勇者の条件
先月で5年目を迎えました…普通ならそろそろ終盤辺りに入っているはずなのに、未だに序盤すら終わらない作品ですが…これからもよろしくお願いします(__)
[前回のあらすじ]
ミカドの茶会に呼ばれ、京介にそっくりな京之介と出会った。
「……ふぅ~、やーっと終わったぜ」
後ろ姿からでも落ち込んでいるのが分かる京之介に付いて屋敷を出た帝里は、するりと京之介の横をすり抜けると、大通りの方へ歩みだす。
終始、緊張し続けていたあの場所からようやく解放された安堵と嬉しさからか、お日様の光が暖かく、のびのびと体を伸ばしていると、人混みの中からぬっと人影が現れる。
「…おぉ…なんとか無事そうだな…
こっちは娘と隠れていたから何もなかったが…そっちは大丈夫か?ミカドはなんと?」
「おっ、おじいさん!いろはを見ていてくれてありがとう!!
あぁ、なんか…貴族にしてくれるって…」
「はぁぁ!!!??」
心配そうに帝里の前に現れた老人であったが、帝里の報告を聞いた途端、京中に響き渡りそうなほど大声で腰を抜かして驚く。
「お、お主は本当にどうなっとるんじゃ!?もう訳が分からん!!」
「こっちが聞きたいよ…」
「…ん?その者らがさっき言っていた、お主と一緒に渡来してきた仲間か?」
老人が起き上がるのに手を貸しながら帝里も改めて困惑していると、老人の声で正気に戻ったのか、さっきまで門の前で立ち尽くしていた京之介がひょこっと帝里の後ろから顔を覗かせる。
「ご、権中納言京之介様!!?」
「あーいや、ここに来てから助けてくれた恩人って感じ?」
「なるほど、それはなんとも…」
京之介の見て再び腰を抜かす老人を置いといて、帝里が京之介に説明すると、少し複雑そうな顔をしながら京之介が頷く。
「じゃあ今から移動するのだが…せっかくだし連れていくか?」
「そう-」
「ッ!?嫌じゃ!次は何しでかすか分からんこいつが怖い!
すまぬがわしはもう関わりとうないからな!!さらばじゃッ!!」
京之介の提案に帝里が頷こうとするが、それよりも前に老人が顔を青ざめてさせて拒絶すると、足をもつれさせながらも必死に逃げていってしまう。
「……お主の恩人ではなかったのか?」
「本当に助かったからお礼がしたかったんだけど…まぁ本人が要らないというなら諦めるか
いろははどうする?あのじいさんもきっと家を探してくれるだろうし、今ならまだ追いつくと思うよ?」
「私は…えるさんが良いなら、えるさんについていきたいです…」
体を震わせながらもこちらを見上げる目の輝きからは強い決心が窺え、帝里も嬉しそうに頷く。
「まぁこっからどうなるか分からないけど、いろはだけはどうにかしてやらないとな…
…って京す、京之介、さん?」
「…!!あぁ、すまん。えっと、あの方は確か……今日は右京に用事があるとかだったな
よし、もう面倒だ。お主らもわしの牛車に乗れ」
「あぁ、そのことなんだけど…」
いろはの顔をまじまじと見ていた京之介であったがすぐ我に返ると、いつの間にか呼んでいた自分の牛車に戻り、その中に入るが、帝里は踏みとどまる。
「ややこしいなら別に俺を貴族にしなくてもいい…ですよ?
もう今日のことは何もなかったことにした方がお互いのためにも…」
「…それも含めて話があるから、取り敢えず乗れ
あとこいつとだけ話したいことがあるから、すまないが他の者は入らないでくれ」
この時代で裕福になっても特にメリットのない帝里は再び京之介に辞退を申し出るが、真剣な表情の京之介から顎で奥を示され、しばらく睨み合いが続いたのち、帝里は仕方がなく牛車の中に入る。
「京介の顔なのがまじでやりにくいんだよなぁ」
帝里は首をかしげながら渋々と京之介の向かいに座り、京之介、帝里、ちゃっかりとイブが滑り込むと京之介の合図で牛車がゆっくりと動き始める。
「さて、まず確認したいのだが…」
人払いをした割には前の簾を全開にしてぼんやりと景色を眺めていた京之介であったが、ようやく決心するかのように体を前に起こすと、
「お主は本当にミカドに対して忠誠を尽くせるか?」
対面にいる帝里に向かって、睨み付けるような真剣な眼差しで尋ねてきた。
「え?…えっーと、平安時代とか昔ってミカドが政治の中心で、絶対的な時代だったよね?」
「そうじゃないから聞いているのだろうが…」
質問の意図がよく分からず首をひねる帝里に対して京之介が大きくため息をついて肩を落とす。
「昔、政治の補佐として制定された摂政・関白に外戚として藤原氏が就き、それから藤原家はどんどんと力をつけてきたのじゃ」
「あぁ、藤原道長とかね!」
「……様か公を付けろ、ばかもの…」
朧気に覚えている日本史の知識に目を輝かせる帝里に京之介は呆れながらも、話を続ける。
「道長公を知っているのなら話は早い。
道長公はもう政治の舞台から居なくなったが、その藤原家は今や、ミカドを凌ぐほどの実力を得たのじゃ…」
「うん、なんとなく思い出した。それでミカドが絶対的ではなくなったのか」
「左様。それで藤原家に擦り寄る貴族が増え、さらにミカドのお立場が弱くなっておる…貴族の恥さらし共め」
京之介が外の景色を眺めながら、忌々しそうに吐き捨てる。
「で、俺は藤原家に走るなよっていう釘を刺したかったというわけか」
「いや、今更お主が行ったところで大して相手にされんだろ。
わしが釘を刺したかったのはもう一人の方じゃ」
「もう一人…?平清盛…はまだだよな…?」
馬鹿にしたような京之介の言い草にムッとしつつも、「他に誰かいたっけ?」と帝里は首をかしげる。
「今のは政治、貴族の話じゃ。お主に関係あるのは国、民の信頼についての方である。
道真公の怨霊事件をはじめとして、この国では地震や噴火、疫病と、災害が立て続けに起きておる。
少し前には大陸から海賊が筑前(大体福岡)に攻め入ってきたし、ここ平安京でも物の怪が出るようになったし…
世間では、なにやら末法だと騒いでいるようだが…くだらんとはいえ、実際に災いが多く、ミカドのお立場を危うくしているのは確かじゃ」
「……災害で信頼が落ちるのは、いつの時代でも同じなんだな」
科学などが発達していない平安時代ではその影響が特に大きく、原因や災害の起きる仕組みが分からない分、それらによる、やり場のない不安や悲しみ、憤りの矛先がすべてミカドに向くらしい。
「それで国中が荒廃しきっている現状に、それらを解決するため、ミカドが新たに制定した令外官が陰陽使という官職で、その頂点、別当であるお方が…」
「……月法」
「だから!!様をつけろ!お前は…」
何度目になるか分からないその名の登場に、帝里は忌々しそうに声を上げる。
「じゃが、こっちも知っているのなら話は早い。その陰陽使が数々の災いを鎮め、月法様に対する民の信頼がぐんぐん上がっておるのじゃ」
「ミカド様ぼろぼろじゃん」
「…まぁ…認めるしかないな
ただ、幸か不幸か、月法様は僧出身だからか、あまり出世の欲がないようじゃ。
俸禄(収入)も『貰わんと逆に不気味で変に疑われる』と言って貰っているだけで、それ以上のことを求めたことがない」
「え、何その完璧聖人。逆に怖いんですけど」
「うむ、わしも同意見じゃ。陰陽使はもちろん、助けてもらって月法様に恩を感じている者も多くいるから油断はできん。
じゃが、今は脅威になるか分からん月法様よりも、藤原家の方を早くどうにかせんといかん」
「…その、そもそも何が藤原家って凄いんだ…?あんまりよく分かってないんだけど…」
「それは…荘園じゃな」
教科書などで藤原家が実権を握り、繁栄したのは帝里も知っているのだが、具体的にどう権力を持っているのか気になった帝里に、京之介がまた教科書で聞いたことのあるような単語を返す。
「本来、国中の田んぼは朝廷に税を払う決まりになっておる。しかし、一部の寺院や貴族の治めている田んぼは荘園と言って、国には税を払わなくていい土地となっておる。
それで税が厳しい領民たちが、ちょっとでも徴収がましな荘園になりたいと、藤原家のところへ流れ込んでいるというわけじゃ」
「要は収入源をがっつり奪われているわけね
滅茶苦茶やべぇじゃねぇか!!」
「だからそう言っているだろ…
ただまぁ、民が逃げ出した土地も多く、荘園制度だけが悪いわけじゃないんじゃが…色々重なって京もこの国も荒廃しておる…」
「なるほど、どうりでここら辺とか京っぽさがないわけだ」
ちょうどいろはと会った場所と同じように、隣の通りが見えるほど空き地が多く、建っている家もボロ小屋で、本当に京かと疑うような牛車からの風景に帝里は納得したような声を漏らす。
「それはここが右京じゃからじゃな。特に此処らは水捌けが悪い土地で住みにくいんじゃ」
「あ、そなの?」
「それでも、住んでいたものは多かったが…人口が減った証拠かのぉ」
どうやら近くに川があってその湿地帯らしく、ジメジメした開けた土地と綺麗にマス目上に整備された道を帝里はぼんやりと眺めていると、ふとあることを思いつく。
「……じゃあさ、田んぼにでもしたら?」
「!!??」
軽い気持ちで呟いたつもりの帝里であったが、聞いた京之介はガバっと身を起こすと、慌ただしそうに目を泳がせながら、真剣に考え始める。
「…!…っ!…いや、まず京内の農地化は禁止されておる!!」
「そんなんバレなきゃいいんだよ
どーせ、土地取り合戦に必死な奴らは、絶対ミカドの土地な平安京のこんな僻地興味ないし」
「じゃが…!此処らを農地にしたところで収益はたかが知れておる!!」
「ん~…じゃあ、ここは訓練所的なのにするのは?」
「訓練所…?」
大して自分に関係のない話という気軽さからか、考えがすらすらと出てくる適当な帝里に対して、当事者の京之介は必死に理解しようと前のめりで話を聞こうとしている異様な空気に、帝里は少し楽しくなってきて、身を乗り出す。
「そっ!今って、何もしてない浮浪者や罪人が京内にいっぱいいるんでしょ?
そういうやつらを此処に連れて来て、農業の仕方を教えてから、各地の廃田とかに行かせるんだ
その方が成功率も上がるし、恩を感じて荘園にならない奴も増えると思うぜ」
「むむむ……じゃあ藤原家はどうするんじゃ」
「それはまた別のお話。奪い返すより、何もないところを貰った方が楽でしょ?」
「しかし、それだと藤原家に奪われての繰り返しじゃ…」
「大丈夫、そこまで続かないから
『沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす』でしょ?」
「なんじゃそれは」
藤原家がいつまで続いたかは帝里も知らないが、「良い箱作ろう鎌倉幕府」の1185年まで約150年の間に、院政や平清盛、源平合戦やら出来事がてんこ盛りなことを考えると、そんな長続きしているはずがない。
「また藤原家をそんな風に…怖いもの知らずが」
そんなズルみたいな逆算でドヤ顔してみせる帝里であったが、京之介の顔は未だに晴れない。
「うーん…だけど、わざわざ下民に教えるなど、ミカドの威厳が…」
「さっきから威厳や誇りばっかりだな!お前らしくないぞ!!
そもそも民が居なきゃ、その威厳や誇りは何の意味もないんだぞ?」
「いや、お主とは会ったばかりじゃろ…
ううぅ…そうじゃが…」
未だに煮え切らぬ京之介の反応に、帝里もだんだんと意地になってきて、あの手この手で自分の案を力説する。
そして、そんなやり取りがしばらく続き、牛車の揺れにもようやく慣れてきた頃、やっと京之介が音を上げるように頭を縦に振ると、
「分かった…じゃが!!!やはりミカドにご迷惑をおかけするわけにはいかぬ…
だから…ミカドにはお伝えはするが、わしの一存ということにさせてもらうぞ」
「よっしゃ!!お前ならそう言ってくれると信じていたぜ」
「また調子のいいことを…」
予想通りと言わんばかりに大げさに頷く帝里に、京之介は呆れたように力なく笑う。
実は現代でも、帝里が京介にごり押しで話を進めることが多々あり、そのとき京介が浮かべる、困ったような疲れたような苦笑いが、今の京之介の表情とそっくりで、ふと帝里は懐かしさを覚える。
「しかし、わしにこんなことをさせるのじゃ。これからは手伝わせるし、他にも色々と働いてもらうが、覚悟しておろうな?」
「おうよ!でも手伝うからには、京之介にだって態度を改めてもらうからな?」
「ちょっと!!?」
挑戦的な眼差しで尋ねてくる京之介に帝里が胸を張ってはっきりと答えるが、慌ててすぐに横から止めが入ってくる。
「なんだイブいたのか」
「ミカドって人に会った時からずっと隣に居ましたよ!!?!!
それより!なに勝手に約束を交わしているんですか!
今は玲奈の奪還と元に戻すのが最優先!!道草を食ってる場合じゃないんですよ!!」
「いやぁ、分かってはいるんだけど、『国がピンチ・最弱陣営・頼りにされてる』と条件が揃ってるな~って」
「何の条件!!?」
ギャーギャー騒ぎ立てるイブをなぜか少し乗り気の帝里があしらっていると、車の揺れがだんだん収まり、ゆっくりと牛車が止まる。
「もう、なんで式神と揉めてるんですか…さぁ、着きましたよ」
「…なんだその喋り方」
「いや、態度改めろって言われましたし、年上っぽいので」
「いや、さっきのままでいいよ!この気持ち悪さ、文字じゃ伝わりにくいんだよ!!」
「エル様!?」
口調まで寄せられると本当に和服を着た京介であり、時代感や雰囲気なども相まって頭が混乱でどうにかなりそうなので、ため口もまだ違和感が残るものの、そのまま続けてもらう。
「で、そもそも俺らはどこに連れてこられたんだ?」
先に降りた京之介に続いて牛車を降りると、牛車は廃墟と言っていいほど荒れ果て、誰も住んでいなさそうな屋敷の前に止まっており、特に目的地を聞かされていなかった帝里は首をかしげる。
「そもそも、その…えるには他の派閥との関係を取り持ってもらおうと思ってて…えへ」
「なに急にへらへらしてんだ!?」
「いや、仲の良い同世代がいなくて、つい嬉しくて…」
「……」
屋敷の様子に少し怪訝そうな表情を浮かべつつも、躊躇なく屋敷の中に入っていく京之介が照れくさそうに伝える。
「え?でもさっき藤原家には相手されないって言っただろ?」
少し嫌な予感がして思わず帝里の足が立ち止まるが、ふと前を見ると、庭の中央辺りに人だかりができており、京之介はその中心へ足を進める。
「分かってます。だから頼みたいのはもう一人の方で、えるの属する部署の長である…」
京之介の接近に気づいた者たちが頭を下げながら横にはけていき、中央にいたその人物がゆっくりと立ち上がりながら、こちらを振り向く。
「これはこれは権中納言京之介殿。わざわざ一体、どのような………………なぜ貴様らがいるのじゃ」
もう片方の派閥、陰陽使の最高位である月法が嫌そうな表情でこちらを睨みつけているのであった。




