実況勇者
「コラボ実況…か…ふーん、なるほど、なるほど」
椅子に座った玲奈が、スマホを横向きに立てかけながら面白そうにニタつき、すぐに動画をタップして開く。
コラボ動画が配信されて数時間後、玲奈は帝里のチャンネルを登録してないので、通知が来ないはずだが、玲奈はしっかりと動画を見つけていたのだった。
「確かに二人居ないと出来ないけど…これを見せられて私はどう反応すればいいのよ……」
帝里の動画を見て複雑そうな表情でため息をつきながら、玲奈はクッキーを口の中に放り込む。
「これでエルクウェルの動画は終了っと。…それにしてもどうやって撮影したのかしら?魔法で分身とかあるの??
さて、次はクラウディオスの方をっと……って何これ!?…??…あっ!まさかイブ!!?あいつがっ!!?……プッ…ハハハハハ!!ヤバいヤバいヤバい!!」
クラウディオスの動画を見て、一瞬でイブが作ったと看破した玲奈は、イブがやったという事実だけですでに面白く、笑いすぎて椅子から転げ落ちる。
「プッ、クスクス…やっぱ知ってる奴が実況やるの、むっちゃくすぐったいんですけど!!ククク…あのチビがねぇ…ひゃひゃひゃ、あ、ダメ…笑いすぎてお腹痛い!」
「姉ちゃんうるさいですよ!!勉強してるんで、もう少し静かにしてくれませんかね!?」
「あ、ごめん、でも面白くて…それに、呼び出したのはあんたよ?」
「分かってますよ!でも、もう少し静かに待ってください!!あと僕の部屋なんだからクッキーもこぼさないで!!」
イヤホンを外して退屈そうに答える玲奈に、京介が顔を真っ赤にして叫ぶと、少し拗ねた様子で齧り付くように数学の問題の続きを解き始める。
昼過ぎに京介に呼び出された玲奈は京介の部屋に来たものの、その京介が問題を解いている途中だったので、暇つぶしがてらスマホを開き、帝里のコラボ実況動画を見て待っていたのだ。そして、すっかり忘れていると思うが、この三人は一応、今年受験生である。
そのあと、玲奈が出来るだけ静かに笑いを噛み殺しながら動画を見ながら待っていると、ようやく京介が問題を解き終わり、京介はテーブルを引っ張り出してきて、二人分の紅茶を入れる。
が、次は玲奈の方が動画を見終わらないらしく、逆に京介が待つ形になる。
「ふーぅ、いやぁ、これは傑作だわー!!クッ、クスクス…よくもまぁ、あいつもやったものねぇ…京介も見てみたら?」
「いや、僕はよく分からないですし…ただ、あのイブさんが…?」
「そう!これだけ見ても良いかもよ」
玲奈は笑いを噛み殺しながら、それぞれの動画の好評価ボタンを押し、コメント欄に「うぽつ!」と打ち込む。
「うぽつ!」とは、「アップロードお疲れ様」という意味の、様々な活用がされる単語で、たかが3文字の言葉なのだが、動画投稿者にとっては、とても力溢れる、とても嬉しい言葉なのだ。なので、もし気に入った動画があったら、積極的に打ち込んでもいいかもしれない。
「で、なんでわざわざ私を呼び出したの?」
スマホを閉じて、ようやく京介の対面に座り、笑いすぎて喉が渇いた玲奈は注がれた紅茶に飛びつきながら、京介に尋ねる。
「やっと本題に入れる…まぁ、それはいいとして、話はその帝里さんのことですよ」
「帝里…?…家事ならそつなくこなしているし、むしろそこらへんのメイドとかより仕事が出来ると思うけど…?」
「えぇ、そりゃあ魔法なんて使うんですから家事は完璧ですよ。今だって壊れた壁の修復までしてもらってますし」
降参するかのように手を上げる京介に、玲奈は満足そうに頷く。
玲奈の家事能力が証明され、次は帝里の番ということで、この1週間、イブ&帝里ペアの家事スキルのチェックが行われていたのである。
もちろん、帝里達だって負けていない。本気を出さないと認められないと判断した二人は初日でイブの魔法の調整を終わらせると、それから二人は魔法を使って、料理は少し玲奈に劣るものの、他では充分な成果を上げてみせた。今も、イブの助けを借りながら、未来からの襲撃のせいで壊れた箇所の修復作業をしているのである。
「魔法が使えるってチート過ぎますよね」
「やめときなさい。チート扱いされたらあいつ、本気で怒るわよ?」
口を尖らせて羨ましがる京介を窘めながら、怒る帝里の姿を思い浮かべ、玲奈は苦笑する。
「なら、合格でいいのでしょ?」
「ええ、家事は姉上と同様、完璧です。しかし……家に置いとくには、あまりにも危険すぎませんか?この前だって…その…」
「…分かってるわよ」
言葉を濁す京介に玲奈は顔をしかめながら、その顔を隠すようにカップを持ち上げて紅茶を啜る。
この1週間、色々なことがあったと帝里達も言っていたが、その一つが未来からの襲撃である。
一度場所を特定されたせいか、あの後、何度か突然現れて、攻撃仕掛けて来たのだ。
その度に玲奈が“レイナバースト”で退治し、今ではもう仕掛けてくることがなくなったが、またいつ狙ってくるか分からない。
数度の戦闘の間に、相手はゲンゾーという人だと分かったのだが、イブはただ自分が狙われていると申し訳なさそうに謝るだけで、帝里にすら他に何も語ろうとせず、あまり事態は進展していないのである。
「場所がバレているなら、住む場所を変えた方が…」
「それだと、もしイブがまた元の大きさに戻ったら、違う場所で襲われることになるでしょ。
そのとき魔法を使ったら、魔法が他の人に知れちゃうじゃない!
全てこの屋敷に閉じ込めておくのが、帝里の夢のためにもいいの!」
「でもそれだと……第一、何故帝里さんにこだわるのです?」
「いや、それは別に…」
「姉上はもともと学校でも人と深くは関わらないような人だったじゃないですか。一体、2年半の間、その…引きこもっていた間に、何があったのですか?」
「……。」
京介の質問に、答えに窮した玲奈が声もなく口だけを動かしていたが、その口を閉ざして黙り込む。
しばしの沈黙が続き、諦めたように玲奈がハァと溜め息をつくと、決まり悪そうに顔を背けながら、再び口を開く。
「引きこもってた、か…まあ、そうね。
…2年前、ちょっと疲れちゃってね、私は家出したのよ」
「!!?…え…?」
これまで聞かされていたことと全く違う姉の発言の内容に、戸惑いが隠せず腰を浮かせる京介に、玲奈は静かに頷いてみせる。
「でも、私は半年前に立ち直ったの。その間の話は…まぁ今は置いときましょ
とりあえず、私は半年前、もう一度、頑張って生きようと心に決めたの。
でも、この世界は許してくれなかった。
高校は中退にされていて、戻る場所も、居る権利すらなくなっていたわ
することもなくって、家の中を歩いていても、メイドどもがひそひそと私の噂話をしてる…そしてなにより、あの父親が私をもう許さず、部屋に押しやるのよ。
もう私の人生は終わってた。」
「父上がなんで…?なぜ、また部屋に戻そうのするのです?」
京介の質問に、玲奈は寂しそうに笑って首を振るだけで、何も言わない。
「そんなのどうでもいいのよ…結局、私は私の意志で部屋に引きこもり始めた。
もうほんとに人生がどうでもよくなって、なんとも空虚な時間を過ごしてたわ…ただアニメを見て、誰かに見せれる、意味のある人生を送っているのを羨ましがってた…
…笑えるでしょ?アニメでは異世界から来た人や魔王ですら、きちんと居場所があって、働いているのよ」
ショックが隠せない京介の唖然とした顔をこれ以上、見ていられなくなったのか、玲奈は立ち上がると、パソコンのところまで歩いていき、優しくパソコンに触れる。
「そんなときにね、あいつの動画を見つけたのよ。
私と状況はあまり変わらないのに、あんなに元気で、前向きで、動画投稿しているのを見て、最初はなんであんなに頑張れるんだろうって不思議に思ったわ。
でもね、動画を見ているうちに、私までなんか頑張りたい気持ちが出てきて、やっぱり頑張ろうって、また思えたのよ。
実況者って、なんなのかしらね。ただ長い人生の時間を潰す、娯楽のひとつ?人気のためなら世界を滅茶苦茶にする目立ちたがり屋?きっとそれだけじゃないのよ。
私は帝里に救われた。声も顔も見えない相手なのに、元気をもらえた。私に帝里はまた立ち直る力をくれたの!私にとっては、あいつは手を差しのべてくれた、実況者で…勇者なの
そんなあいつが、バカみたいに大きな夢を立ててるのに、遠くから見つめているわけにはいかないじゃない!!
私は帝里の横に立っていたい。あいつを、あいつの夢を、私が隣で守ってあげたい!!
これが私の見つけた、生きたい道よ」
「……なるほど、分かりました」
どんな心境なのか推し量れないほど、顔から表情が消えた京介が紅茶をすすりながら姉の言葉に深く頷くと、突然ニヤリと笑う。
「とっても熱い告白でしたねぇ」
「あんたねぇ…」
「いや、こっちだって反応に困りますよ…
…姉上が立ち直ったのは僕の声じゃなくて、帝里さんの声だったんですね」
「あ、いや!あいつは合成音声だし!?ノーカンで…」
「まぁ、別に気にしてませんよ」
少し頬を膨らませ、ぷいっと横を向いて、拗ねてみた京介が焦る玲奈に、次はニコッと笑ってみせると真剣な表情に戻る。
「でも…さっきも言いましたが、帝里さんといると、かなり危険だと思いますが…
実際、姉上も追い払うときの魔法もかなり負担がかかるんじゃないのですか?」
「うっ…なんで知ってるのよ」
「いや、なんとなく魔法使った後、とても疲れているような気がしただけで…弟の勘ってやつですかね?」
「…それ、なんかシスコンみたいだから止めなさい?
…うん、私どうやら攻撃魔法は苦手みたい。性格的には活発的な方だと思うのだけどね~」
「引きこもっておいて、それを言います?…あ!なら、僕が代わりましょうか!?あの魔導石というのさえあれば、僕でも使えるらしいですし!!」
「いや、いいわよ!私が全部ぶっ飛ばしてやるから!!」
「えぇ~…僕も使ってみたかったのに…まぁ、いいでしょう。さて、」
京介がひとつ息をついて立ち上がると、湿っぽい空気を振り払うように大きく背伸びする。
「父上に、姉上がここに居られるように、僕が何とか言っておきます。
父上も内心、どうにかしたいと思っていただろうし、家事が出来るようになったという、思わぬ収穫もあったので、説得は割と簡単でしょ!
帝里さんは…僕の雇った執事ということで報告しとけば、大丈夫かな?」
「えっ!?京介、あんたもここに住み続けるの!!?学校は!??」
「一週間も一緒に居たのに、何を今さら…心配しなくても、うちの高校は進学校なので、もう行かなくても卒業は出来るんですよ。高校を中退したどっかの姉とは違って」
「うぐぅ…耳が痛い…」
「『この一年で将来のために世界を見てこい』と父上から言われてたのですが…まぁ、姉上達の隣で魔法を見てる方が、将来のためにもなりそうですし!」
「そう、ね…?じ、じゃあ、とりあえずこれからもよろしく。それと、色々ありがと!!」
玲奈に手を差し伸ばされ、握手を交わすと玲奈が満面の笑みを浮かべる。こんな笑顔を見たのはいつぶりだろうか、と京介はふと頭をよぎった。
「ところで、帝里さんの借金って、あれ本当なんですか?」
「本当よ。私も肩代わりするとき、見たのだけど、思ったより多くて、びっくりしちゃった」
「一体何をしたんです…」
「なんか鉄砲水でアパートの大事な柱をぶち抜いちゃったらしくて、それでアパートの一角丸ごと建て替えだって」
「ほんともう…やることが異世界仕様ですね」
京介が呆れたように笑うと釣られたように玲奈も笑ってしまい、しばらく笑い合う。
ようやく笑いが収まると、玲奈はなにか吹っ切れたような表情をしており、大きく頷くと、持ってきた荷物をまとめ、扉の方に歩き出す。
「だから、返すのは数年かかると思うから、仲良くしてね」
「はい、いつか『帝里兄さん』と呼ぶ日が来るといいですね」
「もう、そういうのじゃないってば…」
玲奈が疲れたように肩を落としながら、部屋から出ようと扉に手をかけるが、京介が申し訳なさそうに再び呼び止める。
「あの……帝里さんへの気持ちはよく分かったのですが…それだけじゃなくて、実況動画を見る前から帝里を知っていたのでは?…また、ただの勘なんですけど…」
少しおどおどと聞いてくる京介に、玲奈は溜め息をつくと、扉を開いて、振り返る。
「…ったく、その弟の勘ってやつこそ、チート過ぎない?」
玲奈は京介に手を振ると、部屋から出て、扉を閉めて出ていった。
「……立ち聞きなんて、行儀が悪いわよ?」
「いえ、姉弟水入らずの会話を邪魔してはいけないと思いまして」
玲奈が振り向くと、外で待っていたイブが澄ました表情で玲奈の目の高さまで飛び上がる。
「もう一度、先に言っときますが、エル様は、わ!た!し!の!勇者様ですからね!!」
「あー、そういえば、なんか言ってたわね…で、一体、何の用よ」
「エル様が、玲奈がコラボ動画を見たか聞いてこい、と」
玲奈はイブの話で、先程の動画のことを思い出し、つい吹き出し笑ってしまう。
「…その様子だと、ちゃんと見たようですね…」
「えぇ。まったく、あんた、もうちょっとどうにかすること出来なかったの?」
「うるさいですね、私だって急に言われても出来ませんよ!」
「って、それ、あんたが作ったって認めてることになるわよ?」
「まぁ、あなたはどうやっても騙すことなんて無理なのが分かってますからね」
「それってどういう意味…?」
玲奈が眉をひそめて尋ねるが、イブがぷいっと顔を横に向けたまま拗ねて答えてくれない。
「…でも、なんでここまでして、別人だと思わせようとするの??もう諦めたらいいのに」
「それは未来ではクラウディオスという実況者はエルクウェルと別人という設定だからですよ」
「…??…あー、未来なら分かるのか…だから、私のことも…
まぁ、いいわ。で、帝里は将来どうなるの?ちゃんと夢を叶えられたの?」
「………死にます」
「…へ?」
「夢の方は結果的には叶えられましたが、その後その平和も――」
「待って待って!!死ぬってどういうこと!?寿命が先に来たの?」
「いえ、エル様は乗っていた飛行機を撃墜され死んだとなっております。クラウディオスという男がその後、後を継ぐのですが…それがエル様なのか分かりません。」
「……それを帝里は知っているの?」
「はい」
素っ気なく淡々と答えるイブの返事に玲奈の顔色がサッと変わる。
「知っててなんでっ…今すぐ止めるべきよ!!
あんたもあんたもよ!そんなのっ…まるで帝里を未来のための生け贄にしているようなものじゃない!!」
「うるさい!!!!!」
イブの怒声で廊下の窓ガラスが一斉に弾け割れ、玲奈も思わずたじろぎ、言葉が止める。
「私だって!私だって!!エル様がそうならないように、命懸けでここに立っているんです!!!
…それに、自分が死ぬかも知れないという理由だけで止めてくれない人だってことは、あなたこそ、よく分かってるでしょう!?」
「うっ…そうだけど…でもッ…。」
玲奈は口を開くが、イブの表情を見ると言葉が続けられず、二人とも黙り込んでしまう。
「おーい、なんか窓がすげぇ割れてんだけど、どうなってるんだ!?」
黙って睨み合いが続けていると、階段の踊り場から、割れたガラスを見て、慌てた様子の帝里が現れる。
「いえ、別に何もありませんよ!」
「え、えぇ!」
二人はとっさに必死に誤魔化すと、お互い顔を背けるように帝里の方を向いて答える。
「そうか…また襲撃かと思ったわ…
ってイブを行かせたのに、結局俺も来ちゃってるし…まぁいいや!玲奈、コラボ動画は見たか!?」
「…まぁ」
「なら、俺とクラウディオスが別人だと分かっただろ!?」
「いや、あんたでしょ」
玲奈にあっさりと否定され、帝里は何言ってるんだと言いたげな、きょとんとした顔になる。
「いやいや…あのな?コラボ実況っては二人居ないと出来ないじゃん!!」
「いや、だからあんたと、イブで、二人でしょ?」
あまりにもすぐに答えを言われたせいで、逆に帝里の思考が追いついておらず、帝里はただ口をパクパクさせて、玲奈を見つめる。
「エル様…エル様が考案なさったときは、まだ玲奈の中では、私が‘人形’ということになっていましたが、その次の朝に‘人間’だとバレてしまっているんですよ?」
「いや別に人形でも、ここまで自立してたら、イブがロボットでも実況出来ると思うけど……
って、未来の襲撃が多かったのって、まさか、これをさせるためにイブの縮小化解いていたからじゃないわよね!!?」
「違う違う!違います!!解いてない解いてない!」
さらには玲奈に深読みまでされて詰め寄られてしまい、慌てて帝里は首を全力で振って否定する。
「…じゃあ、パソコンはどうなんだ!?むしろイブは人間だからこそ2台絶対に必要だけど、お前からは1台しか買ってもらってないぞ!!」
「…え?それは普通に買ってきたのでしょ…?一週間もあったんだし」
「…あ」
帝里は編集をサボって投稿までの時間が伸びたツケが回ってきたことを理解し、顔に手を当てて、立ち尽くす中、今回は自分も編集が遅かったイブが申し訳なさそうに縮こまる。
「逆に、よくそれで私を騙せると思ったわね……ほら、パソコン代、出してあげるから領収書出しなさい」
「いや、ないよ」
「だから…ハァ、分かった分かった。私はあんたがクラウディオスだと誰にも言わないし、知らないから。だから、実況でかかった経費の金額だけ言いなさい」
「その優しさむしろ痛いよ!!いや、家から持ってきたやつだから本当に要らないんだって!」
情けまでかけられて、もうやけになった帝里は全てを玲奈に打ち明けて、降参する。
計画が完全に失敗し、むしろ帝里がクラウディオスだと確信を持たれてしまう結果となり、帝里はかなり落ち込む。
「でも、エル様!チャンネル登録者は両方増えましたし、やって損はなかったですよ!!」
「そ、そうだよな!!騙された人も他にいるだろうし!!
よし、コラボ実況はこれでおしまい!壁の修復に戻るぞ!…あ、玲奈!本当に誰にも言うなよ!」
「…待って、帝里」
ポジティブに捉えることでなんとか意味を見つけて一区切りつけると、帝里は気を取り直して、仕事に戻ろうとしたとき、玲奈が静かに呼び止める。
「ねぇ…ほんとに世界征服を狙うの?」
「ん?あぁ、そうだけど…なんか聞こえ悪いけど、正確には、魔法の暴走しない平和な世界を目指すだけだからな?」
「…無理よ」
突然の台詞に帝里の表情が驚きに変わり、イブがこれ以上言わせまいと睨み付けてくるが、次はもう言葉を止めるわけにはいかない。
「あなた分かってる!?死ぬのよ!? 死だけはどうすることも出来ないの!
世界を一つ救って、魔法も知っていて周りより強いかも知れないけど、無理なの!次は死ぬってもう分かってるのよ!?そんなの勇気でもなんでもない、ただの英雄気取りの死にたがり屋よ!!
…わざわざ未来の通りにしなくてもいいじゃない!…こんなの止めるべきよ、誰も責めないわ」
「……なんか前の俺と同じようなこと言うな」
泣きそうになりながら訴えてくる玲奈を見て、イブに向かって自分の非力さを叫んでいたときを思い出しまい、恥ずかしさを誤魔化すように帝里は舌を出して苦笑いする。
「…かつての英雄は言ったそうだ。『いたずらに多くの人間がいても何もならない。一人の人間こそすべてである。』だと」
「…それは戦争において、でしょ。それに、そんなの!―」
「あぁ、無理だ。なにより‘時代’が違う。昔と違って、今は色んな国、色んな分野で、たくさんのことが同時に起こり過ぎていて、たかが人一人程度の力では、どうすることも出来ないかもね。
世界を救ってくれたような英雄も今はもう、誰も救うことが出来ないんだ。だから、」
帝里は手のひらの上にイブを乗せて笑いかけると、その手を玲奈の方に向ける。
「俺は皆でこの世界を救う。ここにいるイブだってそうだし、そして、俺のチャンネル登録者と!!」
そもそも帝里は自分一人で出来ると思っていない。異世界でも、クラウディオスやレイル、プトレミーシア王国の皆や、異世界全土の人々と協力することで魔王を倒せた。異世界に行ったからこそ、帝里は自分が何でも一人でやらなくてもいいと思えるのだ。
「なぁ、知ってるか?物事ってのは、そのうちの20%がほぼ全てを決まるんだって
だったら世界全体の20%の人が本気頑張れば、世界は変われるんだ。だから俺が目指す目標は―」
帝里は両手を伸ばして、右手は人差し指を立て、左手は大きく広げる。
「15億!!チャンネル登録者数15億人だ!!」
「15…億…」
「ああ!そして俺はその先頭に立って、皆と世界平和を目指す勇者になる!これが俺の戦い方だ!!」
皆と変える、皆と変えたい。これが、平和の創始者、勇者エルクウェルの戦いなのである。
「………ぷっ、フフ…アハハハハハ!15億って…!ほんとバカじゃないの!ハァハァ…日本人口の10倍の人数を日本語実況者がどう集めようってのよ?」
「うっ…それは頑張るよ!」
涙が出てくるほどを笑ってしまった玲奈は目元を拭きながら、呆れたように息を整える。
「まったくもう、こっちはこんなに心配してるってのに、あんたってやつは…」
「大丈夫だって!その未来ブレイカーとしてイブがいるんだし!!
なんてったて、ヤバい異世界で6年間生き延びたんだぜ?しぶとさだけは自信あるぜ!」
飛んでいるイブを指さしながら玲奈に笑いかけると、帝里は偉そうに胸を張ってみせる。
「それは誰の……ハァ、もう分かったわ」
玲奈は諦めたようにため息をつくと、スマホを取り出して、素早く文字を打ち込んで、何百、何千回と開けてきた実況者のページを開ける。
そして、決心するように一瞬動きが止まった後、一気にチャンネル登録のボタンを押すと、「登録済み」のサインが出たエルクウェルのチャンネル画面を帝里に見せつける。
「いいわ、その計画、私も乗っかってやろうじゃないの!!
私に何が出来るか分からないけど、絶対守ってあげるから、せいぜい頑張って叶えないなさいよ?」
「え、まだ登録してなかったの!?」
「うるさい!そこは軽く流しなさいよっ」
驚いて、口を開いている帝里の肩を小突くと、恥ずかしそうに手を前に置き、もう片方の手を上に突き出し、自信に満ちた表情で不敵に笑う。
「大丈夫、絶対上手くいく!…だって、あんたと私よ?」
「だから私の勇者様ですって!!」
むくれるイブに玲奈はべっと舌を出し、軽く指でイブの体を弾き飛ばすと、今日の昼食は何にしようかと呟きながら、嬉しそうに下に降りていった。
これで第2章は終わりです。お読み頂きありがとうございました!
ここで書き貯めがなくなってしまったので、更にペースが落ちそうです…
それと、名前を「かけもちの勇者様!!」に戻したいと思うので、よろしくお願いしますm(__)m
ではまた3章で!
「ご視聴ありがとうございました!!」




