コラボ実況!
「コ、コラボ実況…??」
「そう!コラボ!!コ・ラ・ボ♪」
首をかしげて聞き返すイブに、人差し指を立てて小躍りしながら帝里が楽しそうに答える。
コラボ実況とは、実況者同士が共同で何かを実況するというものだ。
実況者達の親交を深めるだけでなく、お互いの実況者が相手の視聴者に自分を知ってもらえるので、チャンネル登録者を増やすのに有効的な方法でもあるのだが、今回の帝里の目的は少し違う。
「玲奈は俺がパソコンを1台しか持ってないと思い込んでいるし…なにより!1人ではコラボは出来ないからな!」
そう、コラボ実況というのはコラボというだけあって、‘複数人’でするものなのだ。
なので、エルクウェルとクラウディオスが実況コラボをしたということは、人間が2人以上、つまり、帝里とは違う人が存在するというアリバイが成立する。
「で、もう片方をイブにやってもらおうってわけだ!」
「いや、それだともう…でも、両方の登録者が増えるのなら…
むむむ……ハァ、分かりました。確かにいつかやるべきだと思いますし、一生懸命、務めさせていただきます!!」
イブが何か言いたそうにするが、少し悩んだ後、思い直すように首を振ると、気合い十分に頷いて答える。
この計画が前提から間違えてるという、重大なことを相変わらず帝里は見落としているのだが、帝里はそのことに気づかず、やる気のイブを見て、満足げに微笑む。
「よっしゃ、決まりだな!!準備しよ!」
コラボをやることが決まると、早速、帝里とイブはもう1台のパソコンも手早く配線を終わらせ、電源を入れる。
古い方のパソコンが立ち上がる間に、帝里は新しい方のパソコンに実況で必要なソフトを入れ、それが終わると、両方のパソコンで録画ソフトを開き、動画撮影の調節していく。
少し手間取ったものの、ようやく撮影の準備が終わり、帝里はふぅとひと息をつくと、ボイスレコーダーを“エレルナ”で召喚する。
帝里の実況は合成音声を使った動画、通称ゆっくり実況と呼ばれるものであり、後で合成音声を吹き込むので、別に帝里の生声は必要ないのだが、帝里は自分の声を別で録音しておくことにしてる。というのも、これは後の動画編集を楽にするためなのだ。
帝里の実況形式なら、音声やネタを後で入れられるとはいえ、編集のときに全て考えるのはかなり大変なのである。また、編集が日を跨いだりすると、録画していたときに何を考えていたか忘れてしまったりすることも多々ある。
なので、帝里は録画がするときにメモ代わりとして、自分の声も録音しているのである。
例えば、「うわっ、ここで死ぬか…なら、あそこでフラグ立てとくか」や、「あーここ、見所ないから、カットか、動画を背景になんかネタ入れよ」といったように、簡単な動画構成やセリフを考えておいたり、後で何を考えていたか思い出したりするために、そのときの自分の感情や目的などをそのまま声に出して録音しておくのである。
大したことかもしれないが、帝里はとても重宝しており、ただ少し問題点があるとすれば、結局面倒がってあまり録音を聞かないことと、このせいで最近、思ったことがすぐ口に出てしまう癖がついてしまったことである。
「そうだ!言い忘れてたけど、今回の片方の実況と編集はお前がやってくれ!」
「えぇぇ!!?なっ、なぜ私が!!??」
「いや、俺が編集を両方ともやると似すぎて、さすがに他の視聴者にもバレるかもしれないからな…」
「な、なら生放送にしましょう!!声なしでプレイすることになりますが、その方が二人いることが、より証明出来ます!!」
生放送(ライブ動画配信)とは、テレビの生放送と同じように、実況動画を編集などせず、直接、リアルタイムで撮影し、視聴者にお届けする実況方法である。
「ダメだ。それだと、ライブ配信をやっている最中に玲奈がこの部屋に突撃してきたら終わりどころか、もろクラウディオスってバレる…」
「でも…!いきなりやれと言われても困ります!!」
「そこをなんとか!!俺たちの夢のために…」
「ううぅ、それずるぃ……もう!どんな動画になっても知りませんからね!!」
両手を合わせて頼み込む帝里に、半ばやけになりながらイブが頷き、なんとか了承して貰うと、気を取り直して二人はそれぞれのパソコンの前に立つ。
「まあまあ、気軽にやってくれていいから!それじゃあ、準備も整ったし…
記念すべき初コラボ実況、スタートだ!!!!」
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こうして、意気揚々と始めたコラボ実況だったが…
「きゃぁ!?死ぬ死ぬ!!エル様粉塵を!!……あぁ!剣が折れちゃったのでダイヤ剣をもう1本下さい!!……うぐぅ…バインドされたので列回復お願いします!」
「一体お前は何のゲームをやってるんだ!?!?今、俺の作ったゲームを一緒にプレイしてるいるんだよな!!?」
いきなり最初の実況録画の段階で、もう躓いてしまっていた。
というのも、イブが凄まじくゲーム下手だったのである。普段、帝里がプレイしているのを見ているだけで、イブが慣れていないというのもあるだろうが、なにより、
「うー…エル様、方向キーと攻撃キーが届かないっ…です…!」
「が、頑張れ…」
パソコンの前で必死に背伸びをしてボタンを同時に押そうとするイブのうめき声に、帝里は申し訳なさそうに声援を送る。
というのも、小さくなっているせいで、イブが一生懸命、全身を使って必死に伸ばしても、キーに体が届かないのだ。広いパソコンのキーボードで操作するときなど、軽く一人ツイスターゲーム状態になってしまっている。
かといって、接続が必要なコントローラーやキーボードを小さくするわけにもいかず、唯一出来たことといえば、イブを“認識順応”の限界までほんの少し、大きくするぐらいのことで、イブには悪いが、これで頑張ってもらうしかない。
「にしても、なんでこのクラウディオスは覚えている魔法が防御系ばっかりなんです!?全然倒せなくて、つまんないんですけど!!このッ…クソゲー!!」
「作った奴の隣でクソゲー言うなっ!!」
イブがコントローラーのアナログスティックを両足で器用に操作しながら、焦れったそうに暴れ叫び声を上げる。
帝里の作ったゲームは基本的にエルクウェルを操作する一人プレイ用にしてあるのだが、今回、コラボのために二人でもプレイ出来るよう、クラウディオスも操作出来るようにしたのだ。
そうなると当然、帝里がエルクウェルの方を担当し、イブがクラウディオスとして実況することになるわけだが、イメージのせいでどうしても、クラウディオスのキャラを防御系のスキルばかりのサポート向けに設定してしまった。
そのせいで、火力で押しきりたいタイプのイブにはクラウディオスがお気に召さないらしく、さっきから無駄に前に出て攻撃するも、ダメージを全然与えられなくて、イブが軽く発狂を繰り返しており、なかなかゲームが進まないのである。
「なんか、守護の英雄のキャラを火力姫がやるってのも、なんか矛盾みたいで面白いな」
「いやいや、なにが守護ですか!!絶対こいつも脳筋ですよ!!
こんなチマチマ守っていたら、私がぶっ飛ばしてやります!」
「さぁーそれはどうだろうな」
イブの言葉に、二人が本気でやりあったらどうなるか、少し帝里は気になったが、想像しただけでも恐ろしく、すぐに考えるのをやめる。
「エル様~、もっと攻撃技とかないんですかー!?」
「えー…だいぶ前のことだし、あいつどんな感じで攻撃してたか忘れたわ…
…もう半年かぁ…」
腹いせにイブがスティックを無茶苦茶に動かして、画面上のクラウディオスを右往左往させているのを眺めながら、ふと帝里は異世界の英雄に思いを馳せる。
気づけば、帝里が異世界から帰ってきて半年がもう経っていたが、今、向こうの異世界はどうなっているだろうか。異世界で6年過ごしたのに、こちらの世界では1年しか経過していなかったので、あちらではすでに3年が経っているのかも知れない。
改めて帝里は異世界で6年という、わりと長い月日を過ごしたわけだが、そうなると、レイルを始めとして、幼いのにやたら強い謎の二人の幼女ペアや、当時はまだ騎士団長ではなかったアテル、はたまた異国のお姫様など、様々な人々と冒険をしてきた。
そして、その中でも特に付き合いが長かったのが、やはりクラウディオスである。いつ出会ったか思い出せないほど、気づけば帝里の隣にいつもいて、もしかしたらレイルよりも過ごした時間は長いのかも知れない。
「一番の思い出があの鎧か…」
あまりパッとしない自分の異世界生活に悪態をつきながらも、急に懐かしさが押し寄せてきた帝里は、ふとある事を思い出して、“エレルナ”でボロボロになったスマホを召喚する。
このスマートフォンはたまたま異世界に持っていけた数少ないものの一つで、異世界での写真が残っているのだ。
とはいえ、異世界にWi-Fiが飛んでいるはずもなく、ほとんど出来ることは何もなくて、写真を撮るぐらいにしか使えず、さらに、バッテリーが寿命を迎えており、充電してもすぐに電池切れになって、再び充電するのが面倒だったり、写真自体に途中で帝里が飽きたりしたせいで、そんな世にも珍しい異世界の写真も、最初の方と、時々帝里が思い立ったときの写真しか残っていない。
なので帝里はフォルダを開いても、大体、風景とレイルとクラウディオスしか写っておらず、もう少ししっかり写真を撮るべきだったと今さらになって後悔する。
そんな写真の中でも、やはりクラウディオスが写っている写真が多くあるが、全て全身甲冑で覆われており、顔が分かる写真は一枚もない。
結局、帝里もクラウの素顔を一度も見たこともなく、女性説を帝里も否定しきれないほど、謎に満ちた英雄。彼?は平和になった世界でもうまくやれているだろうか。
平和になった世界には英雄も勇者も要らない。
そのことに気づいた帝里は、すぐにこの世界に戻って来ることにしたわけだが、残されたクラウは一体どうしているのだろうか。魔王封印の守護という大役があるので、案外まだまだ必要とされているかも知れないし、もしかしたらレイルと良い感じの関係になっているかもしれない。
「ってあれ???ロリっ娘ペアの名前と顔も思い浮かばない!?なんで!?写真は…残っていないか……あれー…?俺の刀を一緒に作ったはずだけど…??
一緒に連れているとき、周りの目がすげぇ痛かったから記憶から消したのか…?…」
「エル様ーー!そろそろ実況再開しましょーよー!!」
「ん?あぁ、そうだな…じゃあ、やろうか!!」
他にも数人の記憶に不自然なくらいぽっかりと穴が空いていることに気づき、これも異世界干渉なのだろうかと疑問を抱いていると、イブに急かされてしまい、帝里は思い出に耽るのもこれぐらいにしてコラボ実況の撮影の続きに取りかかる。
その後、帝里の作ったゲームのPVも兼ねた撮影をなんとか無事終えることが出来たのだが、やっている内に楽しくなった帝里は、まだ不完全燃焼のイブがまだ別のものをやりたいと言うので、ついでにいくつか他のゲームも実況することにし、撮影を続けるのであった。
そして、昼過ぎから数時間の予定で始めたはずが、気づけばいつしか外がすっかり暗くなった頃、ようやく追加分の撮影も完了して全ての収録を終わり、疲れが籠もった指で録画終了ボタンを押す。
「…はい、これで終了…!!お疲れさん!」
「ふぅ~~…お、お疲れ様でした…思ったより疲れますね……」
初の録画しながらのプレイに疲れ果てたイブがヘナヘナとその場に倒れ込む。無理もない、始めてから、かれこれ5、6時間もずっと撮影を続けていたのである。
「いやぁ~、ほんとお前ってゲーム下手なんだな~!」
「うぐっ…歌なら得意です!!」
「ばーか、だから生声は使えないんだって」
あの後、様々な種類のゲームを一通りやってみたのだが、確かにリズム系や音楽系のゲームはかなり上手く、音楽面ではかなり才能があるのだと意外な一面を見せられたものの、他は全くダメダメで、編集せずともプレイヤースキルだけでエルクウェルとクラウディオスを別人と理解してもらえそうな程であった。
「ほら、いつまで倒れてるんだ、これからが本番だぞ?
とりあえず、俺の作ったゲームの実況は両方入れるとして……たくさん撮れたから、後はお互い違うゲームの編集をしようか。被らない方が両方の動画見ても楽しめるし!」
「うぅ…本当にしないといけないんですか…もうこのまま投稿しましょうよ!」
「それはダメだって…ほら、さっさと立ち上がって、編集を始める!お前がいつも俺に言ってることだろ!」
再び愚図り始めたイブに帝里は檄を飛ばすと、さっさといつも通り編集に取りかかる。
しかし、こういうときのコラボ実況は全部一人で作るのか、それともお互いで話し合いながら編集するのか、コラボ実況が初めての帝里はさっぱり分からず、どちらが一般的なのか少し悩む。
が、よく考えたらコラボ相手は結局、自分で迷惑かけ放題なので、帝里は帝里の動画を、イブはイブの動画を好き勝手に作ることにし、お互い自分の動画に専念し始める。
あと、気をつけるとしたら、お互いの性格ぐらいだろうか。
我ながら単純だが、玲奈に指摘されてから、エルクウェルは頭脳系プレイ、クラウディオスは感覚系プレイと、お互いの実況スタイルを変えることにしている。
実際の人物の性格が反対なのはご愛敬だが、イブは感覚系プレイヤーだったので、今回に関しては何も問題ないだろう。
「えっと…まずこのソフトで編集をして、これに移して確認したら完成でしたよね?」
「おう、そうだ!それと、この頃、著作権敵なのが厳しくなってきてるから、気をつけてな」
「了解です!…あれ?声の抑揚の付け方ってどうするですか?」
「お、凝るねぇ!それはだな…―」
いつもは隣で見ているだけのイブが、一緒に作業して動画を作っているのがなんだか新鮮で嬉しくて、帝里はノリノリでイブの質問に答えようとした瞬間であった。
突然、部屋の扉がコンコンと叩かれ、帝里達がビクッと肩を跳ね上がらせたのも束の間、帝里の返事を待つことなく、ドアノブが捻られる。
慌てて帝里は“エレルナ”で昔のパソコンを消すと、扉が開かれる寸前のところで、後はそのままにして一気にベッドにダイブっ――
「やっほー!!またまた私特製の晩御飯が出来たから早く下に……ってあれ?あんた達何やってんの??パソコンついてるし…実況してたんじゃないの?」
「い、いやぁ!?つ、疲れたからちょっと休憩してただけだよな、イブ?」
「は、はい、疲れた――いえ!私は何もしてないので全然疲れてません!!とても元気ですよ!?」
案の定、一番見られたくない玲奈が訪ねてきて、焦ってしどろもどろに受け答えをする二人に玲奈が戸惑いの表情を浮かべる。
「いやなんか変よ?…なに?私の話でもしてたの…?」
「いや全く。」
「そ、そう…じゃあ、風邪が移ったのかな…?…あ!そういえば風邪は!?」
「それはおかげさまで治りました。ありがとうございます」
「なら、よかったわ…あ、ご飯だったわね。実況もさっさと切り上げて下に来なさいよ。
イブも元気なら手伝ってちょうだい」
あまり納得していない表情を浮かべつつも、玲奈は不思議そうに手をおでこに当てながら部屋から出ていき、なんとか上手く誤魔化せた帝里たちは更にドッと疲れ、再びベッドに倒れ込む。
「あっっぶなかったぁぁ…」
「これからは注意しなければなりませんね…
とりあえず一旦終了して、私は食堂に行ってきますね」
「あぁ、俺もすぐに行く。編集は一週間ぐらいを目処に頑張ることにしようか」
「あっ、それ、いつもサボるときの台詞!」
「はいはい、早く行くぞ」
頬を膨らませるイブを帝里がいつものように適当に流しながら、二人は一旦作業を止めて、食堂に向かうのであった。
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「……っと!エル様!!これで完成です!!褒めてください!!!」
「おう、お疲れ様!初めてなのによく頑張ったな!!」
編集が終わったイブの頭を小指で撫でながら帝里が褒めると、イブは嬉しそうにしながら、動画の最終チェックに入る。
一週間後、この間に色々なことがあったものの、二人は玲奈や京介に見つからないように注意しながら、なんとか両方の動画を完成させることが出来たのだ。
「にしても…ほんとに別作品だな…」
「だ、だから言ったじゃないですか!!急には無理だって!」
「そういう意味じゃなくてだな…」
別にイブの編集が下手なのではない。いつも帝里の動画作りを隣で見てたせいか、むしろ初めてにしては素晴らしい仕上がりになっている。
帝里が言いたいのは、合成音声を使っているボイスも、動画で使うキャラの立ち絵も帝里と同じ物のはずなのに、動画の雰囲気といい、印象といい、帝里の物と全くの別物になっているのが不思議であり、帝里は唸り声を上げる。
「…あの~、この、エルクウェルをべた褒めなの、どうにか出来ないか?
クラウディオスが俺だとバレたとき、むっちゃ恥ずかしいんだけど」
イブが編集した動画は、露骨ではないが、かなりエルクウェルを誉める動画になっていて、見ていて妙にむず痒くなり、思わず修正するようにイブに求める。
「こ、これは私の仕様です!!それにバレないための動画でしょう?」
「うっ……わ、分かったよ
とりあえず完成だ!!さっさと投稿するぞ!」
イブに要求を撥ね除けられ、仕方がなく諦めた帝里は自分の机に戻ると、確認を終えたイブと投稿準備をする。
「…いくぞ?」
「はい…!」
あとはボタンを押せば投稿されるという最後のところまで行くと、二人は投稿ボタンに手を置き、緊張した表情で顔を見合わせる。
「「いっせいのーで!!!」」
そして一呼吸置いた後、掛け声に合わせて、二人は同時にボタンを押した。
―…ピコンっ♪―
軽快な音と共に、動画投稿完了を知らせる通知が開き、達成感と開放感に二人はしばらくパソコンの前でその画面を眺めたまま動かなくなってしまい、やっと終わったこと噛み締める。
「…よし。これで終わりだ!!洗濯物とか干したりとかして、時間を潰してから玲奈のところにいくぞ!!」
「了解しました、エル様!!」
動画投稿を終えた二人は嬉しそうに部屋から出ていくのであった。




