入学式での再会
現在、三章の改稿中です。
改稿された節とまだの節の間で、内容に祖語が生じたりする場合もございますが、ご了承ください…
九月も終わり、世間ではハロウィン、クリスマス、年末年始、バレンタインデーと様々なイベントが続いていくが、受験生にそんなものはなく、飛ぶように時が経つこと、四月。
何気なく外に目をやると、満開の桜が咲き誇っており、帝里はそれを見ると、ふと異世界で見た炎の中で映える夜桜の光景を思い出す。
それは帝里が勇者として初めて活躍した戦いで、勇者エルクウェルが誕生した出来事でもあった。
レイルの勇者になると決めてから、帝里とレイルは共に城を抜け出し、旅に出たのであるが、国境付近の村の傍を通ったとき、その村は、まさに魔王軍の攻撃を受け、村は半分壊滅状態にあったのだ。
それを見過ごせなかった二人はすぐに救援に向かい、そのまま戦闘に加わったのであるが、旅の途中でレイルから魔法を少し教わっていた帝里はさっそく覚えた魔法を使って、敵をバッタバッタと倒していき、大活躍だった。
しかし、魔法を使うのが楽しすぎて調子に乗った帝里は魔力を全部使い果たしてしまい、そのせいで言語変換魔法“ウルカトル”も使えず、レイルと意志疎通が出来くなって、帝里は一人、戦火広がる戦闘の中心部に迷い込んでしまう。
そして、帝里が燃える家々の間を彷徨っている最中、魔王軍の魔族から逃げる村娘が前方に現れた。しかも村娘はその場で転んでしまい、追いついた魔族の敵が、その娘を斬り殺すために剣を振り上げる。
彼女を助けたくとも、魔力が残っていない帝里は付け焼き刃の剣術だけで戦うしかない。まず、間に合うかも分からないし、敵はこれまで相手してきた魔物より遥かに強そうだった。
しかし、帝里は迷うことはなかった。その魔族目掛けて真っ直ぐ駆けていくと、体を打ち付けるように全力で斬りかかったのである。
そして、苦闘の末、見事、その敵を倒すことが出来た。しかも、その相手が魔王軍を率いていた将だったらしく、その将が倒されて、魔王軍が退散していく。
ここまでは、勇者としては完璧の満点評価であり、このときの勇気を自分でも褒めてあげたいほどである。しかし、帝里はここで一つだけ、とても後悔していることがあった。
それは、敵が退散していくのを見守りながら、格好良く剣を収め、振り返って、まだ腰を抜かしていた村娘に手を差し伸べて、放った一言である。
「大丈夫ですか?怪我はないですか?」
「……え???????」
「…あっ……」
そう、日本語である。言語変換魔法が解けていたことをすっかり忘れて、思いっきり、通じない日本語で話しかけてしまったのである。
そのときの、村娘がぽかーんと口を開けて困惑していた表情を、帝里は今でもはっきり覚えている。なんとも締まらない勇者の誕生だったと、後々、何度、どれだけ頭を抱えたことか。
因みに、この後、帝里がエルクウェルと名乗り直して、勇者としての冒険が始まるのだが、このとき救った村娘は家族を失い、一人ぼっちになっていたのをレイルが女中として引き取っている。
なので、その後もこの村娘と何回か会うことがあり、さらには帝里が異世界人であるということを知ることとなる貴重な人物となるのだが、帝里はなぜかまた、その村娘の顔も名前も全く思い出せない。
レイルが引き取るときの理由がすごく適当な理由だったのはおぼろげに覚えているが、さっぱり何も思い出せず、ただ、炎に映える桜の中でぽかーんと開けていた可愛らしい口もとだけが未練たらしく、帝里の中で思い浮かぶだけである。
なぜそんなことを思い出したのか、とぼんやりと考えながら、再び後悔が自分の中で渦巻いて、帝里は悶えたくなり、自分を落ち着かせるために一度、座り直す。というのも、帝里は今、宝素倉大学の入学式の式中であり、正直、とても退屈なのだ。
エル様!おめでとうございます!とさっきまで入学式で燥いでいたイブは、いつしか帝里のポケットの中で眠っており、何か暇を潰せるものはないかと辺りを見渡すと、前の席に座っている、金髪の女子が目に留まる。
少し周りの状況を確認して、帝里は前かがみになると、囁くように前の女子にちょっかいをだす。
「私はエルです」
「…知ってるわよ!それと私達、日本一の大学に入学もしていないし、首席合格すらしていないんですけど…!」
金髪の女性、玲奈が呆れたようにため息をつきながら、少し怒ったように帝里に応える。
確かに模試では一、二を争っていた二人であったが、趣味が一致したものが一緒に住むことになったとき、どうなるかは歴然であり、ずっとアニメや他の人の実況動画などを見まくり、趣味の会話に現を抜かして勉強を全くしなかったのである。
その結果、成績は二人共がた落ち、入試が近づいてきて、さすがに焦った二人は、イブに尻を叩かれながら必死に頑張って、なんとか合格することが出来たのであった。
こうして、結局は入学することが出来たのだから、帝里は普通に入学式でうきうきしているのだが、玲奈の表情は暗い。
「まー、結局受かったんだし、終わり良ければ全て良し的な感じでよくね?」
「あんたはそれでいいでしょうよ。でも、私はそれどころじゃないの!だって…」
こう話している間にも、入学式はつつがなく進んでいき、次の進行に移る。
『入学生代表挨拶。入学生代表、首席合格、千恵羽 京介』
「はいっ!!」
少し離れたところに座っていた京介が大きな声で返事し、緊張した面持ちで立ち上がり、サッと会場の注目が京介に集まる。
「よりによって、なんで京介が首席なのよぉぉ……」
嘆くような呻き声をあげて、玲奈は泣きそうになりながら頭を抱える中、壇上に上がった京介は帝里と玲奈を見つけたようで、嬉しそうに腰辺りで手をこちらに向かって小さく振っている。
「弟と同級生で、しかも弟は首席…最近では、身長も大きくなってきたし…姉としての威厳が落ちてない!!?あぁ、姉の威厳がぁぁぁ…」
嘆き続ける姉の様子など、つゆ知らず、弟の京介は見事なスピーチを披露し、入学式はまたつつがなく進んでいった。
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「見てください!首席合格ということで表彰状もらっちゃいました!!」
「おぉ!おめでとー!」
「えへへ、これで千恵羽家の威厳を保てそうです!」
入学式が終わり、その後のオリエンテーションを終えてからまた三人は集合することができ、嬉しそうに表彰状を見せてくる京介に、帝里とイブがパチパチと手を叩くなか、まだ玲奈はむくれていた。
「ほら、いつまで拗ねているんだよ
弟の晴れ舞台だぞ」
「だってぇ!!国語さえ出来ていたら、私だって!私だってぇ…」
一応手は叩きながらも、納得がいかない様子で玲奈が唇を噛んで悔しがる。
受験一教科目が国語であり、それが終わったときは「本当に転んじゃったかも!」と半泣きになっていた玲奈であったが、その後の英語はなんと満点、他の教科も高得点を叩き出して、わりと上位で玲奈は入学出来たのだ。
因みに、帝里はまんべんなく取っていて、丁度真ん中ぐらいで合格しており、三人の中では最下位だが、帝里はそれで満足している。
「あぁ!なんか腹立ってきた!!
ねぇ、文章って理解してもらうために書くものじゃない?それなのに、読む勉強をしている受験生が半分しか取れないって、文章としてどうなの!!?」
「それを理解出来るだけの知識と経験のレベルに俺らが達してないという発想がこいつにはないのかねぇ…」
滅茶苦茶な文句を言う玲奈にさすがの帝里と京介も呆れて、相手するのを止め、さっさと建物を後にする。
そんなふて腐れてながらついてくる玲奈をイブが宥め、煽りながら、皆で外に出ると、道の左右で花道をつくってくれている先輩にあたる大学生達から部活、サークル勧誘で貰ったパンフレットが、三人、特に京介の手元に溜まってくる。
「サークル活動か…俺はなんか実況に活かせる、目立つものがやりたいな!!」
「いや、あんた実況で顔出ししてないでしょ」
「いつかしたときのためだよ!普通に話のネタとしても使えるし!
そうだな…陸上とかどうだ!?正味走るだけなら魔法使えば、よゆーでトップ狙えそう」
「そんな単純なものじゃないですよ…まったく、帝里さんらしい楽観的考えですね…」
「それにエル様、あまりに速いとドーピングとか疑われて、色々面倒だとですよ?」
「むむむ…でも、道具使うのとか難しそうだし…二人はどうするんだ?」
「僕は…生徒自治会っていう、高校の生徒会みたいなものがあるって聞いたので、そこに入ろうかなって思ってたのですが、皆さんにすごく勧誘されるので、他も良いなと少し迷ってます…」
「私は正直どーでもいいわ。早く帰りたい」
「なんか皆それぞれだな…玲奈はもうちょい頑張ってもいいと思うけど」
こうして、三人とも、どれに入るか決めきれず、迷いながらブラブラと大学内を場所の確認がてら歩き回っているときだった。
「踊ってみた動画とかあげれるし、ダンスサークルとかどうだろ?…いや、賢いアピールで文化系も…」
「テェェェェリィィ~~~!!!」
「おぶっ!?だ、誰!!?」
突然、帝里の背後から抱きつかれて、帝里が気づかぬほどの素早さに驚きながらも、帝里は慌てて振りほどき、相手を見て、更に仰天する。
「え!?お、お、おぉ!!?」
「えへへ、久しぶり!」
嬉しそうに笑う、その久し振りの顔と思わぬ再会に、感動で帝里は声が詰まって、上手く話せず、口だけが空回りする。
「そ、双―」
「出ましたね!剛堂情音!!」
「へ?」
そしてようやく言葉が出た瞬間、急に飛び出してきたイブが帝里達の間に割って入り、玲奈も帝里に話しかけてきた大学生に近づく。
「ふーん、帝里の好みってこういう子なのね…活発系の美少女って感じか…でも、ちょっと女っ気なさすぎない?」
「そんなのどうでもいいです!!いいですか、剛堂様!エル様は私の勇者で、私のものですからね!!」
「俺は物扱いかよ!」
イブと玲奈が詰め寄っている様子を見て、二人が勘違いしていることに気づき、帝里はため息をつく。
確かに、帝里に話しかけてきた子は短髪で目がくりっとしていて、活発そうな可愛らしい女の子、に見える。帝里だって中学の初めて会ったとき、間違えたので人のことを言えない。
「えっと…どうやら僕は情音ちゃんだと勘違いされている…のかな…?」
「「…え??」」
突然現われた玲奈とイブに困惑しながらも、なんとか絞り出した台詞を聞いて、ぶつからんばかりに詰め寄っていた二人の動きがピタリと止まる。
「ったく、人の感動的な再会を邪魔しやがって……こいつは大海双治郎、念のため言っておくと、男だ」
「「え…、え…?……えぇぇぇ!!??」」
「よく勘違いされるんだけど…やっぱりそんなに…?」
二人の飯能に双治郎が諦めたように少しがっかりしているが、双治郎を見てイブと玲奈は戸惑いの表情を隠せず、軽く引いてしまってすらおり、京介も後ろでぽかーんと口を開けて、信じられないといった目で双治郎を見つめる。
しかし、目の前にいるのは歴とした男性、大海双治郎だ。
帝里と同じ中学出身であり、そのとき知り合って仲良くなって、同じ高校に進学した帝里の親友である。本人も自覚し、玲奈やイブが間違えた通り、よく女と間違えられるが、本人はそんな意図はなく、むしろ昔から剣道をやっているなど、性格はわりと男っぽい。
「まぁこんな奴らほっといて…いやぁ!久しぶりだな、双ちゃん!!」
「うん、テリーも大学合格おめでとう!!それと久しぶりだね…」
二人とも昔のあだ名で呼びながら、再会を喜び合うが、懐かしさの感じ方が二人で少し違う。
というのも、異世界帰還の法則とでも呼ぼうか、帝里は6年、異世界にいた間に、こっちでは1年が経っているので、帝里の中には、5年分のラグがある。
なので、この場合、双治郎とは実に2年ぶりの再会なのだが、帝里にはプラス5年して、7年ぶりの再会に感じるのである。
「なんか小学生のときの親友に会った気分だわ…ってうおっ!?」
少し特殊な感覚に一人帝里が浸っていると、しばらく黙り込んでいた双治郎が急に帝里に飛び付いて、帝里を抱きしめて優しく肩を叩き始めたので、全員が驚く。
「ど、ど、どうしたの、双ちゃん!?」
「…ごめんね、テリー…受験が辛くて苦しんでいたことに気づけなくて……僕、中学からずっと一緒だったのに…」
「……うん?」
帝里が戸惑いの目で周りのイブ達に視線を送ると、他の皆も黙って、微妙な面持ちで目を逸らされる。
そう、双治郎は、帝里が受験のストレスによって1年間失踪していた、とまだ思い込んでいるのだ。
しかし、本当にあったことを話すわけにもいかないし、まず信じてもらえるはずがないので、その設定に合わせるしかなく、慌てて双治郎を引き離すと、
「あのっ…双ちゃん、気にしないで…?こうして、大学生になれたんだし、オールオッケーってことで、ね?」
「…うんっ…でも、次からは無理しないで何でも僕に言ってね!!」
「うん…次からちゃんと言う!」
「ふふん♪双治郎先輩にまっかせなさーい!」
「ぬあぁ!!今はそうなるのか…」
帝里から離れて、にっこりと笑う双治郎を見て、本当のことを言えないのが心苦しいが、本当に良い友達を持てたと、帝里は心の中で感謝する。
「ところで、テリー、この人たちは…?予備校での友達?」
「あぁ、そうだな。一人現役が混じってるけど」
「えっと、私は千恵羽玲奈よ。…さっきは失礼なこと言っちゃってごめんね?」
「ううん、全然気にしてないよ!!よろしくね!」
「姉上、優しい人でよかったですね。えっと、僕は―」
「知ってるよ!!千恵羽京介くんでしょ!?首席合格の!凄いね!!」
「あ、ありがとうございます…こ、こちらこそお会いできて光栄です…」
双治郎にもてはやされて京介が恥ずかしそうに顔を俯かせながら、おずおずと手を差しだし、双治郎がちょっと驚いた表情で握手で返す。
「あの…双治郎様、イブと申します。さっきは失礼しました…」
「いいよいいよ!…へぇ!これってフィギュアってやつでしょ?テリー、こんなの集めるようになったんだ!!」
双治郎はイブの青髪を撫でてみたりして、物珍しそうにイブを眺めながら、帝里に問いかける。やはり魔法のことも秘密にするべきだと思うのだがが、さっきのやり取りのせいで、更に後ろめたい気持ちが増幅する。
「あっ…!そういやさ…皆は何するか決めてるの??」
「いや、まだ誰も決まってないですね、僕は文化系がいいんですが…」
「とりあえず、まだ決まってないんだね!?なら、はいこれ!!」
三人の反応を見るや、双治郎はサッと鞄から紙を取り出すと、押しつけるように三人に手早く渡す。見ると「剣の道へ、来たれ!」と書いた、分かりやすい部活勧誘のビラだ。
「剣道部か…サッカーとかよりあまり有名じゃないし、なんか地味なイメージがあるんだよなぁ…」
「そんなことない!!今、剣道…みたいなのが世界的に超人気で、しかも…この宝大が力を入れてる、今、話題の競技なんだよ!!」
「え、そうなの!?でも、なんで急に?」
まだまだ半人前の実況の帝里は今の話題と聞いて目の色が変わり、ついつい身を乗り出して反応してしまう。
「やっぱり帝里さん知りませんでしたか…実は、剣と銃で戦う世界大会のようなものが去年の夏に開催されたんですよ」
やれやれとでも言いたげなため息をついた京介がひょこっと帝里の横から顔を出すと、得意顔で説明を始める。
「国連主体で行われた大会で、表向きはオリンピックと同じようなものを掲げてますが、中身は世界公認の国力のぶつかり合いです。
剣で戦う大会と銃で戦う大会があって、日本では、それぞれ聖剣戦と聖銃戦と、どっかの中二病が考えた名前がそのまま和訳に当てはめられており、聖剣戦の方はすでに二回開催されています。
…てか帝里さん、去年の夏ならこの世界にいたのでは…?」
「いやぁ~…夏は毎日更新企画やってて、テレビはゲーム繋ぎっぱなしだったし、編集でニュースとか全く見てなかったわ」
「あぁ、あの後半に編集が雑になってたやつね。あれ途中で見ない日があると、どんどん貯まっていって、見るの億劫になるのよね~…で、最後結局こっちも気合いで全部見ることになる」
さらっと最後に嬉しい言葉が聞こえて帝里は、にやついてしまいながら、少し思うところがあり、真剣に剣道部の入部についてちょっと考えてみる。
「テリーは一体、浪人中何してたの…
…っと、話を戻して、さっき言ったように剣道とは違うものなんだけど…ねぇ、テリー!見学だけでも来てみない!?今なら新歓でお昼が食べられるよ!!」
「んー、じゃあせっかくだし、見るだけ見てみるか!」
せっかくの親友の勧誘ということで、喜ぶ双治郎に連れられて、一応全員で剣道部の見学にいくことになったのであった。
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「ほら、テリー!ここが部活で使う部屋だよ!!」
そう言って紹介された、今年に新しく建てられたという道場の中には、人は想像よりかなり多く、新歓にも新入生が多く集まり、本当に人気沸騰中らしい。
「で…!!これが使う武器と防具だよ!」
見せられた武器と呼ばれたものは、木の剣の先に怪我防止用に先革をつけたものや、やはり普通の竹刀もあるし、元の竹刀から弦を抜いたもの等様々なものがある。
防具も紹介され、試着と称して双治郎に成すがまま着せられると、どうやら剣道の通常の防具に加え、肘当て、レガースといったものまで追加されているようで、全身防具で覆われる状態になる。
「…もう普通にゲームとかのフル装備と変わんねぇな」
「確かに…さて、テリー、とりあえず僕と練習試合をしてみようか」
「へ!?確かお前って…なんか昔、すげぇ大会で優勝してたよな?剣道めちゃくちゃ強かったよな!?」
「さ、さぁね?ま、ま、少しは手加減するから!
で、僕が勝ったらテリーは入部するってことで!!」
「―っ!!…あーーっ!思い出した!!これ高校のとき、よくやられた手だわ…」
帝里の叫びに、防具を素早く装着した双治郎がペロっと舌を出す。
高校時代、双治郎に剣道部に入ろうと何度も誘われていて、そのとき強引に帝里を入れるために、よく入部を賭けた練習試合を挑まれていたのだ。
「お前…ほんとに懲りないな」
「へへん、懐かしいでしょ?」
「ったく…でルールは?」
「あれ!?やるの!!?」
帝里がやる気であることに驚いて、持ちかけた側の双治郎が思わず聞き返す。
確かに、2年前の帝里は剣道の練習に付き合う程度なら全然良かったのだが、部活に入るのは嫌で入部を断っていた。しかも、さっきも言ったように、双治郎は勝ち目が全くないほど強く、なので帝里は入部を賭けた練習試合を避け続けていたのである。
しかし、今は受けて立つ。なんてったって、今の帝里は7年前の帝里とは、もう違うのだ。
練習試合の場所を空けてもらい、他の部員に審判をやってもらって、二人は向かい合う。双治郎はやはり普通の竹刀を持っており、帝里はせっかくなので木剣を使ってみる。
練習試合で場所を取っているので、手早く済ますために、一本勝負ということになり、礼をして、蹲踞の姿勢を取ると、審判が開始の合図を出す。
始まった直後、帝里は迷わずに数歩下がる。まずは少し双治郎の様子を見ようと考えたのだ。が、ここで大事なことに気づき、動きが止まる。ルールを聞いてなかったのである。
剣道のルールすら曖昧な帝里は困って少し戸惑っていると、それに双治郎も気付いたようで、竹刀を下ろす。
「ごめんごめん、ルール言ってなかったね?
基本的に剣道と同じなんだけど、剣道と違って、気勢や残心とかなし。ポイント制になってて、面と胴は2ポイントになるけど、籠手や他の防具に入ったら、1ポイントになるの。当たった判定が難しくてよく揉めてたけど、今は掠ったとかなら得点にはならないよ!あ、突きは木剣だと面の隙間を通る可能性があるから、全武器禁止になってて、武器を落としたら1ポイントね」
「……なんかもう剣道関係なくね?」
「ま、まぁ、さっき京介くんも言ってたように国と国の鬱憤を解消するのも目的の一つだから、どうしても血生臭くなるね…
うーん、素手や足での攻撃も、ポイントは入らないけど、やってもいいことになってるし、実は蹲踞とかも要らないから、もう別物かな?日本人は剣道の響きが好きでよく剣道って表現するみたい」
「もう何でもありの戦いって感じか?」
「うーん…もうそんな感じ、かな?
だから一本勝負とは言ったけど、聖剣戦でいうと2ポイント先取した方が勝ち。
よし!それじゃあ、そろそろ始めようか。聖剣部部長が相手になってあげるからかかってきなさい♪」
「部の名前ださっ!?絶対入りたくねぇ…それとお前が部長かよ」
「まあまあ、少しは手を抜くから、ね?」
しかし、高校時代の双治郎の強さを考えれば、部長も納得がいき、帝里も気合いを入れる。
こうして試合が始まったわけだが、帝里も本気を出す気はない。魔法はもちろん使わないが、そういうことではなく、戦闘自体の手を抜くつもりなのだ。
というのも正直な話、帝里は双治郎に負けるとは全く思っていない。剣道がかなり荒っぽくなったのかは知らないが、こっちは命懸けで異世界を戦い抜いてきたわけであり、双治郎に申し訳ないが、叩き上げてきた経験が違う。
しかし、本気を出して、部長クラスの実力者をあっさり倒してしまっては、一体何者、と周りに怪しまれてしまう。怪しんだところで、魔法や異世界がバレることはないと思うが、目立ちすぎるのも、大学生活の始まりとしてはあまり良いものではないだろう。
よって、入部はしたいとはまだ思わない帝里が目指すのは、双治郎にギリギリのところで勝つことである。
そして、ビギナーズラックとちょっと無理がある理由を強引に押し通して、部長クラスに勝った新入部員を手に入れようと帝里のもとへやってくる先輩方を掻い潜り、格好良く立ち去っていく…プランは完璧だ。
しかも、さっきから双治郎は手を抜くと公言してくれているので、勝っても、少し花を持たせてあげたのかな、と双治郎の面子も保て、帝里の強さも過剰評価されにくいというおまけ付きである。
「まぁ、『能ある鷹は爪を隠す』って言いますし?双ちゃんには少し悪いけど、久々に剣で遊ばせて貰いますか」
双治郎の実力がどうであるかも興味があるところであり、まぁお手並み拝見と、気軽な気持ちで帝里は木剣を構える。とりあえず、剣道っぽく中段の構えをとってみた。
「エル様~!頑張って下さい!!」
「そ、双治郎先輩も、帝里さんに負けないで頑張ってください!!」
試合場の横で壁にもたれかかるように座っている京介とイブが声援を送ってくれるが、玲奈の姿が見当たらない。どうやら本当に帰ってしまったようだ。
「あんにゃろ、せっかく俺が華々しく決めてやるって時に居ないとは…視聴者失格だ―」
帝里はムッとして、試合そっちのけで偉そうなことを呟いた、そのときであった。
―パァァァァァァァーン―
道場中、全ての音を切り捨てるような鋭く乾いた音が響き渡る。
その音に周りは、しんと静まり返り、帝里は一瞬、音の強烈さに頭の中が真っ白になるが、手に痺れを感じてハッと手元を見ると、帝里の木剣がない。
慌ててキョロキョロと探すと、帝里の持っていたはずの木剣は、京介とイブの間の壁に突き刺さっており、京介とイブは驚いて腰を抜かしたまま、口を開けて釘付けになっている。
ふと気配を感じて反射的に前を向くと、さっきまで数歩分の距離が空いていたはずの双治郎がすぐ目の前におり、思わず帝里は後ろに飛び退く。
ありえない、帝里はそう思った。しかし、状況からして双治郎が帝里の木剣を接近し、弾き飛ばしたとしか考えられない。
だが、いくら油断していたとはいえ、帝里が反応出来ないほどの速度で行動するなんて人間離れしている。
「…なるほど?何があったか知らないけど、どうやらテリーも強くなったみたいだね。」
異世界干渉、そんな言葉が頭をよぎり、混乱する帝里の目の前で、別人ではないかと思わせるほどの威圧感を纏った双治郎がゆっくりと口を開く。
「…僕も悪かったよ。手を抜く、なんて馬鹿にするような発言をして…
だから、」
そして、真剣な面持ちになった双治郎が剣先を帝里に向けたとき、帝里は何度も経験したことのあるようなその気配に、脳の裏がゾクリと跳ね上がる。
「真剣勝負でいこう、テリー。
僕も本気を出す。だから、本気で来い!!」
目をカッと見開き、気炎万丈にそう宣戦布告する、二年前とは全く違う友人の姿がそこにあった。




