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「なっ!?」
玲奈という突然現れた女子に自分の名前だけでなく、エルクウェルだと指摘され、帝里はいきなりの出来事で、口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。
よくもまぁ、どいつもこいつも初対面で人が秘密にしようとしていることをずけずけと言ってくるものだ。
そんな帝里の様子を見て、自分の発言が正しかったことを確信したのか、玲奈は嬉しそうにはしゃぐ。
「やっぱりねー!そんなことだろうと思ってたわ!!
あ、ならついでにあんたクラウディオスでしょ?」
「ついで感覚で!?」
まさかまた未来人?と帝里は思わずイブを見るが、帝里の視線にイブは静かに首を横に振って答える。
となると、どうやらこの娘は現代人のようだが、ならばエルクウェルはまだしも、歴史上、誰だか分かっていないクラウディオスの正体は絶対に認めてはいけない。
「た、確かに俺の名前は入多奈帝里だし…俺が、エルクウェルかもっ!知れないけど…その、クラウディオス?なんて名前の人知らないッ!!」
「嘘つけ!!第一、エルクウェルもクラウディオスも、実況する物や!言葉遣い!ハマってるネタ!そしてなにより価値観…というか発想?が、あんたは人より少し変わってるくせに2人とも全く一緒なのよ!!
あれじゃ『同一人物です』って言ってるもんだわ」
「うぐぐ…そうなのか…」
玲奈の説得力のある証拠に帝里は悔しそうに口ごもる。
自分の中ではある程度、同一人物だと分からないように工夫していたつもりだったが、そう簡単には上手くいかなかったようである。
人気の火付け役となった価値観の違いが、正体発覚の原因になるとは皮肉なものだが、ちゃんと次からは、そこも意識して動画を作るべきだと帝里は感じ、まだ駆け出しの時点で聞けて良かったと心のなかで安堵する。
「まぁまぁ、その2人の関係性は、今は置いといて!
なんで俺がその…エルクウェルだと思うんだ?」
「…ん。」
まだしつこく誤魔化そうとする帝里に呆れ疲れた玲奈は面倒くさそうに、顎で帝里のパソコンを指し示す。
「エルクウェルってあんたの名前を弄って作ったんでしょ。まぁ、‘いりたなていり’って変な名前の人間が本当にいるとは思わなかったけど」
「変な名前は余計だよ。
そっか…なら仕方がないか」
玲奈の説明に納得した帝里は誤魔化すのを諦め、渋々頷いて認めるが、そんなあっさりと認めた帝里の様子を見てイブが目を見開く。
「エル様、今ので正体を認めてもよろしいのですか!?」
「うん、どうやらこの子は名前の謎が分かっちゃったみたいだからな」
「ちょっとエル!そのフィギュア、一体なんなの!?見せて見せて!」
「その名前で呼ぶな!!…帝里でいい」
興味津々でイブを目で追いかける玲奈の口を帝里は慌てて押さえる。玲奈にはエルクウェルだと認めたものの、やはりまだ周りには知られたくないのだ。
帝里の様子を見てイブも観念したのか、もう一度玲奈の前に姿を見せる。
「こいつはイブっていうんだ。その…そう!俺が実況管理に使ってる超高性能ロボットだ!!」
「また無理矢理なこじつけを…
どうも。私はエル様に仕える最高最強の従者であり、エル様の身の周りのお世話から様々なサポート、そしてエル様に悪い虫がつかないようにするのが私の役目です。」
「ふーん?で、こっちを睨みながら言った、その悪い虫とは誰のことを言ってるのかしら?」
「そんなの、色んな大学生のオシャレを適当に取ってきた、キメラ衣装の方に決まってるでしょう」
「誰がキメラよ!!立派なオシャレでしょ!?あんた秋葉原で売り飛ばすわよ!!?」
「やれるもんならどうぞ!!その土地ごと焼きつくしてやりますよ!?」
始めから好戦的な態度を取るイブの挑発に乗り、イブと玲奈が目から火花を飛ばしそうな勢いでギャーギャーと言い争い始めたのだが、帝里はそれをどこか新鮮に感じ、止めるどころか、少し見入ってしまう。
高校のときは人と交流はあった方だと思っていたのだが、実は予備校では、帝里は全く誰とも仲良くなれていない。出来るだけ人と関わり合わないのが異世界で学んだ処世術だし、他の浪人生とはこの1年の付き合いでしかないだろうと、なんとなく友達を作る気にもなれなかったからだ。(言い訳)
しかし、イブがいたとはいえ、それでも少し寂しかった気もするので、玲奈みたいな人物は、帝里にとっても、また多分イブにとっても…嬉しい存在になってくれるだろう。あまり周りの目を考えられない、少し残念な娘のような気もするが。
そろそろ、また周りの視線が鋭くなってきているので帝里も、まだ言い争っている二人の仲裁に入る。
「はいはい、二人とも落ち着いて!!お前も別にイブが目当てで来たわけじゃないだろ」
「まぁそうね。どっかの企業に持っていったら、ほんとに儲かりそうだけど」
「いや持ってかないでよ…で、お前は俺がエルクウェルだと確認しに来たのか?」
「それもそうだけど…なんでわざわざ2つもアカウント作って、かけもちしてるんだろうって聞きたかったんだけど…全く認める気はないのね」
「…そうだな、俺はクラウディオスじゃない」
「さっきから見てるアニメ、それ私がクラウディオスに教えたものでも?」
「―っ!?…お前は策士かなんかかよ…って人に薦めといて見るなって無茶苦茶だろ!!」
「ふん、誰も予備校で見ろとは言ってないし。
あと、その作品人気だからクラウじゃなくても皆見るわよ。ほんとに隠す気あんの?」
さっきから通りにくそうしている他の浪人生に、道を開けながら玲奈が半ば呆れたようにすげなく答える。確かに、こう何度もボロを出していると馬鹿にされても仕方がなく、真剣にクラウディオスとエルクウェルを使い分けなければならないと帝里は痛感する。
「…で!私のオススメはどうだった!!?あんたこういうの好きでしょ?」
「あぁ、めっちゃ俺好みだ!かなりストーリーが凝ってて、主人公の行動も論理的で見てて面白い!!」
「でしょー!?でも、やっぱ、ちょーっと上手く行き過ぎてる感があるのよね~!」
「わかる!!異世界からやってきた奴なんて始めは除け者で処刑にされるのが普通だよな!!」
「そ、そうなの…?…まぁ、はじめの1年ぐらいは農民でもやってるのが正しいのよ」
「いや、その1年のどこにみどころがあるんだよ…」
異世界での農民ライフというほのぼの日常系、いやそもそも異世界自体、非日常じゃないのか?そんなどうでもいいことを考えながら、初めて共通の趣味の人と話せた帝里は軽い興奮を覚える。
「にしてもあんたに結構な数教えてといて言うのもなんだけど、勉強しなくて大丈夫なの?ほんとに落ちちゃうわよ?」
「ふふん、心配するな。俺は特別に頭の回転が早くなるから大丈夫だ!!」
玲奈の心配に帝里が堂々と胸を張って答えるが、「あぁね、ならいいわ」とあまりにもあっさりと納得されてしまい、帝里の方が思わず拍子抜けしてしまう。
「そうです!エル様はすごいんです!!ほらほら!この前の模試結果なんて志望校2位ですよ!2位!!」
「ちょっ、イブ!なに勝手に持ち出してんだ!!」
勉強の話になって、挽回のチャンスと考えたのか、ここぞとばかりにイブが玲奈の前に飛び出して、まるで自分のことのように誇らしげに、前回の模試結果のプリントを見せつける。
「へ、へぇー、あんたも宝大志望なんだー!わ、私もなのよねー!
でもその模試なら…」
帝里の結果に少し感心した様子の玲奈は、スカートを少したくしあげて、中に仕込んでいたポーチから取り出す。
中身はまさかの模試結果のプリント…ではなくスマホだ。今では模試の結果をウェブ返却という方法もあるらしい。
「いや、どんなとこから取り出してるんだよ」
「だってこの服、ポッケがないんだもん!よくこんな不便な服を…って、模試の話だったわね」
玲奈はスマホを指で弾き、イブが掲げている模試がいつのものか確かめると、スマホと模試を交互に見ながら、目的のデータを探し始める。イブは誇らしげに鼻を鳴らしているが、帝里には嫌な予感しかしない。
「えっと…あぁ、あったあった!!これね!ほら、見してあげる♪」
「自らの愚劣さを見せつけるとはほんとに愚かですね…
どれどれ、せめてA判定ぐらいは取っておいてくだ――い、1位!!??」
「ほらやっぱり……」
突きつけられたスマホの情報にイブがその場で仰天し、大声をあげる様を見て、その綺麗すぎるフラグ回収に、帝里は呆れたように溜め息をつく。
先程のイブよりも偉そうに玲奈がかざすスマホの画面の順位の欄には、志望者の中で頂点であることを示す数字が浮かび上がっており、魔法を使っているにも関わらず、玲奈に負けているとは我ながら情けない話だ。
「てか、なんでそんな成績叩き出せるのに浪人してんだ?それなら去年絶対受かってただろ?」
「ま、まぁ私にも色々あるのよ。」
帝里の質問に有頂天だった玲奈は急に歯切れ悪そうに、はぐらかす。大学に入ったはいいものの、なんか自分の想像と違い、すぐに辞めちゃったなど、複雑な事情なのかも知れないと思い、かく言う自分も同じような立場にいる帝里は、これ以上の追及しないことにする。
「にしても一位は凄いなぁ。それこそ、もっと上の大学目指さないの??」
「別に大学なんて、そこそこのレベルならどこでもいいんだけど…あ、いや、この話はもうおしまい!!
はいはい、おチビもその私よりしょぼい模試結果をさっさとしまいなさい」
「むっきー!!いちいちほんとに腹が立ちますね!エル様、ほんとにこんな奴に正体を認めてよろしかったのですか!?」
「だからさっきも言ったけど、こいつはエルクウェルの名前の謎…というか由来が分かったんだから、もう誤魔化しようがないんだよ…」
「名前の由来…?エルクウェル様の名前に??」
「あっれれー?イブさんったらそんなのも知らないの?」
首を傾げるイブに、玲奈が嬉しそうに口に手を当て、クスクスと分かりやすい挑発で笑ってみせる。
「最高最強のフィギュア?とか言ってたけど、まさかご主人様の名前をちゃんと理解出来ないとか、そんなことないわよねぇ?」
「フィギュア言うな!それになんでそれをあなたが知っているんです!?」
「そんなの普通よねー!別にヒントがなくったって何百、何千回も打ち込んでたら誰でもき…づ…――あ」
途中まで意気揚々と語っていた玲奈だったが、呆然とする帝里とイブの反応に、玲奈は慌てて言いかけていた言葉をやめると、口を押さえて、静かに視線を逸らす。
何百、何千回も打ち込む…?帝里が実況を始めてまだ3ヶ月ちょっとしか経っておらず、日数になおすと100日ぐらいだ。ということは、1日に平均十何回かエルクウェルのアカウントを調べていることになり、それはつまり…
「お前……もしかして俺のファンか?」
帝里の言葉に、玲奈の顔がとたんに赤く染まりあがり、あわてて俯く。どうやら図星のようで、思わず帝里の心が激しく沸き起こる。
「なんだぁそうだったのか~!ならサイン書いてやろうか!!?サイン!!」
「いっ、要らないわよッ!!!ファンじゃないし!!たまたまあんたのアカウントが目に止まっただけだし!!そんないつも動画アップされてるか確認なんかしてないわよ!」
さっきまで余裕ぶっていた玲奈が、今は顔を真っ赤にし、必死に叫ぶ言い分を、帝里は首を適当に振って受け流す。
ファン。そりゃ勇者だったのだから異世界ではそれなりの数のファンがいた…と思うが、こっちの世界ではそんなもの自分に出来るとは全く思いもよらず、今度は嬉しい驚きである。
「ていうか、そんなに調べるならチャンネル登録すればいいのに。動画があがると通知くるから便利だぞ?」
「そんなのなんか気恥ずっ――じゃなくて!!それであんたの給料があがるのが癪なだけだから!! それに…通知がきたら少し味気ないじゃない」
玲奈は顔を赤らめながら、ぼそりと呟くと、ぷいっと顔を横に向ける。
帝里は動画を定期的にあげているわけではないので、玲奈はもう動画は投稿されているかと、うきうきしながら帝里のアカウント名を入力しているのかも知れない。そんな玲奈の姿を思い浮かべると帝里まで嬉しくなってきて、実況者冥利で、初めて実況者としての実感と充実感に酔いしれる。
「うぁー、ファン1号かぁ!!なんか俄然やる気が出てきた!!」
「エル様、エル様。オシャレとか言ってた、この服、もしかしたらエル様に会うためにわざわざ着て来たのかもしれませんよ?」
「―――っっ!!!!!」
玲奈の顔がこれ以上にないくらいまでに赤くなり、ここまで分かりやすい反応だと、なんだか急に親しみやすく見えてくる。
「そっかそっかー!やっぱり服装のバランスが微妙におかしいけど、なんか初々しくていい!!」
「っあぁ!!もうしらない!!!私帰る!!」
もう耐えきれなくなったのか、玲奈は踵を返し、教室から出ていこうとする。
「あー、おーい!そろそろ授業始まるぞー?切るのか?」
「次は選択教科でしょ!!私の今日の授業はもう終わったわよ!!」
そう叫ぶと玲奈はカツカツと音を立てて、教室の出入口の扉の方へ向かっていく。よく見ると靴もなかなか高そうでかなり気合いが入っていたようだ。
「うーん、やっぱりいい奴な気がする。なんか色んなこと聞けたし、割と楽しかったな
イブもいいだろ?」
「ま、まぁ様子見といったところでしょうか…
それよりエル様!エル様の名前の由来を教えてください!!せめて、さっき言ってたヒントというやつだけでも!!」
イブが顔の前で手を合わせて帝里に頼むが、帝里は黙ってイブに視線を送っており、イブは不思議そうに首を傾げる。
「…エル様?私が何か…?」
「それだよ!エル、エル、エル、エルって!その呼び方でバレたんだろ!!だからいつも帝里と呼べといってるんだよ!!」
「いっ、いや!…ま、まぁエル様はエル様なんだからいいじゃないですか~
で、エル様の名前の由来はなんなのですか!?私気になります!」
「知らん!お前も何百回でも打って調べろ。そのパソコンのキーボードならできるよ!」
「むむむ…分かりました!!じゃあパソコンをお借りして…エルクウェル、エルクウェル、エルクウェル…」
「だ!か!ら!!さっきからその名前を連呼するなって言ってるだろ!!
あぁ!まずスペルがそうじゃなくて―」
最後はまたいつもと変わらないやりとりに戻りながら、予鈴の合図で今日の昼休みが終わっていく。
「別にいいじゃない…オシャレとかしたことないのよ!!」
逃げるように去っていった玲奈は、教室の出口に着き、その予鈴を聞きながら、腹立たしそうに扉にもたれかかり、ため息をつく。
「それに今更ファン…ファン…うん、絶対に違うっつーの」
帝里を話せた興奮がまだ少し残っているが、最後のことを思い出すと再び恥ずかしくなり、また顔が赤くなってしまう。
「でも……」
落ち着くために大きく溜め息一つ吐くと、玲奈はこっそり振り返って、あの賑やかな二人を見つめる。
「やっぱり私のことは覚えてないのね……まぁ仕方がないか」
玲奈は寂しそうに笑うと、スカートを翻しながら教室から出て行った。




