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かけもちの勇者様!!  作者: 禎式 笛火
5章上 末法の月姫の誕生日
49/58

月法

年末年始の数日の休みのために、12月、1月がバカみたいに忙しくなるのって、コスパ最悪じゃないですかね…()

まぁ、これがもののあはれってやつなんですかね…一ヶ月以上経ちましたが、今年もよろしくお願いします!!


[前回までのあらすじ]

 薬を飲み忘れ、幼児にまで退化して千年前に放り込まれてしまった玲奈であったが、奇跡的に翁に拾われ、一命を取り留めることができた。

 遅れて迎えにきた帝里とイブであったが、その翁と媼の願いに負け、数年間、玲奈を任せることにし、その時代を立ち去ったのであった。



 むかしむかしのことである。


 田舎の道の果てよりも、なお奥にある威厳ある山々が連なる大自然の中に、ある小さな村があった。


 山の麓の、どこにでもある集落の一つであったが、この時代では珍しく、皆がそこまで物に困っておらず、穏健と暮らしており、さらに、そこには不思議な魅力を持った可愛い女の子が居ると、そこら一帯では噂になっていたそうな。


 そんな村のいつもと変わらないある日の、村の入り口付近でのことである。


 ちょうどお昼時で道には誰もおらず、雀たちが悠々と道草を突いていたのだが、突然、低い振動音とともに、大気が裂け虹色の口が開き、それに驚いた雀が鳴き声を上げて、慌ただしく飛び去っていく。


「よっと!最後にもなると、時空移動も慣れるもんだな」


「最後じゃないですよ!ここから元に戻す、めんどっっくさい作業があるの、忘れないでくださいよ!」


 地面に降り立ち、手をかざしながら眩しそうに太陽を見上げる帝里に、イブが不満そうに唇を尖らせて突っ込みを入れる。


「まぁまぁ。さて…」


 そんなイブを笑って誤魔化しつつ、帝里は村の方を振り向くと、少し緊張した面持ちで村の様子を眺める。


「一体どんな風に育ってるかねぇ…」


 ここは、玲奈が生まれ落ち、帝里達が子育てを翁達に任せてからだいたい6年の年月が経ち、玲奈を引き取る予定の最終目的地である。


 最初の方はこまめに時間を飛ばして、玲奈の安否を確認していた帝里とイブであったが、ある時期から玲奈の安全を確信し、ここまで一気に時間を進めてきたのだ。


 なので、玲奈の成長が楽しみな反面、これからお爺さん達を説得する労力と、玲奈が面影もないほど違う人物に成長していたらどうしようという不安で、帝里の背中がブルルッと震える。


 イブも同じ心境なのか、しばらく帝里と一緒に黙って景色を眺めていたが、帝里はフゥーと決意を固めるように息を吐くと、ゆっくりと村の中に入っていく。


「…まぁ、6年とはいえ、この村もほとんど変わってないな。爺さん帝国もできてないし」


「ほら!言ったじゃないですか!!あの優しそうなお爺さんがそんなことする訳なでしょう」


「だってー、乱世に生まれた男なら一国一城の夢を…って、それはもう数百年あとの話か…」


 帝里がつまらなさそうに呟きながら村の道を歩いていると、道の向こう側から一人の幼女がこちらに向かって歩いてくる。


 髪色に似た黄色の野花で丁寧に作られた花冠を頭に乗せたその少女は、一抱えほどの荷物を大事そうに両手で抱え、トテトテと早足で駆けていたが、帝里達に気づくと、二人の前でピタリと立ち止まり、帝里達を見上げると、


「こんにちわ!!」


「…こ、こんにちはッ…」


 ニッと眩しい歯を見せて、笑顔でぺこりと元気よく帝里達に挨拶をすると、また村の出口の方へ一生懸命に走って行った。


「…良い村だなぁ~」


「ですね~なんて可愛い…」


 そんな少女に帝里とイブは思わず微笑ましくなり、ほのぼのとした表情でその後ろ姿を見送る。


「「…………。」」


 しかし、ぷらんぷらんと揺れる金色のおさげに気づき、帝里とイブは黙って顔を見合わせると、みるみるお互いの形相が変わっていく。


「………ッッ…あッ…あ、あれが玲奈!?!?!?!?!?!?!?」


「まっ、まさかっっ!?玲奈が挨拶をするわけがありません!!」


「いや、俺らには普通に挨拶してるけど…」


「…。でも、あんな行儀良くも可愛げもないでしょう!!?…-まさかッ、本当に父親から愛情を注がれて…」


「いやいや、そういうわけでもないだろ!?ほら、ネットの影響や、最近は近所付き合いが減ってるっていうし、そういうのがやっぱり大事だったんだよ!!」


「な、なるほど…そ、それに玲奈がグレたのは、もっと大きくなってからですし、小さい頃はああだったかもしれませんもんね!!」


「そうそう!!小さい子って皆可愛いもんな!!」


 玲奈の豹変ぶりに慌てふためいた二人は、どこに向けてかよく分からないフォローを入れながら、お互いに頷き合って納得する。


 そして、玲奈と分かった今、改めて玲奈と話そうと、帝里とイブは再び玲奈の方を向くが、もうすでに玲奈の姿はなく、なんともやりきれない感情のまま、二人は再び立ち尽くす。


 正直なところ、玲奈の幼少期を帝里とイブは知らないので、果たしてあのまま元の玲奈に戻していいのか、判断に困っていた。

 以前、昔に玲奈と会ったことがあると言っていた気もするが、こちらが覚えてないならどちらにしろ同じだ。


 そんな風に悩んでいた二人であったが、一つ明確なことがあり、


「まぁ……絶対、溺愛しているよなぁぁ…」


 これから翁と媼から玲奈を引き取ることを思うと、気重さでハァァと大きくため息をつきたくなる。

 しかも、あの反応的に、玲奈は帝里とイブのことを覚えていないだろう。玲奈が思い出してくれるという淡い期待も儚く破れ、やはり真っ向から翁達を説得しないといけないようである。


「…もうこれは仕方がねぇ!腹括って、タイムトラベメルで練習した通りにいくぞ!!」


「はい…!!」


 再び意を決し、翁と媼の家を探そうと足を踏み出したときであった。


「きゃあぁぁぁぁぁぁああ!!!!」


「「!!?」」


 突然、甲高い悲鳴が響き渡り、帝里は思わず身構える。

 その悲鳴に家で休んでいた村人達も大慌てで表に出てきて、何事かと辺りを見渡す中、先程、話したおかげでいち早く声の主が分かった帝里とイブは同時に顔を見合わせる。


「玲奈だ!!」


 そう叫ぶと、お互い示し合わせる間もなくすでに二人は村の出口へと走り出していた。



=================================



「いやぁぁぁぁああ!!!!」


 ハァハァと息を荒立てて、木々をかき分けながら走る玲奈が再び叫び、その声が山の中にこだまする。


 先程まで持っていた荷物を捨て、枝葉に引っかかって服が所々ちぎれてしまっているが、玲奈は構うことなく必死に走り続ける。


「へへへ!待てよ、お嬢ちゃん」


 背後から自分を呼び止める、悪意しか感じられない声に、玲奈はぞわわと背筋を震わせながら、茂みをかき分け、とにかく前へ前へと進む。


 先程から自分を追いかけてくる男達、それは村を出て、翁が居る山へ向かう途中、突然、前から現われたのだ。

 微笑みつつ近づいて来たその男に、今まで感じたことのない身の危険を覚えた玲奈は気がついたら、走り出していた。


「おい!お前から横から回り込め!!」


 男の指図と共に、ぬッと人影が遠くから玲奈の横へ接近しているのが見え、玲奈は目に涙を溜めながら、さらに足を速める。


「あッ…!!!」


 しかし、その追手に気を取られていたせいで、足を木の根元に引っ掛けてしまい、体勢を崩した玲奈が斜面を転がり落ちる。


「っッ…」


「ほらほら、急に逃げるから~

 ハァハァ、鬼ごっこはもう終わりかい?」


 痛みで玲奈がもだえている内に男達が追いついてしまい、わらわらと玲奈の周りを大きく取り囲まれる。

 その数は優に三、四十を越えており、獣の皮を身に纏い、全員が得物を担いでおり、これまで体験したことない、おぞましい目で玲奈を見つめてきて、上半身だけ起こした玲奈は再び背筋に悪寒が走る。


「ほほぉ~、噂以上になかなか…これはわざわざ寄り道した甲斐があったぜ」


 道端で最初に会った、その徒党のリーダーらしき男が嬉しそうににたつく、その笑顔に恐怖を覚えた玲奈は、震える両手足を必死に動かして這うように後ずさるが、すぐに背中に木の幹が当たり、逃げ場を失う。


「おいおい、そんな怖がるなよ。ちょっ~と痛いかも、知れねぇけど一瞬で終わるからよ」


 男はそう笑いながら告げると、少し真剣な表情になり、懐に手を入れ、何か模様の書かれた紙の札を取り出すと、玲奈の額に近づけてくる。


 その男の血走った目に耐えきれず、玲奈は思わずギュッと目を閉じたまま固まってしまい、札が玲奈に当たる直前のことだった。


「ッ!!? -ぶへッ!?!?」


 玲奈達の頭上の木の葉がガサリと鳴り、突如、影の塊が二つ、二人の間に落ちてきたかと思うと、にゅっと片方の影から腕が伸びて、突き出していた男の腕を叩き払い、もう片方が男の腹部を蹴り上げ、そのまま遠くに弾き飛ばす。


「お頭ぁ!!」

「なッ!?お前らどこから!!」


 突然の敵襲で他の野党が狼狽えながら威嚇する声に、固く目を閉じていた玲奈は恐る恐る目を開けると、自分の前に先程村で会った二人が立っていた。


「大丈夫か?怪我は?」


「う、ううんッ…」


 首だけ振り向かせて、手を差し伸ばして聞いてくる男に、玲奈は慌てて返事をしながらその手を取る。

 すると、優しく引っ張って立ち上がらせてくれ、素早く玲奈の状態を確認すると、男はまた野党達の方へ向き直る。


 自分の悲鳴を聞いて、こんな森の奥深くまで助けに来てくれたのだろうか。二人が飛び込んできた場所だけから木漏れ日が差し、それを受けた後ろ姿がますます神々しく感じられ、心がとくんと穏やかに高く鳴り響く。


「…げほっ…誰が…どうしてこんな所に…」


「ふん、悪さするときは静かにするもんだぜ?」


 仲間の肩を借りてよろよろと起き上がってきた頭領が苦しそうにこちらを睨む中、向き直った男、帝里があざ笑うように腕を組みながら鼻をならす。


「くそが!どこかに縮こまって隠れてればいいものをッ…!

 お前らは殺してやるッ!!」


「おーおー、(小物感)のある台詞は千年間共通なのか??」


 棒を杖代わりにして立ち、つばをまき散らさん勢いで激昂しながら詰る頭分の男に帝里は呆れたように首を振る。


「ほら、先におじいさんのところに行ってきな」


 少し懲らしめてやろうと、帝里はイブに目配せして伝えると、子供には少し刺激が強いかも知れないと一応考慮して、玲奈を先にこの場から逃がす。


「さて、やりますか」


 こちらを何度も振り返りつつも、奥に走って行く玲奈を帝里は軽く手を振って見送ると、気合いを入れ直すためにフゥと息を吐きつつ、振り返ろうとする。


 しかしその刹那、気味悪い嫌な予感が帝里の中を鋭く通り抜け、その直後、突如背中に迫り来る気配に、帝里は反射的に身を逸らして攻撃を避ける。


「ッ………いッ…!?」


 不意打ちをなんとか避け、ホッとした帝里であったが、背後で先程まで玲奈が寄りかかっていた木が、爆音を立ててなぎ倒され、矢か何かだと思っていた帝里はその光景に度肝を抜かれ、目が釘付けになる。


「え…いや……どうやったの…」


 もはや心当たりがありすぎるのだが、それでも信じられず、帝里は恐る恐る振り返ると、頭領と他の数人が突き出している紙を中心に星型の魔方陣が空中に描かれているのが目に入り、帝里は頭の中が真っ白になる。


「…ココ1000年前デスヨ…?」


「エル様危ない!!」


 呆然とする帝里に再び火の玉が飛来し、イブが慌てて帝里を押し倒して、攻撃を避ける。


「エル様、しっかりしてください!!」


「いやいや、おかしいだろ!!なんであいつら魔法使えるんだよ!!」


「私にだって分かりませんよ!」


 身を起こしながらイブと帝里が言い合っていると、その狼狽ぶりに気を良くしたのか、頭領格の男がッフと鼻で笑い、口元をにやけさせると、


「おいおい、さっきまでの威勢はどうした??本当に隠れていた方がよかったんじゃないでちゅか~?」


「……は?」


 あからさまにコケにされて、ムッと苛立ちを覚えた帝里は男を睨みつけ、一歩前に出る。


 確かに予想外の攻撃に少し、ほんのすこーし慌ててしまったが、火の玉も拳程度の大きさしかなく、強さ自体は大したことない。なんならクリスタルを出す必要もないくらい力の差があるのだ。


「あ、だめ…」


 後ろでイブが咄嗟に制止の声を掛けるが、帝里は構うことなく、手を突き出すと、火属性の魔力を集中させる。


「なら見せてやるよ!!“アグート”!!!」


 帝里がそう高らかに叫ぶと、同時に手元が赤く光り上がり、焔と化した大火球が放たれるッ-!! 


「ッ!!…………へ?」


 -はずだったが、拳よりも小さく、少し大きい小石程度の大きさしかない火の玉が弱々しく飛んでいき、帝里は口をあんぐりと開ける。


「………。」


 帝里の勢いに身構えていた相手の頭領も、ふわふわとこちらに飛んでくる火の玉に、静かに構えを解き、無造作に杖で火の玉を振り払うと、火の玉は簡単に地面に叩きつけられ、ジュッと情けない音を出して消える。


「あぁ…ダメだって言ったのに…」


 口をパクパクさせて、呆然とこちらを振り返る帝里に、イブは頭を抑え、呆れたように首を振りながら呟く。


「時空移動すると、その時代に適応するまで一時的に魔力が落ちるんですよ。今回は千年も遡ったんですから、ほとんど力が出ないですよ…」


「はぁぁ!!?先に言えよ!?

 てか、なんで俺はいつも戦うときに何かしら制限されてんだよ!!俺はリアクション芸人じゃねぇんだけど!!?」


「なら、何も考えずに行動してフラグとか立てないでくださいよ!!

 ちょくちょくこっちの時代に滞在しているおかげで、もう少ししたら元通りになると思うので、それまでどう耐えるか考えていたのですが…完全に舐められましたね」


 頭領の男だけでなく、他の連中までも警戒を解いて笑みすら浮かべており、状況のやばさよりも恥ずかしさで帝里は暴れだしたくなる。


「へへへ…まぁ…蹴りはなかなかだったから、遠距離で仕留めるぞ!武器持ちは邪魔だから、お前らはさっきのガキを追え!!次は逃がすんじゃねぇぞ!!」


「「へいッ!!」」


「あッ!ちょっと待て!!」


 指示にしたがって徒党の何人かが玲奈の後を追って移動しようとするのを、慌てて帝里は止めようとするが、残りのリーダー格を含む団体に行く手を阻まれる。


「まあまあ、俺らが相手してやるから慌てるな。」


 楽しそうにほくそ笑む頭領の男が懐から再び紙札を取り出し、何か唱えながら前に突き出すと、先程と同じように格子状の魔方陣が表れる。

 それと同時に、掛け声に応じて他の連中も同じように魔方陣を生成したり、弓を構えたりして、帝里に狙いを定める。


「いくぞ!火よ、おどりて敵を焼き尽くせ!“火の陽符・燐火”!!」


 男の掛け声に呼応して、魔方陣がから幾つもの炎弾が発射され、それを合図に一斉に攻撃が始める。


「やばいッやばいッやばいってッ!!」


 その圧倒的な数の攻撃に、帝里とイブは堪らず必死に避けて逃げ回りながら、木の陰に隠れる。


「こんなん相手に時間稼げるか!なんか対抗手段とかねぇのか!!?」


「い、一応、マシンガンとか持ち込んでおりますが…」


「世界観…それに使ったことないよ…せめて弓とかないのか…!?」


 イブが弱々しく首を振って答えていると、盾にしていた木が弾け飛ばされてしまい、慌ててその場から離れ、思い思いの場所に身を隠す。


「おいおい、戦うんじゃなかったのか~?」


「うるさいっ!!あとちょっと待て!!」


 もうわざと直接、帝里達を狙わず、遊び始めた連中が煽ってくるのに対し、帝里が悔しそうに声を尖らせるが、未だに魔力が戻る気配はなく、もうぶっつけ本番だが、銃で応戦するしかない。


「…銃…?あッ…!!」


 そのとき、何か思いついたのか帝里は服の両ポケットを漁ると、お目当ての物を見つけ、ゆっくりと引きずり出す。


 その重量感のある2つの鉄の塊は銃の形をしているものの、鉛玉とは別の物を弾に出来る…玲奈の光線銃である。

 こちらも使ったことはないが、魔法で動くなら多少分かるはずだ。


 そう思い、とりあえずグリップを握ってみるものの、引き金がなく、そこからどうすればいいのか、いきなり迷うが、中の魔導石が光り始めているのが見え、慌てて銃口から顔を離す。


「イブッ!!」


 もう一方の光線銃を実際の銃を持って途方に暮れているイブに投げると、木の後ろから飛び出し、集団のど真ん中に銃口を向けると、ありったけの魔力を込める。


「-ッ!!!」


 一瞬、銃口が眩く光った後、白い光線が勢いよく射出され、まっすぐ敵陣の方向へ突き進んでいく。


 少し狙いがずれ、光線は敵の頭上を通り抜けてしまうが、突然の反撃に皆が身をかがめて混乱し、ぴたりと攻撃が止み、帝里を警戒し始める。


「はえぇ~、使いやすっ。まじでこっそり貰おうかな」


 感心したように帝里が光線銃を眺めていると、落ち着いた敵からすぐに攻撃が再開され、帝里は弾幕を避けつつも反撃を開始する。


 もう一度撃つ頃には、光線銃をほぼ完璧に使いこなせるようになっており、イブも光線銃を使って攻撃に加わり、逃げの一手からなんとか遠距離攻撃の牽制合戦にもつれ込む。



「くっそ、玲奈を追ってったやつも片付けないといけないのに…!!回復はまだかよ」


 身を隠す木を転々としているうちに、再びイブと同じ木に辿り着いた帝里は、相手の様子を窺いながら、じれったそうに呟く。


「もう少しだと思うのですがッ…魔力を使っている分、回復が遅いのかも知れません」


「…じゃ、攻撃はお前に任せた、ほいっ」


「ちょっとぉ!!?」


 突然、帝里の銃まで投げ渡され、イブは慌てて片手で受け取ると、少し怒りながら、両手撃ちで応戦を始める。


「実は俺らの“認識順応”も切ってて、色々時間がないんだよ。お前の方が魔力強いから、どでかいの一発頼む!」


「どでかいのって…どうやって…」


「えっと、確か…こう……ッ!」


 困惑するイブから帝里が光線銃を受け取ると、銃の上部同士をくっつけてみる。すると、どういう仕組みか分からないが、2つの銃が低い音を立てて融合されていき、両側から持つ小型の大砲のような物に形を変える。


「こんな変形が…」


 完成した武器にイブは一瞬、目を輝かせるが、すぐに帝里から受け取ると、身を翻して、敵の方に狙いを定める。


「やぁッ!!…。で、でない!?」


 しかし、魔力を込めても一向に何も起こらず、ただの敵の的にされてしまい、慌ててしゃがみながら逃げ帰ってくると、帝里の方を訴えるように泣きそうな顔で必死に睨みつけてくる。


「あれぇ、おかしいな…玲奈はこれでいけたはずなんだけど…」


「じゃあ、なんで…!…まさか…」


 なにか思い当たる節があるのか、イブはサァと顔を真っ青に染めると、とても嫌そうな顔に歪んでいく。


「あの子はなんでこんな余計な事をッ…!!……もうッ」


 ぶつぶつ愚痴を言っていたイブだったが、何か吹っ切れたように再び立ち上がると、光線砲を前に突き出し、キッと睨む。


「…ッ…れ、“レイナバーストぉぉ”!!!!」


「…………?」


 突然の怒声に再び攻撃が止み、しんと静まりかえってイブを見つめる空気に、イブはかぁぁと顔を赤らめると、顔を背けて身を震わせる。


「…えっ……」


 しかし次の瞬間、呪文に応えた光線砲がまるで光を吸い込むように輝き始め、それにより周りの空気ががらりと変わり、木々を荒々しく揺らし、そこに居る全員の肌をブルルと強張らせる。


「ッきゃっあ!?」


 そして、光が満ちた光線砲が一瞬、周りの音をかき消して瞬くと、先程とは比べものにならないほどの極太のレーザーが吐き出され、思わずイブが尻餅をつく。


 そのせいで狙いが大きく反れてしまい、地面に突き刺さるが、着弾地点から光が弾け、地面をひっくり返すような爆発を起こし、敵陣を丸ごと吹き飛ばす。


「おぉ…さすがイブ……んお?」


 えぐれた地面の範囲とその凄烈さに戦慄しながら呟いたとき、帝里の体がブルルと、別の震えを起こし、帝里は驚きの声を上げる。



「ぐへぇ…うっ…今のは一体なんだ…!?」


 地面に叩きつけられ、腹を押さえつつも、よろよろと起き上がって四つん這いになった頭領の男が、突然の出来事に混乱していると、フッと横に人影が現われる。


「ッ!!?-貴様っ!!」


「へへ、お 待 た せ♪」


 その顔を見て表情を歪ませる男に、帝里は嬉しそうにニィと笑うと、人差し指で男の頬を突いて遊ぶ。


「よくも散々、遊んでくれてなぁ?まぁ、煽りは撮れ高だからいいけど」


「ッ……火よッ-」


「おっと、させるかよ、“ブレーヴ・オクスタル=アグート”!」


 出し抜けに懐から紙札を取り出そうとした頭領の男に、帝里は落ち着いて魔法を唱えると、次はしっかりと帝里の手から火柱が伸び、札を焼き尽くす。


 それと同時に、帝里の頭上に8つの赤いクリスタルが円を描いて出現すると、密かに帝里を狙っていた敵に目がけて火球を放ち、次々と吹き飛ばしていく。


「あっ゛ッ…!な、術符も使わずに…まさか新令外官の…ッ!?」


「はいはい、そこら辺のこともゆっくり聞きたいんだけど、今は玲奈を追いかけないといけないんでね~」


 脂汗を垂らしながら後退りで帝里から逃げていく男を見送りつつ、帝里はゆっくりと立ち上がると、さっきまでの余裕ぶっていた敵の奴らが、今は必死に態勢を整え、陣形を組み直そうとしており、その様子に帝里はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


 サッと帝里が右手を上にかざすと、それに呼応してクリスタルが手元に集まり、八色が混ざり合った球体を作り出すと、甲高い音と八色の輝きを放ち始める。


「時間もねぇから、サクッと懲らしめてやるよ!!」


 自信満々に声を張り上げた帝里が腕を振り下ろすと、辺り一面が八色の光に包まれた。



====================================




 その男は名を ‘月法’と呼ばれていた。


 このとき、前代未聞の出来事に世は酷く乱れており、それを治めるため、太政大臣、摂政関白とは別に、特別な官職が設けられており、男はその頂点に就いていた。


 検非違使(警察)等とは違う武力を持ち、とある事情から政にも大きく関わりを持っていた男は、少し未来の言葉を用いるなら、天下人の一人と言っても過言ではなかった。


 しかし、僧侶でもあったからか、月法は驕れることもなく、表舞台にも出てこなかったことから、天子を太陽と見立てて、影の法師、‘月法’と呼び、親しまれていた。

 なので、彼の本当の名や、出身を誰も知らない。



 さて、そんな男、月法であったが、なぜか今、都から遠く離れた山中の道をただ行く宛てもなく、歩いていた。


 この時代に放浪の旅の概念があったか定かではないが、先ほど述べたように、そんなことをしている場合ではないのである。

 しかし、月法は視察と修行と称し、共も連れず、一人で彼方此方を歩き回っていたのであった。


 そしてお昼を過ぎ、ようやく陽が傾き始め、そろそろ次の村に着きたいと思いつつ、少し険しい山道を歩いていたときのことである。


「…ふぅ、まったく老体に優しくない日じゃわ」


 日差しがギラギラと差し込む道中に、月法は小休憩がてら杖の足を止めると、被り笠を手で押し上げて、忌々しそうに空を仰ぐ。


 奴袴に黒の五条袈裟を纏った月法は、顔に皺が増え始めた初老の修行僧といった感じであったが、被り笠から覗かせた顔には汗一つかいていない。


「さて、行くか…次の村は皆が裕福だと聞いたし、久し振りにゆっくりと休むか

 もう一方の話も調べたいしな」


 近くの小岩に腰掛け、水分補給を終えた月法が竹筒をしまいながら立ち上がったときであった。


「きゃぁぁぁああ!!!」


「へへ、やっと捕まえたぜ」


 突然、悲鳴があがり、月法がそちらの方を見ると、道通りから少し離れた林の中で、なにやら小さな女の子が、男数人に囲まれて、その後ろ髪を引っ張られていた。


「かどわし、か…相変わらずじゃの」


 まるで嘆くかように呟いた月法であったが、助けるつもりもなく、ちらりと見ただけで、歩みを進める。


「…ん?」


 しかし、得も言えぬ存在感に気になって仕方がなく、何気なく月法が再び目を向けたとき、月法の足がピタリと止まる。


 確かに顔の整った可愛らしい少女ではあったのだが、木陰でも煌めくような金髪をはためかせているのが、他の少女とは違って目を引いた。

 そして、何より、先程からひしひしと感じられていた ‘圧倒的な存在感’に、月法は魅力に感じ、ただただ目を離せないでいた。


「そうか、あの子か…ふむ、ひょっとしたら…」


 やっとか、といった、嬉しいのか疲れたのかよく分からない表情で月法は呟くと、見捨てるのは止め、助け出そうと気が変わる。


「…面倒だし、買うか」


 とはいえ、相手は得物を持った複数の男であり、ここは穏便に済ませようと、思わぬ出費に月法は顔をしかめながら、歩いていた道を外れ、騒動の林に足を入れる。


「…-ッ!!!」


「いだっ!!?あいつッ、噛みやがった!!」


 しかし、遠くで月法がそんなことを考えているとは当事者の玲奈が知るはずもなく、捕まえて油断している隙を突いて、自分を羽交い締めにしている腕にがぶりと噛みつく。

 そして、怯んだ隙に腕からすり抜けると、再び必死に走って逃げる。


「っそガキがッ!!」


「がっ!…はぅ…」


 しかし、すぐに追いつかれてしまい、乱暴に背中を蹴り上げられ、玲奈はうめき声をあげながら地面に転がる。


「くそっ、血が…殺す!」


 噛まれて血が垂れた自分の腕を見た男はすっかり逆上してしまい、怒りのままに腰につけた刀を引き抜く。


「おいっ、親方が生け捕りだってッ!」


「知らねぇよ!!端っから皆殺しのつもりだっただろ!!」


 慌てて諫める仲間の声にも耳を貸さず、泣きながら後退りする玲奈に近づくと、刀を振り上げる。


「まずいッ!!」


 突然の状況の変化に、月法も慌てて懐を探りながら、玲奈達のもとに駆け寄る。


「むぅ…せめて昼でなかったら…」


 しかし、無情にも刀が振り下ろされ始めてしまい、間に合わないと悟った月法は、これも運命と歩みを止めてしまう。


「ひっ…」


 その瞬間、時間がゆっくりと過ぎていくように玲奈は感じ、先ほどとは違い、確実に殺されることがはっきりと全身で感じ取れ、殺意と恐怖で喉が詰まる。


 そして、誰もが玲奈の命を諦め、ただただ、その光景を見守ったときだった。


「いやぁぁぁぁあ!!!!!!」


「「「!!!!??」」」


 刀が玲奈に当たる直前、玲奈が頭を抱えて叫び声をあげると、玲奈の背中が輝き、キィィィィンという空気が裂けるような音と共に、半透明の障壁が玲奈から発せられ、刀を弾き飛ばす。


 そして、障壁は半球体の形に伸びると、依然として金切り声のような音を発しながら、うずくまる玲奈を囲み、守り続ける。


「っだぁ!?なんなんだよ、これは!!??」


 急に現われた障壁に男が狂ったように力一杯、刀を何度も叩きつけるが、障壁はびくともせず、刀を易々と撥ね返す。


「……-ッ!」


 あまりの突然の出来事に、月法も思わず呆気に取られていたが、すぐに正気を取り戻すと、懐から数珠を取り出しながら、杖を捨て、走り出す。


「ッ!!なんだぁ、お前は!!」


 突如こちらに走り寄ってくる僧侶に気づいた野党達は、月法の戦意の高さを見て取ると、すぐに武器を構え、迎え撃つ。


「やぁぁぁ!!!!」


「!!…あまいぞ、“烈波”!」


 月法は一番先頭の男の槍をかわし、男の顔に掌底を向けた瞬間、手から烈風が繰り出され、男を体ごと軽々と撃ち飛ばす。


「おいッ!?くっ、術符!!」


「ふん、それをわしに使うか…!」


 月法の速攻に一人が慌てて術符を取り出すのを、月法は鼻で笑うと、唱えさせる間もなく、突風で男の腹を打ち抜く。


 そして、同様に他の男達も、いとも容易く仕留めていき、気づけば月法の周りに誰も立っていなかった。


「ふぅ…」


 少し荒立った息を整えながら、敵を完全に打ちのめしたことを確認すると、ゆっくりと構えを解く。


「…さて、…なッ…?」


 服の乱れを直しながら、玲奈の無事を確認しようと振り向くと、月法は目を見張らせて固まる。


「な、なんという霊力…本当に人の子なのか…!?」


 改めて玲奈を観察した月法が信じられないといった顔で呟く。

 月法の目から見ても、玲奈を覆う障壁は、これまで見たことがないほど、高密度で完璧なものであり、それが紛れもなくこの少女から発せられていることに、もはや恐ろしさすら覚える。


「…“剛烈波”」


 そんな不思議な障壁を眺めていた月法は静かに手を向けると、先ほどの倍以上、威力のある烈風を放つが、障壁は少しも揺れることなく攻撃を弾き、それを見た月法は自分の掌を見つめながら、しばしの間立ち尽くす。


「…これ………これ…」


「………」


 ようやく動き始めた月法が玲奈に声を掛けるが、玲奈は頭を抱えてうずくまったまま、震えており、月法の声が聞こえていない。


「まさか声すら…?

 おい!…おーい!!悪党はいなくなったぞ!!!」


「………!」


 月法が何度も大声で呼びかけていると、ようやく玲奈もその声に気づいたのか、玲奈の体がピクリと動き、それと同時に障壁がかき消える。


 そして、恐る恐る玲奈が顔を上げると、月法の顔が目に入り、一瞬、呆然とするが、すぐに周りの状況に気づき、顔を強張らせる。


「安心せい、わしはお前に危害を加えるつもりはない」


「…あ、ありがとう…」


「…あぁ。ところであの防御、一体どうやった?」


「……???」


 何を言っているか、さっぱり分からないといった顔で困惑する玲奈に、月法は答えを諦めると、「ふぅむ…」と呟き、考え込む。


「………れいな!!!!!!」


「-!!!あっ…」


 道端から玲奈を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると、息を切らしてこちらを見つめる翁の姿が目に入る。

 玲奈の悲鳴を聞き、翁も必死に探し回っていたのだ。


「れいな!れいな!!おぉ…こんなにぼろぼろになって…大丈夫だったか!!?」


「…うっ…わぁぁぁぁあああ」


 翁は一心不乱に玲奈に駆け寄り、玲奈を抱きしめると、緊張の糸が切れたのか、玲奈も堰が切れたように大声で泣き始める。


「よしよし…怖かったなぁ」


「おきなぁぁあ、おきなぁぁああ…」


「いや、翁て…」


 月法は少し呆れつつも、その咽び泣く、年相応の少女に、先ほどの圧倒的な力との落差に困惑していると、月法に気づいた翁が顔を上げる。


「お坊様…れいなを助けていただき、本当に、本当にありがとうございます…!」


「わしの助けも要らなかったような気がするが…お主はその子の親か?」


「はい…育て親でございます」


「……」


 そう頷く翁は、どう見てもただの村人であり、ますます先ほどの不思議な力の正体が分からなくなり、月法の額の皺が増える。


「…これも宿世なのか…」


 腕を組んで、翁と玲奈を眺めていた月法であったが、何か決心したように腕を解くと、


「なぁ…その子をわしにくれぬか…?」


「いやッ!しかし…」


 突然の申し出に、当然、翁も困惑し、言葉を濁らせていると、翁の腕にしがみついていた玲奈が再び警戒し始める。


「わ、分かった!こうしよう!他に家族は?」


「妻が一人…」


「全員一緒にわしの所に来ぬか?物には困らせないし、その子のためにもなるはずじゃ!!」


「そう言われましても…どこでございましょうか…?」


 困惑しきった翁が問うと、月法は待ってましたとばかりにニヤリと笑い、自分のことについて話す。


 すると、翁の顔が一瞬で変わったのは、言うまでもなかった。



=====================================



 そして…あれから何日か経った日のこと、村の入り口に二人の人影が現われる。


「チッ…全然、玲奈いなかったじゃねえか…」


「完全に無駄足でしたね」


 へとへとの表情を浮かべた帝里とイブが、死んだ目で近くの木にもたれかかる。


「目に入った奴を何でも追いやがって…お前はイノシシか」


「それはエル様だって…!全然、見当違いの方向に走り出していたじゃありませんか」


 頭領達と対峙していた帝里とイブであったが、魔力が戻ってからは一瞬で敵を吹き飛ばし、片が付いた。


 しかし、その後、逃げ惑う敵を間違えて追いかけたり、別の残党と鉢合わせたりしているうちに、幾つも山を越え、遂には、ここら一帯の悪党を片っ端から全て殲滅してしまったのである。


「まぁ、どこにも玲奈が居なかったし、上手く逃げ切れたんだろ」


 村も何か危害を加えられた形跡も、村人たちが騒いでいる様子もなく帝里はホッと胸をなで下ろす。


 かなり本題とは逸れてしまったが、これでようやく玲奈を引き取れると帝里とイブは勇んで立ち上がると、近くの村人に翁の家を尋ねる。


 しかし…


「翁??…あぁ、数日前に引っ越したよ」


「引っ越したぁぁあ!!??」


 疲れと驚愕のあまり、帝里は一瞬、気を失いかけたが、なんとか持ち堪えると、その村人に質問を重ねる。


「なんでもお坊さんに言われたらしく、数日前にそのお坊さんと出て行ったよ

 そのお坊さんがわしらにも幾らか恵んでくれてねぇ。きっとお偉い方なんだろうよ」


「…はぁ?人が頑張っている間に横取りしやがって…!!どこのどいつだ!?絶対、文句言ってやる!!」


「えっと、確か行き先はね…」



 血気盛んに腕を回して息巻いていた帝里であったが、


「え…。……-」


「エル様!!?」


行き先を聞くなり、ひっくり返ってしまい、次はそのまま気絶してしまった。



ご視聴ありがとうございました!

今回久々に1万を超え、約1万4千字もあったんですよね…本当にお疲れ様でした

前回、謎に初の次回予告をしてしまったせいで、途中で区切れず、無理矢理進めてしまいました…もう二度としない…

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