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かけもちの勇者様!!  作者: 禎式 笛火
4章 異世界に行ったら主人公…?
42/58

変わる行く末と父の願い

話を考えたのが三年前でして、ネタがすごく古い…

仮にも実況者を扱う者として、どうなのかと思いましたが、新しく話を考え直すのが、面倒なのでゴリ押します()


 

「…………やはり、な…」


 帝里と羅瑠が退室した後、しばらく考えに耽っていた情音の父親がポツリと呟くと、ゆっくりと腕組みを解き、双治朗の方を向く。


「…確かに個人的な感情もあって交際を反対していたが…本当はそれだけじゃないのだよ。」


 帝里や羅瑠と話して、説得の仕方を変えようと思ったのか、情音の父親はなるべく落ち着いた声で双治朗に語りかける。


「入多奈、くんだったかな?彼の話を聞いて確信したよ。

 今、世界は大きく変わりつつある。実況者もそうだが…最近現れた、超人類とかいう奴らも力をつけてきておる。あんな力が広まれば、あの子の言うような争いも起きてもおかしくないだろう…」


 おさらいしておくと、超人類または限界突破と呼ばれる人々は、魔力は無意識に作れるが、魔法は使えない、いわば惜しい段階の人々である。彼らはその作られた魔力の一部によって身体能力を向上し、それにより様々な分野で活躍しているである。


「私自身、腕っぷしはなくとも、『力よりも頭脳』という考えで、ここまで闘ってきたが…実は最近、大きな取引合戦に負けて、それじゃダメだと思い始めてね…

 ガッツというか、勢いというか…生き物としての力強さがこの変わってしまった世界には必要なんだろうな。」


 少し悲しそうに笑う情音の父親に、双治郎も思うところがあるのか、双治郎はただ静かに首を縦に深く振る。


「そりゃ、ゴリゴリのマッチョを連れてこられても困るが…

 私も人のこと言えんし、申し訳ないが、君の見た目はあまり男らしくない。それに力も弱そうだ。

 うちは大きな会社だ。その皆を…いや、いざって時に情音を守れるくらいの力が親としては欲しいのだよ」


「…はい。」


 少し悔しそうに、そして辛そうに項垂れる(うなだれる)双治郎を見て、情音が口を開こうとするが、父親は静かに手で制する。


 情音の父親に言われたとおり、双治郎はあまり力には自信がない。体も昔はむしろ弱かった方で、剣道を始めたのも、それを鍛えるためであったりする。

 また、よく帝里に戦いをせがんでいるが、いつもは争いごとを避ける、大人しく穏やかな性格であり、情音の父親が求めるタイプとは全然違うだろう。


 そんな双治郎も聖剣戦の日本代表に選ばれる程の実力者ではあるのだが、それでもまだ、勢いや力で負ける試合が多く、本人もそれに苦しんでいた最中なのであり、そのことを情音の父親に改めて指摘されたことが、かなり応えたようである。


「…どうやら、分かってくれたようだね

 ということで、うちの娘との交際は諦めてもらおう。」


 あっさりと引き下がる双治郎を安心したような、そしてどこか少し腹立たそうな表情で目を細めながら眺めると、始めに出されていたお茶を一気に飲み干す。


「…ふぅ……にしても、毎回毎回あいつはわしの邪魔ばかりしおってッ!!あぁ、思い出すだけでも、ほんとに腹立たしい!!」


 先程、引き合いに出した取引のことでも思い出したのか、情音の父は荒々しく湯呑みを置くと、ブツブツと悔しそうに下唇を噛む。


「あの…なにかあったんですか…?」


「いや、その…愚痴を聞いてもらう形になって悪いが…まぁ、今後の参考のためにとでも思って聞いてくれるかい?」


 愚痴を言いたそうにしていた情音の父に、なんだかんだ優しい双治郎はおずおず聞き返すと、情音の父は嬉しそうに目を見開くが、すぐに俯いて恥ずかしそうに笑うと、「お茶のおかわりを!!」と奥に向かって大声で伝える。


「そいつとはよく昔から争っていたのだが、最近、どうにもそいつに勝てなくなってしまったのだ。この前もな、わしが契約を進めていたところに突如現れてな……」


 情音の父親の話がしばらく続いていると奥から、先程言われたお茶のおかわりを入れた急須を持って、帝里達の前を通り過ぎる。


 その長い愚痴話に、辟易として壁にもたれかかっていた帝里とイブだったが、前を横切った途端、何かすごく嫌な予感がして、慌てて引き留めようとするが、一瞬遅く、静かでかつ、とても素早く、どこか精練されたような動きで部屋に入ってしまう。


「……というわけで、結局、そいつに取引を奪われてしまったというわけじゃ。他にもそいつのせいで、損失がかなり嵩んで、今、うちのグループは少し厳しい状況になりつつある…」


 正直、娘とその友人に話すような内容ではないと帝里は思うのだが、双治郎は真面目に相槌を打ちながら熱心に最後まで聞き終え、情音の父親も満足したのか、とうとう無邪気な笑顔まで見せる。


「な、なるほど…。…因みにその相手ってどんな方なんですか…?」


「むむ…まぁ気になるか。

 実はそいつの家とは先祖代々争い続けているような関係なんだが…まぁ、悪知恵が働くやつでな…

 あの超人類にでもなれたのか、さっき言ったように最近とてつもない勢いがあって、若返ったのかってくらい元気なやつじゃ。」


 渋々、顔をしかめながら語る情音の父親は、急須を持って部屋に入ってくる姿をチラリと見ると、自分の湯吞茶碗をテーブルの端に押しやりながら話を続ける。


「どうやら、君たちのサークルにそいつの息子がいるようだが……そやつの名は、千恵-ッ…!」


 お茶が注がれるのをぼんやり眺めていた情音の父だったが、何気なく注ぎ主の方へ目をあげた途端、急に話すのを止め、口が開いたまま唖然とする。


「…羽、玲奈がなぜこんなとこにおるッ…!?」


「…なんで私のこと知ってんのよ、きもッ」


 見上げる情音の父親をすごく嫌そうに睨みながら玲奈は吐き捨てる。


「なぜここに…?まさかあいつに何か頼まれてッ!?」


「誰があんなクソ親父の言うことなんか聞くか!!

 …実況サークルのメンバーとして、ただ駆り出されただけよ」


 ハァ、と玲奈は嫌そうにため息をつきながら、テキパキと他の三人の茶碗にも注いでいく。


「ふぅむ…そうかそうか

 ンクッンクッ…!ぷふぅ…おい、お茶をもう一回!あと茶の供はないのか!?」


 千恵羽の娘が使役しているのを見て、なにか子気味が良くなったのか、茶を再び一気に飲み干した情音の父親は玲奈に偉そうに命令する。


「お茶は今、丁度なくなったから待ちなさい。

 あと、お菓子とかはないわよ」


「なっ…!?普通用意しとくものだろ!!?」


「それはあんたの娘に言いなさいよ!!なんで一人暮らししててお菓子が一つも家にないのよ…」


「…なんとなく小腹が空いているのだ!なにかないのか!?」


「ないわよ。冷蔵庫にあったキムチでもいい?」


 は…?『栄光に似合ったキスしてもいい?』…だと!???」


「  はぁぁぁぁ!!!!??

 ばッ…バッッカじゃないのッ!!!!??どうやったらそう聞こえるの!!?耳狂ってるんじゃない!!?眼科行け!!!」


 とんでもない聞き間違いをして目をまん丸くさせる情音の父親に、玲奈が顔を真っ赤にしながら、大声で怒鳴りつける。


「あなた…妻の目の前で堂々と浮気とはどういうこと…?」


「い、いやっ、千恵羽の娘が勝手に言ってきたことであって…」


「私がそんなこと言うわけないでしょうが!!誰があいつにすら勝てない雑魚に惚れるのよ!!」


「ぁあ!?言わせておけば、小娘が!!」


 玲奈の言葉に激昂した情音の父親が椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり、玲奈を睨みつけると、玲奈も負けじと情音の父親の方を睨み返す。


「ふんッ、そんな歳にもなってそんな聞き間違いするとか、ほんとに浮気してんじゃないの~?」


「なッ、あなた!?…そういえばこの前も!!」


「こんなやつの言うことを信じるな!!ほんとにうざい親子だな!!」


「はぁぁ!?今、親父(あいつ)のことは関係ないでしょ!!?」


 情音の母親を巻き込んだ言い争いはどんどんとエスカレートしていき、少しずつ穏やかになっていた部屋の空気が一気に険悪なものになる。


「……はぁ~…なーんで京介はあいつに茶を持たせるかなぁ…

 イブ、止めに行くぞ」


「はい!!今回のトラブルメイカーは玲奈でしたね!!」


「というか、あの会話から喧嘩に発展する方が難しいだろ…なんだよ、栄光に似合ったキスって」


 不吉な予感が的中した帝里は嫌々とため息を吐き出すと、この前言われたことを気にしていたのか、逆に嬉しそうなイブを連れて、すぐに部屋に入る。


 部屋の中では、情音の父親と母親、そして玲奈がまだ喧嘩しており、それを対面に座った双治郎と情音がおろおろと見守っている。


 しかし、両親は自分が止めるべきだと思ったのか、情音は恐る恐ると立ち上がり、三人を仲裁しようと声をかける。


「あ、あの…」


 残念ながらその声は三人に届かず、依然として口喧嘩を続けているが、それでも、情音は諦めず、半分涙目になって狼狽えながらも、健気に少しでも存在に気づいてもらうために、自分の両親に触れようと手を前に出す。


-ジャラランッ!!-


 その瞬間、金属の擦れるような甲高い音が、突然部屋中を響き渡った。


 その不思議な音に皆が正気に戻り、さきほどまで白熱していた喧騒もピタリと止んで、その音を立てた情音の方に視線が集まる。


 情音も急に注目を浴びたことに慌てふためき、音がした自分の右手を反射的に見ると、腕から手錠がぶら下がっているのが見え、目を大きく見張る。

 先日、モミからもらった魔力を封じる手錠を服の袖の中に隠しつけていたのだが、手をあげたはずみで、外に出てしまったのである。


「「じょ、情音ッ…!!!??」」


 ハッと情音も慌てて手を後ろに回して手錠を隠すが、すでに両親はしっかりと見てしまっており、愕然とした様子で娘に声をかける。

 とっさに隠してしまったせいで逆に後ろめたさが増してしまい、しばらく口をパクパクさせていた情音の両親は恐る恐る言葉をひねり出す。


「あなた、いつの間に警察のお世話になって、しかも脱獄してきたの!!?」

「貴様、娘になんてプレイさせてるんだ!?」


「おい待て、今、変なの聞こえたぞ!?いや、どっちも娘にかける言葉じゃないけども!!」


 両者大差ないほどの酷い解答に帝里は呆れてその場に立ち尽くすが、情音の両親は情音と双治郎に猛然とにじり寄りながら問い詰める。


「情音、あなた一体何をしたの!!?」


「いや、わしらの情音が悪さするはずがない!!この男ッ…!無害そうな顔でよくもッ!!」


「い、いや落ち着いてください!?!?僕は情音ちゃんに何もしてないし、情音ちゃんのお父さんの-」


「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはないわ!!」


「えぇ…今ので…じゃあ、剛堂さんの-」


「お前の口から剛堂の名を聞きたくないわ!!」


「えぇ…。…えぇ…」


 あまりに理不尽な対応に困惑する双治郎を可哀想に思いながらも、何もしてやれないことを帝里は心の中で謝ると、今にも食ってかかりそうな勢いで、憤然と情音の父親を睨む玲奈の腕を掴み、無理矢理、出口まで引っ張り始める。


「ちょ、ちょっと何すんのよ!?二人があんなこと言われて、あんたは何とも思わないの!!?」


「思うけど、お前がいると悪化するんだよ!!二人に悪いけど、もう出て行く」


 帝里はハァ、と大きくため息をつくと、玲奈を引っ張る手に力を込める。正直、この面談は問題がありすぎて、帝里も色々と疲れ、もう「お父さんと呼ぶな」発言を実際に聞けたことに反応する気力もない。


 少し怒っている帝里を見て流石に玲奈も反省したのか、大人しく黙って引っ張られていたが、イブが自分の方を、まるで勝ち誇ったようにニヤァァと笑うのを見て、ムッとして言い返す。


「何よ!でも、私の言うとおりだったでしょ!あんな変態発想、絶対クロよ!!」


「お前はもうマジで口を開くな!!!!」


 帝里は強引に玲奈の口を手で塞ぐと、そのまま押し出す形で玲奈を扉の方へ追いやり、玲奈だけを部屋から叩き出すと、ピシャリと戸を閉める。


 ああいう風に言ったものの、この場は自分が止めるしかないと覚悟し、部屋に残った帝里だったが、部屋の中は、やれ犯罪だの、やれ浮気だの、目の前から消えろだの、サークルを潰すだの、様々な喧騒が飛び交っており、これを果たして止められるのだろうか。


 そんな帝里が絶望している中、怒りが頂点に達した情音の父親はバンッと机を激しく叩くと、双治郎と情音、そして入り口の帝里を睨む。


「あぁぁあ!!大学に通い出してから悪影響ばかりあたえよって…!!

 何が彼氏だ、サークル仲間だ!!お前らには絶対娘はやらん!!!」


 帝里が一番聞きたかった決まり文句が情音の父親の咆哮とともに屋敷に響き渡った。



==================================


「ほら、どうぞ」


 仏頂面の玲奈が、これまた仏頂面で目を瞑っている情音の父親の前に、コトッと湯呑みを置く…と、さらに爪楊枝を一本、隣に置く。


 急に置かれた謎の爪楊枝の存在に、情音の父親はすぐに眉をひそめ、訝しげに湯呑みと爪楊枝に顔を近づける。

 そして、何かに気づいたのか、突然、爪楊枝を掴み、湯呑みに突っ込むと、その中身をゆっくりと引っ張り出す。……キムチだ。


 案の定、眉間にしわを寄せ、目を尖らせながら顔をあげるが、玲奈はすでに部屋の出入り口まで移動しており、さっさと部屋から出て、扉を閉めると、満足そうな笑みを浮かべる。


「おい…お前何したんだよ!?」


「なにって…キム(チャ)?」


「なんだその超弱そうな名前のお茶は…というか、喧嘩売るな。」


「仕方がないじゃない!ほんとにお茶がきれてるのに私に『詫び茶!詫び茶!』ってうるさいんだから!!私は運営か」


「多方面から怒られそうなツッコミやめろ!!」


 どうやら本当に茶葉がきれたようで、今、大急ぎで羅瑠がお菓子と一緒に買い出しに行っているらしい。

 心配そうに帝里が中の様子を覗き込むと、本当に空腹だったのか、情音の父はポリポリとキムチを黙って食べ続けており、情音の母親が苦笑しながら、自分の湯呑みを横に差し出す。


 さきほどあった大乱騒は、手錠は情音のファッションという苦しい説明をなんとか受け入れてもらい、その場を収めることができたが、再び情音の父親の機嫌を損ねてしまったようで、双治郎も諦めたのか、どこか悟りを開いたように、情音の父の挙動を虚ろな目で追う。


「周りの奴らが変な奴ばかりだからなのか、実況者という奴らが他と違っていることを好むからなのか…」


 お茶の入った方の湯呑みを手に取り、水面を眺めながら、情音の父親が嘆くように呟く。


「どちらにせよ、お前に良くない影響を与えているのは確かじゃ。しかも、情音もわしらに何か隠しておる…」


 今は隠された手錠を透かし見るように、情音の右袖を見つめ呟く父親に、情音がビクリと微かに肩を弾ませる。


「だから…情音、サークルやこんな奴とは縁を切りなさい。」

「-ッ!嫌です!」


 普段は大人しい情音から反射的に強く拒否され、情音の父親だけでなく、周り全員が驚いて、思わず情音の方に再び視線が集まる。

 視線を感じて、情音はハッと自分で自分の発言に驚くように縮まるが、怖々と上目遣いで父親の方を見ると、しどろもどろに語り始める。


「双ちゃんは…高校からの友達で、受験とか大変なときに勉強教えてくれたりして…大学でも、その…ッ…。

 それに実況サークルの人達も私にとってかけがえのない人達で…

 だから、そのずっと仲良くしたい、です。」


 このときの情音の表情は両親しか見えておらず、帝里や双治郎には分からなかったが、その表情を見た情音の父はどこか放心したようなように、ぼんやりと背もたれにもたれかかる。

 一方、情音の母親は嬉しそうに、そして満足げに頷き微笑むと、隣に座る夫の太ももを机の下でつつく。


 それでハッと正気に戻ったように情音の父親が目を見開くと、先程の娘とそっくりな様子で酷く狼狽しながら、問い詰める。


「情音…本当にこんな軟弱なやつでいいのかね…?

 数年前と大きく違って、今は日本も安全じゃないんだ…お前が幸せになるには…-何事じゃ?」


 問いを重ねていた情音の父親だったが、突然机が微かに揺れる程の地響きが起き、それに気づいた情音の父親が言葉を止め、眉をひそめる。


「帝里さん!!大変です!!!」


 同じく部屋の外で異変に気づいた帝里が腰を浮かせて周りを警戒していると、慌てた様子で京介が奥から帝里のもとへ駆け寄ってくる。


「急に変な人達が入り口の門を壊して入ってきました!!!」


「……なんで??」


 京介から伝えられた状況がうまく飲み込めず、とりあえず帝里は縁側から庭に飛び出し、かすかに音が聞こえる玄関の方に目をやると、入り口の門が地面に倒されており、だいたい2、30人ほど人だかりがこちら目がけて、ゆっくりと近づいている。


「あれは…確か、園益会社の…」


 振り向くと、騒ぎが聞こえていたのか、部屋の中にいたはずの情音の父親が縁側に立っており、あの遠くに見える集団を見て呟く。


「えん…えき…?」


「…さっき言った千恵羽との負けで、色んな事業撤退したときに契約を強引に打ち切った会社だ。

 そこの知ってる顔が今居た気が…打ち切られたら倒産すると言っておったが、まさかその報復に…!?」


「嘘でしょ!!?ねぇ、ここほんとに日本なんだよね!!?武装しているんですけど!!??」


 バットや鉄パイプ、しまいには刃物類まで持っている者もおり、思わず帝里は叫び声をあげるが、紛れもなく現実であり、帝里達に気づいた先頭の一人の男がこちら目がけて走り出す。


 未だに信じられない帝里は、こちらから走り寄っていき、男の目の前で止まると、遮るように、両手を広げて立つ。


「あのッ…!!こんなこと止めませんか!!?」


 帝里は大声で制止するように呼びかけるが、帝里の声は全く聞こえないというように一切勢いを止めず、そのまま走り寄ってきた少し小太りの男性は帝里目がけて、手にしたバットを振り上げる。


「ッ!!もう痛い目にあっても知らないからな!!」


 もうこの集団を止められないことを悟った帝里は両腕を下ろし、軽く息を吐くと、腰を軽く落とし、相手を鋭く睨みながら構えを取る。


 躊躇うことなく全力でバットが帝里に振り下ろされ、帝里は魔力を手に込めてると、バットを真っ直ぐ受け止めるが、その瞬間、常人では信じられないほど強い力と得も言えぬ悪寒を感じ、帝里は思わず、後ろに飛び下がる。


「…イブ」


「はい…ッ!どうしました!?」


「こいつら、魔法にかけられてる…」


「ッ!!??一体誰が!?」


 帝里を追いかけてきたイブが帝里の言葉に目を見開き、帝里と目が合ったまま固まる。


 帝里がバットに触れたときに感じた力は確かに魔力によるものだった。しかも、それは背中を逆撫でするように気味の悪い-


「闇…いや、魔属性魔法だ。もう呪いだな…

 多分、もう目の前の奴に無差別に襲いかかるくらい進行してる…」


「そんなッ…!!?源蔵はちゃんと未来で監禁しているはずです!!」


「それは分かってる。

 源蔵がいざというとき用に備えていたのが暴れ出したか、それとも新たな未来からの奴か…まぁ、源蔵の方がありえそうだけど…それよりも…」


 信じられないといった表情でイブが叫ぶが、二人が推測を続ける間に殴りつけてきた男が体勢を立て直し、再び帝里に殴りかかる。


「“ブレーヴ・オクスタル”!!!」


 いくら魔力で強化されているとはいえ、凶器の扱いに慣れてない素人の攻撃など、帝里にとって避けることは容易く、軽々とかわしながら帝里はクリスタルを生成する。


 しかし、イブを小さくしたままであるので、クリスタルはまた一つしか現れず、帝里は思わず顔をしかめるが、そのクリスタルを白色に輝かせると、右掌の上に引き寄せ、空振りした隙を見つけて、帝里は右手を突き出し、その男にクリスタルを押しつける。


「“エイノス・ヒーリア”!!」


 帝里はクリスタルを残し、男から飛び退くと、クリスタルから無数の光が伸び、それがツタのようにうねりながら男を逃がすまいと絡みつく。

 次の瞬間、クリスタルがどす黒い葡萄色に染まると、暴れていた男が途端に大人しくなる。

 

 そして、クリスタルからすぅと徐々に濁りが消えいき、完全な白色を取り戻すと、伸びていた光もクリスタルに戻る。


 元の八面体の形に戻ったクリスタルが男から離れると、男は力なくその場に崩れ落ち、帝里は急いで駆け寄って状態を調べると、勝ち誇ったように嬉しそうな笑みを浮かべる。


「うっし!!やっぱりこの呪い解除できるぞ!これで殺したりしなくて済む!!!」


「さっすがエル様ぁ!!

 でも、よくそんなホイホイと呪いを解除できますね」


「いや、この呪い、“呪怨の種子(カースキン・シード)”っていう異世界にあった呪いに似てるんだよ。それで予習できてたからかな」


「あれ、異世界なのにあっちの言語名じゃないんですね」


「そういえばそうだな…俺と同じ先祖の異世界転移者が発見したのかも?」


 イブの素朴な質問に帝里は真面目に考え込むが、イブはこういった名前がまだ好きなのか、すこし楽しそうに口の中で繰り返す。


 “呪怨の種子”というのは、主に魔王とその幹部が眷属を増やすときに使われる呪いで、その呪いを受けた者は負の感情を餌に、体内の根源マナが少しずつ魔に染まっていき、全てが魔にそまりきると、魔獣や魔人に姿を変わってしまうという、わりと恐ろしい魔法である。


「なら、異世界から誰か来たのか…??でも絶対に不可能だってレイルは言ってたし…」


 一瞬新たな選択肢が思い浮かぶが、すぐに帝里は首を振る。モミにかけられていたのも無マナが蝕まれる呪いと、かなり類似したものであったので、それを教えたと言っていた源蔵の置き土産の可能性はやはり高いだろう。


「こんなんまで使えるって…まさかあいつ、まじで魔王を目指してたんじゃないだろうな…」


「それよりも、エル様!残りもさっさと治しちゃいましょう!!」


「いや、今の俺じゃ、あの大人数をすぐには無理だ…

 まずは安全をとって皆を避難させよう」


 帝里はこの人数をイブと二人で皆を守り切るのは不可能だと判断し、皆を避難させるために一旦、家の縁側まで引き下がる。



「帝里!一体あいつらは何なのよ!!?」


「説明は後で!とりあえず、玲奈と双治郎は皆を守りながら、奥の方に逃げて!!」


 玲奈が庭に降りてこようとするが、帝里はそれを押しとどめて、指示を伝える。


「いいか、絶対に殺すなよ!?多分、気絶できるから、気絶させて!!後で俺が解除するから!できる!?」


「ふふん、私を誰だと思っているのよ♪まっかせなさーい!!」


 玲奈があの魔導石が込められた二丁の銃を見せつけると、自信に満ちあふれた笑みを見せる。


「あの、テリー…僕、刀とか棒がないと何も出来ないんだけど…」


「じゃあ、俺の予備を…いや、もっと良いものがあった、“エレルナ”」


 帝里は自分の体を盾にして、情音の両親から魔法を使っているところを見られないように刀を召喚すると、何食わぬ顔で双治郎にこっそり手渡す。


「って、これ、この前僕が買った模造刀じゃん!!無くしたと思ってたのに…なんで帝里が持ってるの!!?」


「ごめん!返すの忘れてた…」


 責めるようににじり寄ってくる双治郎を宥めながら、玲奈同様に説明を伝えていると、けたたましい音を立てながら扉が蹴破られ、屋敷の中からも得物を持った男達が現れる。一体、今、屋敷に何人にいるんだろうか。


「ッ!!ちッ、とりあえず、庭に出よう!!そこからは逃げれる方向に逃げるぞ!!」


 帝里は玲奈や情音の両親を連れて庭に逃げるが、庭の方からは先程の集団が追いついており、瞬く間にそこら中で乱闘が始まり、避難どころの騒ぎでなくなってしまう。


「帝里さん!!」


「京介ッ…!?危ないから後ろの方に居ろ!!」


「でも、羅瑠さんがッ!!」


 必死に絶え間なく襲い来る攻め手を蹴散らしている帝里だったが、京介の言葉に思わず手が止まり、京介の方を振り返る。


 京介が言うには、この連中が攻めてきたのは羅瑠が茶葉を買いに出かけたすぐ後のことであり、羅瑠が外でこの集団に遭遇している可能性が高いというのだ。


「もしそうだったら、早く助けに行かないと…!」


「分かってるッ…けどッ…!」


 京介が緊迫した声で帝里に伝えるが、現状維持が精一杯で、想定外の危機的状況に帝里の思考がどんどん鈍り始める。


 もしかすると、すでに羅瑠はやられているかもしれない。ふと頭の中で無惨な姿で倒れる羅瑠の姿を想像してしまい、帝里は慌てて振り切るように大きく首を振る。大丈夫、この世界ではまだそんなことは起こってない。


「キャッッッ!!?」

「情音ちゃん危ない!!!」


 帝里の動きが鈍くなった隙に、攻め手の一人が帝里の防衛をくぐり抜け、手に持った鉄パイプで情音に目がけて襲いかかる。


 その様子にいち早く気づいたのは双治郎であり、飛び込むように情音の前に割り込むと、手に構えた模造刀で鉄パイプを薙ぎ払う。

 が、力負けして逆に刀を弾き飛ばされてしまい、急いで情音に飛びついて、倒れ込むようにして、攻撃を避ける。


-ガチャ…ッ!!-


「…うっ、イタタ…情音ちゃんごめんね…でもこうでもしないと防-げぇやぁ!!?」


 すぐに立ち上がろうとした双治郎だったが、左手首を硬い感触と共に、下に強く引き下ろされて再び倒れ込んでしまい、突然の出来事に目を白黒させる。

 慌てて、双治郎と情音が双治郎の左手を見つめた瞬間、二人は声にならない悲鳴を上げる。


 なんと先程の衝撃で、情音のつけていた手錠のもう片側が、がっちりと双治郎の手首に嵌まってしまったのである。


「えぇ!?嘘、なんでぇぇ!!?」


 双治郎は必死に抜けようと手錠を引っ張ってみるが、全く抜ける気配はなく、その間にも攻撃を外した敵が再び鉄パイプを振りかぶる。

 すかさず、双治郎は隙だらけの腹部に蹴りを入れるが、手錠で魔力を封じられ、力が弱まったせいで、相手はびくともせず、双治郎は慌てて情音を抱えて逃げ出す。


「情音ちゃん!鍵!!鍵!!」


「たっ、確かポッケの中にッ…!」


 情音も大急ぎで探そうとするが、次から次へと新手が襲いかかってきて、刀を回収し終えた双治郎も情音の腕を引いて逃げるのが精一杯で、鍵を見つける余裕が全く生まれない。


「…くぅ…とりあえず、ここから離れよう!!」


 攻撃に耐えかねた双治郎は敵がいない竹林の方に避難するため情音を連れて駆け出すと、そのまま奥の方に走り去って行く。


「おい、双ちゃん!!?

 くそっ…もうぶっ飛ばすしかないのかッ…!?」


 双治郎達を追うように竹林に何人も入っていき、帝里もそれを食い止めようと、竹林の方へ駆け出すが、傍にいる暴徒達に阻まれ、双治郎達まで危険に晒してしまい、心の中でどんどん焦りが増していく。


「落ち着きなさい!!!あの二人ならちょっとは持ち堪えられるだろうし大丈夫よ!!


 あんたも帝里を不安にさせること言わないの!あの親どもと一緒にあの部屋に入ってなさい!」


 そんな帝里の鈍った思考へ水を浴びせるように、玲奈の声がピシャリと響き渡る。

 

 その声で帝里は冷静を取り戻し、まずは目の前にいる奴らを無力化させると、損の間に玲奈が敵を片付けながら帝里の方に近づき、京介を奥の部屋に追いやると、帝里の横で立ちはだかる。


「羅瑠だってそうよ、あんなしぶとそうな奴が簡単に死ぬわけないでしょ?

 ここは、私とイブで守るから、あんたは羅瑠の無事を確認してきて、その後、すぐにあの二人を追いかけなさい!!」


「相変わらず無茶な…でも今はそれしかねぇ!!」


 玲奈の提案に帝里は頷くと、気合いを入れるためにその場で軽く飛び跳ねる。


「イブ!魔法を解除したら、どれぐらいで未来に気づかれる!?」


「えぇっと…モミが誤魔化してくれたとして…5分ぐらい、ですかね…?」


「じゃあ5分だけ戻すぞ!もうちょっとならやり過ぎていいから、5分でこいつら全員ぶっ飛ばして追いついてくれ!!」


「はいッ!分かりました♪エル様も気をつけて!!」


 少し無茶な要求にも関わらず、自信満々に敬礼をして了承してみせるイブに、帝里は大きく頷き返すと、部屋の情音の両親から完全に見えてないことを確認して、イブにかけた魔法を解除する。


 イブの姿が徐々に大きくなっていくにつれ、クリスタルが一つ、また一つと帝里の周りに現れ始め、8つ全てが揃ったと同時に、すぐに帝里は地面を力強く蹴り、駆け出す。


「羅瑠先輩…双ちゃんも剛堂さんも…皆無事で居てくれよッ…!!」


 後ろから凄まじい爆音と爆風を感じる中、帝里はそう願いながら、さらに足を速めるのであった。


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