役とかいう、エルクウェル本人である帝里の前で何やら物騒な話で喜ぶモイラが楽しそうに盛り上がっている。
「…よく分かんないけど…イブには手を出さないでくれるのか?」
「別に殺したっていいんだが…まぁ、生かしておいた方が、選択肢が色々と広がるからな。
てかエルクウェルさんよぉ、姫さんとどういう関係なんだ?」
「俺は…こいつの勇者だ!!イブも連れて帰らせねぇし、俺も殺されねぇ!」
再び宣言するように帝里は叫ぶと、先程から行動がいちいち腹が立つ大男に向かって剣先を向ける。
「へぇ、勇者ねぇ…けっ、ほんと、過去の奴らは頭お花畑なやつばっかでおもしれぇな!!モイラ!」
帝里をあざ笑うかのように、にたつく、アッシュの掛け声に応えるようにモイラがその横に立ち、臨戦状態になる。
「だったらその勇者ってやつ、俺らにやらせてもらうぜぇ」
得物を見るかのように舌舐めずりをするアッシュに、帝里は少し身構える。
再び歩み始めた‘勇者’と、それを殺して奪おうとする‘英雄殺し’との戦いの開幕を焚きつけるように、まだ少し冷たい春の夜風が両者の間を吹き流れていった。
改稿に至って、出来るだけ説明を短くしたいという理由で削除したのですが、数少ないクラウディオスについての言及と、後にやたら光属性しか使えないやつが出てくるので、補足という形で残させていただきました。もし興味があれば、下も読んでくださると嬉しいです♪
[補足]
こうして作られた魔力を使って魔法を発動するわけだが、イブがロボットを破壊した火炎魔法のように手を炎が覆い尽くすと、手が焼き爛れてしまう。自分の身体強化が出来るように、魔法は術者自身にだって干渉するのだ。
それを防いでくれているのが、最後の性質『無くす』である。体に干渉する魔力を、体全体を覆っている多くの無マナによってその属性を打ち消すことが出来るのだ。
なので、術者によって放たれた魔法も、空気中の無マナによって、魔力が打ち消されていき、術者を離れるほど威力が落ちていく。
なら、その『無くす』性質を使えば相手の攻撃を全て無効化できるのではないか。
それならば、魔法を使っても全て防がれ、意味がなくなり、魔法を殺傷目的で使うことがなくなるので、世界が平和になって、とても嬉しいことなのだが、現実はそうも上手くいかない。
相手と意識して同調しないと、相手の魔力が反発するので、そんな絶対防御は誰も張れないのだ。ただ一人、帝里と肩を並べた英雄を除いて。
そう、かの英雄クラウディオスである。あの英雄は相手の魔法攻撃を無マナに変え、無力化にすることが出来る。その代わり、自分の属性も勝手に無力化されてしまい、特殊属性である光魔法(闇属性は自動的に自分で浄化してしまう)しかほぼ使えないのが難点なのだが。