真のヒロインは時空を越えて
[前回までのあらすじ]
いろはという女の子を拾い、今後について話していたらミカドの歌会に口をはさみ、呼ばれた。
この一国の王といきなり会える展開がなろうぽくて気に入ってます(なろうに失礼)
――ポチャン……――
池の水が撥ねる音が静かに響き渡る中、帝里は庭先で頭を下げ続けていた。
ミカド。それはこの時代の頂点に立つ特別な存在であり、月法以上に関わりたくない歴史的に重要な存在である。
そんなミカドが貴族と遊んでいるのを邪魔したのであるから、何か罰、荒い気性の人物なら極刑を受けるかもしれず、それで帝里はビクビクしていたのである。
ひとまず、言語魔法をミカドにも対応させ、いざという時の為に老人といろはは逃がして帝里とイブ二人だけで来たわけだが、これからどうなるかは、目の前の屋敷の奥にいる人物次第である。
そんな緊張した空気が張り詰める中、部屋の奥からあの凛とした声が響く。
「面を上げよ」
「は、はい…ッ」
「エル様、すぐに上げたらダメですよ」
「えっ、そうなの!!?」
「そんなことよいから、さっさと顔を見せい…」
わたわたと顔を上げたり下げたりする帝里たちに、ミカドがくたびれたように手で払って、起きるように促す。
そんな赤べこみたいな帝里の様子に、それを見た取り巻きの公家らしき男連中からクスクスと笑われてしまい、帝里が顔を真っ赤にしながら再び面を上げると、ミカドが興味深そうに帝里の顔を覗き込む。
「…ふむ、変と言うわけではないが、どこか変わった不思議な顔立ちじゃな」
「我々の高貴な顔ばかりご覧になっている故、下賤な者が珍しいのでしょう…」
オホホホホとまた公家たちがあざ笑うが、ミカドは気にすることなく帝里の顔をまじまじと見続ける。
どちらかと言えば、のほほんとしたような悠長な雰囲気を纏ったミカドは、他の貴族のような暗めの服とは違い、橙色の明るい服を着ていて、それが一層特別であることを象徴しており、そのような人物から観察されているという圧に帝里は居た堪れなくなって、本題を切り出す。
「先ほどの失礼、大変申し訳ございませんでした……」
「よいよい、昨日は名月であったから題詠でもしようと集まって、手始めに良き歌の思い返しをしておったのじゃが…皆の反応が悪くての…」
そう言ってミカドがちらりと周りを見渡すと、貴族たちがばつ悪そうに首をすぼめる。
どうやら怒っている様子はなく、ほっとした帝里はドッと肩の荷が下りて、思わず放心してしまいそうになるが、なんとか持ちこたえて、気合を入れなおすために背筋をシャキッと正す。
「それにしても素晴らしい反応じゃった!身なりはあれじゃが…以前、どこかの公家であったのか?」
「い、いえ…たまたま知っていた和歌だったのでつい…」
「ほぉ、それはまた面白い。そなた、名はなんと申す」
「…………えると申します。」
「え…?エル様…」
イブが驚いたようにこちらを見てくる視線を感じながら、帝里は頭を下げる。
そんなに深い理由はない。一応名前は伏せたかったのと、なんとなく名前の漢字的に面倒事になりそうだと思ったからだ。
「える…また珍しい名じゃな…
ふぅむ…式神、を連れているということは陰陽使…いや、はぐれか?」
「いえっ!陰陽使とは全く関係ないです」
「陰陽使でもないのに術を使うとは…ますます不思議な者じゃ」
「あっ…」
帝里としては一刻も早くこの場を離れたいのだが、かえって興味を持たれてしまい、なかなか帰してくれる様子はなく、ミカドは帝里とイブを興味深そうに交互に見る。
「せっかくですミカド、この者にも和歌を詠ませてはいかがでしょうか?」
「なッッ!!?」」
「それは名案じゃの!」
「いやいや!!?知ってるだけで詠んだことは―!」
「それでも構わぬ。題は名月じゃ、詠んでみせよ」
必死に断ろうとするが、皆から注目の視線を浴び、ミカドの命ということで断り切れず、提案した貴族を心の中で睨みながら、帝里は仕方なく考えてみる。
しかし、歌を詠むなど学校でもやったことがない、そんな初心者の帝里が考えたところでここにいる和歌マスター達を納得させられる歌を作れるはずもなく、結局、出来ることと言えば…
「……名月や
…海を…巡りて?
夜もすがら………だっけ?」
人の歌を引用してくるぐらいである。
「………」
いつ頃詠まれたかまで覚えているはずがないので、もはや既出でないことを祈る運ゲーであり、しんと静まり返ってひりついた空気に帝里はごくりと生唾を飲む。
「……ほぅ…」
「なるほど…のぉ…」
「庶民のくせになかなか…」
「ふーん…で、下の句は?」
「し、下の句ッ…!?」
「そりゃそうじゃろ、そこで終わるやつがおるか」
少し間違えているもののも、どうやら上手くいったようで、なにやら感慨深い雰囲気に包まれ、帝里がホッとしたのも束の間、また同じ貴族に続きを要求され、予想外の出来事に再び窮地に追い込まれる。
というのも、和歌はよく5, 7, 5, 7, 7のリズムで詠むのだが、実は帝里が引っ張ってきたのは、5, 7, 5で終わる俳句というものであり、いくら必死に思い出そうとしても続きが存在しないのだ。
帝里がそんなことを知る由もなく、変に良いものを盗作してしまった手前、自分で補えるはずもなく、どうしようと、ただおろおろしていたときだった。
「………揺るるけしきは いとあわれなり」
「-!ミカド…」
始めから目を閉じて聞いていたミカドが突然ポツリとこぼし、皆がはっと静まり返る。
「名月や 海を巡りて 夜もすがら
揺るるけしきは いとあわれなり
(とても綺麗な名月を眺めながら、海を渡って趣を楽しんでいたら、夜が明けてしまった。
波に揺れて映る月も、なんと趣深いものよ。)
変に上の句だけで完成しておったから下の句だけで別に考えてみたのじゃが、いかがであろうか?」
ゆっくりと目を開けながらやさしく微笑むミカドに、はっと帝里は慌てて何度も首を縦に振る。
「……ほぅ…」
「なるほど…」
「さすがミカド、素晴らしき歌でございます」
「さてはお前ら、よく分かってないな?」
当たり障りのない貴族たちの相槌に呆れながらも、結果的にミカドのおかげで上手く場を収めることができ、帝里はもう何度目か分からないほど胸を撫で下ろす。
「えるよ、次からはちゃんと上の句と下の句の釣り合いを考えて詠まないといけないぞよ」
「はぁ…」
「海を巡りて 夜もすがら……なるほど、唐から海を渡ってきたというわけか、どうりで不思議な容姿に感じたわけじゃ。それを歌に込めるとは見事じゃ…」
「あ、いや、そういうわけでは…」
適当に持ってきた歌を変に深読みされてしまい、慌てて帝里が否定するが、ミカドは感心したように目を閉じて余韻を楽しんでいる。
「…よし、決めた!える、そなたに初叙してやろう」
「!!?」
思いつきでとんでもない発言をするミカドの提案に、意味が分からず茫然とする帝里とイブを置いて、周りにいた貴族が急に騒めき出す。
「ミ、ミカド…叙位(位階を与える)はさすがに…」
「ふ、服を被くのはいかがでしょう!」
「唐から来たとなると行くところがなくて可哀想でないか。
それに、この不思議な感じが気に入った!決定じゃ!!」
「しかし…」
慌てて周りの者が諫めようとするが聞こうともせず、強引に推し進めようとしたその時であった。
「いけませぬ!!!!」
耳を劈くほどの大怒声が屋敷に響き渡り、皆が腰を抜かす中、その声の主がずかずかと部屋の中に入ってくる。
「ご、権中納言…」
その入ってきた人物を見て、まずいと言わんばかりにミカドの表情が歪むが、
「…え……」
帝里とイブもその顔を見た途端、驚きのあまり言葉を失い、しばし放心してその人物の動きをただ目で追うだけになってしまう。
「まったく…またむやみに位階をあげて…!
叙位は厳正な考選のもと、与えられるものであって、他の者に示しがつきませぬ!!」
「うっ…」
相当苦手なのか、すでに逃げ腰のミカドに対し、権中納言と呼ばれたその男は全くの遠慮を見せずに、言葉を続ける。
「まず、なぜこんなところにおられるのです!?最近身勝手が…」
「これ!ミカドに対してその振る舞い、無礼であるぞ!!」
「よいよい、よいのじゃ。
まろが好き勝手できるのも、この権中納言が後処理や手回しを色々やってくれているおかげだからなのじゃ。文句の一つや二つ、言いたくなるじゃろ」
あまりの剣幕に、周りの貴族が目を吊り上げてその男を止めようとするが、苦手でも信頼はしているのか、ミカド自らそれを制止すると、素直に小言を受け入れる。
「そもそもなんなのですか?この男は」
眉をひそめながら帝里の方に歩み寄って来て、改めてその顔がしっかりと顕わになった瞬間、思わず帝里とイブが考えていたことを口に出す。
「きょ、京介だよな…?」
「……は?」
そう、その顔は玲奈の弟、京介そっくり、いや、京介そのものであったのである。
「え、いや、お前何してるの?
まさか…玲奈が帰って来ないからモミにこの時代まで連れて来てもらったのか…?どんだけシスコンなんだよ!!」
「京介様、モミはどこに??」
話が逸れ続けていたが、本来この時代に来た目的は玲奈の回収であり、ようやくここで力強い助っ人が現れたと、帝里とイブは嬉しそうに迎え入れる。
が…
「さっきから変な世迷言を…しかも、名前まで間違えるとは、なんて失礼な…」
「はへ?」
「京 之 介 で す !!!!
きょうのすけ!!二度と間違えるな!!」
「え……えぇぇぇぇ!!!??」
拗ねたような表情で否定され、帝里とイブは驚愕のあまり大声を上げる。
「いや、ないないないない!!」
「なにがだ!!さっきからほんと失礼なッ!!」
どう見ても不機嫌そうな京介なのだが、相手はふざけている様子もなく、本当に人違いのようである。
しかし、人違いにしてはあまりにも似すぎており、もしかするならば…
「…玲奈と京介のご先祖様?」
「あー、確かエル様と私が初めて千恵羽家にお邪魔したとき、玲奈が『古くから続く名家』って言っていましたね」
「要らない!そんな伏線いらないから!!怖い!!」
どの時代にも京介のようなものが付いてくるという、一種の恐怖体験のようなものに感じ、帝里は逃げるように京之介から離れる。
「好き勝手やって…で、何者なのでしょうか?」
「どうやら唐から遥々来たようじゃ」
「…たしか今は宋という名に変わったとか聞きましたが…なるほど?」
中国大陸から来たというだけで京之介も興味があるらしく、帝里を見て少し考えていると、ミカドに手招きされ、京之介が耳を寄せる。
「それにあの女を見よ、相当な術者でないと式神を使役出来んとあやつが申しておった」
「だから陰陽使に取り入れようと」
「それに…何か数奇な運命みたいなものを感じてな…」
一瞬、耳打ちするミカドの目がキラリと鋭く光った気がして、ビクッと帝里が見返すが、また穏やかな表情でのほほんと笑っており、気のせいかと帝里は首をかしげる。
「…確かに最近不穏な動きが増えていて、あの方の手は借りずに解決したいですし、あなた様のその感覚は信じていますが…
はぁ……これが最後ですよ」
根気負けしてため息をつきながら首を振る京之介にミカドは満足そうに頷きながら、帝里の方を見る。
「いや、俺は別に位階?をもらいたいわけじゃ…」
「はぁ!?ミカドの仰せだぞ!!有り難く受け取れ」
何か話がややこしい方に進んでいる気がした帝里がこの場から逃げようとするが、それを見た京之介が眉をつり上げて、づかづかと帝里を追いかけてくる。
そんなこと絶対しない京介の顔でされるのが逆にやり辛く、帝里はすぐに捕まって結局、何もできずに元の場所に連れ戻されてしまう。なるほど、これがオラオラ系のギャップにやられるヒロインの気持ちか。
「さて、そちは何が得意なのじゃ?やはり呪術か?」
「はぁ…あ、一応、読み書きや計算も出来ます。」
「ほぉ、それは素晴らしいですね。ただ、急に取り上げるとなると、やはり陰陽使しかないでしょうね」
帝里の答えに感心したように京之介が見開くが、すぐに少し残念そうな顔をして、考え込みながら、ミカドの方に向き直る。
「うむ、なら官位相当は……六位じゃったか?」
「いえ、本当にそこまでの実力があるのか我らでは分からないので、あのお方に見てもらってからの方がいいでしょう」
「そうじゃな、なら京之介が連れて行ってくれるか?」
「かしこまりました。」
京之介は静かに平伏すると、帝里に付いてくるように目で指示し、帝里も仕方がなく京之介の方に歩み寄る。
「では、またの、える。そなたは面白いから、次会えるのを楽しみにしておるぞ。」
「いや、何をおっしゃっているのですか、ミカド。あなた様も内裏に戻るのですよ」
「のッ!!?」
緩やかに手を振って帝里を見送っていたミカドであったが、そんなミカドを京之介が見過ごすわけもなく、ミカドに帰るように催促する。
「いやッ、まろはこの歌会を続けぬといけないから…」
「警備も敷かずに居ては危険なんです!!
それに最近は遊びすぎです!政をしっかりとこなしていただき、ミカドこそがこの国を治める頂点であることを―」
「や、やめてくれッ…」
京之介がミカドを諫めようと再び小言を始めようとした途端、ミカドが悲鳴を上げるように縮こまって京之介を振り払う。
「まろが頂点?冗談はやめよ…諮問と裁可なんて形だけのもの…全てを握っているのは摂政の藤原家でないか。皆もそれを知って、まろでなく藤原家の者にばっか擦り寄っておる…
政にお飾りなまろの場所はないのじゃ…」
「……」
摂関政治、そんな言葉が帝里の頭をかすめるような、悲愴に満ちたミカドの嘆きに京之介も顔を俯かせて、口を閉ざす。
「それに聞いたであろう?もうこの世は終わるのじゃ。
日照りや洪水などの災害に、疫病、昨日なんて夜が昼になる天変地異までも起きた…もうこの世が終わる証拠じゃ…」
「……」
「………」
最後のは帝里たちのせいであり、帝里とイブは気まずそうに目を合わせるが、どうやらミカドも末法思想を信じているようであり、また、他の天災がミカドの権力を弱めているらしい。
「それならばもう余生を楽しもうでないか…極楽浄土に行けるよう、皆に位階を与えて遊んで暮らせば良いではないか……
変に逆らわなければ、藤原家になにもされることはない。もう、まろは疲れたのじゃ…」
もはや諦めにも近いミカドの絶望は、まさに平安京で会った人々と同じ境遇で、今を生きる人々の気持ちそのものであった。
そんな悲しみに明け暮れるミカドの様子に、京之介もどうすることもできないと察したのか、静かに頭を下げると、
「……分かりました。最近寒くなってきましたので、お体に気を付けてください。」
「うむ…」
顔を背けて庭の方を眺めるミカドの力ない返事に、京之介は小さく息を吐くと、少し肩を落としながらとぼとぼと屋敷を後にする。
そんな京之介を追いかけながら帝里はちらりと後ろを振り返ると、始めの穏やかであった雰囲気は消え去り、まるで取り残されたようにぽつりと物思いに耽る寂しい背中だけがあった。
※今回は初めての和歌ということで、松尾芭蕉の有名な俳句「名月や 池を巡りて 夜もすがら」を引用・利用させていただきました。
まぁ、初心者なので出来はお察しでしたが…それでも2週間!2週間しっかり悩みました。
なーにが「和歌はぽっと出てくる」ですか。絶対、平安時代の人も随分前から考えてストックしていましたよっっ!()
しかし、和歌まで詠むとは…一体この作品はどこに向かっているのやら…




