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かけもちの勇者様!!  作者: 禎式 笛火
2章 居そう浪人勇者エルクウェル
17/58

一人暮らし



「おい……起きろ。」

 

「うぎゃッ!!?いっったぁ!!?…何するんですか!!?帝里さんこそ、倒れた人に優しくしろって、お母さんに習わなかったのですか!?」

 

「悪いが、うちの親は風邪を引いてても無理やり学校に行かせるタイプだ。

 で、どういうことなんだ?」

 

「あ、ええっと、何から話しましょうかね…」

 

 帝里に叩き起こされた京介が頭を振りながら起き上がって来ると、ちょうど帝里と向かい合う形で地べたに座り、イブが帝里の膝の上にちょこんと座る。

 

「まず…帝里さん、この家に来てから家政婦さんとかを見ましたか?」

 

「…いや…?あれ?そういや見てない気がする…」

 

 京介に言われて、帝里は記憶を辿ってみるが、それらしき人物を見た覚えがない。

 

「てっきり、超万能メイドとかがいて、少数しか居ないから、見かけないのだと思ってたけど…」

 

「いや、ここは異世界じゃないんですよ。そんな人、居るわけないでしょう…

 この家には、僕たち以外誰も居ないんですよ」


「あぁ、この豪邸に金かけすぎて、人雇うお金がなかったのか」


「うちの家はバカか!?ちゃんと実家には居ますよ!!」


 京介が疲れたようにため息をつく。帝里もこっちの世界のリアルメイドを一度見てみたかったので残念だ。

 

「どーりで昨日、ここに来たとき電気が全く点いてなかったんだな」

 

「あ、言われてみればそうでしたね。

 で、その家政婦やメイド、執事…まとめてお世話係さんとでも言いましょうか、彼らが居ないのは、姉上を恐れており、その姉上に、この家から追い出されてしまったからなんです…」

 

「恐れる……?」

 

「ええ、姉上の作った料理を食べると死んでしまうという噂を信じて」

 

「いや、お馬鹿さんかな??」

 

「本当は食べた人が倒れて、病院送りになっただけなんですが…それに尾ひれが付いて、そんな話になっただけです

 それに引き籠もってたりしてたので、何かと避けられてますしね…」

 

「いやいや…そんなファンタジー、この世界であるわけないだろ…」

 

 話の後半はともかく、前半については信じられないと、帝里は軽くドン引きしながら呟くが、京介は弱々しく首を振って答える。

 

「実家では父上が、姉上が料理を作るのを禁止にしていたぐらいですからね…

 それに、なんてったって、姉上自身も料理が出来ないって自覚しています!」

 

「えっ…じゃあ、なんであいつは作ろうとしてるんだ…?」

 

「さぁ…全く何考えているのか、さっぱり分かりません…」

 

 帝里と京介は唸り声をあげるが、誰も明確な答えが出ない。ただ一つ言えることは、病人の帝里にとってそんな料理は確実に殺人料理に変わることだ。


 そんな二人を見て、イブはなぜ分からないのかといった表情で帝里の顔を覗き込むが、それにも気づかない帝里に、イブは諦めたようにため息を吐くと、大人しく座って二人を見守る。

 

「…姉上はもともと、センスはあるけどないのです」

 

「なんじゃそりゃ」

 

「幼い頃から勉強をはじめとして書道、お琴、護身術、生け花等々、沢山のことを習っており、全てでその才能が認められています」

 

「…あんまり使わなさそうなのもあるけど、すげぇじゃないか」

 

「ええ、ただ…それらの事も始める前はとても酷かったそうで…どうやら要領は良いのですが、自分という個性を入れようとすると、酷いものが出来てしまうのです」

 

「な、成る程…」

 

 つまり、玲奈は習えば何でも出来るが、習わなければ下手過ぎるという人間なのらしい。なんとも残念な娘である。

 

「なので父上は様々なことを習わせたのですが、『家事系全てはメイドや執事が代わりに出来る』ということで完全に放置されてしまったのです」


「この現状はお前の父親のせいかっ!!」

 

「もう本当に酷いですよ。料理に、部屋の整理、掃除、洗濯…」

 

「ちょっと待て、さすがに洗濯にセンスは関係ないだろ」

 

「…洗濯機に入れたはずの服がほどけて、大きな毛玉になって出てきたのを見たことがありますか?」

 

「それ逆にすごいな!!?」

 

 3日ほど洗濯し続けていれば出来るのだろうか。もはやセンスどうこうの話ではない気がする。

 

「だから一緒に暮らすってなった時、帝里を雇ったんですよ。さぁ帝里さん、料理が美味しくなる魔法でも使っていいですから、どうにかしてください!」

 

「そんな作ってくれた人への思いやりのない魔法はねぇよ。

 それにそもそも、昨日のご馳走の残り物を食えばいいだろ」

 

「もう朝に実家から人が来て、回収していきましたよ!!」

 

「じゃあどうするんだ!?…ハァ、仕方がねぇ、そこまで言うなら俺が今すぐ食堂に―」

 

『ピンポンパンポーン♪…えー、えーと、朝食のシチューが出来たわよ!!さっさと食堂までいらっしゃい!!』

 

 館内放送で玲奈の元気な声が響き渡り、三人は顔を見合わせる。時計を見るとまだ10分しか経っていない。

 

「10分でシチュー…レトルトか!」

 

「いえ、そんなもの、家にはなかったと思うのですが…」

 

「まぁ10分なら正味、何も出来ないだろ…少々生煮えの野菜料理だと思えば食える食える」

 

「えぇ!?私、生煮えのニンジン嫌いです~」

 

「我慢しろ。倒れるよりかはよっぽどましだ。」

 

 そう決めつけると、三人は少し嫌がりながらも安心して下に降りていった。





「嘘だろ…シチューが…出来てるだとッ!?…」

 

 しかし、着いた食堂のテーブルには3つの皿に盛られたビーフシチューが湯気をたてて置かれており、3人ともその食卓を見て、唖然と立ちすくむ。

 

「いやだから、出来たって呼んだでしょ」

 

 テーブルの奥で胸を張る玲奈がそんな3人に呆れたように答える。この10分の間に、さらに着替えも終わらせてきたようだが、どうやら服の着方は、誰からも習わなかったようだ。

 

「姉上…なぜエプロンの上からパーカーを着ているのですか…服着たら、意味がないでしょう」

 

「いや、だって煮込む間、寒かったから…」

 

 9月の中旬で、確かに急に寒くなったのも分かるが、帝里からしたら、一度も鍋の前から離れて欲しくなかったものである。

 

「帝里さん、どうするですか…」

 

 京介が帝里の横に来て、小声で尋ねる。

 

「シチューだからな…よし、口の中で水属性魔法使って全力で薄めるか」

 

「作ってくれた人への思いやりはどこいった!!?それに僕はそんなこと出来ないですよ!」

 

「なにごちゃごちゃ言ってるの?はやく席に着きなさい」

 

 焦れったそうな玲奈に急かされて、仕方がなく椅子に座る。見た目はわりと普通のシチューなのだが、10分という時間を考えると逆に恐い。

 

「わ、私はお人形用のお皿で結構ですー!」

 

 プライドを捨て、皿の大きさで料理の量を減らそうと考えたイブが、慌てて昨日のおままごと用の小さい皿を探して飛び回るが、なかなか見つからない。

 

「あぁ、あれなら割れていたから、さっさと捨てたわよ」

 

「えぇ!?そんなぁ~…」

 

「ほら、やっぱり食べづらいんでしょ~

また買っておいてあげるから、今はそれで我慢しなさい」

 

 玲奈が嬉しそうににたつくが、目論みが外れ、絶望したイブはヘナヘナとテーブルの上に落ちていく。


 とはいえ、せっかく作ってくれたのだから、結局、食べるしかない。風邪による鼻詰まりのせいで、全く匂いが感じられず、もしかしたらこのまま味覚も麻痺していてくれているかもしれない。

 

「まぁ、解毒の魔法が使える俺が毒見するのが妥当なんだろうけど…」

 

 玲奈が緊張しながら、イブと京介は泣きそうになりながら、帝里の方を注目しており、もう引き下がれない。こういうときに回復系が使えないイブは、本当にずるいと思う。

 

「えっと、それじゃあ…いただきます!!」

 

 三者三様の面持ちに見守られながら、覚悟を決めた帝里は一気にシチューを口に頬張った。

 

 味わう前にすぐに飲み込んだ方がいいのか?それとも、味で危険性を判断した方が…?口の中だけなら被害は少ないし…

 

 そうこう決めかねていると、シチューが帝里の舌に染み、味が伝わり始める。

 

「うがっ、うぅ……ってあれ?…旨くね?」

 

「まさかっ!?」

 

 帝里がポロッとこぼした感想に、玲奈がホッと胸を撫で下ろす中、京介が信じられないと、椅子を蹴って立ち上がる。

 そこで、本当だと証明するために帝里はもう一度シチューを頬張ってみせる。


 次はゆっくり味わって見るが、やはり感想は同じで、確かに少し独特な味付けではあるが、なんなら帝里好みの味である。

 安心したせいか、さっきまで何も感じなかった嗅覚も戻ってきて、シチューの湯気の温かな香りがより一層味に深みを持たせている。


 さらに程良い濃さに、具もほろほろの柔らかさと、風邪の帝里にも、とても優しい味になっている。こんなのレトルトでは作れないと思うのだが…

 

「よかった~!朝早くから仕込んだ甲斐があったわ!」

 

「まぁ、そんなオチだと思った。ほら、お前らもマジで旨いから食ってみろ」


 嬉しそうにはしゃぐ玲奈と勧めてくる帝里の様子を見て、京介やイブも恐る恐る、シチューを口に持っていくと、二人とも目を見開き、

 

「美味しい…」

「うまっ!?え?なんで?姉ちゃん料理下手でしょ!?」

 

「いや、確かに下手だったときもあるけど…さすがに私だって下手ならわざわざ作らないわよ!」

 

 京介の失礼極まりない発言に、玲奈は少し決まり悪そうにしながらも、顔をしかめ、口を尖らせながら、京介の頬をつねる。

 

「あの、京介様。よく考えたら、玲奈はしばらく一人で暮らしていたので、嫌が上でも料理の腕が上がるんじゃないでしょうか」

 

「そ、そうよ」

 

「た、確かにそうですね…一人暮らしってすごい!!」

 

 まだ失礼なものの、二人からも腕を褒められ、恥ずかしそうに玲奈がもじもじする。


 さっきから黙っている毒見係はというと、皿に盛られていたものをすでに平らげて、コンロに置いてある鍋からおかわりを注いでいる。正直、帝里より上手く出来ているのだ。

 

「でも、うーん…何て言うんだろ、この懐かしい感じ……お袋の味ってやつか?」

 

「ま、まだお袋と呼ばれるほど、歳を取ったつもりはないんですけどー?」

 

 不思議な感覚に帝里が首を傾げるのに対し、19歳なりたてピチピチの玲奈は不服そうに頬を膨らませる。

 

「そうそう帝里、頼んでいたパソコンが今朝届いてたわよ。

 …本当に1台だけでよかったの?」

 

「ああ、1台だけでいいよ。借金上乗せとはいえ、買ってもらって悪いな、ありがとう!」

 

「別にいいわよ、その借金を返すための唯一の収入源なんだし。でも、2台の方が効率あがると、私は思うけどなー?」


「はいはい、うるせー」

 

 玲奈がまたしつこく疑ってくるのを帝里がやり過ごしていると、2人のやりとりを食べてながら聞いていた京介が不思議そうに首を傾げる。

 

「…パソコンなんて買ってどうするんですか?株でも始めるんですか?」

 

「あぁ、京介は知らなかったわね。帝里は実況者やってるのよ。クラウディオスとエルクウェルってやつ」

 

「エルクウェルだけだから。」

 

「実況者って…あの動画投稿する人のことですよね?…でも、なんで?」

 

「そう言えば、そうね…なんで?」

 

「なんでって言われてもな…」

 

 2人に問い詰められて帝里は答えに窮する。だいたい大抵の実況者に始めた理由を聞いたとしても、『なんとなく』としか答えなさそうなものだが…


「エル様…もうこの2人には話しても良いのではないでしょうか…魔法も知っちゃいましたし」


 本当の理由を述べるべきか、適当に誤魔化そうか帝里が悩んでいると、イブが右手の裾を引っ張ってきて、帝里は決めたように頷く。


「そうだな…なら、未来のことも言った方がいいし、イブが説明してくれ。

 あんとき混乱してたから、俺も、もっかい聞きたいし」

 

「分かりました!では、食事中ですが、少し失礼して…」

 

 イブは机の上で姿勢を正し、咳払い1つすると、3人にゆっくりと語り始めた。

 

===========================

 


「まさか…魔法にそんなことが…?」


 長い説明を終え、イブがフゥーと一息をつきながら飲み物をすする中、話を聞いていた京介は驚きのあまりか、スプーンを持ち上げたまま固まっている。


 先程、魔法や未来人を軽く流せた玲奈も、今回は深く応えたようで、暗い表情のまま俯きながら、帝里のもとまでやってくると、


「ごめん…私、あんたの夢壊しちゃった…それにこの魔導石は渡した方がいい…?」

 

「いやっ、別にそこまでしなくていいし、気にするなっ!?

 どうせ、いつか魔法は伝わるし、それに、さっきもそれで守ってくれたしな!」

 

 急に落ち込みながら、魔導石を差し出す玲奈に帝里は慌てて元気づけると、どうにか玲奈も少し安堵した顔を見せる。

 

「…というわけで、俺は世界平和のために実況者をしてるってわけだ!」


 少し暗くなった雰囲気を誤魔化すように、帝里が無理矢理、話の結論をつけ、話を終わらせる。しかし、実況で世界征服とは、我ながら大きく出たものだ。


「でも…なんで実況なんですか??別に方法はいくらでもあると思いますが…」

 

「それは………な、なんとなくだな…」

 

 結局、帝里もその答えに辿り着いてしまい、自分に呆れながら帝里は誤魔化すように笑う。

 

「というか、わざわざ世界征服しなくとも、悪と戦うヒーロー的な存在として活躍するとかどうです?」

 

「いや、まず、今の俺は魔法使えないし。自分の風邪すら治せないんだぞ?」

 

「そうよ!

 だ か ら!!」

 

 玲奈が帝里の言葉に大きく同意しながら、帝里の前に銀のトレーを勢いよく置く。そこには何十種類ものカラフルな錠剤が小山になる程まで詰まれており、危ないおくす―風邪薬のようだ。


「はい!!家にあるだけの薬全部よ!!これで、その風邪をさっさと治しなさい!」

 

「いや、この量はさすがに…」

 

「だめよ!すぐに治すためにも、お薬増やしておきますね!!」

 

「いや、それ本当に増やす訳じゃ…」

 

「問答無用!!!」

 

「ちょ、イブ助け―ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

とっさにイブに助けを求めるが、イブも早く風邪を治させたいのか、申し訳なさそうに顔を逸らされてしまい、千恵羽邸に本日2度目の帝里の絶叫が響き渡るのであった。

 

 

===============================

 

 

「うっぷ…うへぇ、胃の中で薬の形が分かる…」


「凄い量を飲まされていましたもんね…」


「お前も助けろよな~…」


 今になって心配してくる京介に、帝里は再び嘔吐きそうになるのを堪えながら、恨めしそうに睨みつける。せっかく美味しかったシチューも胃の中で踊る薬の異物感で台無しだ。


「それにしても、あのシチュー、本当に美味しかったですね…」

 

「あぁ、それな!誰かが騙そうとしていったんじゃないか疑うレベルで。」

 

 未だに驚嘆しているイブに帝里は軽く頷くと、帝里とイブは無言で京介を見る。

 

「…い、いや嘘なんかついてないですよ!!前は本当に…」


「「………。」」


 京介が必死に弁解するが、イブと帝里の不審そうな表情は変わらない。


「……もうッ!分かりました!じゃあ、ついてきてきてください!!」

 

「ッちょっ、お前引っ張るな!!?俺が風邪だってこと忘れてるだろ!?」

 

 そんな二人に京介はムスッとした態度で帝里の腕を掴むと、強引に引っ張りながら、急にツカツカと歩き始め、イブが慌ててついて来る。


 そうやって、京介は帝里を引きずるように階段を上がり、長い廊下を進むと、ようやく3階の一室の前で立ち止まり、帝里を開放してくれる。


 帝里は引っ張られた腕をさすりながら、目の前の扉を見ると、「玲奈」と書かれた真新しい札が立てられており、どうやらここが玲奈の部屋のようだ。


「さぁ、これを見てください!!」

 

 半ば意地になっている京介が力任せに扉を開くと、家によって変わる洗濯剤特有の香りと女性らしく微かな香水の香りが帝里の鼻をふんわりと通り抜ける。

 

「え、なにこれ……」

「さ、さすがにこれは酷いですね…」

 

 しかし、同時にそんな香りと正反対の部屋の有り様が目に飛び込んできて、帝里とイブは思わず後ずさりする。


 まず目に付くのは様々な物が積み上がって、完全に占領された机と全て口を開いて、中のものを部屋に吐き出してしまった棚という棚、立派なクローゼット、引き出しといった、物を収納する類いで、「ぐちゃあ…」といった擬音語がよく似合いそうな汚部屋になってしまっている。


 そして、強盗にでも遭ったのかと思うほど、中に入っていた服、本、DVDなど全てが乱雑に床に放り出され、帝里のもとのアパートの部屋より遙かに広いはずなのに、足の踏み場が本当に一切ない。

 

「ね?帝里さん、ね?お姉ちゃんダメダメでしょ?」

 

「いや、ね?って言われてもな…」


 なぜか誇らしげに胸を張る京介に呆れながら、部屋に足を踏み入れ、改めて部屋の中を見渡してみる。


 ノートやルーズリーフなどの紙くずが散らばっているものの、さすがに女の子だからか、カップヌードルを食べた後のカップや食べカスといった、生ゴミ類は落ちておらず、そういった汚さはない。とはいえ、これはゴミ屋敷そのものだ。

 

「昔から姉上の部屋はこんな感じです。昨日、覚悟しといてくださいって言ったでしょ?」

 

「いやぁ、言ってたけどさ…」


 朝食で玲奈に期待を抱いていた分、帝里の中でかなり衝撃が大きかったが、雇われた以上、やらないわけにはいかない。


「…とりあえず、床に散らばっているものから片付けて―」


「ぉーまーえーらは人の部屋の前で何しとるんじゃぁああ!!!!!!」


「あがっ!」

「いっっっ!!?」

「ぎゃっ!――ぶごっ!!?」

 

 急に背後から凄い勢いで殴りこまれて、痛みで帝里と京介は思わず、頭を押さえてしゃがみこみ、小さいイブはぶっ飛ばされて、壁に叩きつけられる。


「あんたらって奴らは!!?ほんとッあんたらはッ!!何してるのよ!!!」


 とっさに後ろを振り返ると、洗濯棒を持って、顔を真っ赤にした玲奈が立っていた。帝里に言われたことを意識して直接殴らないようにしたのだろうが、これはこれで結構痛い。

 

「いや、一応雇われたし、こんだけ汚いから掃除してやろうかと」


「汚い言うな!!

 …イっ、イブの服を選ぶときに散らかっただけよ!!いつもは違うから!…ほんと違うから!!

 それに自分で掃除するから結構です!!!」

 

 玲奈が凄い剣幕で捲し立てながら、帝里達を部屋から追い出すと、全力で部屋を片付け始める。


 追い出された三人は懲りずに扉から顔を出し、中の様子を窺うと、驚くことに、凄まじい勢いで物が片付いていくのである。

 玲奈が一回通ったところには、もう何も残っておらず、床にあったはずの物がみるみると棚やクローゼットにものが収納されていく。

 

「いや、はやッ…全然掃除も出来てるじゃねぇか……これも一人暮らしのおかげなのか…?」

 

「いや、まさか…うそでしょ!?一人暮らしすご!!?」


「なんでも一人暮らしのおかげにするな。あとだから入ってくんな!!!」

 

 京介達が驚いている間に、もうすでに半分ほど片付け終わり、玲奈が後半戦に取り掛かっている。

 

「…なんか完璧に家事出来すぎて、玲奈が超万能メイドみたいじゃないか?」

 

「そ、そうですね……ってあれ?じゃあ帝里さん達って、もう雇う必要ないんじゃ……」

 

「ま、まぁ?出来るとやるは別問題だし?わ、私もそろそろ飽きたし、残りはてい―っうぎゃぁ!?」

 

 白々しく持っていた服を撒き散らした玲奈が、話に気を取られ、その服に足を滑らせて、豪快に転ぶ。

 そして、そのまま部屋の奥にあったドアにぶつかると、吸い込まれるように隣の部屋に倒れ込んでいった。


「いたたたた…急に一体なんなのよ、もう!」

 

 突然、玲奈が消え、慌てて帝里達も隣の部屋に追いかけると、部屋の入り口で玲奈が大の字で倒れながら怒っている。

 

「なんかお前、よく転ぶなぁ。今年の受験も転ぶんじゃね?」

 

「縁起悪いこと言うな!!!ったく、誰のせいで転んだと思ってるのよ」


 どうやら怪我はないようで、悪態をつきながら、起き上がってくる玲奈に帝里は手を貸す。


「にしても、この部屋は何なんだ……」

 

 打ったところをさすっている玲奈の横で、帝里が明かりを点けると、次はこれまた違った部屋の酷さに驚き呆れる。


 部屋の壁際の本棚にはラノベだの、ブルーレイがたくさん詰められ、床には色んなゲームが積み上げられているのだが、妙に整頓されているように感じるのが気持ち悪い。


そして中央に大きなソファーが置かれていて、その目の前に、液晶テレビが置かれており、いつもここで堕落した生活を送っているのであろう。

 

「えへへ、すごいでしょ?ゲームでなんか実況したいのあったら持っていっていいわよ」

 

「え、まじか!?助かる!!」

 

「助かる、じゃないですよ!!姉ちゃん!ここは書庫だったはずですよね!!?ここにあった本はどうしたんです!?まさかッ、また捨てたんじゃ…」


「もともと誰も使ってないし、読まないから近所の図書館に全部寄付した」

 

「また文句がつけ辛い有効利用を…

 ハァ…しかも、それじゃ取り戻し辛いじゃないですか……」


 玲奈の言葉に、京介が諦めたように頭を押さえながら部屋から出ていく。あんな調子で疲れないのだろうか。


「さぁ、帝里!!何を観る?何を観る?これとか超萌えるわよ!!」

 

 京介が出て行った途端、ここぞとばかりに玲奈が嬉しそうにブルーレイを腕いっぱいに抱えながら帝里に詰め寄ってくる。

 

「いや、お前から飲まされた大量の風邪薬のせいで、むっちゃ眠いんだけど…」

 

「そんなの知らないわよ。風邪を引いたら大人しくアニメを見るのが決まりでしょ?さあ沢山観るわよ!!」

 

「もう叫ぶ元気もねぇよ…勘弁してくれ……」


 弱々しく抵抗する帝里にお構いなしに、玲奈は帝里を無理矢理、ソファー座らせると、うきうきした様子でテレビのリモコンを操作する。


 このあと帝里は半分眠った状態になりながらも、玲奈のアニメ鑑賞にずっと付き合わされるのであった。



=======================

 

 

「うきゅぅ…なんか目がショボショボする……」

 

「あー…エル様、お疲れ様です…」

 

 やっと解放された帝里は自分の部屋のベッドに倒れ込む。


 あの後、うとうとして、しばらく寝ると玲奈に起こされて、また微睡むを繰り返していて、正直内容は覚えていない。

 しかし、風邪薬の効果は絶大だったようで、少し寝ただけで、まるで寝ている間に回復魔法をかけられたかのように、すぐに風邪が治った。

 

「玲奈とアニメ鑑賞なさっている間に、届いたパソコンの配線とか初期設定、済ませておきました」

 

「おぉ、ありがとさん!じゃあやりますか!!」

 

 イブが頷いて、パソコンの電源を入れる。

 

「…なぁイブ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 

「昨日の晩におっしゃっていたことですね!はい、何でもお申し付けください!!」

 

「なら、まずはあれ」

 

 帝里はさっきイブが電源を入れたパソコンを指し示す。イブには何がしたいのかさっぱり分からず、ただ首を傾げる。

 

「そしてっ!“エレルナ”っ!!」

 

 元気になり、魔力が戻った帝里が声高らかに召喚魔法を発動させると、机の上にもう1つパソコンが現れる。

 

「これはエル様の…!ハァ、やはり隠し持っていましたか…」


「言い方…」

 

 そう、アパートに住んでいたときに使っていたパソコンである。イブの洪水で流される直前に、実況道具だけは“エレルナ”で転送しておいたのだ。

 

「それで、この2つになったパソコンを使って、何をなさるのです?」

 

「俺がクラウディオスでないと玲奈に信じ込ませる!」

 

「まだそんなことを…」

 

 イブが呆れたように溜め息をつくが、帝里にとっては大事なことである。


 もうすでに魔法の存在がバレてしまったのに、誰も知らないはずのクラウディオスの正体までバレたら、もう未来が滅茶苦茶になってしまう。あくまで、途中までは歴史通りの波に乗っておきたいのだ。

 

「まぁ、その考えも分からなくはないですが……では、どうするのです?」

 

「ふふふー、よくぞ聞いてくれた!!」

 

 帝里は嬉しそうに、にたつきながら、イブに向かってポーズを決めると、自信満々に答える。

 

「玲奈にエルクウェルとクラウディオスが別人だと思い込ませる方法。


 それは‘コラボ実況’だ!!」



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