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かけもちの勇者様!!  作者: 禎式 笛火
2章 居そう浪人勇者エルクウェル
14/58

かじ問題



 玲奈と出会ってから数週間が経ち、9月中旬、昼はまだ夏の名残が少しありつつも、夜はすっかり涼しくなり、今ではあまり見かけない金木犀の香りが辺りを包む秋が訪れる。


 そんな過ごしやすい気温の中、高校生はこれから来たる文化祭や体育祭などに心を踊らせ、準備に追われるのだが、浪人生は全く、全く何もない。


 あるとすれば夏の模試結果の返却だろうか。上半期に頑張っていた者の多くは良い成績が出て喜び、サボった者は残念な結果が出るという、「浪人すれば成績があがる」とかいう迷信はどこに行った、と聞きたくなる現実が、担任教師との進路面談と共に差し迫ってくる。


 そんな中、あんなに勉強してないにも関わらず、余裕の成績を叩き出している者がいた。どうせ帝里である。

 以前と同じように、ぐだぁと、やる気なさげに机に突っ伏しているのだが、今日はいつもと事情がかなり違う。受験どころではない、大きな問題が帝里にのし掛かっているのだ。


「ゴホッゴホッ!…ハァァァー…」


「…うぅ…エル様…本当に申し訳ございませんでした!!」

 

「この、ばかりょく姫!!」

 

「あぁ今、絶対馬鹿にしたぁ…」

 

 さっきから何度目になるか分からないため息を吐き出す帝里に対し、その度にイブは最近やっと覚えた正座をしながら、申し訳なさそうに謝罪を繰り返す。

 

「まーた、朝からだらしない顔をしてるわねぇ…しっかりしなさい!最近クラウディオスの方の動画全然あがってないわよ?」

 

「だーかーらー!俺はクラウディオスじゃなぃぃ…ゲホッゲホッ、ハァー…」

 

「…どしたの…?大丈夫…?」

 

 悪態をつきながらやってきた玲奈も、いつもと比べてあまりにもやる気のない声で返す帝里に驚き、心配そうに帝里の顔を覗き込む。


 あの後からちょくちょく玲奈とは話すようになり、このように気軽に話す間柄になっていた。相変わらずイブとは、よくいがみ合っており…こちらも仲が良さそうだ。


 さすがに、あんな気合いの入った格好で来ることはなくなったが、薄紫のスカートに黒のパーカーという素材も上質で落ち着いた服装にも関わらず、何かのアニメのキャラがでかでかと描かれた派手なシャツを中に着ているのが、なんとも不釣り合いで…今日もなかなか面白いコーディネートである。

 

「ねぇ、聞いてるの!?あんた今日ほんとに変よ?風邪でも引いたの?」


 反応のない帝里に玲奈が焦れったそうに声をかけると、無造作に帝里の額に手を当て、顔をしかめる。


 それも正解であるのだが、それよりも帝里をここまで悩ませているのはもっと重要なことなのだ。


 風邪のせいか、先程から玲奈の声が帝里の頭の中で響くのが辛く、説明が面倒なので、イブに丸投げしたいのだが、そのイブはさっきからずっと小さく縮こまってばかりで、引き受けてくれそうにない。

 

「俺が説明するのか…まぁいいや、実はな――」

 

 帝里は怠そうに体を引き起こすと、ぼんやりとした様子で語り始めた。



 それは今日の朝のことだった。季節の変わり目に必ず風邪を引く帝里は今年も例に漏れず、目覚めたときから体がだるく、予備校を休むほどではなかったが、微熱もあった。


 そこで看病に名乗りをあげたのがイブだった。いつも帝里がやっている朝食とお弁当の用意を引き受けたのだ。


 始めは洗濯機の使い方も知らなかったりと全然ダメだったが、今は前にイブが言っていた通り、大抵の家事を任されるほど成長し、頼りになるイブであったが、食事だけは帝里がやっていた。

 なぜ料理だけ帝里の担当だったかというと、全部させるのは申し訳ないというのもあったが、早い話、イブは料理が下手そうだったからである。


 そんな帝里の心配をよそに、初めて料理を任されたイブは張り切った。冷蔵庫の中のものを総動員し、朝の味噌汁はもちろん、ご飯に目玉焼き、ハンバーグ、肉じゃが、挙げ句の果てに天ぷらに挑戦するなど、もう朝昼晩全て作ってしまいそうな勢いである。


 しかし料理が下手な人というのは、ちゃんとレシピ通り作ればよいのに、なぜか個性を出したがるようで、肉じゃがを作っていたとき、ふとイブは思い立った。

 

「うーん、火が出てない…なんかもっとこう…!フランベ的な?火が出ないもんですかねー?」

 

 どうやらイブは型に憧れるタイプだったようである。まずアルコールを入れてないのにも関わらず、肉じゃがから火を上げようとしている時点で、もう料理の腕はお察しの状態だ。

 

「そうだ!自分で火力を上げましょう!!横からも温めれば火もちゃんと通って、なんか良いの出来そうですし!!

 ということで、“フラマ”!!」

 

 テレビのCM等で肉じゃがを温めているときの断面図の映像を思い出したのだろう。肉じゃがの鍋を全体から温めようと、イブは魔力を溜め、火属性の魔法を放った。これが全ての元凶である。


 イブを小さくしている魔法“ルコナンスは、本来、小さくされた者が使う魔法も威力が低くなるのだが、帝里の風邪のせいか、ルコナンスに異常が生じ、通常サイズのときと同じ威力のものが発動してしまうようになってしまっていたのである。


 もちろん、そんなことをイブが気づくはずもなく、いつも通りの威力のつもりで魔法を使ってしまった。

 その結果、イブが想定していたよりも数十倍も大きな火がキッチンを包み込み、天ぷら油などあっちこっちに飛び火して大火事になってしまう。


 ここで魔法の使えるメイドなどなら、右手をかざして魔法でポンッと火事も元に戻せそうだが、入多奈さんちの従者人形(メイドール)にそんな器用なことが出来るはずがない。


 こうして大火事となったキッチンを目にしてイブは大パニックになってしまった。普通の火事も小さくなったイブから見れば、山火事ほど大きなものに見え、とにかく火を消そうとありったけのマナを使って水魔法を発動してしまったのである。


 その結果、次は炎と比べものにならないほどの水が生成され、家の中で大洪水が起こり、テレビをボーっと見ていた帝里をはじめとして、部屋にあった家具もろもろが外に押し流されてしまった…というのが事の顛末である。

 

 

「…ブッ…!あひゃひゃひゃひゃ!訳分かんない!!ふっ、ひっ…火事が起きて、どうしたら…プッ、そんな大量の水にながされるのよ?」

 

 話を聞かされた玲奈は途中からずっと、腹を抱えながら笑い転げており、その笑い声が一層、帝里とイブにダメージを与える。


 なぜこんなに玲奈が爆笑しているのかというと、魔法を秘密にしている関係上、今言った通りの事が伝えられるはずがなく、火事が起きて、なんか勝手に水が出てきて流された、と滑稽な話にしかならないのだ。


 帝里自身も、給料などで買ったものや家具などが文字通り水に流されてしまいました、と一緒になって笑いたいのだが、笑って終われるのは異世界だけで、現実はそんな甘くない。


 帝里が高校入学から住んでいた部屋は、2階建てアパートの、2階の一番端の部屋であり、洪水の被害は水漏れとなって下の階まで及んだのだ。

 他の部屋が空いていたので、下の階の方にはそこに移り住んで頂いたのだが、帝里は大家からアパートの修理代と立ち退きが申し渡された。


 空き部屋があったのと少し関係があるが、帝里が一年間行方不明になっていたことでこのアパートは少し曰く付きとなっていたので、どうやら帝里を追い払いたかったらしい。

 それでも2年以上住んでいたのだから、もうちょっと情けをかけて欲しかったが、次は勝手に大量の水が出てくるという謎の噂が追加されたので、もう許せなかったのだろう。


 お金は親に頼めば払ってくれるだろうが、一年間の失踪という、多大なる苦労をかけた帝里からしたら、もう絶対にこれ以上心配させたくない。


 そこで帝里は、親に誤魔化してくれるよう頼み込み、MOWA登録実況者なら国からお金を借りれることを利用して、自分で修繕費を払うことにしたのである。


 実況で必要となるパソコンなどの実況道具だけは、大量の水鉄砲に呑まれる直前に、召喚魔法“エレルナ”を使って、なんとか守りきったが、MOWAの給料は借金返済にほとんどまわされるので懐状況の寂しさは変わらない。


 こうして、住む場所と家具を全て失い、代わりに借金が出来た帝里は朝から途方に暮れ、どこかに討伐クエストでも落ちてないかと、軽く現実逃避に入る有り様である。

 

「ハハッハハ…!はぁ、ふーぅふーぅ、いやぁ、よく笑わしてもらったわ!!

一日でよくそこまでドン底に落ちれるわねぇ」

 

 やっと笑い止んだ玲奈は苦しそうに息を整える中、イブの方はというと、玲奈の爆笑のせいでさらに責任を感じ、必死に涙を堪えながら、膝の上に置いた手を震わせている。

 普段から魔法を使うなと、イブにはきつく言っていたとはいえ、さすがに帝里も可哀想に思えてきた。

 

「まぁイブも別に悪気がなかったんだし、しゃーないって!!な?俺もバイトやるから、二人で頑張って稼いでいこ?」

 

「えぇるぅしゃぁまぁぁ!!」

 

 目に溢れんばかりの涙をきらめかせているイブの頭を撫でながら、帝里はイブをなだめる。

 借金を返しながら二人分の生活を補うとなるともう受験勉強をしてる余裕はないだろう。来年の受験はほぼ失敗になるかもしれないが、イブと一緒に世界を救うと決めたのだから、これもひとつの運命だと受け入れよう。


 もう受験は諦めて就職しようかと考えながら、これからどうするかを決めている帝里とイブの美しい絆が展開されているが、玲奈の目には全く入っていない。

 

「そっかそっか…行く宛がないのかぁ…じゃあ、わたしのとこくる?」

 

「そだな、まずは玲奈の家に――って今なんて言った!!?」

 

「だから…私の家に来るかって聞いたのよ」

 

 自分の耳が信じれず、思わず聞き返してしまった帝里に恥ずかしそうに玲奈は顔を背けながら答える。

 

「一人暮らしだから部屋が余ってるのよ。ちょっとここから遠いし、少し小さなマンションだけど」

 

「いやいやいやいや、そこじゃない!!まだ知り合って10日ぐらいしか経ってない男を家に入れるんだぞ!?」

 

「べ、別に深い意味はないわよ!!それに、日数なんてそんなの関係ないわ。知ってるだけなら私はあんたをだいぶ前から知ってるし」

 

「自分で言うのもなんだけど、顔も知らなかった実況者をそんなほいほい信じるなよ……よく住ませる気になったもんだな」

 

「まぁ今日は私の誕生日だからね!!目の前で暗くされたら、やってられないわよ!」

 

「そんな理由!?…って誕生日なのか…悪い…何もあげられないわ…」

 

「別に要らないわよ。教えてなかったし、まだ知り合ってたったの10日ぐらいしか経ってないもの、仕方がないわ」

 

「あれ?さっきと言ってること…」


「う、うっさいわね!!それに誰が借金してる奴にねだれるか!」


「うっ、痛いとこ突きやがって…来年は今年の分も頑張るよ」


「お、言ったわね!?期待するわよ?9月15日だからね!!9月15日!」


 嬉しそうに今日の日付を連呼する玲奈に圧倒されながら、帝里は緊張した面持ちで頷く。


 また来年の9月15日あたりに悩み苦しんでいそうだが、何故かなんとか住む場所を確保することが出来た。問題があるとすれば、

 

「……イブ、いいよな?」

 

「むむぅ~…こうなったのも私のせいですからね…文句が言える立場ではないです…」

 

 イブはしぶしぶ頷くと、玲奈の前に行き、姿勢を正すと、素直にぺこりと頭を下げる。

 

「どうも、これから私の!勇者様と共にお世話になります…が!エル様を篭絡しようたってそうはいきませんからね!!」

 

「そんなつもり全くないわよ!!…って、今、勇者様って言った??」


「まぁまぁ!!で、お前んちってどこにあるんだ?」

 

 帝里は慌てて誤魔化しながら、どうやら移住先が決まったことに一安心する。

 まさかアパートを追い出されて、玲奈の家に住むことになるとは、昨日の帝里なら全く考えられなかった展開になったが、なんかラブコメ(ラブ抜き)みたいで楽しそうだ。



 その後、もう今日から住ませてもらうことになり、このまま話が順調に進みそうだったのだが…

 

「オッケー!なら今日の帰りにでも必要なもの買って帰りましょ!!服とか、そうね…パソコンは私の家にも――」


「…姉を訪ねてきたら、まさか、家に男を連れ込もうとしている場面に遭遇するとは…」

 

「きょッ-!?きょ、京介!!!??」

 

 急に玲奈の後ろから話かけてきた男の子に、玲奈が肩をびくつかせて、椅子から飛び上がると、度肝を抜かれたように大声を出す。


「な、な、なんであんたがここにいるのよ!!?」


「そりゃ姉上の誕生日を祝うためですよ。

 …あぁどうも、玲奈の弟の千恵羽(ちえば) 京介(きょうすけ)です。今後とも末永くよろしくお願いします。京介とでも呼んでください、兄さん」


「ちょっ、京介あんた何言ってんの!?違うから!」


 必死に弁解している姉と、それを流す弟。あ、これ完全に遊ばれてるわ。

 突然の登場で帝里も驚いたものの、知り合いの身内という、少しむず痒い存在に、帝里は玲奈と京介の久し振りらしき再会を静かに、興味深そうに見守る。


 どうやら玲奈の性格上、そんな恋愛沙汰があるはずがないと、弟の京介は分かっているようだが、玲奈はそれに気づかず、まだ事情を説明し続けている。


「こいつは!そんなんじゃなくて……なんなの?」


「いや、俺に聞くな」


「では、姉上が彼氏でもない男を家に連れ込むビッチになってしまった…と?

 そんな…はぁ、弟としてはすごく悲しいです…」


「困っている人を見捨てておけない女神的な姉とは見れないものかしら…」


 玲奈も、徐々に京介がふざけていることに気づき始め、翻弄されていたことに疲れ、ぐったりと椅子にもたれ掛かる。

 そんなやり取りを見ていると、なんとなく京介の方が、落ち着きがあって大人っぽいのだが、何故か兄というより、弟と言われた方が確かにしっくりくるのが不思議だ。


「あ、俺は入多奈帝里だ。まぁ呼び方はなんでもいい。で、こいつがイブ」

 

「どうも、イブです。京介様、よろしくお願いします」

 

「帝里さんとイブさんですね、こちらこそよろしくお願いします」

 

 ふと京介と目が合ったタイミングで、改めてお互いに挨拶をかわす。京介がイブをちらっと見るが、特に疑問も抱かずに、再び姉との話に戻っていく。これが普通なのだ。


 玲奈と話す京介は、玲奈と顔はあまり似ておらず、感情的な姉とは対照的に、知的で落ち着きのある姿勢で、学校ではもてそうなのだが、


「…お前って中学生だよな?」


「なっ…!?失礼な!!こ、高校生ですよ!!!人を身長で判断しないでください!!」


 さっきまで落ち着き払っていた京介が急に顔を真っ赤にして怒り、その豹変ぶりに帝里は思わず、唖然としてしまう。


 そう、京介は身長が低いのだ。極端に小さいわけではないが、高校男子にしてはかなり低い部類で、玲奈よりも少し低く、おそらくそのせいで弟に見えるのかも知れない。


 そんな温厚そうな京介の逆鱗に触れてしまったらしく、先程までは心地良い低音だった声が、少し高音の怒声に変わり、そのせいで一層年齢が低く見える。

 

「ひとつ下の18歳、現役生ですよ!全国模試は優秀者常連!留学してたんで英語ペラペラ!10桁ぐらいまでの暗算なら朝飯前!!」

 

「なんだ普通じゃないか。

 あと、今の発言で、周りを全員敵にまわしたから、帰り気を付けろよ」

 

「なんで!!!?」


 帝里だって、外国どころか異世界に移住経験があるし、魔法を使えば、全国模試はほぼ満点、対話なら全言語ペラペラで、暗算なら10桁といわず、何桁でもどんと来いだ。完全に自慢する相手が悪すぎる。


「うぐっ…姉ちゃん!この人、一体なんなの!!?」


「あっ~!やっ~とお姉ちゃんって呼んでくれた!!

 よかった~、嫌われたのかと思ったわよ~!!」


 怒っている京介にお構いなく、玲奈が嬉しそうに京介に抱きつき、その衝撃で京介が目を回し、少し大人しくなる。

 先程、外見は似てないと言ったが、外面は偉そうなわりに、すぐに剥がれるところなどは姉弟そっくりである。

 

「で、あんたほんとに何しにきたの?」

 

「…もう…さっき言ったように、誕生日を祝うためですよ。

 …それと家に連れ帰るためにね」


 その最後の言葉を聞くと、玲奈はガバッと急に京介から離れて距離を置き、険しい顔で周囲を警戒し、注意深く見渡す。

 

「安心して下さい。父上は来ていませんよ。」

 

 そんな玲奈の様子を見て、京介がクスっと笑いながら、玲奈を落ち着かせる。そう言われて玲奈も眉間の皺が消えるが、チラチラとまだ少し辺りを見てしまう。


「…大学には行くってちゃんと言ったわよ」

 

「ええ、それにおいては父上も納得しておられます。言ってた大学のレベルも申し分ないですし。ただ、家を出る必要もないから帰ってこい、と」

  

「嫌よ!私はあんな家、絶っっっ対に!帰らないわ!!」

 

「また子供みたいなことを…まず、姉上だけじゃ生活出来ないでしょ」

 

「で、出来るわよ!失礼ね!

 そ、それにッ、帝里を住ませてあげるって約束しちゃったもん!」

 

 そう言って玲奈は帝里を指し示す。どうやら帝里を出汁にこの場を切り抜けようとしてるようだ。

 

「そんなのどうでもよいじゃないですか。だいたい、彼を住ませる理由もないですし。

 それとも、本当は、何か姉上とご関係でもあるんですか…?」


「うっ、それは…」


 京介のもっともな意見に玲奈はひるむ。それもそうだ。たった10日の付き合いの人間を家に引き留める理由があるはずがない。

 

「…借金…そう、借金よ!

 こいつは私に借金の肩代わりをしていて、逃がすわけにはいかないの!だから、うちで働いて返すの!!1億5600万円ぐらい!」

 

「そんなに借金してねぇよ!!何したんだよ、俺!!?」


 借金の額を大きくして納得させようというつもりなのかも知れないが、さすがに金額が無茶苦茶すぎて帝里も呆れる。着眼点は良かったのに最後で台無しだ。


「それは…逃がすわけには行きませんねぇ…

 でも帝里さん、月に35万円返せたとして…44年と2ヶ月弱、これが限界だと思うんですが、大丈夫ですか?」


「おっ、さすが10桁ぐらいの計算はスラスラだな、ってそこじゃない!!気づけ、弟!」


 真面目な顔で聞いてくる京介に、真剣なのか、ふざけているのか、分からなくなってきた帝里は思わず悲鳴を上げる。

 19歳になったばかりの姉が1.5億もの大金を貸し出せるはずがないし、帝里だってそんな期間返していては、世界平和なんて夢のまた夢の話になってしまう。。


「まぁ理由がどうであれ、それこそ見知らぬ男と同棲なんてこと、父上が許すはずがないですよ…。ほら、これで結局帰らないといけませんよ?」

 

「……じゃあ、あんたが住みなさいよ」

 

「……へ…?僕が??

 はははー、じゃあ誰が家事を―」

 

「そこよ、そこ!!私が家事が出来ないっていう、その前提条件が間違えてるのよ!!

 この際、帝里は放っておいて、まずはあんたも住んで、その目で私がちゃんと生活出来てるか確かめなさい。」

 

「え…え~っ!!??」

 

「えーっじゃない!自分が言い出したんだから、認めるまで逃がさないわよ!!」


 腕を組んで胸を張って玲奈は自信があるようだが、どんどん京介の顔が青ざめていく。


「エル様、どうやら私達はお邪魔のようですし、諦めましょうか」

 

「そうだな、なんか放っておかれたし、家の問題に突っ込むのも悪いしな」


 せっかく、避難させてくれる家が見つかったところだったが、玲奈には少し面倒な家庭の事情があるようなので、帝里も素直に諦める。


とりあえず、ネットカフェに行ってみようとイブと決め、帝里が静かに立ち去ろうと歩き出した途端、肩を強く掴んで引き止められる。

玲奈かな、と帝里が振り返ると、意外なことに相手は京介だ。


「帝里さん!!あなた一人暮らししてるんだから家事ぐらい出来ますよね!!?」

 

「あ、あぁ…人並みには出来ると思うけど…」


 両肩を掴み、強く揺すぶりながら問い詰めてくる京介に、帝里は少し目が回し、しどろもどろに答える。


「なら採用です!!家の非常事態の家事係として、帝里さん達も一緒に行きましょう!!」


「え、結局行って良いの?」

 

 半ば強引に、慌てて決める京介に戸惑いながらも、帝里は頷く。どういう心変わりが帝里には分からないが、どうやら千恵羽家にお邪魔になれるようだ。


「なんかよく分からないけど、うまく収まったわね!

 さあ皆!私の家に招待するわ!!」


 なんとか全員が納得する形に収束したのを見て、玲奈が嬉しそうにはしゃぎながら、高らかに告げるのであった。


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