二人の革命者
[前半章までのあらすじ]
今日は玲奈の誕生日。しかし、玲奈は親と喧嘩し家出してしまう。
そんな玲奈に帝里とイブが誕生日として平安時代観光に誘うが、手違いで玲奈が幼児に!?
しかも、そんな玲奈を月法という男に奪われてしまい、平安時代で暮らすことになった帝里たち。
そこで、帝里たちは玲奈の成長を待ちつつ、京之介の協力をし、都の平和を取り戻すために動き始める…!
いづれの御時にか、比較的京に近い山の麓に小さな村があった。
普段は皆が仲良く助け合い、長閑な村なのだが、今日は様子が違っていた。
「ちょっと!約束と違うじゃないですか!!」
「うるさい!おい、さっさともってけ」
悲鳴のような叫び声をあげて村人が男に縋りつくが、身なりがきちんとした役人らしきその男は躊躇することなく、荒々しく村人を突き飛ばす。
「税の量がどこも同じになって、あっしらは少なくなるんですよね!?前より酷くなっているじゃありませんか!!?」
「あぁん?なんだぁそれはぁ?説明してみろ」
「えっと、それは…ミカドと月法様の部下の方々が…その……」
「へん、分かってねぇならぐだぐだ言うな!
そもそも関係ねぇし、仮に税が一律になっても、その分俺らが追加でぜーんぶ貰ってやるよ!!」
「そんなぁ!!?」
全く取り合おうとせず鼻で笑う役人の様子に、村人は顔を蒼白させながらも諦めず必死に食い下がる。
「それまで取られたら、何を食って生きていけばいいですか!!」
「そんなの知らねえよ。適当に生きろ」
地面に頭を擦り付けて村人が懇願するが、役人はそれを無表情に見下ろすと、めんどくさそうに軽く一蹴し、部下に下知を飛ばす。
「……このままじゃ本当に飢えて死ぬ…」
次々と収穫物が運び出されていく堪え難い光景に、村の真ん中に集まっていた村人たちの一人が後ろを向けた役人を見て、なわなわと鍬を握っている手が震える。
決して多くはない食料を更に奪われては、木の根をかじったとて到底生きていけず、飢え窶れることだろう。
「…死ぬ…ぐらいなら…ッ!」
追い詰められた村中の絶望と憎しみがその村人に憑りつくように息を荒立たせ、村人は大きく鍬を振り被る。
その殺気に悪寒が走り振り向いた役人はその光景に顔を引きつらせるが、目を血走らせた村人は恐れと怒りで抑えきれず、暴走し力任せに振り下ろしたその時であった。
「おっと、危ない」
「「!!?」」
声なき悲鳴をあげる群衆の隙間からスッと人影が素早くすり抜けると、二人の間に割って入り、臆することなく的確に鍬を掴む。
そして軽々と鍬を受け止めると、白い装束を身に纏ったその男はふぅと息を吐きながらゆっくり口を開いた。
「おいおい、鍬のこんな使い方教えた憶えないぞ」
「え、える様!!?」
眉を顰めて睨んでみせる帝里の登場に村人が驚きのあまり鍬を手放して後ずさり、それを聞いた役人側でもどよめきが起こる。
「えるって…!!例のはぐれ陰陽使!!?」
「俺ははぐれじゃねぇ!!ちょっとミカド寄りなだけで、正式な陰陽使だ」
「……失礼しました。しかし、」
余計な口を滑らせて次は帝里から本気で睨まれ、慌てて頭を下げた役人であったが、すぐにニッコリとした表情を見せ、手をすり合わせながら顔を上げる。
「そんなお方がわざわざこんな辺鄙な所に一体どのような御用で?
ここらはなーんもない平和な村ですよ」
「いやさっきのやり取り見ていたからな?」
分かりやすく胡麻を擦る役人に呆れつつ、横に現れたイブから紙を受け取ると、帝里は見せつけるように広げ、役人の方を見ながら読み上げ始める。
「脱税、法外な取引、人身売買、犯罪者の秘匿、近隣への略奪行為、……ったく、逆に何ならやってないんだよ」
「いやいやいやいや!?そんな恐ろしいこと滅相も―」
「とぼけたってそうはいかないぜ!?証拠は揃っている!
実際、人相書きに似た奴らがチラホラいるしな」
「!?…うぐぐ…」
運び出す手下をちらりと見る帝里に慌てて手下が顔を俯かせるが、それが証拠と言わんばかりに得意げにニヤつく帝里に役人が下唇を噛む。
「…はッ!でもね、ここは“荘園”なんですよ!それがどうかしました!?」
「荘園…?いやここは、俺が仮農地で教えた奴ばっかだし、徴税対象の土地なはずだけど…」
口ぶりは丁寧ながらも挑戦的な役人の言葉の反撃に帝里が困惑しながら振り向くと、村人たちが申し訳なさそうに身を縮こませながらおずおずと答える。
「本当に感謝してます!でも…寄進しないと田畑を荒らすと脅されて…しかも妻子まで人質に取られて仕方がなく…」
「……なるほど」
今にも消え入りそうな声の村人に帝里は静かに呟くと、目を細め再び役人の方を向く。
「だから、そもそも納税の義務はねぇんだよ!分かったか!はぐれ陰陽使!!」
「…あぁ、確かにそうだ…がな!!代わりに御上の土地を奪い取ったっていう重罪が追加されるんだよ!!大馬鹿野郎!!!」
カッと目を見開き、地を響かせんほどに鍬を地面に突き立てて吠える帝里の怒り様に、すくみ上った役人が悲鳴を上げて尻餅をつく。
「だ、だからといって!それが分かったところで何も手出しは…」
「…はっ、“不入”だってか?何度も言わせるな、俺はちょっとミカド寄りな陰陽使だ!!だから…」
帝里は蒼ざめる役人と不安そうに見守る村人たちとぐるりと見渡し、不敵に笑う。
「正五位下陰陽使える!これより陰陽使特権でこの地の監査を行う!!」
正義を告げる高らかな宣言が頼もしく快活に空へ響き渡った。
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「えるさん、昇進おめでとうございます!!」
「なっ~はっはっー!!陰陽使えるは“使える”ってな!!」
嬉しそうに手を叩いてはしゃぐ京之介に帝里は有頂天に高笑いする。
「いやぁ、たった6年ですごいですね!!
有名貴族出身でもないのに、聞いたことない勢いで出世してますよ!!」
「まぁ、月法とミカドと京之介の後押しのおかげだけどな」
「いやいや、僕はきちんと功績に見合った推薦をしているだけですよ!
今日の監査も本当にありがとうございました!」
急に照れて謙遜し始める帝里に対して、京之介が当然とばかりに胸を張り、嬉しそうに説明を始める。
帝里がミカドと月法に陰陽使として取り上げられてから6年、京介と共に奔走しているうちに、気づけば当初の目的を忘れ、帝里は都人として完全に順応していた。
「農民育成のおかげで税収が増えましたし、前々からしたかった官物率法で税が一律化したことで農民の不満も一気に減りました!
なんと国司苛政上訴がほとんどなくなったんですよ!!」
「それは監査のときに税率がバラバラだと面倒だから手伝っただけで…」
「それです!まさにそれ!!
この国で唯一どこでも裁ける、特制陰陽使として動けるのが本当に最高です!!」
目を爛々と輝かせながら嬉しそうに詰め寄ってくる京之介の異常な興奮ぶりに、当事者の帝里もさすがに引いてしまい、思わず後ずさってしまう。
国税を逃れている荘園は国の役人である国司と対立することが多く、その国司の立ち入りを拒絶することができた。それが不入の権である。
そして、いつしかそれは警察的存在である検非違使までも追い出され、荘園は国が関与できない、ある種の無法状態に陥り、中には好き勝手に横暴を行う荘園の主たちもおり、荘園の民は苦しんでいたのだった。
しかし、そんな荘園に例外的に干渉することができ、唯一荘園の民を救うことができたのが特制陰陽使である。
検非違使を排除できても、物の怪やはぐれ陰陽使の対処は陰陽使を頼るしかなく、そのためほとんどの荘園が、仕方がなしに陰陽使の権利を認めざるを得なかったのだ。
とはいえ、陰陽使は月法直属の機関であり、余程のことがない限り行政的干渉は行わないのだが、もともとミカド側の帝里は違う。
帝里だけはこの特権を利用して、物の怪調査をと銘打っては荘園内の監査に行ってまわり、今回のような悪事を暴いていたのであった。
「その分、すっげぇ貴族たちの恨みを買いまくっているけどな」
「それは本当に申し訳ないです…僕もよく、『ミカドの立場が危うくなるから偽善はやめろ』とうちの陣営からも言われます」
「ふん、偽善は心の化粧なんだよ、欲望丸出しよりよっぽどましだろ。
顔面に白粉塗りたくっている奴らには言われたくないね!!」
「…ふふっ、えるさんらしいですね
そうです、この国はきっとよくなっていますよ!!」
いつも口煩い取り巻きの小言を鼻で一蹴する帝里を見て京之介も勇気づけられたのか、晴れやかな笑みを見せる。
玲奈が元に戻れば都を去る帝里にとって、この時代でどれだけ恨まれてもどうでもよく、なぜか月法もこっそり擁護してくれている現状、この恨まれ仕事はまさに帝里が最も適任であり、帝里は一切止める気はない。
「いやぁ、にしても…『どんな決まりにも遮られずに権利を行使できる』って、無双系主人公みたいで聞こえがいいな!!」
「……そうなったのは『玲奈を老人から力づくで取り返そうとしたら負けて、懐柔路線に切り替えた結果』なんですけどね!エル様!」
「なんだ急にダサくなったな……ってイブかよ。今日の玲奈の世話はどうした」
調子に乗ろうとした矢先すぐに腰を折られてしまい、帝里が不満そうな表情で振り返ると、少し紅の入った茶色と薄い桃色の着物を羽織った、サイズ的にまるでお雛様のようなイブが目の前に現れる。
「……なんかお前の方が馴染んでね?」
「まぁ、これだけ長居すれば…って、それよりも月法様が呼んでいます」
「まじ…?なんだろ、昇進でも祝ってくれるのかな」
「いやあの人に限ってそんなこと…重要な用事らしいです」
「それは珍しいな…早く月法のところに行こうぜ」
「ちょ、ちょ、ちょっと、えるさん!!?」
不思議そうにイブと見合せた帝里が急ごうと歩みを進めようとすると、慌てた様子の京之介が両手を広げて帝里の前に立ち塞がる。
「これからミカドの遊びに参加する予定でしょ!?どこ行こうとしているんですか!!」
「あーえっと……今日は占いで方角が悪かったから行けないって伝えといて」
「嘘つけ!!あなた占いを信じてないでしょうが!!?」
「…だって、あんな色んなきつい香水が混じったくっさい部屋で、意味わからん歌ばっか聞かされてもつまんねぇもん」
「言い方!!そうでなくとも周りから睨まれているんですから、好感度稼ぐためにも参加してくだいよ!!」
「それは京之介の仕事。俺は月法の機嫌を取るのが仕事だから会合は任せたぞ!!」
帝里は励ますように京之介の両肩を掴んでニコリと笑うと、そのままグッと力を入れて二人の場所を入れ替え、脱兎のごとくその場から逃げ出す。
「あっ!!もうちょっと!!?……ったく、ほんと調子だけは良いんだから…」
逃げる帝里を情けない表情で見送っていた京之介であったが、
「って、あの件の返事も聞き忘れてた…まぁ、明日でいっか
よしっ、仕方がないからえるさんも分も、この歌の天才京之介がミカドの歌会を盛り上げますか!!」
少し嬉しそうにくるっと軽やかに身を翻すと、意気揚々と歩み去っていった。
また投稿期間が空きすぎたせいで、作品で6年間経ったのが変にしっくりきちゃいましたね…すいません




