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かけもちの勇者様!!  作者: 禎式 笛火
1章 Start Another Heroes
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未来の実態



「英雄…殺し…?」


 帝里は一瞬、背筋に何か冷たいものが走ったのを感じながら、眉をひそめてイブに聞き返す。


「順を追って説明していきましょう。まず未来とこの時代との大きく異なる点は二つあり、その一つが時間を行き来することが出来るようになったことです。

 時間軸固定剤という薬や、時空三大原則など色々あるのですが…今は省略して、結果だけいいますと、タイムトラベメルで移動出来るのは、自分が生まれるよりも前の時代だけです。

 あ、でも、時間移動に関する法律が完成し、タイムトラベメルが一般運用された時から、それ以降の時代の人と干渉することは許されていて、そのおかげで一応、私のいた未来より先の未来の人が来てくれば、その人と共に未来に行くことも出来るんですよ!」


 タイムトラベメル、いわゆるタイムマシーンの説明を一気に語りつくしたイブがふぅ、と一息をつく。要は、過去にはある程度、自由に、未来には限定的に行くことが出来るようだ。


「しかし、私たちの未来で大体10年ほど前のある日、突然その未来からの訪問者がぱったり止んでしまったのです

 干渉といっても、技術や情報の提供は禁止していたので、普通にお話したり、そう!まさに時空を越えた恋だったりとかっ!!…コ、コホン…。まぁ、そんなに困る事はなかったわけですが、タイムトラベメルが過去に行くことしか出来なくなり、ただの体験出来る歴史の教科書程度に成り下がってしまったわけです。なので、しばらくするともう誰も興味を示さなくなってしまいました…」


 少し顔を赤らめていたイブが、気持ちを落ち着けるように、話を一旦止め、その場に座り直す。そして顔を上げたイブの表情は、先程までとは打って変わって、真面目なものに変わっており、背筋を伸ばし、真っ直ぐ帝里を見つめる。


「…さて、ここからが本題です。

 エルクウェル様はさっき、なぜこんなに私達が魔力を持っているのかと仰いましたよね?その答えはこれです。」

 

 そう言って、ゆっくりと帝里の前に掲げたイブの左手は、中指の付け根が真紅の光に包み込まれており、鮮やかで怪しく光るそれはどうやら自身が光を帯びているようだ。

 指輪?と小さく呟く帝里にイブは大きく頷き返し、

 

「この時代と大きく異なるもう一つの点、それが魔法の発達です。これは魔力増幅装置と言って、この指輪をはめると、個人差はありますが、通常の2、3倍に魔力が膨れ上がります。

 魔力とは、さっきエルクウェル様が仰っていたマナというものと同一と考えて下さい。本人が使える魔法の難易度とどれだけ魔法を使い続けられるかの限界を表す値ですね。


 そして、この指輪のおかげで、皆の使える魔法の範囲が大幅に増えたのです、良い意味でも悪い意味でも」

 

「………」

 

「はじめは医療関係や災害救助、建築等で使える魔法の幅を増やすのに役立てようと作られたのですよ?…と言ったところで、今ではただの言い訳ですね…そして、これが作られたのが丁度、未来からの訪問が途切れて少し経ったときになるのです。


 そのとき、私たちは、なぜ未来から誰も来ないのかということを議論していました。

 いくら問題が我々になくとも、訪問が途切れたということは、未来ではきっと何かしら良くないことが起こったのは確かです。

 まず、それがいつなのか考えたとき、来ることが出来るのは私達の時代に生まれていない人であり、タイムトラベメルを操れるのは早くても10歳ぐらいなので、問題が起きた未来は10年ほど先ということになります。

 だから、私達はその10年後の未来の何かをどうにかして回避しようと躍起になっていました。


 しかし、皆があまりに必死になり過ぎてしまったせいで、巨大隕石が落ちてきたとか、強大な力を持つ者に世界を滅ぼされただとか、様々な予想や予言を言う人や、何が起きても抵抗出来る力を身につけるべきだと主張する人も現れて、徐々に世界中が混乱し始めたのです。


 そのうち、今の政府やこの世の中が間違っている、と騒ぎ立てる過激派集団まで現れて、次々と各地で内乱が勃発しました。ここで指輪の登場…もう分かりますよね?


 指輪を使うことで遥かに高い殺傷力の魔法や強力な魔法が誰でも使えるようになって、この内戦の規模は一気に膨れ上がってしまい、誰も止めることが出来なくなってしまいました。

これまでずっと続いていた平和、エルクウェル様から始まって先人達が懸命に守り続けた私たちの平和は、このちっぽけな指輪によって終わってしまったのです」


 急に少し黙ったイブの方に目をやると、微かにイブの肩が震えている。内乱の悲惨さを思い出したのだろうか。自分達が平和を壊したことを責め、怒っているのかもしれない。

 大きく深呼吸をして自分を落ち着かせると、イブはまた語り出す。

 

「もう内乱は最近になってやっと収まってきした。が、かなりの傷痕を残していきました…


 まずはこの指輪です。『この指輪はこの世に存在してはいけない!』という考えが広まり、指輪を撲滅しようという運動もありますが、結局無駄です。外した瞬間に自分が確実に弱者に落ちるという恐怖がありますからね…

 じゃあ皆で外そう!となっても誰か一人が裏切れば、結局同じことで、実際、防衛用と称して撲滅運動に参加する人も指輪をつけたままです…まぁ、何にせよ、これでは指輪はなくなるはずがありませんね」


 やれやれとイブは未来での人々の行動に呆れ、嘆くように、首を横に軽く振って見せる。


「そして、もう1つが犯罪の増加と凶悪化に対する政策です。

 重なる内乱により治安が悪くなり、窃盗や殺人の犯罪数が増え、さらには、増幅した己の力を試したいがためだけに非道な無差別殺人事件まで起きるなど様々な犯罪が増えました。さっき言った‘英雄殺し’もその一つです。


 そこで、増えた犯罪の抑制に力を割くために、政府は一般化されていた時間干渉系のシステムを政府の完全管理下に置きました。歴史は少しでも変えられると大変なことになるので、警備の人員を多く割いていたのですが、その余裕もなくなり、他の犯罪の抑制に人手を回したかったのです。


 そして政府は過去に異常がないか確認するための警備員を少し配備し、そしてもうタイムトラベメルはほぼ封鎖、時代を行き来することはされなくなったのです……笑っちゃいますよね?私達は『避けたかった10年後の未来』に見事行き着ちゃったわけです」

 

 イブは遠くを眺め、その未来での出来事を皮肉に嘲笑うかのように弱々しく笑う。

 

「…さて、当の問題である‘英雄殺し’について話しましょうか。

 ‘英雄殺し’は歴史上の有名人物、もう全て‘英雄’でまとめますね、その彼らを殺し、人生を奪う連中です。“意識順応”の応用魔法、“意識操作”で、自分をその英雄だと周囲に刷り込んだり、自分の顔や声を忘れやすくしたりなどして、その人物に成りすまして、好き勝手に振る舞うのです。

 でも、あいつらにはその英雄ほどの才能はないので、大抵は落ちぶれたり、反乱にあったり、途中で飽きたりしてしまい、そのときは適当に死んだことなどにして、また次のターゲットを狙いにいくようです。だから、英雄達が最後はなぜか急に堕落したり、あっけなく死んだりするのは、どうやらあいつらのせいのようです。もしかしたら賢王とされていたものが、奴らのせいで愚王に歴史が書き換えられているかもしれません…


 英雄を倒せた自分は英雄より強いという優越感にでも浸りたいのか、ただただ成功した人生を過ごしたいという遊び感覚なのか、正直何がしたいのか、私にはよく分かりませんが…ただあいつらの手段はかなり狡猾で厄介なのです。

 まず、誰も気づかないのです。さっき言ったようにタイムトラベメルは特定の少数の警備に任せており、その警備員が彼らなので、やりたい放題です。実際、私もここに来るときにタイムトラベメルの記録を見て、初めてこの犯罪を知りました…

 私達を殺そうとして来た理由もおそらく時空関係で犯罪が起きたと政府が目を向ける前に、殺して隠蔽したいのでしょう。それに彼らにとっては人を殺すことも楽しみの一つですし。


 そしてその‘英雄殺し’がこの時代に来た理由、次のターゲットは………エルクウェル様、貴方です」

 

 と言ってイブは帝里を見つめる。さっきからずっと黙っている帝里はというと、いつの間にか座り込んでしまっていた。

 

「まだ、エルクウェル様は英雄と呼ばれる立場まで登り詰めてませんが、未来ではエルクウェル様の動画が残っているので、その通りにすれば、ほぼ同じ道を歩めますし、英雄までの過程を楽しんでみたいと思ったのかもしれません。


 それに、時空移動した者はしばらく魔法が上手く使えないのですが、彼らが先程の戦いでなんの問題もなく魔法を使えていたのも、私を追ってきたのではなく、そもそもエルクウェル様狙いでこの時代に来ていたと考えれば納得がいきます。


 でも大丈夫です!!だって私が居るんですから♪

 それに私は思うのです。平和の始まり方が変われば、もしかしたらあの悲惨な未来が変わるかもしれない…だから!さっさとあんな奴らぶっ飛ばして、私達が新しい未来をつく――」

 

「…無理だよ」

 

 ずっと沈黙を保っていた帝里がイブの話を遮るようにぽつりと呟く。突然の帝里の言葉にイブが驚いて目を見張る中、帝里は膝を抱え込み、

 

「俺は英雄なんかじゃない…ただ…この世界が怖くて、自分を守りたかっただけなんだ…」

 

 実は、帝里はすでに異世界での記憶をほとんど取り戻していたのだ。だが、一度記憶を失って、再び記憶が戻ってきたとき、帝里はその記憶に怯えてしまった。

 魔法が飛び交う壮絶な戦いの風景。魔法を受けて苦しむ人々の姿。亡骸を抱いて慟哭する者。おぞましい姿の魔獣と、それを統べ世界を滅ぼしうる魔王。そして、その中心で戦い続けたエルクウェルという自分と自分の力。異世界全てが恐ろしかった。


 その場の勢いと雰囲気と言えばよいだろうか。異世界召喚されたときは魔法や未知の物が溢れていたことに興奮し、生きることに必死だったからか、何も感じなかった。

 だが、記憶を失うという形で一度元の、いわゆる普通の立場に戻された帝里は、じわりじわりと、しかも人間は嫌な記憶ほど覚えているもので、自分のしてきた記憶を客観的に見せられ、恐怖を覚えたのだ。

 

 だから帝里は無意識に魔法というものを否定した。6年間の記憶を忘れてたことにして、記憶に蓋をして、過去から逃げ出し、そして、その対象となる自分の力も拒絶したのである。無意識に自分の力を押さえつけてしまい、そのせいで帝里に全く魔力がなくなったのだ。


 しかし、世界は帝里を逃がしてくれなかった。この世界にも魔法が存在のだ。

 魔力に敏感だった帝里は自分を守るため、咄嗟に周りの強さを調べる。そして、異世界と何ら変わらないこの世界の状況を知り、厭忌する記憶が再現される可能性への恐怖と焦りが帝里にも生まれた。だから帝里は世界を救うという口実で、魔法を自分の管理下に置き、身を守ろうとしたのだ。

 だだ、その結果、英雄となって未来から命を狙われていたのなら全く意味がない。しかも何の因果かまた魔法を使う相手に。

 

「俺の人生を歩みたいなら、あいつらにくれてやるよ。だからもう関わらないでくれ」

 

 英雄、それは偉大な事業を‘成し遂げた’者だけに与えられる。勇者は勇気があるだけで、必死にもがき惨めに踊り続けた挙げ句、あっけない最期を迎え、何も成し遂げていない帝里にはぴったりで、未来も帝里を『おちょこ勇者』とはよく言ったものだ。いや、もう勇気すらなく、帝里に残ったのは強者から転げ落ち、弱者になったことを認めなくない意地だったのかもしれない。

 

「俺はもう諦めるよ…だから…お前もあいつらの悪事でも報告しに、未来に帰った方がいい」

 

 ふらふらと立ち上がると、帝里の言っていることが分からないといった顔で茫然と立ち尽くしている少女に語りかけ、その場を去ろうと歩き始める。


 ふと、帝里はあいつらこそがエルクウェルとクラウディオスなのかも知れないという考えが帝里の頭に過ぎった。片方がエルクウェルを演じ、もう片方がクラウディオスを演じたのなら、二人の不自然な人生の終わり方も納得がいく。そうなると自分は本当に何もしていないわけで……いやもう考えるのをやめよう…

 

「エルッ…クウェル様…?な、なにをおっしゃってるのです?…貴方は世界を…そう、世界を救う――」


「だから違うんだよ!イブ!」


 視界から帝里の姿が消え、我に返ったイブが慌てて追いかけてきて、まだ帝里に期待をかける。もううんざりだ。


「世界を救ったのは俺じゃなかったんだ!!もう俺は諦めたんだ。これからは田舎にでも帰ってひっそり暮らすよ

 その…悪かったな、せっかく来たのに、お前の期待していたような奴じゃなくて」

 

「そんなことありませんっ!自分に自信も持って下さいっ!」

 

「どこに自信を持てるんだよっ!!人より少し魔法を知ってるからって調子に乗っていたくせに、いざってときはこんなに震えて、結局何も出来なくてッ!!歴史上の英雄のなかで最底辺の雑魚なんだよ!!いや、俺は英雄なんかじゃなくて、むしろもう――」

 

「エル!!」

 

 イブが叫んだ瞬間、辺り一帯の空気が一気に弾けて、暴風が巻き起こり、イブの被っていた麦わら帽子が吹き上げられる。

 どうやら髪を帽子に入れ込んでいたのか、短髪だと思ってたイブの青髪がほどけるように腰ぐらい長さまで伸び、余韻のそよ風にゆるやかになびく。

 帽子が消え、はっきりと表情が見えるようになったイブは下唇をギュッと噛みしめ、必死に涙を堪えるように俯く。

 

「…クウェル様、それは違います。あなたは歴史上最高のヒーローです。それでも…それでも、もし挫けそうなら、私も一緒に悩み、戦います。だから、そんなこと言わないで下さい…

 だって…あなたは、私が幾多の英雄の中から選んだ方なのですから…!」


 イブは真っ直ぐ帝里を見つめると、やけになる帝里に悲しそうに優しく笑いかける。それと同時に、イブの目に貯まっていた涙がほろりとこぼれ落ち、一筋の光となって頬をつたう。


 あぁこの涙を知っている。初めて会ったときと同じものだ。帝里自身が心折れてしまった今でも、彼女はまだ帝里を信じている。世界を救ってくれると。

 それは、ただ歴史の教科書の文面からではない。しっかりと目の前の帝里を見て、信じて応援してくれているのだ。帝里の弱さも挫折も受け入れた上で、それでも頑張れと。

自分はこの少女に甘えてもいいのだろうか。もう一度立ち上がって世界を救う勇者を夢見ても良いのだろうか。心の中で、一瞬、何か温かいものがトクンと波打つ。


 いつしか日が傾き始めており、暖かな光がイブと帝里を優しく包み込む。その陽だまりの中で純白のワンピースが一層際立ち、彼女の長い青髪は夕日を浴びてきらきら輝く。

 そんな幻想的な光景のなかでイブは帝里に優しく微笑み輝き続けている。記憶の闇の泥沼の中で、もがく帝里の挫けた心を照らすかのように。


 その少女は美しかった。優しく、眩しかった。帝里に新しく光を与えてくれる太陽のようで、帝里は思わず、すがり、見とれてしまった。だから、

 

 だから帝里はずっと張り続けていた周りへの警戒を忘れ、解いてしまっていた。



「-ッ!!?エル様!危ないっ!!!」


 突然イブが血相を変えると、急に帝里目掛けて飛び込み、そのまま帝里を突き飛ばす。


 とっさの出来事で為す術もなく突き飛ばされる中、何が起きたか分からず混乱する帝里の目におぞましい光景が飛び込み、目を見張ると同時に、時間の進みが急激にゆるやかになる。


 必死の表情で帝里を突き飛ばしたイブはその勢いで体が宙に浮き、帝里がいた場所と重なる。

 その瞬間、何かが張り裂けるような重く低い音とともに一筋の異様な光線がイブの右腹を深く貫いていった。


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