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かけもちの勇者様!!  作者: 禎式 笛火
2章 居そう浪人勇者エルクウェル
15/58

千恵羽の帝里


 電車に揺られること二時間、辺りは見渡す限り田んぼで、少し帝里に故郷の田舎を彷彿とさせるような郊外に玲奈の家はあった。


 玲奈から事前に少し遠いと聞かされていたし、住ませてもらう身分だ。通学距離に全く文句も問題もない。ただ少し小さいマンションとも聞いていたはずだが…

 

「……イブ、なんだこれは…?」

 

「家…お屋敷…城?とにかく大きい家ですね…」

 

「いや、ほんとにマンションを大豪邸の意味で使う奴いるのかよ!!!」


 帝里の叫び声に玲奈がにたつくと、満足そうにペロリと悪戯っぽく舌を出す。


 辺りがすっかり暗くなってしまい、全体像はよく見えないが、かなり大きい豪邸のようで、その暗闇からでも伝わる存在感に、なんとも言えない威圧感を感じる。

 どうやら山を丸ごと一つ切り開いて、その上にこの千恵羽邸を建てたらしい。


「姉上、家のこと教えてなかったのですか…いきなりこんな家連れてこられて、住めって言われても困りますよ」

 

「そうでもないんだけどな…」

 

 少し馬鹿にしたような京介の発言に、帝里は少しムッとして、意地になって言い返す。


 異世界ではあのプトレミーシア王国の城に寝泊まりしていたことだってあるし、諸国をまわっていると、有力者の家を訪れることもあり、豪邸に入るのは実は慣れっこだったりするのだ。

 

「でも、こんな豪邸が真っ暗ってのも新鮮だなぁ。なんか夜でも無駄に電気全部点いてるイメージがある!」


「そう?それがお望みなら、してあげるわよ?」


 慣れているだけで、住んだことない帝里の勝手な豪邸象に玲奈が余裕の笑みを見せながら答える。どうやら期待通りのリアクションと、自分の家を褒められて、ご機嫌のようだ。


 と、そんな会話をしている間に京介が家の電気を全部点けてくれたようで、突然目の前が瞬き、あまりの眩しさに帝里は手で遮りながら、全体像が露になった家を眺める。へぇ、全部一括で出来るんだ。


 明かりの灯った大きなお家は五階建てで、左右がこちらに突きだしており、カタカナのコような構造になっている。

 茶色い外壁に左右の棟は赤い三角屋根、真ん中の棟は青いドーム状の屋根となっていて、真ん中の屋根は少し透けて見えるので、ガラス張りの屋根かも知れない。


 そして、その屋敷と50mほど離れた入り口の間には、真っ直ぐ綺麗に舗装された道が通っており、道の右は噴水やらテーブルなど様々なものが置かれているのに対し、左には全く何もない芝生が広がっており、アシンメトリーというやつだろうか。

 

「あー、家ひっろー、庭ひっろー」

 

「フッ、まぁだいぶ田舎だし、山奥だしね~」


「あ、確かに最後坂道だったな。……今まで、ここに一人暮らしだったの…?」


「言ったでしょ、部屋が余ってるって。まぁ3人とフィギュア1体になってもまだ余るけど」

 

「余りすぎだよ!なんかもう、左の棟ぐらい丸ごと貸してくれそうだよ!」


 隣で何部屋あるか、静かに数えていたイブも、あまりの多さに辟易したのか、諦めて早く入りたそうにぐったりしている。


「姉上~!僕の荷物届いているはずなんですが…知りませんかー?」

 

 電気を点けてくれるために家に入っていた京介が、大声で尋ねながら、小走りでこちらに駆け寄ってくる。

 

「??…あぁ、なんか今朝に来たやつ?よく分からないから捨てたわよ」

 

「ええぇ!!?」

 

「だって何も聞かされてないんだもん。そりゃ、怖いし捨てるわよ。

 下のゴミ捨て場に捨てちゃったけど、まだ回収されてないだろうから、早くとってきなさい」

 

「もーー!!ねーちゃんのばかーー!!」


 それを聞いた京介は怒りながら、帝里達の横を通過すると、入り口を出て、そのまま来た道を下っていく。その坂道も200mくらいあったはずなので、荷物の運搬は大変だろう。


「…私、可哀想なので手伝ってきますね」


「おお、頼む。でも魔法は使うなよ?」


 見かねて付いていこうとするイブに帝里が釘を刺すと、イブは神妙な面持ちで頷き、京介の後を飛んで追いかけていった。


「…にしてもでかいなぁ。こんな家がこっちの世界にも、しかも日本に実在したなんて…やっぱなんか干渉受けてんかね」

 

「あんな成り上がりどもと一緒にしないで!!家は洋風だけど、一応古くから続く名家よ!」

 

 玲奈が言ってるのは、おそらく帝里の居なかった1年にあった変化に伴い、現れた成金たちのことだろう。

 この1年で実況者や武器商人など、様々な職業が栄え、生まれ、巨額の富を得た者も少なくはないのだ。


「そうだ、帝里。京介にも言っちゃったし、あんたの借金、肩代わりしてあげるわよ」


「えっ、ほんとに!?」

 

「えぇ、国に借りたままだと、利子ついちゃうでしょ?私は別に無利子でいいし。その代わり、ちゃんと払いなさいよ」

 

「おぉ!ありがと、恩に着る!」

 

 利子が無しな上に、こんな豪邸で家賃0、さらに食費、光熱費など諸々も払わなくてもいいという最高の物件。やっぱり持つべきものは魔法ではなく、友達なのだ。

 

「そういやさ、さっきも思ったけど、京介って姉上呼ぼうとしてるけど、たまに姉ちゃんとかになるよな」

 

 思春期のパパママ呼びが、親父お袋に変わるやつの姉版だったとしても少し遅い気がする。

 

「まぁ、あの子にも色々あるんでしょうよ。

 別に、呼び方変えたいなら私はいいけど、苦労してるのはタイミングが遅かった京介が悪いん――」

 

「姉上のせいですよ!」


 大声で玲奈の言葉が遮られ、帝里と玲奈が振り返ると、いつの間にか帰って来ていた京介が肩で息をしながら、立っていた。


 しかし、イブの姿は見えず、帝里が探していると、京介の後ろから、高々と積み上げられた荷物が、帝里のも含めてフラフラと揺れながら、浮いてやって来る。

…イブ、ご苦労様。

  

「姉上が2年半も病気で会えなかったからですよ!治ったと思ったら、勝手にすぐにこの家に行っちゃうし!!」

 

「ちょっ、京介!?」

 

「え、お前病気だったのか…」


 京介に告発され慌てる玲奈の様子を見て、帝里は言っていることが事実と分かり、思わず心を痛める。本当に人には、様々な事情というものがあるようだ。

 

「父上に聞いても、病名も病状も教えてくれないで、ただ人と会っちゃダメな状態って言うし、家で療養してるってのに、一歩も部屋から出てこないし!!

 夜中一時まわっても、テレビの音が聞こえるから、試しに声をかけても、返事もしてくれない!人と会えなかったとはいえ、返事ぐらいしてもよかったんじゃないんですか!?

 それに…」

 

「あー、ちょっと待て京介、ストップだ」

 

 辛そうな表情で、2年半の寂しさを打ち明けてる感動的なシーンに聞こえる途中なのだが、帝里には思い当たることを見つけてしまい、京介を止め、眉間を押さえる。今の話と玲奈の趣味を統計して考えると…

 

「京介、その病名分かる気がする…」


「え、私、病気じゃないんですけど」

 

「え、ほんとですか帝里さん!?どんな重病だったんですか!?」

 

「その病名はな…引きこもりだ」


「はぁ??????????????????」

 

「引き…こもり…?」

 

「あぁ、現在絶賛流行中の病気で治療法も確立されていない。症状はさっきお前の言った通りだ」


「え、いや…」

 

「で、でもっ、それなら僕の声にぐらい応えられるはずですよ!?」

 

「諦めろ!お前の姉は弟より声優の声を取ったんだよ!!」

 

「ちょっと帝里!いい加減なこと言わないで!!…ね?京介?そんなんじゃないから、ね?」

 

「…じゃあ何をしてたんです?」

 

「え、えっと…それは…ね…世界を見てきたとか?」

 

「ネットでな」

 

「あんたは少し黙ってろ!借金、十一(といち)にするわよ!?

 …たっ、確かに京介の声は聞こえてない…かもしれないけど、それは物理的な問題で――」

 

「……姉上最低です」

 

「うぐぅぅ!」

 

 京介のトドメの一言に、玲奈がドサリと崩れ落ちる。周りに家がないとはいえ、まったく、この姉弟は家の前で何やってんだか。

 

「京介、話を聞いて!?」

 

「ふんっ、姉さんは僕なんかどうでもいいんでしょ!」

 

「そうでもないぞ、弟よ!!」

 

 京介が完全にへそを曲げてしまい、さすがに冗談が過ぎたと反省した帝里も、玲奈のフォローに入る。

 

「引きこもりを治すには家族の存在は大きいらしいからな。きっとお前の声がこっちに戻ってくるために必要不可欠だったはずだ!」

 

「僕が…必要…?」

 

「そ、そうよ、京介!!あんたのおかげで私は立ち直れたのよ!!」

 

 うんうんと必死に頷く玲奈の説得もあって、ようやく京介の表情が明るくなっていく。

 

「さぁ、京介!これからもお姉ちゃんを支えてあげるんだぞ!」

 

「はい、了解しました!!さっそく荷物を部屋に置いてきますね!行きましょう、イブさん!!」

 

「あ、待ってください…!」


 帝里の後押しで、機嫌が戻った京介が嬉々として屋敷に駆け戻っていき、慌ててイブがフラフラと追いかけていく。


「…お前の弟チョロすぎないか?なんだ今の茶番…ほんとに高3?」

 

「素直っていいなさいよ。あの子は放任で育ったから可愛いじゃない。

 …じゃなくて!!もうっ、危うく家庭崩壊しかけたじゃない!!」

 

「お前が引きこもってるのが悪い。…その…本当に、引きこもりだったのか?」

 

「まぁ、20%は正解よ」

 

「なんじゃそりゃ。それならむしろ間違いだろ」

 

 帝里の突っ込みに答えず肩をすくめながら、玲奈は入口の方まで戻って行き、門の横にあるレバーを倒すと、門が自動で閉まる。

 

「さぁ私達も家に入りましょ。プレゼントがないんだったら、せめて場を盛り上げなさいよ?」

 

===================================



 屋敷に入ると、待っていたのは、入り口には赤絨毯が敷き詰められ、大きなシャンデリアが吊るしてある大広間だの、端が見えないのではないかと思うほど長い廊下だの、なんかもう、お決まりの豪華な構造で、驚きよりも実際に見られた感動のほうが大きかった。


 そして、部屋が左右の棟などバラバラだと、用事があると行くのが面倒という理由から、全員の部屋を真ん中の棟に集められ、帝里は2階の一室が与えられた。それでも、帝里が住んでいたアパートの部屋よりもはるかに大きい。


 部屋に入ると、すでにイブが荷物の整理を始めており、それを手伝いながら時間を潰していると、京介が夕飯だと呼びに来たので、そのまま連れられながら、食堂に向かう。

 

 着いた食堂も、もう特に言うことのなく、そろそろ豪華以外の言葉が思いつかなくなってくるほど立派で、その部屋の中央には長テーブルが置かれ、そこに料理が置かれているのだが、ただの晩ご飯と言えないほど、一層豪勢なものであった。


 一瞬、歓迎会かと思ったが、今日は忘れがちな玲奈の誕生日だった。そう、今から誕生日パーティーが始まるのだ。

 

「にしても、本当に大富豪なんだなぁ…鳥の丸焼きとか、この世界では初めて見たよ」

 

 他にも帝里の知っている倍の大きさの海老の天ぷらやロブスター、匂いだけでもう絶品と分かるスープ、他にも活け造り、ローストビーフ、羊肉…もう後は分からないが、きっと高級品なのだろう。

  

「そう?やろうと思えば意外と普通に出来るのよ?

 それに今日は誕生日だからで、いつもは普通だから期待しないでね。

 あと、そのときどき入る、『この世界では』ってやつ、なんか中二病くさいからやめなさい」

 

「…そんな格好のお前には言われたくねぇよ」


 ぶっきらぼうに言い放つ玲奈に、帝里はジロリと見返しながら、負けじと言い返す。

 

 その本日の主役、千恵羽玲奈の格好はというと、こういうときにこそ、赤いドレスなど、オシャレに着飾ればいいのに、迷彩服に、両手には銃と、この場に似合わない出で立ちで、辺りを鋭く観察している。帝里は銃についてはあまり詳しくないが、さすがにエアガンだろう。

 

「なんだ、ここでサバゲーってやつでもやろうってのか…なら全弾を剣で弾くっていう、アニメとかでよくある芸当をやってやろうか?」

 

 正確には、弾丸の軌道上に一瞬だけ、あのクリスタルを出現させて弾をはじき、すぐにクリスタル消し、また別の軌道上に出現させるを繰り返し、剣はただ振り回しているだけという手抜きだが。


 しかし、普段からあれほど魔法を使うなと言われているイブが真顔でこちらを見つけてきて、帝里は首をすくめて、静かに案を収める。

 

「別に要らないわよ。それにこれを撃つ予定はないし」

 

「!!!…はぁぁ…姉上…なんて格好で…だから、父上は仕事で来ないと言ってるでしょ!!」


「えっ!?お前、実の父を撃とうとしてたのか!!?」


「ふん、エアガンだし、どうせ来ないって分かってたから、半分、自分へのプレゼントを着てみたかっただけよ」


「いやいや半分は撃とうと思ってたのかよ…

 ん?まてよ…まさかっ、名前で呼んでって言ったのは……」


「あら、発想がかなりぶっ飛んでるけど正解よ。ええ、あんなやつと同じ名字なんか名乗りたくないからよ」

 

「ぉう……普通そういうのって、母方の名字を名乗るもんじゃないの?」

 

「エル様~そこは察しましょうよ~!一応これでも女の子なんですから、名前で呼んで欲しかったのですよ!」

 

「べ、別にそんなんじゃないし!!それに一応ってなんだ、一応って!?」

 

「もう…帝里さんに、そんなこと言ってたんですか…僕が来たので、結局、下の名前で呼び分けると思うのでいいですが…


 実はうちの母上は記憶喪失の状態で道端に倒れていたのを、父上が保護したそうです。

 そして面倒を見てるうちに、二人は恋に落ちて、めでたく結婚…とそういうわけで、母上の家のことはよく分からないんです」

 

「いつもながら、犯罪にしか聞こえないわね」

 

「おい、実の父親に向かって…どんだけ父親が嫌いなんだよ…」

 

「娘の誕生日に来ない時点でもう父親失格よ。私は親なんて知らない」

 

 いつもと違って、何者も近づきがたい雰囲気を纏わせた玲奈がきっぱりと言い切る様子に、これ以上深く聞かない方が良いと帝里は思い、口を閉ざす。

 

「…しょうもない話をしちゃったわね。

 じゃあ、気を取り直して…さぁ!私の誕生日と、ついでに、帝里の歓迎会を始めるわよ!!」


 玲奈はエアガンを立て掛け、中央の席に座ると、嬉しそうに手を合わせた。




 誕生日会が始まると、さっきまでの険悪な様子はすっかりとなくなり、とても楽しそうにはしゃぐ玲奈の様子に、料理の美味しさも相まって、皆も盛り上がり始める。


 今日会ったばかりの京介ともすっかり打ち解け、皆でワイワイ騒ぎながら、晩餐を楽しんでいた。

 

「……やっぱり、納得がいかない!!!エル様!納得いきません!」

 

 ただイブ一体を除いて。

 

「でも、ククッ…意外と似合ってるし、ほら、使いやすいだろ?」

 

「いーやでーす!!私にも、ちゃんとした皿をください!!」

 

 イブは不満をぶつけながら、テーブルを叩きまくる姿に、帝里は笑いを噛み殺しながら宥めるが、その様子を見て、イブが一層、頬を膨らます。


 それもそのはず、さっきからイブは無理矢理、人形遊びで使う椅子とテーブルに座らされているのだ。

 それらは人形サイズのイブにちょうどぴったりの大きさで、見ていてしっくりくるのが、絶妙な滑稽さを引き出しており、京介も顔を隠して笑っている。

 

「なんかまるでブロブディンナグ国でのガリバーのようね!フフッ」

 

「また分かりにくい例えを…」

 

「いやぁ、それにしても、我ながらよくこんなもの残っていたもんだわ!まさかこんなことに使えるなんて!!」

 

「私も皆と同じように食事がしたいんですーっ!!」

 

 この人形セットを引っ張り出してきた玲奈が満足そうに頷くが、我慢の限界に達したイブは椅子から飛び出すと、近くに何十枚も積み重なっている、帝里達と同じ大きさの皿を引っ張り出してくる。

 

「あーあ、せっかく面白かったのに…あーっ!そうだ!人形用の服があるんだった!」

 

「い や で す!!そんなもの絶対に着ません!!」

 

「まだ何も言ってないじゃない!!

 まぁまぁ、そう言わず待ってなさいよ♪」

 

 そう叫ぶや否や、玲奈は嬉しそうに食堂から飛び出していく。

 

「はぁ、まったく…19歳になって人形離れ出来てないとは、ほんと困ったものですね!!」

 

 イブはブツブツ呟きながら、持ってきた新しい皿に料理を取り分けると、小さいにも関わらず、器用に切り分け、とても行儀よく口に運ぶ。

 

 

「はいっ!持ってきたわよ!」


「はやっ!!?」


 玲奈が居なくなって、少し落ち着いた時間を過ごしていたのも束の間、たった数分で騒がしく戻ってきた玲奈の両手には、沢山の人形用衣装が握られている。


「さぁイブ!どれ着る?どれ着る!!?」

 

「だから!!絶対着ません!」

 

「うおぉ…たくさんあるなぁ」


 るんるん気分で衣装をイブの前に合わせる玲奈の手を、イブが嫌そうに押しのける中、幼い頃、人形遊びをあまりしたことのない帝里は、興味深そうに玲奈の横に置かれた衣装を並べてみる。


 テーブルに広げられた衣装は、王道なドレスを始めとして、チャイナドレスだの、メイドだの、メルヘンチックな物や、ギラギラしたファンキーな物など、種類も豊富にあり、どれも可愛らしい。


 良く出来た衣装に帝里が感心していると、やはり女の子であるイブも、嫌嫌と言いつつも多少なり気になるようで、さっきからチラチラと横目で見ている。

 

「ほら、せっかくあるんだし、着せてもらえよ」

 

「うぅぅ…エル様が言うなら…」


 帝里の提案にイブが恥ずかしそうに頷いた途端、いきなり玲奈が手でイブを鷲掴みする。


「じゃあ決まりね!まだまだ沢山あるから行くわよ!!」

 

「キャァ!?ちょっと落ち着きなさい!!」


 強引に掴まれたイブが悲鳴を上げるが、玲奈はそんなことお構いなしに、テーブルの服を忘れたまま、さっさとイブを連れて出て行ってしまった。


「あれって、あの有名な着せ替え人形のやつか?あんなに種類あるだな。なんか豪華だったけど…まさか特注とかだったり?」

 

「まぁ、特注の物もあると思いますよ。ただ、人形は買った当日に池に落としてしまって、一度も着せて貰えず仕舞いで今も池の底に眠っていますが…」

 

「さみしいリカちゃんだな!!」

 

「多分、そのとき遊べなかった鬱憤をイブさんで今、晴らしたいのでしょう」

 

「ふーん、金持ちなんだからまた買ってもらえばよかったのに」

 

「なんか、そのすぐ後、習い事も始まったらしいくて、うやむやになったとか」


「へぇ…でも、あんだけ用意してあげるなんて、優しい父親じゃないか」


「僕に言われても…」

 

 帝里の言葉に、京介は困ったように笑いながら、肩をすくめる。

 とてもいい話のように聞こえるのだが、きっと今の玲奈は今の話でさえ、「人形で遊ばせくれなかった」と、悪い方に解釈していて、どんどん悪循環に陥っているのだろう。

 

 

「さぁ出来たわよ!!サイズもぴったりでなかなか可愛らしくなったわよ!!」

 

 しばらくして、バーンッ!と派手な音を立てながら扉を開けて入ってきた玲奈は自信満々に語り、胸を張って現れる。

 ついでに玲奈も着替えてきたようで、青と白のドレスにチェンジしている。

 

「ほらイブもいらっしゃい!!」

 

「うぅ、恥ずかしいです…」


 扉の裏に隠れていたイブも、玲奈に急かされるように引っ張り出され、出てきたその変わり様に帝里と京介は言葉を失う。


「私と丁度、同じの持ってたから、お揃いにしてみたんだけど、どう!?」

 

「青髪なのに青のドレス…って思ったけど、これはこれでいい!!」


「でしょ~!!」


「うん、僕も良いと思います!」

 

「えへへ、エル様、京介様、ありがとうございます♪」


 手を叩いて褒める帝里と京介に、始めは恥ずかしそうにしていたイブも、嬉しそうにクルクルと回り始める。青いドレスの裾と長い青髪の間にある薄透明な羽がキラキラ煌めいており、色々と綺麗だ。


「うんうん!やっぱり女の子フィギュアなんだから、しっかりおしゃれしないとね!」

 

「だからフィギュアじゃないですって!!」

 

「そう言えば、高性能ロボットとか言ってたわね。じゃあ防水機能とかはどうなの?」

 

 自分の大きさほどある肉を、服を汚さないように器用に切り分けているイブを眺めながら、悦に入った玲奈がワイングラスを傾ける。もちろんブドウジュースだ。

 

「いや、水は全然大丈夫だと思うぞ?(まぁ人間だし…)」

 

「じゃあお風呂も大丈夫ね!?よし、じゃあイブ!!お風呂行くわよ!使ってみたかった人形用のお風呂セットがあるのよ!!」

 

「もういやですー!

 -えいっ!!」


 服はよくても人形扱いが嫌なのか、イブは玲奈の掴む手をひらりと躱すと、天井の方へ飛び、逃げていく。

 

「あーもう!そんなとこ届かないじゃないの!!」

 

「姉上!!行儀が悪いです!」

 

 イブを捕まえようと玲奈が椅子の上に登って飛び跳ねてみるが、イブには全然届かない。どんだけ高いんだ、この天井。

 

「へへんっ!悔しかったらここまできてみな―って危なっ!?キャ!!

 ちょっ、ちょっと、やめて!!撃たないで!!」

 

 べーッと舌を出し、天井で余裕そうに飛び回っていたイブであったが、急に玲奈が立て掛けてあったエアガンが連射し始めて、大慌てで逃げ回る。

 魔法が使えるイブからしたらエアガンはなんともないはずだが、あの小ささからしたら、かなりの恐怖なのだろう。

 

「フフフ、さっさと降りてこないと撃ち落とすわよ!」


「いやぁぁぁぁ!!人に向かって撃つな!!」


「あんたは人じゃない!!」


「ふざけるなー…!!エル様助けて!!」

  

「俺を巻き込むな…はぁ…まったく、外でやってくれ」

 

 天井からの跳弾が帝里や京介にも降り注ぎ、痛くはないとはいえ、かなり鬱陶しくなった二人はテーブルの下に避難し、帝里は面倒くさそうに答えながら、パスタを頬張る。

 

「もういやだぁー!エル様、先に失礼しますー!」

 

「あ、ほんとに部屋から出ていった…帝里、一緒にお風呂入れてもいいわよね?」

 

「あぁ…好きにしろ」

 

「やったぁぁー!さぁ、イブ、逃がさないわよ!!―あがっ…」

 

 自分のばらまいた弾に足を滑らせ転びながら出ていった玲奈を見送りながら、災難がようやく去り、やれやれと帝里と京介はテーブルに戻る。

 

「なんか色々散らかってて掃除大変そうだな…家政婦さんはいつ来るの?」


「いや、居ませんよ。だから、帝里さんを呼んだんでしょ?」


「あ、そっか。って、え~!?じゃあ、これは俺が片付けるのか…」

 

 広い部屋中に飛び散らかった弾に、帝里は始める前から疲れた顔でため息をつく。

 料理もまだまだ沢山、残ってるが帝里も京介も、もうお腹いっぱいでご馳走様だ。後はスタッフが美味しくいただいてくれるだろう。

 

「なんか、変な金持ちと勘違いされてそうなので言っときますが、料理の残りは明日のご飯でもいいですよ。

 では帝里さん、じゃあ僕もそろそろ休みます。お休みなさい」

 

「おう、お休み。こんないい家に住ませてくれてありがとうな!明日から頑張るよ」

 

「あぁそのことですが、」

 

 京介が食堂の扉を開けながら、何か思い出したように振り向く。

 

「相当苦労すると思いますから覚悟しといて下さいね」

 

「覚悟…何に?」

 

「まぁ…明日になれば分かりますよ」

 

 京介はそう意味ありげに笑うと、手を振りながら食堂から出ていった。

 

==================================



「もう信じられませんよ!!ぷんぷん!」


 軽く片付けしてから食堂を出て、寝る支度を終えたところで、開放されたイブが帰って来たのだが、パジャマ姿のイブは凄い勢いで愚痴を漏らし始めた。


 綿100%に水玉模様の、いかにも子供服といったイブの服装は、もちろん玲奈の人形衣装であり、結局あの後、イブは捕まって、お風呂に入れられたり、寝巻きを強制的に着せられたりと散々だったようである。

 

「その寝るときにつけるサンタ帽みたいなやつ、ほんとにあったんだな」

 

「ゴワゴワして、邪魔で仕方がないですよ!!ふんっ!」

 

 ナイトキャップを地面に叩き捨てるイブの格好は相変わらず、とても似合っているのだが、相変わらず人形扱いが許せないらしい。

 

「まあ、たまにはいいんじゃないか?

 それより頼みたいことがあるんだが―ふあぁぁぁ…いや、明日話すわ…なんか今日は色々あって疲れたし、もう寝よ…」

 

 イブにあることを伝えようとした瞬間、帝里は突然眠気に襲われ、諦めて自分のアパートにあったものより倍以上あるベッドにダイブする。しかも、あぁなんてフカフカ…全てが2倍、さすが金持ちだ。

 

「じゃあ、私も失礼して…」


 イブは羽を魔法で収納すると、帝里の枕の有り余っているスペースに寝そべる。

 

「玲奈の用意したベッドセットで寝てきてもいいんだぞ?」

 

「ご冗談を。まず、あれ、ベッドが固すぎるんですよ!」


「とりあえず入ってはみたんだな」

 

 愚痴の止まらないイブに、帝里は眠さで力なく笑い返すと、電気を消し、ベッドに入る。


「色々あったけどなんかうまくいって助かったわ…この世界も捨てたもんじゃないな」

 

 そう思いながら、帝里は寝入る。イブも色々と疲れたようでもう寝息をたてていた。

 

 

 

 

 それから数時間後のことである。

 

「うぅ…げほっげほっ…ゴホッ…うぅ…」

 

 突然、帝里が苦しそうに咳き込みながら、うなされはじめたのだ。


 それもそのはず、ここで過ごすことになった元の出来事を辿れば、帝里が風邪を引いたことから始まった。

 イブの起こした洪水で、さらに悪化した風邪は、引っ越しやら誕生日パーティーやらで、帝里のテンションが高かったときは鳴りを潜めていたが、寝て、気が緩んだ瞬間、再び襲いかかってきたのである。


 魔法で免疫力を上げることも出来るのだが、イブを小さくする魔法“ルコナンス”にほとんど魔力を割いているので、今は自力で治すしかなく、日中はずっと普通に風邪を引いていたという訳だ。

 

「げほっげほっ…」

 

 布団を跳ねながら、苦しそうに胸を押さえつけ、呼吸が乱れていく。


 それと同時に、隣で何かが、破ける音と共にむくむくと大きくなっていくのであった。


============================




「もう起こしていいかしら…でも今日は予備校もないし、休日はゆっくり寝るタイプかも知れないし…」


 次の日の朝10時ごろ、帝里の部屋の扉の前をかれこれ2時間、そわそわと歩きまわっている人影がある。玲奈だ。

 

「ええいっ!ここは私の家だし、起こす時間を決めるのは私よ!よしっ!!」

 

「…姉上、何してるんですか?」

 

「ひゃあ!!きょ、京介!?」

 

 ドアノブに手をかけていた玲奈は驚いて飛び上がってしまい、慌てて振り向くと京介が立っている。両手に野球道具を抱えており、完全に帝里を兄扱いしているようだ。

 

「まさか寝込みを襲うつもりですか…先客がいたらどうするんです」

 

「先客って何よ…べ、別に普通に起こそうとしただけよっ!」

 

「ほんとにぃ~?そんな執事服を着てぇ?」

 

「こ、これは、今日のイブの服を選びに行ったら、なんか落ちてたのよ!!

 イブの服にそっくりだったし、今日は執事服のお揃いにしてみようかなって」

 

「ならメイド服の方が良かったのでは?二人とも女性ですし」

 

「ダメよ、それじゃバレちゃうかも知れないじゃない」

 

「何がっ!!?」

 

 京介の突っ込みに、あっ、と玲奈は慌てて口に手を押さえる。なんかのコスプレなんだろうかと京介は首を傾げるが、残念ながら京介はそっちには疎い。

 

「まぁ、とりあえず起こしましょう!…えいっ!」


 思い切った玲奈が両手で扉を押し開けると、気温が下がり始めた季節のはずなのに、むわっと、少し蒸し暑い空気が部屋から吐き出され、二人は思わず顔をしかめる

 

「うげ…なんなんですか、この湿気…一体、帝里さんは何を―


 …え?」

 

 換気と朝の日差しを取り込むためにカーテンをめくった京介がベッドに目をやった瞬間、驚きのあまり動きが固まる。


 そこには帝里が夢うつつに目を開けていた。顔が赤く、やはり風邪のようだ。


 そして、その隣にもう一人少女がいたのである。帝里達と同世代の娘で、髪は青くて長く、顔はどこか見覚えがある。そんな娘が帝里の横で、しかもなんと一糸纏わぬ姿で寝ているのだ。

 

「えっ…まさか本当に先客が…あっ」

 

 何かを察した京介がとっさに姉の方を向くと、玲奈は顔を真っ赤にしながら、肩が震わせている。


 状況が分かってない帝里はぼんやりと座っているが、玲奈はキッと帝里の方を向くと、なわなわと口を開く。

 

「…お…お…お前は人の家で何してんだぁぁぁぁぁ!!」

 

 朝の穏やかな屋敷中に、玲奈の大怒声が響き渡った。


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