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かけもちの勇者様!!  作者: 禎式 笛火
1章 Start Another Heroes
8/58

勇者のはじまり

この話では「作品の成長を楽しむ」という企画をやっています!!

もしよろしければ、それに該当する活動報告を訪ねてみてください♪



「危ないッ!!!」


 イブに突き飛ばされ、その最中に起きた一瞬の出来事に帝里が目を見張るのも束の間、すぐに壁に叩きつけられ、遅く感じていた時間の流れが急に元に戻る。


「ぐはぁッ!!?…ぅ…うぐぐ…」


 ビルから突き出ていた配管に背筋が直撃したのか、背中を突き刺されたような衝撃と、その鋭い痛みに、じわりと全身が徐々に麻痺していく。衝撃で頭も後頭部から壁に強く打ち付けてしまったせいで、頭の中で火花が飛び交い、熱い痛みが頭を後ろから重く押しつけてきて、意識が混濁として、思わず気を失いそうだ。

 でもそんなの今はどうでもいい。飛ばされているときに見た光景が帝里の脳裏から離れない。イブだ。イブが先だ。


「…イブ!!……ッ…ぁ…」


 重い体を無理矢理起こし、必死に顔を上げた帝里は彼女の名前を叫ぶが、飛び込んできた目の前の光景に言葉を失い、ぶり返す恐怖に体がガタガタと震え、低い絶望の声が漏れる。


 帝理の前に静かに横たわるイブからは貫かれた腹部を中心にして、真っ赤な血が止めどなくこぼれ、それが白のワンピースを朱殷に染め上げており、彼女から今にも消えそうな浅い息遣いがわずかに聞こえていた。


「へへへ、やっとみつけたぜぇ!!エルクウェルゥ!!!」


 そんなイブの姿を見て、魂が抜かれたように帝里が茫然とする中、図太い声が響き渡り、警備服に身を包んだ二人組の男、アッシュとモイラが現れる。


「さっきは未来人と勘違いして悪かったなぁ。まさかあんたが‘エルクウェル’だったとは驚いたぜ。

 今ので殺すつもりだったが、ラッキーだったな!!お前の未来のファンに守ってもらえて!!」


 馬鹿にしたような下品なアッシュの笑い声が響き渡るが、帝里には全く聞こえておらず、よろよろとイブのもとへ這い寄る。

 帝里に無視されたアッシュは腹立たしそうに舌打ちするが、帝里の行動を見て察したのか、すぐに嬉しそうに賎しい笑みを浮かべると、その絶望する様を見ようと、大人しく帝里を見守り始める。


 イブの隣にまで来た帝里は弱々しくイブを抱き上げるが、イブの息は絶え絶えで、服の端の方についた血はもう乾き始めており、赤黒く鈍い色に変わっていく。攻撃を受けた右腹部の傷からは、死までの制限時間を告げる砂時計のように、まだ温かい血がじわりとこぼれ落ち続ける。


「どうして……なんでそこまでして…」


 帝里から嗚咽の声がもれる。

 今の自分には何も出来ない。もう帝里は世界を救えるような勇者には、エルクウェルには、もうなれないのだ。どんなに期待されたって、帝里は怖くて一歩が踏み出せない。

 世界が怖い。

 未来が怖い。

 記憶が怖い。

 魔法が怖い。

 それらの恐怖が帝里を取り巻いて動けなくするのだ。

 そして今、帝里を支えてくれる最後の希望すらも、腕の中で消えようとしている。もう帝里には力も期待も、何一つ残っておらず、全てなくなってしまった。

 

 照らす光を失ってしまい、絶望した帝里の心は闇に包まれ、暗く底の見えない記憶の泥沼に沈んでいく。次第に帝里の目の前も本当に暗くなっていくが、散々味わった恐怖に疲れ、諦めてしまったのか、もうあがこうとも思わない。


「わた…し…は…」


 うっすらと目を開けたイブが、かすれかすれに語りかけ、力なく震えた手が帝里の頬に触れる。が、もうこれ以上何も受け入れたくない帝里は、外と意識を切り離して、魂が抜けたように放心しており、何の反応も示さない。

 イブも、血が流れすぎて、もう声を出せるほど力は残っていない。それでも薄れゆく意識の中で、困ったような弱々しい笑顔を見せながら、必死に声を振り絞って帝里に語りかけ続ける。

自分の知る「勇者」に戻ってもらうために。


「……――を…救いたいのです」


 その言葉が帝里の耳に響いた瞬間、帝里を飲み込んでいた泥沼の底から一筋の光が眩しく浮かび上がった。


=====================================



「ハァ、ハァ、ハァ……」


 少し明るい闇が辺りを包み、爽やかな夜風が帝里の頬を撫でる中、帝里はそんなことお構い無しに必死に立派なお城の壁をよじ登っていく。

 そうして、なんとか登り終えると、息が絶え絶えにその場でしゃがみ込むが、息が整うのを待たずに、すぐに立ち上がると、何から逃げるように再び走り出す。


 これまで屋根の上など走ったことないので、幾度となく躓いて転びそうになりながらも、帝里は足を止めず、その広大な屋根を真っ直ぐ駆けていく。

 見上げると、散りばめられた星々と大きく丸い月のようなものが夜を照らし、無数の流れ星が夜空を飾る絶景が広がっているのだが、帝里には見上げる余裕が全くない。なぜなら…


「ハァハァ…ちくしょう!なんでわざわざ異世界召喚されて殺されなきゃならないんだよ!!!」


 6年前の異世界の夜空に、帝里の叫び声が響き渡るのであった。


 


 6年前、入多奈 帝里は、乗っていたマンホールが急にずれ落ちてそのままその穴に落ち、そのマンホールの穴を抜けると、そこは全く知らない世界の大空で、まるで空から産み落とされたように異世界転移させられた。

 そして、そのはるか上空に召喚された帝里の落下地点は、よりにもよってプトレミーシア帝国という国の王様の上だったのである。


 そのとき、帝里の下では「プトレミーシア建国千周年祭」という記念祭が行われており、皆がめでたく祝っていたところ、急にその中心地に、訳の分からないことを叫びながら帝里が落ちてきたのだから、彼らもさぞかし驚いたことだろう。


 そして、その帝里と国王が激突し、大惨事となるところだったが、その直前に護衛の者が大慌てで、国王を魔法のようなもので守ってくれたおかげで、3000mからの帝里の飛び蹴りは、国王に直接的なダメージはなく、帝里も落下でぺしゃんこにならずに済んだ。

 が、その衝撃で吹き飛ばされて受けた間接的ダメージはご老体の国王にはかなり大きかったようで、国王は転げ落ち、地面に突っ伏して気絶してしまったのである。


 国王が地面に倒れ、その国王がいた場所には代わりに帝里という謎の青年が立っているという状況に、そこにいた全ての者はもちろん、当事者の帝里すらも何が起きたか分からず、皆が一瞬呆然と立ち尽くしたが、すぐに我に返ると、大慌てで国王に駆け寄っていく。また、当然帝里は国王暗殺容疑で即刻、その場で取り押さえられた。


 国王の手当が速やかに行われる中、国王は国民からとても慕われていたのか、そのお祭りで集まっていた国民全員が国王に怪我を負わせ、大事な記念祭をぶち壊した帝里に対して大いに激怒し、その場で処刑となり、帝里の前に刃が下ろされた。


 その初めて見る本物の剣の刃を目にして、ようやく状況を察した帝里は慌てて、どうにかして事情を説明しようとするが、なんと相手が全く知らない言語を話すので話が通じない。この絶体絶命の状況の中で、帝里は生々しい死への実感に、全身が震え、喉がカラカラになり、これまでの人生で一番、命の危機を感じたのを今でもよく覚えている。


 帝里は代わりに身振り手振りで必死に弁解するも、暗殺犯の話など誰も取り合ってくれず、護衛兵が暴れる帝里を押さえつけ、無慈悲に剣を帝里の首に振り下ろした瞬間、凜とした少女の声が響き渡った。


 その声に刃はピタリと止まり、皆がその止めるよう叫ぶ声の方を向くと、止めてくれたのは、なんとその国の王女様であった。


 王女は庇うように帝里の前に立つと、怒り狂う国民を静かに宥め始めてくれた。そして、さらに治療を終えた国王までもが、国民を落ち着かせ、帝里を許してくれたのだ。

 帝里を救ってくれるような、こんな優しい王女と国王は言うまでもなく、プトレミーシア帝国レイル王女とその父である。


 レイルがお互いの言語が分かるようになる魔法をかけてくれたことにより、帝里は事情を説明することができ、国王が国民を説得してくた結果、帝里は特別に、元の世界へ強制送還という形で、どうにか許してもらえることになった。せっかくの異世界冒険がすぐに終わって少し残念だったが、命が助かっただけでも十分ありがたいことで、王女様の優しさと国王様の懐の深さに感謝だ。


 こうして命拾いした帝里であったが、元の世界に戻ることが出来ると言われる洞穴の祠に連行されている途中、突如、魔王軍が攻めてきて、洞穴の宝玉を持ち去ってしまい、そのせいで、祠は元の世界に帰る機能を失い、帝里は帰れなくなってしまった。


 因みに、なぜ魔王がそんなことをしたのか、後に交わされた一説では、異世界召喚される人物は膨大なマナを持っており、魔王の脅威となるので、洞穴を壊し、召喚を無くそうと企んだ、とされている。が、タイミングが最悪で、逆に将来、自分を倒すことになる帝里を閉じ込めてしまったのだから、本当に不憫でならない。


 さて、こうして帰れなくなった帝里は死刑囚に逆戻りしたわけだが、せっかくお祭りを仕切り直した最中であったため、帝里の血生臭い処罰は後日ということになり、ひとまず帝里は城の地下の牢獄に投獄された。

 上から賑やかな声が漏れてくる監獄の中でこれまでの出来事を整理した帝里は、このままでは本当に殺されると悟り、脱獄を決意して、記念祭の夜の宴で手薄になった警備の目を盗み、逃げ出したのである。


 道中で逃走に使えそうなロープなどの道具を見つけ、優しくしてくれた国王と王女様には申し訳ないと思いながらも、宝物庫から逃亡資金として財宝を少しと、そこに目立つように立て掛けてあった剣を護身用として(貸して)いただいて、現在、城の屋根上まで逃げてきた、という訳である。


「いやなんで俺こんなとこまで上ってきたんだ…皆から見えるし、逃げ場ないし……

 おい、それより俺、もう完全に泥棒じゃん…!これはもう言い逃れは出来ないな…」


 バカと煙は高いところに…という言葉が帝理の頭に思い浮かぶが、これは遠い先祖から残された本能、と自分に言い聞かせて、これからどうするか考える。

 しかし、仮にうまく逃げ切ったとして、この後、特に計画があるわけではない。「何かチャンスがあるかもしれない」と温情で、レイル王女様がかけ続けてくれている言語通訳魔法も、いつ効果が切れるか分からないし、まず、この異世界のことを全く知らない。完全に行き当たりばったりであり、本当にバカだったかもしれない。


「と、とりあえず、人の少ないところを通ってこの国を出よう…!まずは隣国でも目指すか。隣国があるのか知らんけど」


 屋根の端からおそるおそる顔を出し、城下の様子を窺ってみるが、どこもかしこも、お祭りで人がごった返しており、これは難しくなりそうだ。




「――どうか――力を――。私は――です」


 それでも人通りが少なそうな場所を探し出し、どうにか逃走ルートを決め、行動に移そうと、立ち上がった帝里の耳に、ふと、どこかで聞き覚えのある声がかすかに聞こえる。帝里はギョッとして、慌てて、周りを見渡してみるが、もちろん屋根の上には帝里以外誰もいない。


「――様、どうか――下さい。私は――たいのです」


 また声が聞こえた。次は少しはっきり聞こえただけでなく、何となく声のする方向が分かり、不思議と帝里の体は無意識にそちらに歩み出す。逃亡中なのだから声を避けるべきなのだろうが、なぜだか帝里には自分がその声に呼ばれ、誘われているように感じてならなかった。


 その後も何度か聞こえた声を頼りに、声の主の真上に来ると、帝里はロープを屋根の出っ張った箇所に引っかけ、ゆっくりと滑るように、下に降りていく。

 しばらくすると、足裏に硬くて細い感触があり、足場が得られたことを確認すると、帝里はそこに降り立つ。どうやらベランダの手すりの上のようだ。


 いざという時のために、手すりに立ったまま帝里は、すぐに注意深く辺りを見渡すが、人の姿は見当たらない。

 ひとまずホッと胸をなで下ろすが、次の瞬間、自分の足下で人の気配を感じ、とっさに帝里は下を向く。


 それと同時に、星明かりがベランダに差し込み、ベランダで祈るように跪いている、一人の少女の姿が浮かび上がる。


「私達を守るお星様、勇者様、どうか私に皆を守れる力を、勇気を下さい。私は…


 この世界を救いたいのです…」


 桃色の髪を震わし、すがるように星に願う、このとき14歳のレイル王女の姿であった。



 


 一心に祈りを捧げていたレイルだったが、人の気配を感じたのか、目に溜まった涙を拭いながら急に顔を上げると、前の手すりの上に立つ帝里と目が合う。


 その瞬間、帝里は自分の置かれている現状を思い出し、焦りを覚える。まずい、なぜ来てしまったのか。とりあえず何かしゃべらないと!!

 しかし、自分の姿を見て固まっている少女に、帝里が慌てて口を開いて出た言葉は…


「わ、私の目、見る?」


「??????…両方しっかり見えていますが……もしや!異世界の方は第三の目がっ!!?」


「あ、いや…そんなのないけど……」


 まさかのさらに中二病的な返答に帝里は戸惑い、口ごもってしまい、二人の間微妙な空気に包まれる。

 まずいまずいまずい、焦りすぎて意味不明なことを言ってしまった。何かはやく別の手を打たないと…


「「こんなところで何を―あっ!!……」」


 次は完全に発言がシンクロしてしまい、そのパニックで帝里の頭の中は完全に真っ白になり、茫然と立ち尽くてしまう。

 そんな帝里の様子を見て、呆気に取られていたレイルはクスリと笑い、


「まぁ普通に考えて、貴方は逃亡中ですよね。

 えっと…テイリ、さんでしたっけ?ここの辺りには私以外居ませんし、別に誰か告げたりしないので、安心して下さい」


「あっ……あ、ありがとうごさいます…!」


「別にそんなにかしこまらなくていいですよ。あ、そこだと危ないですし、降りて、ここでくつろいでいきます?食べ物もありますよ」


「いやいや、さすがに…君にも迷惑がかかりますし、すぐ立ち去ります!…あ、でも、良かったら脱出方法を教えてくれると嬉しいかな……あと、ご飯も…」


「フフフッ、いいですわよ。どうぞどうぞ!」


 幼い容姿とは真反対な、大人びたレイルの態度に帝里は圧倒されながらも、レイルから食べ物と、城外まで詳細な道順を教えて貰う。


「でも、君は何してたの?皆、記念祭でこんなに盛り上がってるのに」


 距離感があまり掴めず、この少女の会話に戸惑っていた帝里は思い切って、考えていたことをそのまま尋ねてみる。

 国の建国祭なら当然、昼のように王女様も参加し、祭りの中心にいるはずだが、どういうわけか彼女はこんな人気(ひとけ)のないところに護衛も従者も連れずただ一人でいる。酔い醒まし…にしては少し幼すぎる気もする。


「あ、私ですか?私はですね……この星に願っていたんですよ

 この国と世界を守れるように」


 さらりと応える14歳には重すぎるような願いに思わず帝里は唖然として、少女を見つめる。

 そんな帝里の様子を見て、レイルは寂しそうな笑みを浮かべると、手すりにもたれかかり、城下の賑わいをどこか遠い目で眺めながら、口を開く。


「この世界は千年にわたり、私達は魔王という存在と戦い続けています。しかし、その途方もなく続く戦いに加えて、私達の国同士での争いもあるせいで、全土の人々は疲弊しきり、絶望の中にいるのです。

 このままでは私達は魔王に滅ぼされてしまう。…だから、私は全ての国々の争いをなくし、魔王を倒して平和をもたらし、この世界を救いたいのです」


「わざわざそんなことしなくとも、この国を守っていくだけでいいんじゃないのか?国民の人望だって厚いようだし」


 国王が攻撃されて、あそこまで国民が真剣に怒ってくれるのは、国王が慕われているからであり、紛れもなく王家への信頼の証だろう。しかし、その問いにレイルは弱々しく首を横に振る。


「いいえ、守っているだけでは、いつになっても魔王に打ち勝つことは出来ません。それに…」


 ピクッと少し長く尖った可愛らしい耳を震わせると、レイルはグッと堪えるように下唇を噛みながら悔しそうに俯く。


「私には……力がないんです。

 今の防衛の要となっている隕石魔法は王家の者だけが使える魔法なのに、私には使えないのです。今のままでは、もしお父様に何かあったら……もう誰も守ることすら出来なくなる……

 しかも、その父もご高齢で力が弱まり、今日はあの洞穴が魔王に攻め落とされました…この国が滅ぶのも時間の問題なのです。弟達もまだ幼く、もう私しかこの国を救えないのです。でも……」


 レイルの体が小刻みに震え出す。


「私にはこの国を守る力も、行動に移す勇気も私にはなく、ただただ怯えることしか出来ないのです……星に国民を守ってくれるようにと…千年前に魔王を退け、この国を共に建てたという勇者様に皆を守る勇気を下さいと祈ることしか私は出来ないのッ…」


 この勇者については帝里も聞いたことがある。この国の窮地に現れると言い伝えがあるそうで、昼間、帝里が捕らえられているときも、国民の一人が、「お前が勇者なのか!?」と帝里に聞いてきた。もちろんすぐに首を振って否定すると、聞いてきた人だけでなく皆が落胆していたが、今思えば、国民もそんな言い伝えに頼るしかないほど思い詰めているのかもしれない。


 いつしかレイルは泣き崩れ、誰にも言えず、閉じ込めていた思いが溢れ出して、頬を濡らしていた。やはり、この子には重すぎる話だ。皆が祭りで呑気に騒いでいる中、彼女は残酷な現実を叩きつけられている。

 しかも、彼女には状況を打開するだけの力はなく、国民の信頼が逆に彼女の足枷となって、誰にも頼られず、逃げられず、一人でずっと苦しみ続けている。なんとも酷な話だ。


「今日、お父様達がこの国はもう終わりだと話し、嘆いているのを聞きました…もう終わりなの…この国も、この世界も魔王に滅ぼされ、全てが終わってしまう!!私が弱いせいで…!!

 ……本当は自分を守りたいだけなのかも知れない…それでも…それでも私は…皆を守りたいッ!!……」


 彼女が吐露する思いに聞いている帝里も耐えられなくなり、無言のまま城下の様子を見下ろす。さっきまで楽しそうに見えた祭りも、どこか未来を諦め、やけくそになった集団に見え、虚しさすら感じる。


 再び、帝里は目の前で咽び泣く少女を見る。

 先程までの利口そうな雰囲気はすっかり消え去り、その幼さが残った顔に流れる涙は紛れもなく、自分のためでなく、皆の、世界の平和を本当に願うものだろう。本当は諦めたくないのだろう。だから、どうしようもない現状と己の非力さに嘆き、打ち拉がれているのだ。


 何かしてあげたいと帝里は強く思った。


 どうしてそんなことを思ったのか分からない。自分にはマナとかいうのが沢山あるらしいが、それで何が出来るかすら知らないし、これからどうするべきかも分からない。

 もう元の世界にも帰れず、だからといって、なにか運命とかそんな大それたものが自分にあるとも思えない。

 そんな状況の中で、帝里は、ならいっそ、自分のしたいことをしようと決心する。

 それは、


「俺がお前の勇者になるよ」


 その帝里の一言にレイルが驚いたように顔をあげ、帝里の顔を見つめる。帝里は持っていた財宝袋を下に投げ捨てると、右手でサッと剣を抜いて、誓いを立てるように剣を天にかかげて見せる。

 千年前の勇者のようになれないかもしれないが、この少女の力になりたい。レイルのためならば、今の帝里はもう一度あの国民に尋ねられたら、きっと大きく首を縦に振る自信があった。


「レイルが世界へ立ち向かうための力に俺がなるよ。

 立ち止まるレイルが未来へ一緒に踏み出す勇気に俺はなる!!だから…」


 帝里はレイルに満面の笑みを見せると、再び誓う。

 未だ唖然としながらも、帝里につられて輝きを取り戻していくレイルの笑顔を見ていると、なぜか帝里は上手くいくような気がした。


「レイル、俺はお前の勇者になる!!」



=====================================



 次々と記憶の泥沼から光が上がって周りを照らしていく。

 レイルと誓ったあの夜の出来事。

 初めて帝里が勇者として活躍したときの村の人々の笑顔。

 悲しみを乗り越え、女王となったレイルの真剣な顔。

 全ての国々がまとまり、国、種族関係なく手を取り合って喜ぶ皆の姿。

 そして魔王討伐祭。

 そんな想い出が恐怖で濁りきっていた記憶の泥沼の中で優しく輝き、隠されていた記憶が次々照らし出されてくる。


 全てが楽しく幸せな思い出ばかりであるということは、もちろんない。だが、全てが辛く悲しい思い出ばかりでもないはずだ。どちらかだけがあればいいのではない。両方があってこそ、自分というもののバランスが上手くとれるのかもしれない。


 完全に記憶を取り戻した帝里はイブがいつの間にか、自分の胸に顔を埋めているのに気づき、慌てて脈を測る。…大丈夫、気を失っているが息はあり、まだ望みは残っている。


 帝里はイブを抱えたまま立ち上がり、2人の暗殺者がこちらの動向を窺う中、隅の方までゆっくり歩いていくと、イブに被害が出ないように、ビルの壁を背にイブを座らせる。

 ふと辺りを見渡すと、いつしか暗くなっており、まるであの日の夜のように、空にはいくつかの星が瞬き、帝里達を照らしている。


 いくら光照らしてくれていても、泥沼の濁りが完全に消えるわけではない。正直、やっぱりまだ怖くて自分一人では一歩が踏み出せる気がしない。だから前と同じように一緒に歩いていこう。次はイブと。


 少し乾きかけたイブの頬の涙を帝里は指で拭う。この涙を知っている。レイルと同じで、決して諦めたりなどせず、本当に救いたいと願う涙だ。この思いに再び帝里は動かされる。なら、イブに誓う言葉は決まっている。


‘もぅ、やっと私の勇者らしくなりましたね!!’

「うるせぇ」


 きっと、長い桃色の髪をなびかせながら、呆れたようにそう呟くであろう彼女の姿が思い浮かび、思わず帝里の口元が綻ぶ。これが二度目の誓いになり、レイルから送られた最後の言葉を踏まえるならば、その言葉はそう、


「イブ、お前の勇者に()なる。さしずめ、『かけもちの勇者』といったところか」


 イブに優しく笑いかけながら、そう誓うと、帝里は立ち上がり、‘未来の恐怖’に立ち向かうため、一歩踏み出す。そしてまた一歩。もう逃げない。過去と未来、そして自分を受け入れ、再び勇者になったのだから。


「“エレルナ・ナル・エルクウェル”」


 帝里が召喚呪文を唱えると、それに呼応するかのように、風が巻き起こり、小さな竜巻となって帝里の体を包み込む。その風の中で、帝里がゆっくり目を閉じると、体の中でなにか帝里を縛っていた鎖ようなものが弾けるように解けていき、本来の力と自信を取り戻していく。


「ったく、英雄、英雄って、柄にもないことばっかり言ってたなぁ」


 あれほど討伐祭で勇者と呼べとごねていたのに、その理由すら忘れていたとは勇者失格だな、と帝里は苦笑いする。


 意を決するように、勢いよく帝里が目を見開くと、帝里を囲んでいた竜巻が解け、装いがガラリと変わった帝里の姿が現れる。

 帝里はゆっくりと、腰に携える、あの日に誓ったときの剣を抜くと、天に向かって突き出す。


「俺はイブの勇者で、目的は始めからシンプル。この世界を救うことだ!!」


 魔法は危険だとか、自分のためとか、そんなごちゃごちゃした理由は要らない。君と救いたいから救う、昔も今もそれで十分だ。


 先程まで絶望した帝里を見て、嘲笑い楽しんでいたアッシュとモイラだったが、目の前で急に変貌を遂げた帝里に動転し、恐れ戦く二人の姿を見て、帝里は不敵に笑い、相手に剣先を向ける。


「ふん、これまで散々やってくれたが、俺達はもうお前らなんかに負けねぇぞ!!

 覚悟しろよ、悪いが俺は主人公最強系の勇者だからな?」


 黒い瞳に黒髪で、銀色に輝く軽装備の鎧と薄紅のマントに身を包み、腰には立派な剣を差し、さらに腰の後ろに長い太刀を差す、二度目の勇者の姿がそこにあった。



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