とまらない干渉
………ッ…!
千恵羽邸に招かれた初めての朝、少しうなされながら眠っていた帝里だったが、部屋に誰かが入ってきた気配に気づき、パチリと目を開く。
しかし、どうにも起き上がる気にならず、仕方がなく二度寝がてら、訪問者をやり過ごそうと目をゆっくり閉じたときだった。
「んんッ…!?な、なに…?」
突然カーテンが開け放たれ、目の前が急に眩しくなり、まどろんでいた帝里は、嫌々目覚めさせられる。
まだ風邪が治ってなかったようで、頭はひどく痛み、すごくだるいのだが、何故か解放感に満ち溢れて体は少し軽く、そのちぐはぐ感が、とても気持ち悪い。
「――え?」
窓際から声が聞こえ、帝里は眠い目をこすりながら、恨めしそうにそちらを見ると、呆然と立ち尽くしている京介の姿が目に入る。
なんでいるんだ、と声に出そうとするものの、喉がやられているようで、かすれ声しか出ず、仕方なく京介の視線の先、自分の隣を見て、帝里も京介と同じ表情に変わる。
「イ、イブっ、なんで元に戻ってるんだ!!?」
「…むぅ~…ん?あぁ、エル様、おはようございます。
エル様、なんか小さくなりましたね、ふぁぁぁ…」
「バカっ!!お前がでかくなったんだよ!」
イブの魔法が解けたときのお決まりのボケをやるが、今はそれどころではない。京介がいるのだ。
体調不良で魔法が解けることはよくあることだったのだが、今回は何故かイブは服を着ておらず、枕元に昨日のパジャマの残骸のような布切れが落ちている。
最悪なことに、玲奈に人形用の寝間着を着せられていたせいで、イブが元に戻ったときに破け散ったのだ。
「いやっ、でもこんな状況、誰かに見られたら絶対にヤバ――」
こんな誤解しかされない状況でも、まだ京介なら説明を聞いてくれるはずと、縋るように帝里は京介の方を見る。が、その京介の視線は、すでに帝里を離れ、帝里の背後の部屋の入り口を向いており、帝里も背後から感じる異様な殺気に、肩がビクンと飛び跳ねる。
振り返りたくないのだが、思わず恐る恐る振り向いてしまうと、怒りで髪がなびく、執事姿の少女が震えており、帝里の冷や汗の量がさらに増える。
殴られる!と、帝里は思ったが、よく考えたら楽勝だ。イブにかけていた魔法も解けて、魔力も戻っているので、魔法で防御をあげてしまえばいい。
「―っ!?え、なんか魔力が…」
そう余裕ぶっていたのも束の間、玲奈の拳にどんどん魔力が貯まっており、帝里の顔が真っ青に染まる。
膨大な魔力の持ち主である玲奈からは、怒りで魔力の素、無マナが体から溢れだし、魔力に変わっているのだ。
「なんでッ…えっ、ちょっ、ちょっと待って!」
そんなものをまともに食らったら無事であるはずもなく、あまりの予想外の出来事に、帝里は慌てて防御を張ろうとするが、風邪のせいで全然、魔力調整が上手くいかず、全く成功しない。
「イブ助けてッ、待ってッ、お願いだからッ!!」
「…お前は人の家で何をしてんだぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
朝の静かで和やかな雰囲気に包まれた屋敷に玲奈の大怒声、と帝里の絶叫が響き渡った。
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「……なるほど。
ハァ、魔法…魔法ですか…。…にわかには信じがたい話ですね…」
腕を組みながら、難しそうな表情を浮かべた京介が、唸り声をあげ、疲れたように頭を振る。
そして、その前に縮こまるように正座した、大きなたんこぶを乗っけた帝里と、毛布を一枚だけ羽織った人間サイズのイブが恐る恐る頷く。
イブがこんな格好でいるのは、持ってきた服は執事服一着だけだったのを玲奈に取られた上に、玲奈が他の服を着る間も許されずに事情聴取を始めたからであり、毛布は目のやり場に困る京介から提供された物である。
…状況は最悪だ。誤解もそうだが、とうとう魔法が他の人に知られてしまったのが、帝里にとっては辛かった。
一緒に住む以上、いつかは気づかれるだろうと思ったが、まさか2日目の始まりを待たずしてとは、帝里の想定より遙か早すぎる。こんなので、必要なときまで世の中に隠し通すことが出来るのだろうか。
「…で、魔法を使ってイブさんを小さくしていたと…
むしろ、『イブさんをモデルにした精巧な人形を作った』と言われた方が、まだ信じられるのですが…」
京介はまだ理解出来ないようで、さっきから帝里の説明を何度も独り言のように繰り返し呟いている。
それでも、やはり男の子、魔法には興味があるようで、
「その…魔力とかって、僕にもあるのですか?」
「あぁ…一応、生物全員が持ってる…」
「なら、僕にも使えるわけですね!?電撃とか飛ばしてみたいなぁ…!」
「今そんなことどうでもいいでしょ!!」
京介の後ろに仁王立ちでこちらを睨んでいた玲奈が、浮かれている京介を怒鳴りつけると、押しのけ、質問を代わるように、帝里とイブの前に立ちはだかる。
「そんなことより!!…なんで裸のイブと一緒に寝ていたか聞いているのよ!!」
「察しなさい。」
「イブっ!?ち、違うからねっ!?」
すまし顔で勝手に答えるイブに、帝里は慌てて答えを訂正しながら、経緯を説明する。なお、巨大化で普通の服だと破けるということを帝里は完全に忘れており、過失であり、そのことを強く主張しておく。
「…じゃあ、なんでイブは小さかったのよ?」
「えっと、体の中にある魔力の素を、魔法で風船の空気を抜くように…」
「だれも仕組みなんか聞いてないわよ!!なんでわざわざ小さくしているかを聞いてるの!
…まず、こいつって何者なの?さっきから、やたら目立つけど」
「「未来人」」
「もうキャラ付けが多すぎるー!!」
とうとうギブアップしたのか、京介が叫びながら、大げさにその場で倒れ込む。
玲奈も驚いて目を見開いているが、それ以上姿勢を崩すことはなく、オタクはここら辺の理解が変に早くて助かる。
「まぁ…魔法があるなら未来もあるでしょう。じゃあ、なんで未来人とやらが、こんなところにいるのよ?
それに、わざわざ自分の力の大半を使ってまで、こいつを小さくする理由が分からないわ」
「ああ、それはな!実は―」
なんとも都合の良い質問に、帝里がここぞとばかりに、勇んで説明しようと口を開いた瞬間だった。
“ヴーヴー、敵襲発生、敵襲発生。屋敷内への避難及び、迎撃準備を開始して下さい。”
「もう、帝里さん!!!次は何なんですかっ!!?」
「なんでも俺のせいにするな!?俺も分からねぇよ!」
「これは私よ、落ちつきなさい」
屋敷中に鳴り響く警報に怒ったように騒ぐ京介をなだめる玲奈は、落ち着いた様子でタブレットを取り出すが、それを覗き込んだ途端、目を見張る。
「なっ!?もうすぐそこじゃない!…なんで分からなかったのかしら…!?」
そう焦るように呟くと、玲奈は慌てて部屋から飛び出していき、廊下の向かい側の窓を勢い良く開け放つと、グイッと空を見上げる。
「なにあれ…戦闘機…?」
後を追ってきた帝里も、同じように窓から空を見上げると、飛行機のようなものが上空を停止飛行しており、思わず声が漏れる。
ただ、翼の上の部分には厳つい機銃が、さらにその下の部分には、大きな黒い円柱の砲台のような筒が取り付けられており、全く穏やかではない。
「エル様、あれがタイムトラベメルです!」
「「タイムトラベメル??」」
「タイムマシーンみたいなもんだよ。なんてジャストタイミング…!
…それよりなんかすげぇ戦闘向きな姿してるな」
「いえ、タイムトラベメルは目立たないよう、その時代に合わせた乗り物に姿を変えられるのです」
「いやさすがに戦闘機は目立つよ!?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!??なんかもう攻撃して来そうなんだけど!!?」
タイムトラベメルの感想を言い合っているうちに、相手の戦闘機の翼に付いた砲台の奥が光り始めており、それを見た玲奈が悲鳴をあげる。その光からは、はっきりと光属性の魔力を感じるので、どうやら本当に未来の乗り物のようだ。
「…なんか未来のやつらって血の気多くないか?」
「いえ!多分、あれも前と同じで警備員ではありません!!乱暴過ぎます!」
「…じゃあ、英雄殺し?」
「いえ…ちゃんと捕まったと思うのですが…まぁ、私達に害を与える気満々のようですね」
「だから!―もうっ、敵と判断するわよ!!攻撃準備!!!」
今にも攻撃してきそうな緊張に堪えなくなった玲奈が、たまらずタブレットの赤い開始ボタンを押す。
“迎撃を開始します。避難を急いで下さい。”
館内アナウンスが響き渡ると共に、屋敷の左右の棟の三角屋根が開き、中から複数の機関銃と戦艦に積まれていそうなほど立派な固定砲台が顔を出す。
「ここほんとに日本だよな!!?」
「帝里さん、ほんとに何も知らないんですね…
こんなご時世だから、日本でも個人の武器の所持が許されたんですよ。
…この屋敷がこんな魔改造されているのは、僕も一切知らなかったですけどね!!」
「えへへ、趣味の範囲よ」
「どこが!!?」
京介の叫びに、玲奈が舌を出して誤魔化している中、日本だけは平和だと思っていた帝里は一人、目の前の光景に、かなりの衝撃を受ける。
良くも悪くも国民の意見が取り入れられやすくなった新政府は、敵から襲われるかもしれないという国民の恐怖から出た武器所持の要求を、みすみす認めてしまったらしい。
「どこの誰かは知らないけど、仕掛けてきたのはそっちだからね!
砲撃開始!!」
先程まで狼狽してた玲奈はいつの間にか、好戦的な笑みまで浮かべており、意気揚々と掛け声をあげると、それを皮切りに一斉に砲撃が始まる。
数機もの機関銃が火を噴き続ける中、ときどき発射される大砲の轟音が鳴り響く。一年半前の日本では考えられなかった凄まじい光景なのだが…
「…まぁ、これで倒れてくれるわけないよな…」
相手は魔法を使えるようになった未来の兵器、機体の周りに魔法のバリアを展開しており、こちらの弾丸を全て弾いていく。
それどころか、相手も機銃で反撃に移っており、すでにこちらも数機破壊されて始めている。
「これじゃ押し負けちゃうじゃない!!あぁ、もう!!」
「あっ、待て!!玲奈どこに行くんだ!」
怒ったように急に駆け出した玲奈の後を追おうとするが、帝里はその気持ちを押さえつけると、タイムトラベメルの方へ向き直り、窓に足をかける。
「ちょっと!?帝里さんも何しているんですか!?」
「俺があの機械を止める。お前らは玲奈の後を追ってくれ!!」
「なら、私もあのタイムトラベメルと戦います!!」
「イブ、お前はダメだ!!その…はやく服を着ろ!!」
自分の現状を忘れていたのか、帝里の指摘に、イブはパッと顔を赤らめさせ、恥ずかしそうに縮こまる。毛布にくるまっているとはいえ、その姿で飛んでは完全に空飛ぶ犯罪者だ。
「でもッ、エル様だけでは――」
「飛べない、てか?
ふん、大丈夫だ、安心しろ!なんとなる!!」
まだ何か言おうと口を開くイブに、帝里は意味ありげな顔で笑うと、そのまま話す間を与えず、言葉を続ける。
「お前は京介を守ってやれ、いいな?
俺は‘走って’いく!!」
そう言い残すと、帝里は窓から飛び出して行ってしまった。
「…イブさん!イブさん!帝里さんなら大丈夫でしょ!
今はとりあえず服と姉上を探しましょう?」
窓に向かってまだ口をパクパクさせ、しばらく放心していたイブだったが、京介の声で我に返ると、京介の提案に静かに頷く。
そして、帝里を気にしつつも、玲奈の行った方向に駆け出していった。
一方、二階から飛び降りた帝里は地面に降り立つと、遙か上空にいるタイムトラベメルを見上げ、睨みつける。
「んっと、まずは…“ブレーヴ・オクスタル・コアトニー”!!」
さっと手を広げ、呼び出すと、すぐに帝里の周りに8つのクリスタルが現れる。色は全て茶色で土属性。
これで8倍してランクアップで‘地属性’になり、地属性になると、地面を操作する土属性に、もうひとつ能力がつく。
「よっと!…よし、浪人で運動不足でちょっと不安だけど、やってやるか!!」
帝里はピョンとクリスタルの上に乗り、感触を確かめると、次々に別のクリスタルに乗り移っていく。
そう、‘地’を作ることが出来るのだ。この場合、クリスタルがその役目を果たしている。
実は、帝里以外の相手には攻撃出来たりするクリスタルも、帝里自身は地属性でないとクリスタルに乗ることも触れることも出来ない。
地属性で固めないと、帝里がクリスタルに触れたとき、根源マナが体内に吸収されて、クリスタルが吸い込まれてしまうのだ。
そんな地属性になったクリスタルの上に乗っかった帝里は、自分の行き先にクリスタルを出現させると、それを足場にどんどん戦闘機に近づいていく。その様は、帝里が言っていた通り、まさに空を‘走っている’かのようだ。
しかし、帝里の存在に気づいた敵も、そう易々と近づかせてくれない。翼に付いた砲台から再び光が溢れだし、光の散弾となって、帝里目掛けて襲いかかる。
「へへ、そんなんで、倒せると思ったのかよ!よっ!ほっ!っと!!」
帝里はニタリと笑うと、様々な方向にクリスタルを出現させ、敵の攻撃の隙間を縫うように次々と乗り移って、散弾の雨をすり抜けていく。
この途中で急な方向転換が容易く、自分の好きなところに地面が出来るのが、とても便利で地属性の良いところなのだ。
そうして、放たれる光の散弾をひらりひらりと華麗にかわしながら、帝里はなんとか戦闘機のすぐ横に辿り着くと、肩で息をしながら、千恵羽邸を守るように、その目の前に立ち塞がる。近くで見ると想像より2倍ほど大きい。
「ハァハァ…あっ!!しまった…ッ!…着いたは良いけど、これどうやって壊すんだ…!?」
このタイムトラベメルの構造がさっぱり分からず、ここで初めて、イブを置いてきたことを後悔する。さっきイブの言いたかったことは、このことだったとようやく気づく。
「機械だから雷属性が有効なのか…?」
とりあえず見た目から考察してみるが、ここでひとつ問題が生じる。帝里は今、地属性しか使えないのだ。
帝里は本当に‘空中’と相性が悪いらしく、クリスタル8つ全てを地属性にしてないと、空中でクリスタルに安定して乗ることが出来ないのだ。
一応、帝里が‘生命’として存在するために、ある程度、全属性の根源マナを帝里の中に残してあるが、それだけの量ではこの機械は倒せるのだろうか。
「どうせ相手は指輪みたいな魔力倍増装置ガン積みなんだろ?絶対無理じゃん!
なんだよ、魔力倍増って!インフレか?ここはソシャゲか!?」
相手が強くなったというのに、こちらはむしろ地属性縛りで完全に不利状態という、絶望的な状況のあまり、帝里は半ば怒りながら、多方面から怒られそうな文句をこぼす。
「今から地面に降りてもどうしようもないしな…ここでやるしかない!!“コアトニー・ヘズス”!!」
このまま戦闘続行の腹をくくった帝里は4つクリスタルを自分の足場用として残し、残り4つを戦闘に使うことにし、帝里が手をかざすと、戦闘用の茶色の4つクリスタルがその先に集まり、大きな岩に変化する。
「とりあえず地面に落ちろ!!」
手を高く掲げて、勢いよく振り下ろすと、大岩もそれに連動して戦闘機に上から、隕石のように降り注ぐ。
しかし、戦闘機は素早く後退してそれをかわすと、機銃の狙いを帝里に定め、至近距離でも容赦なく撃ち返してくる。
先程とは違う実弾の速さに、帝里は慌てて剣を召喚して、剣で弾きながら、クリスタルに飛び移って、必死に攻撃をしのぐ。
そして、わざとクリスタルから落ち、戦闘機の下を取ると、再び岩を操作し、戦闘機を死角から襲うが、また容易にひらりと避けられる。速度が全然戦闘機の回避速度に追い付いていないのだ。
それどころか、体勢を立て直した戦闘機に、翼の左右についたミサイルと大砲から発射された光線の同時攻撃で岩が破壊されてしまった。
ちっ、と舌打ちしながら、帝里は自分の傍にまたクリスタルを出現させる。壊されても、根源マナはすぐ帝里の元に戻ってくるので、損害はあまりないが、自分に出来る攻撃はこれぐらいで、もう倒せる見込みが立たない。
仕方がなく、自分に残った魔力を使って、様々な属性の攻撃を試してみるものの、やはり力が足りず、全てバリアで弾かれる。体内では8倍化や、マナ分離が出来ないので、強力な魔法や複属性攻撃が行えず、中途半端な威力の魔法しか使えないのである。
こうして打つ手がなくなった帝里は、もう一度岩を生成し、また壊されるという、引き止めるためとはいえ、無駄なイタチごっこをやっていると、千恵羽邸に変化があり、中央の棟の屋上のガラスの球体が開き始め、それに気づいた帝里はすぐに振り返る。
どこか期待の念を込めながら、帝里が目を凝らすと、中からは中央に立派な天体望遠鏡がひとつと玲奈、京介、イブの3人の姿が見える。よく見るとイブが服を着ており、どうやら玲奈の服を拝借したようだ。
「よっし!!イブ!!」
期待した通りのイブの姿に、思わず帝里から嬉しそうな声が漏れる。イブさえいれば、イブに掴まって飛ぶことで、帝里がクリスタルを好きな属性で使えるし、イブ自身が攻撃することもできる。
ようやく好転の兆しが見えた帝里は、岩を砕いて無数の礫に変えると、足止めに戦闘機へぶつけ続けながら、踵を返し、すぐにイブを呼びに中央棟の屋上へ走り出す。
「ちょっと!!攻撃が飛んでくるからこっち来ないでよ!!!」
ものの数秒で屋上に辿り着くが、先程まで攻撃を全て引き受けていた帝里が来たことで被害が拡大し、何故か望遠鏡の向きを調整している玲奈が非難するように叫び声をあげる。
「ごめん!それよりイブ!!飛んで俺をあそこまで運んでくれ!!」
帝里は謝りながら、礫の弾幕を処理している戦闘機の光散弾の流れ弾を避け、一生懸命京介を守るイブのもとに駆け寄ると、意図を察したイブが頷き、飛行装置を取り出し、準備を始める。
「…ちょっと!もうその必要はないわ!あんたはそこで座ってなさい!!」
帝里とイブが京介を安全なところに避難させ終わったところで、望遠鏡から降りてきた玲奈が、何か考えがあるのか、自信満々に接眼レンズの前に立ちながら、帝里達を引き止める。
「って言ったって、お前あれをどうす―おわっ!!?」
魔法に勝てるはずがないと、帝里は反論しようとするが、いつの間にか相手も礫の処理を終えており、再開した弾幕が帝里の目の前を掠め、思わずたじろぐ。
「だから危ないって言ったでしょ!?私が守ってあげるからじっとしてなさい!!」
再びそう言い放つと、玲奈は望遠鏡の前に立ち、接眼レンズに手をかざす。よく見るとレンズの部分にはレンズ以外の何かが嵌め込まれており、キラリと一瞬光る。
「屋敷を穴だらけにしてくれちゃって!!これでも食らいなさい!!
“レイナバースト”!!!!」
「「「名前!!!???」」」
ダサすぎる技名に全員が突っ込みをいれる中、玲奈が望遠鏡に触れた瞬間、玲奈の手元が眩く瞬き、一瞬、周りの音が消えた直後、凄まじい魔力の波動と共に、望遠鏡を砲身にして、極太の光線が放たれる。
その見る者を圧倒する荒々しいレーザーは、一直線に真っ直ぐ伸びていき、避ける間も与えず、張ったバリアを軽々と破り、戦闘機の右翼を深く貫き通す。
そして、光線が徐々に細くなって消えると同時に、直撃した翼が黒い煙を噴きながら爆発し、戦闘機のバランスが崩れ始める。
「よっしゃ、落ちたぁ!!
さぁ、帝里!とっとと潰してきなさい!!」
「結局、俺かよ!!?」
追いやるように玲奈に急かされ、帝里は再び戦闘機のもとへ行こうとするが、戦闘機は途中でなんとか空中で体勢を立て直し、飛行を再開する。だが、かなりのダメージが入ったようだ。
「なら、もう一撃…!…ってあれ!??」
追撃を加えようと玲奈が望遠鏡の向きを調整しようとした瞬間、戦闘機の近くに虹色の穴が出現したかと思うと、戦闘機がこの中に入っていき、その後、その穴はすぐに閉じてしまい、突然、静寂が訪れる。
「……え?…え??」
「どうやら時間移動で逃げたようですね」
急な展開に玲奈が困惑していると、イブが京介と共に奥から出てきながら教えてくれる。隣の京介はというと、最初あんな魔法に、はしゃいでいたのに、目の前で起きた戦闘についてこれなかったようで、ヘナヘナと疲れ切った顔でその場に座り込んでしまう。
「えぇ、なんか不完全燃焼…ま、いいわ。
それより、ああやって現れたのね。どうりで探知出来ないだけだわ…」
玲奈が窮屈そうに体を伸ばしながら、納得したように溜め息をつく。一体どんな警備を敷いているのか知らないが、未来人、しかも魔法使いはそもそも絶対に検知できないだろう。
「で、あいつらはなんだったんだ?」
「さぁ…?警備員ではないのは確かですが……何者かは分かりません」
一応、帝里はイブに尋ねてみるが、やはりイブが首を横に振って力なく答える。イブが分からず、相手が逃げ去った以上、もうお手上げだ。
「じゃあ、それは置いといたとして……おい、玲奈。それはなんだ」
「“レイナバースト”」
「もうそれいいよ!!それを見せろ」
何かを察した玲奈が必死に抵抗するのを押さえつけ、望遠鏡のレンズの部分に嵌め込まれている石を取り出すと、帝里は上に掲げて調べる。
「―っ!?まさか……魔導石!!?」
その正体に、帝里は堪らず叫び声をあげ、問い詰めるために玲奈に迫る。
間違いない。握ったときに感じるマナの流れの感触は、異世界だけにあったはずの魔導石そのものなのである。
「しかも、魔力を送るだけで魔法が発動するとかいう超絶レア……玲奈、これどこで見つけた!?」
「近くの森を散歩したら拾った」
「こんな貴重な石がそんなゴロゴロ落ちてるの!!!?」
だとしたら由々しき事態である。力を込めるだけで魔法が発動する、こんな魔導石が世間に発見されたら、魔法が一気に広まってしまう。
「あ、安心して!それだけしか見つけてないし、なんかそこだけ特別な雰囲気っぽかったから、きっとそんな落ちてないと思うわ!!」
帝里の狼狽ぶりを見て、玲奈が慌てて付け加えるが、帝里はショックを隠しきれず、黙り込んでしまう。それほど、とうとう魔法が帝里とイブ以外が使えるようになった事実は重かったのである。
「それを使えば僕も魔法を使えるようになるですか!!!?」
さっきまで、ぐったりしていた京介が魔法と聞いて、ガバッと身を起こし、目をキラキラさせながら、帝里の腕に縋りついてくる。
「いや、あんまりしない方がいいと思うが……それより玲奈。多分だけど、それを使っているせいでお前の魔力が溢れだしている。
朝もそうだったけど、そのせいで今、感情が高ぶると魔力が漏れちゃってて、それで耐性のない京介とか殴ると、ほんと危ないから気をつけろよ?」
「え?あ、はい。気をつけます……」
帝里から真面目な顔で忠告され、玲奈が急にしおらしくなる中、帝里は玲奈に魔導石を返す。さすがに取り上げる必要もないだろう。
「ていうか、そもそもなんで魔力が使えるんだよ」
「え?えーと…なんか、たまたま?」
「なんじゃそりゃ。
そういや、イブの指輪も同じように光ってるけど、…それも魔導石なのか?」
ふと指輪について思い出した帝里は、イブの左手を手に取り、イブの左手の中指で光る、あの魔力を底上げする指輪を眺めながら呟く。
「…うーん、やっぱりそんな感じではないし…
…どっからどう見ても光るただの指輪にしか見えないんだよなぁ」
「そ、そんなことありませんよ!!そのっ、あのっ…禁則事項ですッ!!」
顔を真っ赤にしたイブが慌てて帝里の手を振り払い、口ごもりながら誤魔化す。しかも、あの指輪、本人にしか効果がないようで、ますます謎が深まるばかりである。
「エル様!!とりあえず、私を小さくして下さい!また来ちゃいます!!」
「あぁ、そうだったな、はやくしないと。“エレルナ”!!」
イブに無理矢理、話を変えられた帝里は仕方がなく、すぐに魔導石を取り出すと、イブを中心として魔方陣を描き、イブに小さくする魔法“ルコナンス”をかける。
一度解けてしまったとはいえ、無事に再度、魔法は成功し、いつもと同じ人形サイズに戻ったイブは満足そうに“認識順応”を使う。
この作業中、ずっと京介が食い入るように見てくるのが、なんだか子供からおもちゃを取り上げた気分で申し訳なく思ってしまう。
「だぁぁぁ!疲れた…」
「エル様、お疲れ様でした」
なぜかいつもよりも疲れ、その場に座り込む帝里を、心配そうにイブが飛び回りながら気遣ってくれる。とはいえ、これで元通りになり、当分の間は大丈夫だろう。
「へぇ…ほんとに小さくなるのね…
てか、服も小さくなるんかいっ!!」
「そりゃ、お前の考えるようなラノベ展開は、現実にないからな」
「ならこの執事服は…ならちょっと待ってなさい!!」
何か考えついたのか、玲奈はそう言い残すと、再び勝手に何処かに走り去ってしまう。
そんな玲奈を待つこと5分、12歳の誕生日に買ってもらった望遠鏡を、玲奈にさっきの“レイナバースト”なる攻撃の砲台にされたせいで完全に壊され、すっかり落ち込む京介を慰めていると、昨晩のように両手に、次は人間サイズの服を大量に抱えた玲奈が現れる。
「お待たせ!!仕方がないから、私の服を貸してあげるわ!」
「いや、要らないですよ。…胸のところが窮屈ですし」
「うぐぅう!うっ、うるさい!!」
胸の所を引っ張りながらイブにあっけらかんと痛いところを突かれ、玲奈が顔を真っ赤にして喚き散らす。
すっかり言い忘れていたが、イブの胸は小さくなっても(縮小されてるから元のサイズのときと変わらないのだが)服の上からでも分かるほど膨らみがあるのに対して、玲奈は…どんな服でも着られる、起伏の滑らかな体型なのだ。
「執事服で胸を誤魔化そうとしたようですが、それ、私のなので、むしろ胸の部分がへっこんで憐れですよ」
「そんなんじゃないわよ!!」
「え、姉上、バレるってそのこと?」
「違うから!絶対に違うから!!」
もはや軽蔑するような顔で呆れる京介に、玲奈は顔を真っ赤にしながら、全力で首を振って否定する。
「第一!!胸なんて大きくてもいいことないし!小さい方が鎧とかよく締まるし!!?」
「いや、いつ鎧なんて着るんだよ…」
「知らん!とりあえず大丈夫そうなの選んできたから、さっさとしろ!!
…嫌なら全部、私のドレスにするけど?」
「結構です、その服をありがたく頂戴します!!」
玲奈の言葉にイブが即答の感謝を述べながら、服を受け取ると、一つにまとめる。その服の山にもいくつかドレスらしきものがいくつか混じってるが、そこら辺は2人に任せよう。
「じゃあこれ全部小さくすればいいんだな?はぁ…多いな…
ブラギドナ・オシクス・マアラン―……―アナ・“ルコナンス”!!」
その量に少し辟易としながらも、帝里はさっきと同様の方法で、大量の服の山をどんどん小さくしていく。
生物を小さくするより、無機物を縮小するほうが使う魔力は少ないとはいえ、それでも連発すると大分マナを持っていかれ、もう立つのもやっとだ。
「ふぅ~、使った使った…これでもう、ほとんど他の魔法は使えん―」
「なら、帝里さんも僕と同じただの人間ですね―って帝里さん!!?」
嬉しそうに帝里の肩を叩きに来た京介だったが、突然目の前で帝里が倒れ込み、慌てて京介が抱き上げる。すぐに帝里の顔を起こすと、耳まで真っ赤に染まり、額からは熱を発している。
「あぁ…さっきまで気が張ってたから、忘れてたけど、俺風邪だったわ…
うわぁ、先に“ヒール”でも使っとけば良かったぁ……」
今から魔法を使おうにも、イブと服にかけた魔法を解いて、また魔法をかけるのが大変なので出来ない。結局、人間らしく自然治癒に任せるしかないようだ。
イブと玲奈が心配そうに、そして苦しそうにこちらを見ている。こういうところはよく似ているのに、なぜ反りが合わないのだろうと、帝里は風邪特有の、なぜかぼんやりと考えに耽ってしまう。
「まぁそんな気にするな。よく考えればただの風邪だし」
「そ、そうよね!別にそこまで重病じゃないんだし、普通よね!」
暗い空気を晴らそうと、帝里の発言に同調し、玲奈が大袈裟に頷く。風邪になってる側からしたら重病に感じるのだが、帝里は黙っておく。
「いい?帝里、聞きなさい。
イブが人間なら、始めはあのチビとあんたを別の部屋にしようと思ってたけど…あの身なりじゃ、さすがに無理そうだから一緒の部屋に住んでいいわ!
そ の 代 わ り!!間違いだけは起こさないでよ!!もし変なことしてたら、あんたの部屋にこの“レイナバースト”ぶちこむから!!いい!?」
「はぁい…」
顔に魔導石を押し付けられながら聞かされた帝里は、もう反応する気力もなく、ただ力なく頷くと、それを見た玲奈は満足そうに頷き返し、次はイブに同じように念を押す。
「…よし、これで終わりね!家の破損は……うん、あとで。
じゃあ…私は服着替えるついでに、ちょっと遅いけど朝食を作って来てあげるから、せいぜい安静にしてなさい。」
そう言いながら、玲奈はタブレットを操作して、屋敷の左右の三角屋根と中央のガラスの屋根を元に戻すと、さっさと下に降りていく。
帝里はその甲高い機械音と立ち去る玲奈の足音を聞きながら、眠りに引き込まれていった。
「寝ないで!!」
「あだっっ!!?」
あともう少しで眠れるといったところで、帝里は急に京介に額を叩かれ、火花が弾け飛ばしながら目が覚める。
「なんだよ!?せっかく切りが良いところだったのに、何すんだよ!」
「訳の分からないこと言ってないで…とりあえず、さっさと起きて下さい!!」
「うるさいなぁ…倒れた人には優しくしろってお母さんに習わなかったのか?」
「母上なら幼い頃に亡くなりましたよ。」
「え……なんかごめん…」
「あ、いえいえ…、ってそんなことじゃない!!帝里さん、姉上の代わりに朝食を作ってください!!」
「いや、この状態ではさすがに無理だわ…」
「ッ…なら、イブさんでもいいですから!お願いします!!」
京介の必死さに気圧されたイブが慌てて玲奈の後を追いかけ始め、帝里は困ったように身を起こしながら、京介に尋ねる。
「何もそんなにドタバタしなくても…一体、どうしたんだよ?」
「どうしたも、こうしたも、昨日も言いましたが、姉ちゃんは全く家事が出来ないのです!!特に料理が!!」
「なんだ、飯が不味い系か…別に少々不味かろうが、俺はいいよ」
話を聞くのが、しんどくなった帝里は再び横になりながら、面倒くさそうに答える。異世界での旅で様々なものを食べてきたせいで、そこら辺の耐性はもうついており、多少のものは食べられるので、気にするようなことではない。
「そんな不味いで済むような話じゃないですよ!!」
必死に話を続けようと京介が帝里を揺すっていたところへ、肩を落としたイブがフラフラと飛んでくる。
「すいません…その旨を伝えたら、『あの家事と洪水を起こしたのは、あんたなんでしょ?そんなやつに調理場は任せれないわ!』と追い払われてしまいました…」
「…え……あ、終わった…―」
申し訳なさそうに述べるイブの言葉に、京介が絶望した顔で絶句すると、突然、その場にぶっ倒れる。
「いや、そんなに!?っておい!しっかりしろ!……ってお前が倒れるんかいっ!!」
帝里はだるい体を無理やり起こし、イブと一緒に倒れた京介の介抱を始めるのだった。




