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かけもちの勇者様!!  作者: 禎式 笛火
5章上 末法の月姫の誕生日
51/58

影出でし夜の掟

お待たせしました!(?)ここから玲奈の幼少期編が終わるまで、節の最初と最後以外ほぼずっと帝里中心です!!しかし…


[前回までのあらすじ]

月法邸にて玲奈が月法の養娘として育てられることとなった。




 玲奈一行が平安京に着き、ちょうど月法の家で玲奈が様々な才能を披露して女房達が騒いでいたとき、一方そのころ、平安京の入り口で草場の影から顔を覗かせている影が二つ…


「なぁ……なんか俺のサブキャラ化が始まった気がするんだけどぉ…」


「またメタいことを……まぁ…モミが来た辺りからすでに」


 そう言って落ち込む帝里に、呆れたような、困ったような表情を浮かべつつイブがさらっとトドメを刺す。


「うぐっ…むぅぅ…やっぱりあれか!?エッッッッッなハプニングが無いから主人公力が足りないのか!?

 よし、イブ!ちょっとスカートで転んでこい!!」


「いやどういう理論……それにそんなこと言われましても…

 わ、私達がしっかりしていて偉い!ということで…」


「それこそどういう理論だよ…」


 慰めているつもりなのかイブに謎の理論を展開され、帝里は諦めるようにハァ~と長いため息をつくと、踏ん切りをつけるように立ち上がり、イブも帝里の後を追って道に出る。


「…にしても、月法とかいうあの野郎…!や~~っと帰って来やがったか…」


 待ちくたびれたと言わんばかりに不満そうに帝里は道の真ん中に立つと、平安京の中を覗き込みながら鼻を鳴らす。



 以前、玲奈を引き取りに来たものの、玲奈を襲撃した野党を対峙している内に月法に玲奈を連れ去られてしまった帝里達だったが、その後、村人から月法達の目的地を聞き、大急ぎで平安京を目指して後を追った。


 しかし、言ってしまえば子供一人と老人三人の玲奈一行と、魔法の使える帝里とでは移動速度が全く違い、帝里達の方が先にたった一日で平安京に着いてしまったのである。


 その後、そのことに気づいた帝里達は何度も引き返したりもしたのだが、すれ違うばかりで玲奈と遭遇することはなく、結局、諦めて月法達の到着を待つことになったのだった。


「きっと、この玲奈に振り回されてる感じなのがダメなんだ…!!

 さっさと連れ戻して、元の時代に帰るぞ!!」


「おぉー!!」


「じゃあ、まずは………ん?」


「…どうしました??」


 そう意気込んで平安京に入った二人であったが、すぐに帝里が何かに気づいたようにぴたりっと立ち止まり、横を歩いていたイブは怪訝そうに帝里の顔を覗き込む。


「…ら、羅生門は…!?」


「らしょ……え??」


「羅生門だよ!!羅生門!!平安京の入口にあるって噂の!!」


 首を傾げるイブに帝里は信じられないといった表情で、通り過ぎて来た後ろの道を指し示す。

 確かに何となく入り口っぽいところから都に入ったのは分かるのだが、帝里が想像していたような、大きい門は建っておらず、少し楽しみにしていた帝里は不思議そうに辺りを見渡す。


「え、俺の覚え間違いか…?いや確かに平安京だったはず……あれぇ?」


「なにかお探しですかな?」


 イブのあまりの反応の無さに自信がなくなってきた帝里が首を傾げていると、入口の向こうで休んでいた老人に話しかけられ、帝里はビクッと肩を上擦らせる。


「…なぁなぁ、ちょっと聞きたいんだけど、羅生門って知らないか??」


「はて…羅城門のことですかな?それならば数十年前に倒壊しましたが…」


「数十年前…え?髪抜き婆さんってそんな昔の話なの!!?」


「はぁ……でも、お若いのに、よくご存じですね」


「え、あ、ちょっとね…」


 高校のときに読んだ小説を思い出して驚く帝里に対して、その老爺は丁寧に教えてくれる。


 現在の羅城門跡地の看板によると、980年に暴風雨で倒壊したらしく、その後再建されることはなかったらしい。


 やはり千年以上も前になってくると、残っているものもほとんど無く、実際、帝里達が今立っている朱雀大路も現在では完全には通れない。新幹線が横断しているため、大きく迂回する必要があるのだ。

 ただ、通れたにせよ道幅はせいぜい10m~20mほどしか無く、84mという壮観な光景と比べたら全然物足りないかもしれない。



 さて、歴史物あるあるの、舞台の過去と現在の姿についての話はこれぐらいにして、老人から色々と話を聞かせてもらった帝里とイブは再び朱雀大路の真ん中に立つ。


「さて…玲奈の居場所だが…」


「大体、この付近だということまでは分かるのですが…詳しい場所までは…」


「まぁ、仕方ない。じゃあ、ひとまず月法について、定番の聞き込みパートといきますか!!」


 奇しくも、少し前に玲奈が叫んでいた場所と全く同じ所に帝里は立っているのだが、そんなこと知る由も無く、そこらを往来している通行人に尋ねていくこととなった。




「…月法様…?あぁ、そこに住んでいらっしゃるよ」

「えぇ!?もう見つかるの!!?」


「昔はどこかのお坊様だったらしいが、わざわざこの平安京に来て下さってねぇ」

「ふむふむ」


「公家とは違って、わしらのことも考えてくれる慈悲深いお方じゃあ!」

「へぇ…」


「‘新令外官’の頂点に立つお方、それが正一位・‘特制陰陽使’『月法』様だよ」

「でた、新令外官!

 あと、なんだその、流行にめっちゃ配慮したみたいな役職名は!?」


「ちょっと前まで物の怪ばかりで外も歩けなかったのに…ほんと月法様のおかげだよ!」

「あー…うん、なるほどね」



 その後、一通り聞き込みを終えた帝里とイブは、教えてもらった月法の家から少し離れた、家の門が見える辺りの場所から中の様子を窺いながら、聞いた話について整理する。

 

「……なんか思ってたよりもすごい人気だな…」


「で、ですね…」

 

 少し想像していた人物像と違い、帝里とイブは困ったように顔を見合わせる。


 帝里達が話を聞いた限りでは、都での月法の評判はとても良く、皆が慕っており、とても幼女を誘拐したような男には思えなかった。

 …いや、誘拐したわけではないのだが、玲奈を連れてきた理由だけは都の誰にも分からず、帝里達は勘違いしてしまっていたのである。


「とりあえず、めちゃくちゃ偉い奴なんだな…また面倒なのに捕まりやがって…」


「どうしますか??」


「…今夜に仕掛ける」


「今夜!?」


 帝里の即決にイブが驚いた声をあげて帝里を見つめ、帝里はしっかり頷き返す。


「もう少し時間をかけて交渉してみては…」


「ダメだね!!政治に関わった坊主は性欲に溺れてるって決まってるんだよ!!それは歴史が証明してる!

 早くしないと玲奈の貞操が危ない!!」


「なんで今日ちょっとそっち寄りなんですか…

 でも、えぇ……そんな…まさか」


「京介だってそうだろ!」


「いや、あれはネタな部分もありますし…

 それになんで夜なんです…?」


「フッフッフッー、そりゃ決まってるだろ!」


 最後まで首をかしげるイブに帝里は含みを持った笑みで答えると、その場を離れ、準備を始めるのであった。




====================================



「よーし、イブ・エル盗賊団!出発だー!!」


 昼は騒がしかった平安京も落ち着き、雲一つ無く綺麗な満月が高く昇る深夜、再び月法の家の前まで来た帝里が声を潜めつつもワクワクした様子で拳を挙げる。


「……えっーと……」


「いやぁ、義賊ってやつ?一度やってみたかったんだよね!!」


「…まーた余計なことを…名前といい、色々杜撰ですし…この前ので懲りてないんですか…」


 呆れを通り越して嘆くようにイブが頭を押さえるが、帝里はそんなことお構いなしに、楽しくて堪らないといった様子で体をほぐすためにストレッチを始める。因みに先程言っていた準備とは、大学生の得意技・お昼寝である。


「まー、さすがに俺も少しは考えてるって!

 今日、長旅から帰って疲れてるだろうし、これが一番穏便に済ませられる方法だろ?」


「…それは…一理あるかもしれないですけどぉ………もういいですぅ…

 じゃあ、どうするんですか?」


「まずは玲奈を回収して…それからついでにあの爺さんと婆さんも助けるか。育ててくれたお礼もあるし」


 寝て元気一杯な帝里はその場で宙返りを決めて体の調子を確かめると、月法邸の築地塀によじ登り、ひょこっと顔を覗かせて中の様子を窺う。


「いやぁ、壁が低くて防犯意識がなってませんね~…まぁ、俺は魔法使えるから、高さ関係ないけど。

 …ちっ、こっち庭側じゃねぇか」


 警備がいた門を避けて横の小道から月法邸の側面に入った帝里達であったが、運悪く屋敷がある方と反対方向に来てしまったようで、屋敷が遠くに見え、思わず顔をしかめる。


「あちら側に回り込みますか?」


「…いや、むしろこっちの方が潜入は楽かも」


 不安そうに尋ねるイブに、帝里はそう言って塀から降りると、魔導石を取り出し、地面に魔法陣を描く。


「あっ!それ…!!」


「そゆこと。いくぜ…“ルコナンス”!!」


 何をするか気づいて声を上げるイブに帝里は軽く頷き返すと、力を溜め高らかに呪文を唱える。


 その瞬間、パァァと魔法陣が輝き、その光が帝里を包み込むと、みるみると帝里の体が小さくなっていき、いつものイブと同じ、人形サイズの大きさにまで縮む。


「おぉ…!とうとう詠唱なしで使えるようになったか

 …にしても、自分に使うのは久し振りだな~…!」


「もぉぉ!!私には使ってくれないのにズルいぃぃい!!!」


「いやだって、小さくするより“認識順応”の方が楽なんだもん」


「えぇ…私の個性がぁぁ…」


 過去に来てからずっと元の人間の大きさのままでいるイブが不満そうに口を尖らせるが、小さくなった帝里からしたら、怒って足をバタつかせるイブに踏み潰されないか怖くてならず、何が良いのかさっぱり分からない。飛べると変わるのだろうか。


「…じ、実は私は魔力が高すぎて小さくしていないと探知されちゃいまして…」


「嘘つけ!!絶対今考えた後付け設定だろ!!」


「うぅぅ…でも、あっちの時代ではあのサイズで馴染んでますし~…ほら!エル様が普段とっさに魔法を使えないようにした方が-」


「今は非常時だからむしろ魔法を使えるようにしたいの。

 さぁ、始めるぞ!じゃ、俺を塀の上に乗せてくれ!」

 

「高さ関係ないんじゃないんですか」

 

「う、うるせぇよ!!分かった分かった、まずは玲奈を運んでくるから、その間に良い言い訳でも考えてろ」


 まだ駄々をこね続けるイブを軽く受け流して、無理矢理塀の上に乗せてもらうと、少し屋敷の様子を確認して、すぐに屋敷の中に降り立つ。


「………ふぅ、まずは成功っと」


 すぐさま帝里は身を屈めて辺りを警戒するが、特に変わった様子はなく、潜入が上手くいったことにひとまずホッとすると、気を入れ直して注意深く屋敷を目指して行動を開始する。


 しかし、先程塀の上から大まかな庭のマップを確認しておいたのだが、ただでさえ広かったのに、さらに小さくなったせいで移動距離が増え、思ったよりも進まない。


 しかも、小さくなったせいで探知系の魔法も相対的に範囲が縮まり、いつもより五感に頼った警戒をしなければならず、精神的にも疲れてくる。


「げっ…まずいまずいまずい…!これ着くのか…?」


 途中に渡る予定だった池や小川も、湖や大河のように感じられて渡れず、他にも野良猫を回避するためなど、色々と迂回を繰り返していると、気づけば満月が西に傾いており、焦り始めた帝里はちょっとした険しい道ぐらいなら無理矢理に通ってでも先を急ぐ。




「…っだぁ!!しんど…!やっぱ小さいのって大変だな…」


 こうして、なんとか屋敷の前まで来ることが出来た帝里であったが、着く頃には息も絶え絶えで、思わずその場に座り込む。

 

 飛べるイブに代わってもらうべきだったと少し後悔しながら少しの休息を取り、再び立ち上がると、いよいよ本題の屋敷を見上げる。


「…………。」


 大きすぎて屋敷の全容は分からないが、さっき上から見たときは庭と同じほどの広さがあったのを思い出して、今から同じくらいの苦労をするのだと帝里は察してしまい、少し立ち尽くす。


「…よし、もう元に戻るか。あと頑張って三人運ぼう」


 早くも挫折してしまった帝里は作戦を一旦止め、一気に玲奈と翁媼を探し出し、そのまま連れて行く方針に変更する。

 これだと見つかる可能性が跳ね上がるが、そのときはゴリ押すしかないと、腹を括った帝里が魔法を解いて、元の大きさに戻った瞬間であった。


「ッ!!?」


 突如、帝里の足下の地面に格子状の白い印字が浮かび上がると、連鎖するようにバァと連鎖するように地面に広がっていき、妖しく光り始める。


「もうバレ-ッ体がッ…!!封印系か!!?」


 発見されたことを察知した帝里がその場から離れて動こうとするが、金縛りに遭ったように体が思うように動かず、慌てて魔力を溜め始める。


 しかしそれよりも早く、屋敷の中や屋根、一体いつから潜んでいたのか、草むらや地面、池の中まで、次々と人が飛び出してきて、帝里の周りを取り囲む。


 そして、その中の4人が帝里の各隅に立ち、地面に腕を突き立てると、印字が帝里を中心として「井」の字に変形し、さらに強く帝里を抑え付ける。


「うっ…!お前ら忍者かよ…!!」


 突然現れた黒の狩衣を纏った集団に恨めしそうに帝里が噛みつくが、簡単に抜け出せそうになく、地面に引きつけられるように膝をつく。


「……やれやれ、久々の我が家でゆっくりしたいというのに…待ってくれないもんかのぉ…」


 完全に帝里を拘束したからか、屋敷の奥から声が聞こえると、一人男が現われ、その男の登場に帝里を囲んでいた取り巻き全員が頭を下げる。

 

「ま、寝落ちして暇じゃったから、いい退屈しのぎになりそうじゃわい」


 そして、その男が廂ひさしの間(縁側)に立つと、月明かりで顔が照らされ、キラリと光る頭に誰か察した帝里が静かに睨みつける。


「お前が月法か…」


「ほう、わしの家と知って忍び込んだか。なかなか度胸だけはあるの」


 悔しそうに呟く帝里に、月法は余裕そうな表情のまま驚いて見せる。


「しかし、どうやってここまで来た…?警備の者は何をしていたのじゃ」


「はっ…全員気づかず…」


「ふむ…じゃあ、こやつの力がなさすぎて探知できなかったとか、か…?」


 申し訳なさそうな部下の報告を聞いた月法が不思議そうに呟いて帝里をちらりと見たとき、ピクッと帝里の指先が動く。


「…火と……あとは闇だな!!うぉぉぉぉおお!」


「!!? おいおい器用な…」


 自分に掛けられた魔法の分析が終わった帝里が体に魔力を込めて封印を解き始め、再び立ち上がろうとする。


「ッ!急いで囲め!!」


「させるか!!」


 周りの警備が慌てて帝里を抑えようとするのを帝里は魔法で倒しながら、なんとか立ち上がり、一歩足を踏み出す。


「…“月の圧檻”」


 しかし、月法が呪文を唱えた瞬間、帝里の頭上に大きな白い円が浮かび上がると、突然上から抑え付けられるように帝里の体へ凄まじい圧力がかかり、帝里は叩きつけられるように地面に這いつくばってしまう。


「うぐぐぅ……こいつ…!」


 帝里もさらに魔力を込めるが、手足を動かせても体勢を整えるほどまでいかず、バタバタさせるだけで、先程のように解除できそうにない。


 というのも、月法というこの男、相当強いのだ。


 周りの人間と比べても、ずば抜けて魔力の量が多く、帝里の目から見てもかなり手強い相手で、そこに4人の結界が加えられると流石の帝里のどうすることも出来ず、再び拘束を許すこととなる。


「くっ…!それでもまだ動けるか…

 どいつもこいつも化け物ばかりめ…まさかほんとに…」


 月法も帝里の実力を理解したのか、顔を引きつらせながら帝里を睨みつけると、手で印を結び、さらに封印の力を強める。


「…まぁいい。こやつには色々聞きたいことがあるし、本格的に取り押さえるぞ」


 思い返すように月法は首を振って下知を出すと、周りにいた他の魔法使いも呪文を唱え始め、ゆっくりと帝里に近づき始める。



「……貴方達、誰になにをしようとしているのです?」


 そのとき、凜と静かな声が体をぞくりさせるほど重く響き渡り、帝里の目の前の地面にポツリと一つの人の影がふっと浮かび上がる。


「…!!?ひ、人が宙に浮いているぞ!!?」


 一人がその存在に気づいて声を上げると、どんどん伝播していき、月法も驚いた様子で見上げて、空に羽ばたくその少女の姿に釘付けになる。


「……よくもエル様を…!調子に乗るな!!」


 言葉だけでも激昂しているのが分かるイブが肩を震わせながら下を睨みつけると、怒りに身を任せ腕を上に突き上げる。


 その瞬間、月法邸の屋敷も庭も全て覆い尽くすほど、途方も無く巨大な火球がイブの頭上に現われ、その圧倒的な魔力の暴力にその場全てのものが震撼する。


 しかもそれだけで終わらず、イブはさらに別属性の魔力を送り込んだ途端、火球が眩く輝き始め、火から出た光が平安京全体をまるで昼のような明るさで照らし出すその様は、


「太…陽…?」


 そう呟いた帝里は自分の言葉にゾゾッと背筋を凍らせる。火属性と光属性の極致ではないかと思えるその火球はそれほどの輝きと熱を与えており、それがこれからどうなるかを想像するのも恐ろしすぎて出来ない。


「待って!!待って、イブ!!俺も玲奈も死ぬ!!」


「…!あ、…え~と…つ、つい勢いで……と、とりあえず、小さくしますね…」


 必死に叫ぶ帝里の声で我に返ったイブが恥ずかしそうな様子で帝里に答えると、急いで1/10ほどまで小さくしていく。


「これ以上は小さく出来なさそうなんですが…」


「…それ、しまえないの?」


「出しちゃった手前…あっ、むしろ大きくして分散させれば…!」


 そう言って、火球が再び屋敷分ほどの大きさにまで戻るが、先程と違いかなり威力が抑えられているのか、帝里の震えも少しずつ収まっていく。


「これなら、エル様は耐えられそうですかね!

 もうその呪術ごと屋敷半分は吹き飛ばすつもりなので、全力で防御に集中して下さいね♪」


「ちょっ、ふざけるな!?」


 全く為にならないイブの忠告に、帝里は慌ててクリスタルを自分の体に沿わせるように召喚すると、必死で防御魔法を張る。


「…さて、残りの方々も覚悟は出来ましたか?

 では、いきますよ

          “落陽(ラストデイ)”         」


 そう冷ややかな表情に戻ったイブが静かに言い放つと、ゆっくりと火球がイブの手を離れ、落下が始まる。


 もう誰も止めることが出来ない脅威に、ある者は絶望し、ある者は全て悟り、またはそれでも抗おうとする者など、皆が思い思いの行動を取る中、いつしか庭に出ていた月法はずっと空を眺めていた。


「わしは…」


 走馬灯でも見ているのか、茫然とした様子で落ちてくる太陽を見つめ続け、それが目前に迫り、月法の瞳がそれで満たされたときであった。


「わしは…‘太陽’が嫌いなんじゃ!!!!!!」


 何かに取り憑かれたように月法がそう叫ぶと、狂気的に目の輝きを取り戻し、懐から数珠を乱暴に取り出す。


 すると、数珠に取り付けられた一際大きい何かが黒く輝き、それがオーラのように月法を覆い尽くすと同時に、月法が数珠を地面に押しつける。


「-ッ!!?」


 その瞬間、地面が影のような黒さに一瞬にして塗り替えられ、その光景と異様な気配に再び悪寒が走り、帝里は目を見張る。


「-ッ!力が…!?」


 突如、先程まで帝里を抑え付けていた力が反転するかように、凄まじい力で地面に吸い込まれるように引きつけられ、帝里を縛っていた印も頭上の円も帝里のクリスタルも全て剥がされ、暗い地面に消えていく。


 そして、影からヌッと舌のような黒い塊が出てくると、火球目掛けて、空へ真っ直ぐ伸び昇る。


「え?」


 その光景に帝里とイブが驚くの束の間、火球とその塊が触れると、受け止めるように黒い影が広がっていき、火球を丸々飲み込み、消失させる。


「…え…え?…!?ま--きゃ!!?」


 あまりに一瞬の出来事にイブが理解できずに戸惑っていると、その黒い闇がさらに伸びてイブの足を捉え、瞬く間にイブを地面に墜落させる。


「ハァハァ…なん、とか、いけたか…。」


 帝里の横に並ぶようにイブが叩きつけられる中、相当無理して力を使ったのか、月法がしんどそうに息継ぎをしながら、屋敷にもたれかかる。


「うぐっ…!!一体何を…!!?」

 

「…『月出でし明るき夜、逆らうことなかれ』…ゼェゼェ…それが月の日の掟、"月法"じゃ、ハァハァ、あまりわしを舐めるなよ…」


 苦しそうに叫ぶイブに、息が絶え絶えになりながらも毅然としてイブを睨む月法を誇示するかのように、いつの間にか赤黒く染まった月が赤々と明かりを降り注ぐ。


「…!奇妙な服を着た黒髪の男と青髪の女…」


 他の者に肩を借りながら屋敷の中に戻った月法が二人を見た途端、昼間に翁から聞かされた話を思い出し、一瞬、月法の動きが止まる。


 また、地面の闇の影響か、"認識順応"も剥がされ、'世界の警告'が出ており、そんな二人と同じ気配を持った存在を思い出す。


「そうか、お前らが…玲奈の親か…

 …確かに女の方は玲奈と似ている気がする…」


「似ててたまるか!!!」


 どこか納得したように呟く月法に怒ったようにイブが暴れるが、全く動ける様子はなく、完全に二人とも拘束されてしまったようである。


「なるほどな…すまんが、今、玲奈を手放すわけにはいかんのじゃ

 それにその霊力は危険すぎる。悪いが、始末させてもらうぞ」


 強い意志を持った目で月法は静かにそう言うと、体を起こしてゆっくりと帝里達の方へ歩き始める。


「これは…やばいな……」


 イブは動けるようだが、帝里は力を吸収されたように脱力して動くことすら叶わず、完全に形勢が逆転し、絶体絶命のピンチに帝里が冷や汗を垂らしたときであった。


「っ!!?なんだ…!!?」


 突然、フッと灯りが消えたように闇に包まれ、急に目の前が見えなくなり辺りが騒然とする。晴天だったはずの夜空に雲がかかり、満月を覆い隠したのだ。


「なぜ急に!?ッまずい!!早く屋敷に入るのじゃ!!」


 皆と同じように唖然と空を仰いでいた月法であったが、すぐに顔を引きつらせて避難を指示した瞬間、地面がさらにどす黒い闇を帯びて、まるで生き物のようにうねり、庭にいた警備の者が全員膝から転げる。


「-ッうわぁぁぁああ!!!げ、月法様っ!!」


「落ち着け!!今助けるから待ってろ!」


 そして、何人かは沼に沈むようにゆっくりとその闇に体を飲まれ始め、慌てて庭に再び飛び降りてきた月法は先程と同じように数珠を地面に押しつけ、必死に魔力を送り込み始める。


「…おいおい…一体どうなってんだよ…」


 難を逃れた残りの者も、飲み込まれていく月法の部下を必死に引っ張り上げており、突然の阿鼻叫喚な光景に、帝里もさっきから何が起きているか、全く理解できず、ただ縛られたまま行方を見守る。


「くそッ…なんでこんなことに…!!

 ……おい、手を貸せ!!!」


 月法達の甲斐も虚しく、体の半分以上が飲み込まれ、もうどうしようもないと思われたとき、月法が腹立たしそうに意を決すると、屋敷の奥に向かって力一杯叫ぶ。


「       -」


 屋敷の暗がりに月法の声が幾重にも反芻したとき、それに応えるかのように屋敷の奥がぽうっと白く光り、だんだんと光が強くなっていく。


「…星状符・戒-」


 眩しい程までに輝いたその光は、ひどく平淡とした低い声を合図に5つに分かれ、こちらに向かって飛来し、それぞれが庭の端に着地すると、突如大きな星状の白い魔法陣が地面に浮かび上がる。


「“相克解脱”」


 そして、その巨大な魔法陣がゆっくり回り始めると、まるで地面が押し下がり自分達が浮き上がっているような感覚に陥るほど、闇が下に地面の中が透けて見えているかのように魔方陣と共に退いていく。


「ッ!!エル様今です!ひとまず逃げましょう!!」


「いや、体に全く力が入らん…」


「もうっ…!」


 その影響か、束縛から解放されたイブが好機とばかりに帝里に近づくが、帝里はまだ立ち上がることすら叶わず、仕方がなくイブが帝里を抱え上げる。


「…これが逆だったら格好良かったのになぁ」


「ほら、余計なこと言ってると舌噛みますよ」


 しょげる帝里を無視してイブはお姫様抱っこに担ぎ直すと、再び羽を再展開させ、空高く飛び去っていった。


「くっ…おい待て!!」


「月法、それよりやることがあるでしょう」


 帝里達を追いかけようとするが、また屋敷の奥から窘める声が聞こえ、月法は忌々しそうに舌打ちをすると、数珠を持った両手に力を入れる。


 いつしか事の発端であった雲もほとんど消え去り、白く戻った月明かりが月法を照らし出した途端、再び月法の体が黒いオーラで覆われ、下の闇が一瞬少し薄くなる。


「 …“月法夜王”」


 それを見逃さず月法が数珠に力を込めると、闇が徐々に消え去っていき、それと同時に月法を覆っていたオーラも小さくなっていく。


 そして、地面から闇が消え去って星状の魔法陣だけが残り、月法はふぅとくたびれたように項垂れるが、すぐに庭にいた警備を思い出し、顔を上げる。


「全員無事、か……-…」


 何人か半身が地面に埋まっているものの、帝里に吹き飛ばされた者も含めて全員目立った怪我はないようで、ようやく事が終わった月法は尻餅をついてしまい、思わず安堵の笑みを浮かべる。



「…使ってはいけないとあれほど言ったでしょう」


 そんな月法の後ろから、凜とした中性的な先程と同じ声が聞こえ、月法が嫌そうな顔で首だけ振り向かせる。


「…」


 静かに月法から睨まれているその男は廂ひさしの間(縁側)に現われると、月明かりで姿が照らし出されながら、穏やかな笑みを月法に向ける。


 白の下地に鮮やかな水色で飾られた(ほう)を纏った、透き通るほど顔が白い三十代ほどの若いその男は、顔の前で二本指を突き立て作っていた手印をゆっくりと解くと地面に浮かび上がっていた星状の魔法陣が静かに消える。


「ほんと、使いこなせないのになんて無茶を…」


「仕方ないじゃろ。使ってなきゃ今頃、全員あの火の玉に消し飛ばされておったぞ」


 困ったような表情を浮かべてみせるその男に月法は拗ねるように顔を背けて噛みつく。


「それより…あの雲、貴様の仕業じゃろ」


「…はて……?」


「とぼけるな!!あれのせいでこんな目に…!一体どういうつもりじゃ!!?」


「月明かりが眩しすぎて、星々がよく見えなかったもので」


「また訳分からんことをッ…全くわざと逃がしおって…居候のくせに」


「その節は本当にありがとうございます。」


 問い詰める月法に一切動じずに男は澄ました顔で空を仰ぎながら白々と答え、そんな態度に月法は諦めるかのように深いため息をつく。


「…で?お得意の星読であいつらは何だったんじゃ?れいなの親か?」


「…かなり複雑な星の下にあるようですよ。二人とも並々ならぬ宿命と力を持っているようです。」


「この世のものでないのか?」


 一瞬月法の目線が鋭くなり、男は言葉を止めるが、静かに微笑み返すと言葉を続ける。


「ふふっ、色んな意味で半分正解です。まぁ、あなたが思うようなものではないので安心して下さい」


「む……じゃあなんなのじゃ」


「一言では言えないのですが正体は…まぁ…我々にとって遙か遠くで今瞬いた星の光、といった所ですかね」


「…???………けっ、これだからくそ爺の言うことは訳分からんわい」


「これこれ、それは禁句ですよ」


「はいはい、今は‘春秋’、という若ーい男じゃったな」


 意趣返しのように口を尖らせる月法に春秋と呼ばれた男が呆れたような表情を浮かべると、それに満足したのか、月法が服を払いながらゆっくりと立ち上がる。


「まったく、騒々しい夜だったな………寝るか」


 すでに朝日が顔を出し始めた、帝里達が逃げた方角を月法は眩しそうに見つめると、踵を返し疲れたように屋敷の中に入っていくのであった。



洛陽をモチーフにした平安京で、その字を入れた技って…なんかオシャレ…?

あと、投稿日が皆既月食の日だったので、せっかくだから無駄に月を赤く光らせておきました☆

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