至上最大の家出をもう一度
最近月が綺麗ですね~。10月1日は中秋の名月だったそうです。
さて、この章のメインである玲奈の誕生日は中秋の名月から来てたりします。
旧暦では8月15日ですが、さすがに秋っぽくないのと、玲奈の登場時期と進行の都合から、一ヶ月ずれた、9月15日になりました。
そんな月と関係する誕生日、月とどう絡むか予想しながらお楽しみください。
[前回のあらすじとお詫び]
二十歳を迎えた玲奈の誕生日、実況サークルの皆で玲奈を祝おうとしていた。
しかし、そこに不仲の父親が現れ、口論になってしまい、玲奈は家を飛び出してしまう。
その後、京介により、父親と玲奈のすれ違いに気づき、玲奈の後を追うが…
前回は、投稿を9月15日に拘るあまり、文末や表現の重複、調整ミスが多く、さらに読み辛いものになてしまい、申し訳ありませんでした。
「………あれって玲奈だよな…?」
「……えぇ…先に帰ったはずですが……」
両脇に抱えるほど大荷物を持った帝里が遠くに座る玲奈らしき後ろ姿を見つけ、イブも不思議そうに頷く。
帝里達が羅瑠から言われた買い出しを全て買い終えた頃には、もう空が暗くなり始めており、帝里達はお慌てで剛堂邸に戻っていたのだが、途中にある土手の傍を通りかかったとき、そこにポツリと座り込んでいた女性に見覚えがあり、ふと立ち止まったのだ。
ここらの道は千恵羽邸とは少し違う方角であり、不審に思った二人は顔を見合わせると、気づかれないように、こっそりと玲奈に近づく。
近づくにつれ、玲奈が踞るようにして、ぼんやりと夕日を眺めているのが分かり、さらに距離を縮めると、その横顔がチラリと見え、二人は「ぁ、」と音にならない声を漏らす。
「………なんで泣いてるんだ…?
まさか、『弟からの手紙』企画の手紙をもう読んじゃって、感動したとか…?」
「なんですか、その京介様にとって地獄のような企画は……」
帝里と羅瑠の無茶ぶりにイブが呆れたように呟くと、二人の気配を感じたのか、バッと玲奈が振り返り、思わず帝里とイブの背筋がピンッと張る。
顔を見せた玲奈の頬には、やはり涙の跡が残っており、その表情から良い涙でないことを悟った帝里とイブは、気まずそうに視線を逸らす。
玲奈も帝里達と分かるや、スクッと立ち上がり、袖を目に押し当てると、涙の跡を拭き、しばらくしてゆっくりと帝里達のもとに近づいてくる。
帝里のすぐ目の前で立ち止まった玲奈は、何も言わず、ジッと帝里の顔を見つめ続けてきて、その意図が分からない帝里は困惑し、玲奈の顔を覗き込む。
「……………」
「…あの…玲奈…?……。えっと…なん-ゲフッ!!?」
急に玲奈に軽いジャブを腹に入れられ、突然のあまり、帝里は体を曲げ、手放した荷物をイブが慌ててすくい上げる。
本当に力は入れられていなかったので、帝里は怒りというより困惑した様子で顔を上げると、何か満足したようで、玲奈は虚空を見つめ、フゥーと息を長く吐くと、ようやく口を開く。
「…ほんと…あんたはよく目の前に現れるわね」
「……?しゅ、主人公なもんで?」
「まーだそんなこと言ってるの。ま、いいわ。
ちょっと今、家が使えないから、私の誕生日会は情音の家でしてくれる?」
「そうしたいんなら、それでもいいけど…」
いつもの調子に戻った玲奈に帝里は安心し、千恵羽邸で何があったか、気になるところだが、ひとまずは自分で話すまで待つことにする。
「じゃあ、俺たちと剛堂さんちに行くか!
あっ、まだ秘密だから、買った物隠さないと!!“エレルナ”!!」
「別に見やしないわよ」
慌てて荷物を魔法で収納する帝里に、玲奈が困ったように笑うが、笑い声にまだあまり元気のなく、微妙な空気になってしまう。
「…ねぇ、帝里。もう私へのプレゼントが決まってるなら、今くれない?
このままだと、準備してくれているあんた達に悪いわ」
「そう…か、そうだよな!!ちょうど、動画にもしづらいし、大人数だと面倒なことになるから、今がベストタイミングだ!!」
「え…どゆこと??」
帝里の前振りに玲奈が怪訝そうに眉をひそめるのを、帝里はニッと笑顔で返し、玲奈の前に立つ。
それに困ったようにため息をつくイブが続き、帝里の後ろに回ると、黒く不思議に光る立方体の物体を取り出し、掌に乗せる。
すると、その物体はイブの手を離れ、空中で止まると薄く、縦に長い楕円形の黒い膜のように膨張していき、まるで空間にぽっかりと穴が空いたようになる。
そして、最後にイブがその黒い空間に触れると、本当に空間に穴が開き、中から虹色の光が溢れ出す。
何度かそれを目にしたことがある玲奈が口をパクパクさせて驚く様子に、帝里は楽しくて堪らないといったような笑顔を浮かべると、手を大きく広げる。
「さぁ!!これが俺たちのプレゼント…
タイムトラベルだ!!!!!」
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「へぇー!中ってこんな風になっていたのね!!」
「あぁ、ちょっと!!落ちたら面倒なので、乗り出さないでくださいよ!!」
何もかもに興味津々で大興奮しながら走り回る玲奈をイブが慌てて諫めながら、追いかける。
「…ッ!!
…こ、これがタイムトラベメル、ってやつか…思ったよりでかいんだな」
「まぁ、羅瑠様も来たいと言いだして、結局、全員来る流れになると思ったので、大きいのにしておきました」
後から穴を潜ってきた帝里は、目の前にある金属製の地面に降り立つと、ワクワクで高鳴る鼓動を抑えながら、ゆっくりと辺りを見渡す。
今、帝里が立っているのは、大きな機械の上のようで、そのタイムトラベメルは船と飛行機を複合したような形をしており、ちょうど甲板のような場所だ。
そんなタイムトラベメルは、あの穴と同じ虹色の壁で作られた筒状の空間の真ん中に、ポツリと浮遊しており、タイムトラベメルの向いている方向の前後には、その筒状の空間が果てしなく真っ直ぐ広がっている。
おそらく、この長い空間の距離が時間軸を表しているのだろうと、帝里は時空移動の実感が沸いて、軽い興奮を覚えるが、その果てしなさが不気味にも感じ、ブルルと体が震える。
「エル様、もうここなら‘世界の警告’の心配もないので、魔法を解いてもらっていいですか?」
「ん、オッケー」
帝里がイブにかけた魔法を解き、イブを本来の人間サイズに戻すと、イブは手を握ったり、開いたりして、感触を確かめ、満足そうに頷く。
「さて…と
では、二人は時空移動について初心者ですからね!私が艦長!ここからは、私の言うことに従ってもらいます!!分かりましたか!!」
はしゃぎまわる玲奈を捕まえてきたイブは二人を立たせると、得意げに胸を張り、偉そうに語り始める。
「まず、この‘船’の上から絶対出ないこと!!時空干渉したら面倒なので、ここから見るだけです!!」
「え、これってここから連れ出せるの!!?」
「はい、この船は全体に“認識妨害”と“認識順応”がかけられるので、‘世界の警告’対策もバッチリなんですよ!!」
「ねぇ、‘世界の警告’って何?」
「ええっと…タイムトラベルしたときに起こるデバフ的な?」
「なるほどぉ!」
先程までの落ち込みはどこにいったのかというくらい大興奮の玲奈が、勢いよく頷く。まぁ、タイムトラベルと聞けば、誰だって心踊るのだろう。
「それよりも!私をどこに連れて行ってくれるのよ!!?10年後!?20年後!?」
「タイムトラベメルは基本、過去限定です!!しかも、自分が存在してない時代のみ!!」
「えぇぇ~!!?全然使えないじゃない!!」
「失礼なこと言うな!!ていうか、モミの説明を聞いてなかったんですか?」
「あんたのせいで倒れた情音を寝かしに行ってたから知らない」
「……」
玲奈の言葉に、イブは何も言い返せずに黙り込む。
確か、未来へは手引きがあれば行ける、と昔、イブが言っていたのを帝里は思い出すが、おそらく、その手引きというのが、今のイブにはないのだろう。
「まさかこんなことになると思ってなくて準備してなかったんです!悪かったですね!!」
「まぁまぁ…玲奈もそれでいいだろ…?それか、お前になら、なんかの魔法を…」
「要らないわよ。私にはこれがあるもの」
帝里の代案を素っ気なく切り捨てながら、玲奈はあの、魔導石がはめ込まれた拳銃を見せつける。
「それ、ほんとにすげぇよな…俺の誕生日にちょっとくれよ」
「嫌!!これは私の!!
それに、私のだって、別にこんなに凝った物にしなくてもいいわ」
「そう言われてもなぁ…」
玲奈の返答に困り果てたイブと帝里は、再び別の案を考え始める。
しかし、もうすでにずっと考え続けていた二人に良い考えが思いつくはずもなく、唸る二人に、見ていた玲奈は不憫に感じたのか、ポツリと口を開く。
「……千年前」
「え?」
「だから、千年前に行きたいって言ってるのよっ!」
突然のことに、思わず聞き返してしまった帝里に、玲奈が恥ずかしそうに目を背けながら答える。
「千年前だって、そうそう行けるもんじゃないし、ありかなって」
「いや、それなら500年前の方が良くね?戦国時代で、織田信長とか、ゲームで出てくる武将がいるし。千年前なんて何があるんだよ」
「うっさいわね!千年の方が、キリがいいし、私はゆったりと農作でもしてる、のんびりしてそうな時代に行きたいの!」
帝里の意見に玲奈がむきになっている間に、イブが船内から端末を取り出してきて、何か調べ始める。
「1000年前ですと行けるのは…9月13日とかですかね」
「いや、そこは9月15日にしなさいよ」
「1000年前の9月15日だと、一番近い場所で太陽の中に出ますけど…チャレンジしてみます?」
「どういう仕組みなの……じゃあ、大体千年前でいいから9月15日にして!」
「はいはい。それだと………こことか…おっ、場所もちょうど日本です!」
「そこよ!そこにしましょ!」
ようやく玲奈の満足のいく時代を見つけられ、イブがそこに設定した途端、タイムトラベルが帝里達の体を震わせるほど動き、稼働を始める。
「…ありゃ。燃料がちょっと不安ですね…エル様、燃料を補給してきていただけますか?」
「え、俺が!?」
「これは魔力を溜め込んで動くんですが、私の魔力だと強すぎて…
そこを入って真っ直ぐ行った階段を一番下まで降りた部屋に行ってもらえば、あとは分かると思います」
「おう、分かった!!行ってくる!」
タイムトラベルを動かす手伝いが出来ると、帝里は嬉しそうに勇み足で船内に入っていく。
「……
…なにがあったんです?」
帝里が居なくなり、静かになった甲板で、楽しそうに待っていた玲奈に、端末を操作していたイブがぽつりと聞く。
「………あんたが聞いてくるなんて珍しいわね」
「さすがに、あんなの見せられましたらね…
まぁ、艦長として知っとこうかと」
「…はぁ…いつも小っこいから、そのサイズのあんたはやりにくいわー
……あの父親が家に来てね。-…」
玲奈は諦めるようにため息をつくと、船の先端に立ち、果てしなく続く通路を眺めながら、表情を硬くして、千恵羽邸であった、父親とのことをイブに語る。
「……そうですか」
「だから千年前って言ったのも、どこか遠くに行きたかったのもあるかもね…
なーんで、私の家出って、こうも大規模なのかしら」
「知りませんよ。あと、その言い方…」
イブは呆れたように玲奈の後ろ姿を睨むが、玲奈はそれに気づかず、静かに遠くを見続けており、イブは何も言わずに再び端末に目を落とす。
「……帝里は言わないでよ」
「言いませんよ、せっかく盛り上げようとなさってるのに。
ただ、エル様を殴るなんて、あなたもまだまだ可愛いところありますね」
「うっ、うっさわね!なんであんたがそれを知ってるのよ!!」
「源蔵が言っていたので」
口を尖らせる玲奈にイブが悪びれもせずに答えていると、燃料を補給し終えた帝里が帰ってくる。
「ふぅ~…思ったより、めっちゃ吸われた…」
「ありがとうございます。おかげで十分足りそうです」
「ん?なんかイブ、テンション下がってない?」
「そ、そんなことないですよ!!!艦長なんで真面目モードなだけです!」
慌てて答えながら、燃料を確認すると、イブは深く頷き、気合いの入った様子で顔を上げる。
「さて、始めますかっ!!フロー・オープン!!」
イブの掛け声と共に、再びタイムトラベルが稼働を始め、地面が揺れ始める。
『指定時空間を確認。過去方向のため、方向はそのまま。フロー案内を開始します。』
船内にアナウンスが流れ、タイムトラベメルの底が虹色の壁につくと同時に、下部の壁が動き始め、まるで水の流れのように、奥に進んでいく。
「すげぇ…!泳げそう!!」
「ふふふ、もう固定が終わったので、それでも行けますよ
ほら、時の‘流れ’ って言うでしょう?」
「あー、それでこれも船っぽいのか」
「ま、そんな感じです。
そうですね、燃料に余裕もありますし…念のために‘変えとき’ますか。
二人とも、落ちないように気を付けてくださいね!」
イブが二人に忠告をして、端末をタップすると、タイムトラベメルが輝き始め、先程よりも激しく揺れる。
「な、なんだこれ!!?」
激しく暴れるタイムトラベメルに帝里が困惑していると、タイムトラベメルの光で模られた輪郭がみるみると変化していき、突き出ていた複数の機翼が収納されていく。そういえば、以前にイブから説明されたように、タイムトラベメルは変形できたのだ。
しばらく変形が続き、ようやく揺れが収まるとともに、輝くのも止め、新しくなった機体が露わになる。
「…ッ!!?なっ、これは…!!?」
足下を見た帝里は、その変化に驚愕し、目を見張る。
先程まで金属だった床が、なんと木製に変わっているのだ。
帝里は慌ててしゃがみ込み、床を手で触れてみるが、肌触りは木そのものであり、本当に木製に変更されたのだと実感し、未知のものに触れたときの恐ろしさを久しぶりに感じる。
「はい、これが魔法科学です!」
「もはや錬金術とかだろ!!?どうなってるんだよ!?」
「まぁ、それは未来の技術、禁則事項ということで…
確か、ここから千年前は木製の船ですよね?これで、万が一、見つかっても怪しまれません!!」
「いやイブ…船首に時代外れなでっけぇ大砲ついてんだけど…」
「それはロマンです!!」
「でたよ、お前のそういうところ!!それが負け筋を生むんだよ!!あと、陸地に着いたらどうすんだよ!!?」
「まぁまぁ!そもそも見つからないですから~」
問い詰める帝里を宥めながらイブは飛び上がると、完成した全体像を見て、満足そうに頷く。
「さて、行く準備はこれぐらいにして…あとは、時間軸固定剤ですね
あ、軸固定しないと…」
イブは薬品が入った瓶を取り出しながら、面倒くさそうに、顔をしかめる。
時空固定剤とは、時空を越える際、その時間分の影響を受けるのを防ぐ薬だ。確か、これがなければ、その分、歳を取ったり、若返ったりしてしまう。
そのときであった。
先程からずっと、虹壁の流れを眺めていた玲奈であったが、かなり待たされ続けており、少し不満に思っていた。
時空固定剤についてなど、何も聞かされていない玲奈からしたら、もう準備は完成しているように見え、二人だけでよく分からない話に盛り上がる帝里とイブに苛立ちを覚える。
そして、ついに待ちくたびれた玲奈は勢いよく、船首の上に飛び乗り、腰を落とす。
「もうッ!!準備出来てるのに、あんた達はなにちんたらやってんの!?さぁ行くわよ!私が一っ番乗り!!」
そう言うと、勢いよく船から飛び降りたのである。
「あっ、バカっっ!!??時空固定剤を飲まないとッ…!!あっ…」
慌ててイブが止めようとするが、時すでに遅く、玲奈はサーフィンのようにみるみる下っていってしまった。
「…あ…え…?…」
それをただ見送ることしかできなかった帝里とイブは、しばらく、その方向を見つめていたが、ゆっくりと顔を見合わせる。
時空固定剤を飲まなければ、その時間分の影響を受ける。つまり、20引く1000は…
「玲奈が死んじゃった!!!??」
「お、落ち着いてください、エル様!!玲奈は死んでません!」
「いや、確か戻りすぎたら、人生の最初の状態にまで戻るんだろ!!?じゃあ、今、受精卵になって秒殺じゃん!!」
「あー、そこまで戻っちゃいますか…」
帝里の発言にイブは額に手を当てて、目を閉じると、帝里を落ち着かせるために、もう片方の手を帝里の目の前で立てる。
「いいですか?時空学は少し特殊で、人生の最初の地点、その人の誕生は母親とへその緒を切った瞬間なんですよ」
「つまり…今、玲奈は赤ん坊の状態…?」
「はい、安産だといいのですが…とりあえず、危険な状態には変わらないので、すぐに保護しましょう!」
「お、おう!でも、それからどうするの?」
「あえて時空固定剤を飲ませないまま、20年移動させて年齢を20歳まで進めましょう。
ちょうどさっき出発した時間まで年齢を経過させれば、記憶もちゃんとそのときに一気に戻ります。この調整が面倒くさいんですよねぇ…」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ!やるしかないんだろ!?急いで行くぞ!!」
「了解しました!!」
方針を決めた帝里とイブはすぐに行動を始め、こうして、本当に忙しい玲奈の誕生日が幕を開けるのであった。




