平安京で見捨てられた勇者はチート能力で無双する
[前回までのあらすじ]
玲奈を取り返そうと月法の家に忍び込んだ帝里とイブだったが、返り討ちにされた。
「ハッ…ハァハァ…こ、ここまでくれば…」
空が明るみ、ひんやりとした靄が平安京に立ちこめる中、帝里を抱えながら都の端まで飛んできたイブがひっそりとした日が差し込まないような人気の無い路地裏に降り立つ。
「ありがと-うぁっ!?」
帝里もイブの手から離れて地面に立つが、まだ上手く力が入らず、ヘナヘナと近くにあった藁山に倒れ込み、目を白黒させる。
「……あ~ッッ!!もうっ、初めて負けたッ!!
あの火玉を最初の全力で落とせてたら…ッ!むぅぅ!!」
「いやだから俺も玲奈も皆死んじゃうって…
完全に待ち構えられてたし、あれは仕方がないって!気にすんな」
「気にしますよッ!エル様は負けすぎて負け癖でもついたんじゃないんですかっ」
「はぁぁあ!!?今のはブチギレ案件なんですけどぉ!?」
悔しそうに地団駄を踏むイブを慰めようとした帝里であったが、聞き捨てならないことを言われ、ガバッと藁から起き上がる。
「…あぁそうかよ…もういいよ!『平安京で見捨てられた勇者はチート能力で無双する』展開になっても許してやらないからな!」
「なんですか、そのカオスなタイトル…ってタイトル!?
もう…そもそも見捨てもしないし、流行に逆張りなこのチャンネルでそんな展開あり得るはずがないんですから諦めてください」
「くそがぁぁッ!!」
もうメタイどころの騒ぎでないイブの冷酷な発言に帝里は悔しそうに拳を藁に叩きつけると、やけ気味に藁に寝転がる。
「エル様はまず、その謎のプライドと慢心を取り払うことですね」
「あ、さっき火の玉落としてドヤってたら月法に叩き落とされた奴が何か言ってる」
「なぁぁ~ッッ!!?だぁ!かぁ!らぁ!あれは…-」
こういった調子で二人では珍しい口喧嘩がしばらく続いたのだったが、
「…そういうエル様こそッ!…ふぁぁ-……」
仮眠を取っていたとはいえ、夜通し戦い続けた二人は体力が限界にまで達しており、言い争いながらも、いつしかイブも藁の上に横になり、ウトウトと二人は眠りに落ちていくのであった。
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「……-!…-れ!……これ…」
「……!!…んッ……だれッ!?」
あれからどれほど眠ったのだろうか、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえ、帝里は夢うつつに答えながら、ぼんやりと半目を開ける。
が、今、平安時代に来ている事を思い出し、声の主が唯一知り得るイブでないことが気づいた帝里は即座にガバッと起き上がる。
「…やっと起きたか、呑気な奴らめ…」
「……あ、羅城門のじいさんか…」
「変な名で呼ぶな。こんな所で、よくそんな無防備で寝れるもんじゃ…」
呆れ果てた様子でこちらを覗き込んでいる老人の顔が目に入り、思わぬ再会に帝里はホッとしながらも、再び藁山に倒れ込む。確かに危険かもしれないが、今は眠いのだ。
「って、おい…!まったく、月法様の家に忍び込んでおいて、京から出ないどころか堂々と道端で寝てるとは…肝が据わっておるのか、ただの阿呆ぅなのか…」
「-ッ!!?なんで知ってんだ!!?」
突然の月法という単語に、さすがに完全に目が覚めた帝里は急いで起き上がり、老人の方を見る。
「……そりゃ、あの月法様じゃぞ?今はもう京中を検非違使(警察)が触れ回りながら、血眼になって探しておるわ。‘奇妙な服を着た黒髪の男と青髪の女の二人組’とな」
「…まさか通報とかしてないよね…?」
「なんじゃ、して欲しかったのか?」
帝里達をジロリと全身を舐め回すように見ていた老人が片目を閉じてニヤリと笑い、その反応に帝里もひとまず安心するが、ようやく事の大変さが分かり、大慌てでイブを叩き起こす。
「イブ起きろッ!!イブ!!イブ!!……早く起きろよ!」
「…むぅ~…ん?あぁ、エル様、おはようございます。
エル様、なんか小さくなりましたね、ふぁぁぁ…」
「そのくだり、今は嫌みに聞こえるぞ…って、そんなこと言ってる場合じゃねぇ!!」
寝ぼけ眼のイブを帝里は無理矢理座らせると、聞いているのかよく分からないが、取りあえずイブに状況を説明する。
「なるほど…ふぁぁ~、当たり前の対処ですね」
「なんでお主らはそんなにも余裕なのじゃ…
服はともかくとして、そんな変わった髪色の娘など二人とておらんから、すぐ見つかってしまう!とりあえず、都から離れないと…」
「むぅ、髪色をバカにしてます~?でも、それなら良い考えがありますよっ!!」
そう言ってニマニマと意味ありげな笑みを浮かべながら帝里の方を見てくるイブに嫌な予感を覚えた帝里は眉を曇らせ、
「……そこにある泥水を被って髪色変えるとか?」
「最低!!そんなわけあるか!!もう個性として、ここに居る間は絶対変えません!
ほら、探しているのって青髪の‘人間サイズの’女でしょ?」
「……ハァ、分かったよ。お前の勝ちだよ…」
イブの言葉に根気負けした帝里が諦めたように首を振ると、イブは嬉しそうにすぐに立ち上がり、道の真ん中に直立すると帝里を待つ。
そんなご機嫌のイブに、何が良いのか分からない帝里は呆れながらも、魔導石を取り出して、イブの周りに魔法陣を描くと、
「…“ルコナンス”!!」
と呪文を唱えた瞬間、パァァと魔法陣が輝き、帝里のときと同じようにイブの体が縮んでいく。
こうしていつもの大きさになったイブは少しの間、その場で満足そうに自分の身体を確かめると、いつものように羽を取り出して帝里の顔の高さまで飛び上がる。
「…なぁ、それって不便じゃないの?」
「まぁ、私は簡単に飛べますし、エル様の肩に止まって楽できますしね
(それでも、私は小さいものが好きで憧れるんです!)」
「おい、本音の方が出てるぞ」
「あっ……ふぁぁ…じゃあ、私は見つかったらまずいので、エル様のポケットの中に隠れて寝てますね」
「あ、おいっ…!このッ、ぐうたら女!!」
いつの間にこの魔法に慣れたのか、イブは上手く調整してさらに小さくなって帝里の胸ポケットの中に滑り込むと、すぐに寝息を立てて眠りにつく。
おそらく昨日、帝里が昼寝している間、イブは寝ずに見張りをしていてくれたので、帝里は仕方がないとため息をつきながら、当面は自分だけで切り抜けようと気合いを入れる。
「…お、女が小さく…!?式神というやつか…!?はぐれ陰陽使なのか!?」
「あぁ!またその単語!なんで人が急いでるときにばっか聞くのかな!?」
その光景を見ていた老人は驚愕して釣られるように帝里のポケットの中を覗き込んでいたが、ハッと思い出したかのように我に返り、数歩後ろに下がる。
「と、とにかく、次はお前さんの服じゃな。わしのは入らんと思うが…」
「…買うしかないというわけか」
帝里の言葉に老人が静かに頷く。
「今は…東市かの?じゃが、あそこは人が多いから気を付けねばならん…
人通りの少ない道を知っとる、わしが連れて行ってやろう」
「…なんか色々手伝ってもらってばっかで悪いな…無理しなくてもいいよ、じいさんだって危ないだろ?」
「…実は昨日会ったのが知り合いと昔話をした後でな、その後にまた昔話が出来て嬉しかったんじゃ…それに…」
照れくさそうに鼻の先をこすりながらはにかんでいた老人がニヤリと笑うと、
「世はいかに興ある物ぞや。こんな面白そうな話、途中で終わりたくないわい」
そう言って実況者顔負けの貪欲な笑みを浮かべるのであった。
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「ここが市じゃ」
人目を忍びながら移動を続け、そうして老人に連れて来られた市は多くの店が建ち並ぶものの、思っていたよりも多くの人で賑わっており、帝里は興味深そうに物陰から首をもたげる。
ただ観光地の出店のような騒がしさではなく、スーパーとかでよく見る生活感のある静かな賑わいに、今更ながら平安京に来たという現実感が沸き、少し緊張してくる。
「じゃあ、わしが買ってきてやるから、そこで待ってるのじゃぞ」
「いやいや、そこまでさせるのは悪い!俺が行くよ!!」
「しかし…」
老人が代わりに市場に行こうとするのを、なぜかやる気満々の帝里が止め、老人は困惑して帝里を見つめるが、やがて諦めたようにため息をつくと、
「分かった。ここには役人もおるから目立った行動は慎むように。
だから、中心ではなく、少し人混みから離れた店に行くのじゃ。あと、今わしが着てきているような普通の服を選ぶと良い」
「了解!
っと、因みに、服って何銭くらいなの…?」
「え、銭…?服だと50銭くらいじゃろうか…?」
「50ね?サンキュ-じゃなくて、ありがと!!」
ざっと服屋と買うものについて教えてもらい、ついでに聞きたいことも答えてもらった帝里は老人に手を振りながら元気よく駆け出す。
「さーて、服屋服屋っと♪」
また自分の知らない世界の生活風景に異世界感を見出す、帝里の悪い癖が出てしまったのだが、さすがに老人の忠告通り、慎重に物陰に隠れて移動しながら、市場を観察しつつ人の少なそうな服屋を探していく。
そして、少し通りを外れた一角に、男が退屈そうにしている店を見つけ、帝里は高まる気持ちを抑えながら、その店の前に立つ。
「すいませーん、この服買いたいんですけど、いくら?」
なるべく穏やかな笑みを心がけながら、帝里が店先にある、市場の人達がよく着ていた服を指差すと、店の男が面倒そうに顔を上げる。
「10束だ」
「10束…?えっと…一束何銭?まさか一貫(1000文)!?」
玲奈を育ててもらう資金のために作ったときの余りの銅銭を取り出しながら戸惑う帝里に男は嫌そうに眉をひそめる。
「おい、そんな面倒なもん要らねえぞ。10束といったら稲穀だろ!」
「稲……米!!?そんなん持ってないよぉ…お願いだから銭で頼むよ…!」
米など持っているはずもなく、他にも持っているものを色々見せて交渉しようとする帝里に男はため息をつくと、
「あぁ!もう40銭でいいよ!めんどくせぇ!!」
「いやいや、40銭ってお前……安いな!?なんで!?
どう見ても金を持ってて京に慣れてない怪しい田舎者だろ!?もっとぼったくれよぉ!」
「お前は買いたいのか買いたくないのかどっちなんだ、めんどくせぇ…」
こういう裏通り的な店ではぼったくられるという、異世界の勝手な先入観で身構えていた帝里だったのだが、肩透かしを食らって、思わず問い質してしまい、とうとう店番の男は泣きそうになりながら倒れ込む。
「ちょっと綻びてるし、妥当な値段だろ
それに怪しいなら、普通関わらないようにするだろ」
「た、たしかに…」
「稼いだってどうせもうすぐ終わりなんだ、さっさと売って商売を終わりたいんだよ
で、買うんか?買わんのか?」
「か、買いますけどぉ…」
あまり納得がいってなさそうな表情を浮かべつつも、帝里は言われた金額を差し出すと、「これ被ってろ」と服だけでなく帽子まで貰い、さらに複雑な表情に変わる。
「あ…ありがとね」
「おう、じゃあな渡来人」
「あ、そう見えているんだ」
帝里は男に礼を言って帝里は店を出ると、首をかしげながら来た道をトボトボと帰っていく。
「なんか思ってたのと違う…」
「エル様が考えすぎなだけですよ。いい人で良かったじゃないですか!」
「イブ…起きてたのか…
玲奈の翁達に銭渡したけど、実はめっちゃ困ったんじゃないか…?」
「さ、さぁ…?」
いつの間にか起きて胸ポケットから顔を覗かせていたイブの言葉に納得しつつも、思い通りにいかなかった不完全燃焼感に苛まれながらも、やっと老人のもとまで辿り着く。
「…!どうじゃった!?見つからなかったか!?」
「うん、思ったより安く買えた…」
「そ、そうか、良かったな…それよりも早く着替えるぞ」
あまり嬉しそうでない様子の帝里に戸惑いつつも、老人は帝里の買ってきた服を確認し、さっそく着替えるのを手伝ってくれる。
「その…もうちょい鍛えた方がいいと思うぞ?」
「うるせぇ。じいさんでも怒るぞ」
「すまんすまん。
おぉ…少し顔は目立つが、前より充分普通になったのぉ!」
「そう?俺あんまり帽子好きじゃないんだけど…」
着替え終わった帝里も自分の姿を見てみると、少しボロいのが鼻につくが、確かにかなり時代に馴染めており、ひとまず手配中の特徴から外れることが出来て安心する。
「さて、この服の処分じゃが…これは、一体どうなっているのじゃ…」
脱ぎ捨てた帝里の普段着が目に入った老人が訝しげに摘まみ上げ、しげしげと物珍しげに見入ったそのときであった。
「その服じゃ!!見つけたぞ!!」
突然、遠くで叫び声が聞こえハッと三人が振り向くと、月法の家で見た警備員が弓や刀で武装した供を大勢連れ、こちらを指差しているのだ。
「げっ!?マズい!逃げるぞ!!」
「…え?」
まだお互いの距離があり、まだ逃げ切れると判断した帝里とイブはすぐに踵を返して走り出すが、老人は突然の出来事に動けず、その場で困惑してしまう。
「お前らは一応、あいつらの後を追え!!
さぁて、色々と聞かせてもらおうか?奇妙な服の男!!」
「…………え?」
そう言って血気盛んに詰め寄ってくる月法の部下と検非違使に取り囲まれた老人は奇妙な服を持ったまま固まるのであった。
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平安京は碁盤の目のように街路が直交に交わるように設計された四角い都市である。
なので右、左、右…と順番に曲がることで、視線を切りながら距離を離すことができ、帝里とイブもそのように検非違使から逃げていた。
「…-ッ!エル様!ご老人が来てませんっ!!」
「なにッ!?…いや、狙いは俺たちだ。これ以上迷惑はかけれねぇ」
イブの言葉に一瞬帝里も立ち止まるが、まさか本当に服だけで判断されているとは帝里も思わず、老人は相手にされていないだろうと判断した帝里は再び走り出しながら、後ろを振り向く。
そして帝里達が曲がるときにまだ追手の姿が見えないことを確認すると、もう何回も同じように曲がり続けきたので、次は右なのを、あえていつもと反対の方向に曲がる。
「…ハァハァ……いけたか…?」
そして、大急ぎで次の角に辿り着いて曲がると、足は止めないまま、耳を澄ませる。
「………!…ふぅ~~…」
ドタドタと騒がしく迫っていた音が徐々に静かになっていき、やがて帝里が走る足音しか聞こえなくなると、帝里とイブはホッと肩の力を抜きながら、逃げる予定だった方向と逆に歩き出す。
「かなり走ってきましたね…ここはどこなのでしょうか…?」
「さぁ…?東市にいて、朱雀大路っぽいの横切ったよな?」
「はい!じゃあ、西側だから…左京ですかね?」
そう言って、西側の右京に辿り着いた帝里の周りは、東市と打って変わって雰囲気が暗く、どの家も少し朽ちており、ホームレスのような人が藁に包まって寝そべっている。
「完全に路地裏って感じだな…ここで寝てたらヤバかったかも」
しばらく歩くと少し道に人が増えて騒がしくなるが、なにやら犯罪めいた危なげな空気の人々に、帝里達はいつしか口数も減り、さっさと離れようと先を急ぐ。
しかし、こういうときに限ってトラブルは起きるもので、
「あっ…」
ちょうど十字路に差し掛かったとき、横から現われたガラの悪い集団とバッタリかち合ってしまう。
「あ?……あっ!!てめぇは…!!!」
穏便に済まそうと、こそっと立ち去ろうとした帝里であったが、声を掛けられて顔をあげると、その見覚えのある顔に思わず反応してしまい、
「あのときの陰陽野郎!!」
「うっわ、なんでお前とまで再会すんだよ…」
帝里を見て目を血走らせて声を荒立てるその相手に帝里は嫌厭とした表情を浮かべる。
なんとその相手は、数ヶ月前、村で玲奈を襲った賊のあの頭領だったのである。
「あのときはよくもッッ…!!」
「それはお互い様だよ、こんちきしょう!
あのとき、すぐに玲奈を回収できてりゃこんなことにならなかったのに…!」
帝里を見て敵意むき出しで頭領が喚き散らしてくるが、この男がここまで起きた様々な出来事の、ある意味元凶的存在だと思うと、なんだか腹が立ってきて、帝里も負けじと睨み返す。
「あのせいで手下は減って…!京に残ってたこいつらとぶっ殺してやるッ!!」
相変わらず血の気の多い様子で今にも斬りかからんとする勢いの頭領に、周りも察したのか、ぞろぞろと自分の得物を構えて帝里を取り囲み、さらに不穏な空気が両者の間に走る。
「ったく、こっち来てからこんなんばっかじゃねぇか…」
想像していた華やかな平安時代の様子と全く違う数々の泥臭い思い出に、帝里はハァと深くため息をつくが、
「ちょうど、いいや。なんか負け癖がついてるらしいから、流れ変えるきっかけになってもらうぞ」
イブをちらりと見ながら帝里はそう言ってニッと不敵に笑うと、ゆっくりと足を前に踏み出していくのであった。
※この作品は
「一石一貫」「調布15束」
をもとに物価を計算しています。(異論はもちろん認めます)




