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かけもちの勇者様!!  作者: 禎式 笛火
序章 エピローグとプロローグ
1/58

魔王討伐祭


 よく晴れたある日のこと、

 空には雲一つなく、長閑で透き通るような心地良い青空が広がっていた。


 しかし、次の瞬間-


 一瞬、全ての音が消えた後、身体に打ちつけるような凄まじい轟音と共に、太陽を見失うほどの大量の花火が空一面に打ち広がる。

 

 青空が鮮やかに彩られていく中、同時に下では花火に負けじと、沢山の紙吹雪が踊り舞い、多くの民衆の歓声が地を響かせる。

 子供たちが自由に駆け巡り、老婆でさえも持っている杖を投げ捨て、涙を流しながら手を突き上げ、空を仰ぐ。


 この空と大地の歌合戦もしばらくの間続いていたが、城から女王様と立派な甲冑を纏った騎士団長らしき男が現れ、ぴたりと一斉に収まる。


 そして、しんと静まりかえる中、その団長より発せられる言葉を皆が今か今かと、逸る気持ちを押さえつけながら、固唾を飲んで待つ。


 その騎士団長らしき男は一歩、前に出て、ゆっくりと息を吸うと、目をカッと見開き、大きく口を開く。


「これより魔王討伐祭を開催するッ!!」 



 この国についに訪れた平和の宣言であった。



=====================================



 それは千年前の出来事である。

 

 突然、魔王という存在が現れ、それと共に魔族という種族が急激に力をつけ、周りの種族を襲い始めた。

 もちろん他の種族は抵抗したが、その力は凄まじく、様々な種が息絶え、生き残った者も、徐々に衰退していく一方であった。

 

 そして千年の年月が経ち、全てが魔に淘汰されるかと思われ、皆が諦めかけたそのとき、エルクウェルという勇者が現れたのだ。

 

 彼は仲間と共に各地をまわり、全種族まとめ上げて魔王に果敢に抗い、見事、打ち勝つことが出来たのである。

 

 そんな千年間続いた魔族との戦いの終止符が、この魔王討伐祭なのだ。

 

 長きに渡る災難から解放された喜びと、これまで被害を想って、皆、力の限り謳歌するのである…

 


「…倒されて喜ばれるなんて、魔王も可哀想なもんだなぁ」


 そんな祭典を南門の城壁の上から眺めていた青年が少し拗ねた様子で、ぶっきらぼうにぽつりと呟く。

 

 式典が行われている城とその城下町をぐるりと囲んでいる城壁には東西南北それぞれに門があり、今日は記念祭ということで東、西、北の門は開いているのだが、ここ南門だけはなぜか閉められており、そのせいか人もあまり居らず、少し静かであった。


 この取り残されたような静けさのせいか、少年が退屈そうに謎の感傷に浸っている間にも、式典の方はつつがなく進む。

 普段なら誰も聞かなそうな、くだらない祝辞も皆が皆、真剣に聞き入っている。それほど今日という日を待ち望んでいたのだ。


「まぁ、ここまで喜ばれたらむしろ清々しいか。」


 そう自分の中で勝手に結論付けると、青年はその場から離れ、適当に歩き始める。

 

 黒い瞳に黒髪と、この世界では逆に珍しい容姿で、銀色に輝く軽装備の鎧と薄紅のマントに身を包み、腰には立派な剣を、さらに腰の後ろに長い太刀を差しているのが特徴的な青年。

 

 彼は少し歩いたかと思うと、落ち着かないのか、すぐにまた壁にもたれかかると、ポケットから手帳らしきものを取り出す。

 

『洲雨高校 3年D組6番 入多奈(いりたな) 帝里(ていり)

 

 そう書かれた生徒手帳を上に掲げ、じっと静かに見つめる彼の目は不安と期待に満ち溢れ、まさに今から冒険を始めるような目をしていた。


「――エルクウェル様の凱旋準備を始める!全員集合!!」


 下から号令の大声が聞こえ、一瞬、その声に緊張で体を強張らせるが、すぐに帝里は手帳をポケットに戻すと、弾みをつけて壁から離れる。


「ん~…やっとか」

 

 そして背筋を伸ばし、深呼吸一つすると、20mを越える壁の上からなんの躊躇も見せずに、声の主のもとへと飛び降りていった。



=====================================



 ここプトレミーシア王国は隕石に守られ、恵みを受ける少し変わった国である。

 

 降ってきた隕石からは貴重な資源がとれるだけでなく、氷の隕石が途中で溶けて局所的な雨となって作物の成長を促進させ、落ちた隕石が地面を隆起させ天然の農場が出来るなど、生活を支えられているのだ。


 以前はプトレミーシア帝国という小さい国であったが、近年、魔王への対抗国として勇者と共に名を上げ、他国との統合で勢力を拡大していき、一年前、とうとう世界全土を占める総聖プトレミーシア王国となったのである。


 そんな国、プトレミーシア王国で開かれている魔王討伐祭は佳境を迎えていた。


「こ、これで守護の英雄クラウディオスの栄冠式を終了する!」


 大剣を背中に担ぎ、顔まですっぽりと覆い隠した兜を被り、黒の重鎧に包んだ英雄と呼ばれたクラウディオスは正面に座する女王に厳かに礼をすると、背後から民衆の拍手喝采を浴びながら、口上を述べる騎士団長アテルの隣に並ぶ。


「次に、魔王討伐の英雄エルクウェルの栄冠式を行う。



 英雄エルクウェル!!」


 騎士団長アテルのかけ声を合図に、管楽器の演奏が高らかに幾重にも鳴り響き、閉じられていた南門がこのときを待っていたとばかりに勢いよく開くと、かの魔王討伐軍の兵団の姿が現われ、わぁぁ!と今日一番の歓声が沸き起こる。


 深緑の生地の真ん中に、隕石を表す黒い円が中央に、そしてその下には杖が、さらにそれらを取り囲むように赤青黄緑茶紫白黒の八色のクリスタルが描かれた、総聖プトレミーシア王国の国旗を先頭の二人が高々に掲げ、その少し後ろを魔王討伐軍の兵士達が威風堂々たる様子で行進を開始する。


 容姿も種族もそれぞれ違うものの、皆、同じ平和への願いを胸に果敢に戦った‘英雄’達であり、残念ながら、その全員の名が語り継がれることはないが、そんなもの不要と言わんばかりに堂々と、誇らしげに歩む勇姿に、人々は無類の感銘と賞賛を込めて最大限の大喝采で迎え入れる。


 そして、その軍隊の一番前で歩く男こそが、魔王を倒した英雄エルクウェル。

 黒い瞳に黒髪で、銀色に輝く軽装備の鎧と、…薄紅のマントに身を包み、…腰に剣を差し、……さらに腰の後ろに長い太刀を差しているのが特徴的な青年…


「ちぇ、こんなことになるなら本名を名乗れば良かった…」


 そう、入多奈 帝里である。

 女王やアテル、クラウディオスの待つ戴冠式の会場まで、何万という人が花道を作り、帝里に盛大な歓声と華やかな花びらを投げかける中、帝里はまんざらでもない様子で胸を張って歩きつつも、少し不満そうに口を尖らせる。


 本名を名乗らなかったのは、確かにちょっとした不都合もあったが、特に理由があるわけでない。


 初めて救った村で帝里と名乗ると、「ていり様!ていり様!」と称えられ、それが恥ずかしくて、ゲームでよく使っていた名前エルクウェル(Elquwel)と名乗り直してしまっただけなのだ。

 その後、長老に「エルクウェル様でしたか。『テイリ』等と変な名前なはずがないと思っておりましたわ」と言われ、少し傷ついたのも原因の1つではあるが。


 そんなわけで今となって少し後悔している帝里だったが、本当は少し違うところに不満を持っていた。


 そんな帝里の内情を知ることもなく、行進はいつの間にか後半にさしかかり、慣れ親しんだ風景が見えてくると、出迎えが一層、派手やかになる。


 様々な材質で出来た家々が建ち並び、様々な種族が色とりどりに着飾り、表情を喜び一色に染め、エルクウェル様!エル様!と帝里に歓声を投げ掛けてくれる。


 中には帝里の知り合いも混じっており、彼らからも惜しみない称賛を受け、さらに仰々しく様付けまでされて呼ばれると、なんだかとても気恥ずかしくなってしまい、その場から早く離れようと帝里は道を急ぐ。


 民衆の花道をくぐり抜けると、気づけばそこはもう戴冠式の会場で、各国からの国王、女王が参列しており、騎士団長アテルとクラウディオスが横に控えるその中央には、総聖プトレミーシア王国女王プトレミーシア=ウアト=レイル女王が座している。


 この世界の頂点とも言えるレイル女王は、桃色の髪を真っ直ぐのばし、その美貌は少し大人びていて、いつにも増して凛々しい面持ちで帝里を迎える。


 …が、帝里を見るとその少し長い耳がピクリと動き、落ち着きなくソワソワし始め、アテルに目でたしなめられてしまい、たった20才の若さにして女王という、年相応の無邪気さがあまり隠せていなかった。


 そんな女王様の前まで帝里、いやエルクウェルは一人歩いて行き、その場に跪くと、アテルが一歩前に出て書状を読み上げる。


「これより、英雄エルクウェルの戴冠式をとり――」


「あの~…ちょっといいですか…?」


 アテルが開会の口上を述べようとした瞬間、申し訳なさそうにエルクウェルがアテルを止め、場の流れがぴたりと止まる。


 急な帝里の呼びかけに思わず言葉を止めてしまったアテルは無視して続けるわけにもいかず、いきなり出鼻を挫かれたことに顔をしかめてつつ、帝里に応える。


「なんだ」


「さっきからずっと俺のこと、英雄英雄って言ってますけど、そこ‘勇者’に変えてもらえないかぁ…と…」


 帝里の発言に周りがざわめく中、アテルが帝里の言っている意味が分からないという顔でこちらを睨んでおり、帝里は申し訳なさそうに首を竦める。


 それもそうだろう。ただ呼び方をわざわざ日本語でも同義語とされるものに変えろという注文。アテルからしたら全く意味のなく、わざわざ式を中断させるようなことではない。


 しかし、帝里からすると重要なことなのだ。

 英雄というとなんか仰々しくて恥ずかしいし、ある約束のために魔王討伐を目指したのであって、この世界を救いたいとかそんな立派な志を持っていたわけでもなく、英雄と崇められるのも申し訳ない気もする。


 そして何よりも、ここには勇者として立たなければならない理由が帝里にはあった。


 一見無駄な要求とはいえ、魔王討伐者の発言を無下にも出来ず、対処の仕方にアテルが困っていると、代わりに、隣にいたもう一人の英雄が重々しい装備から考えられないほどの甲高い声で質問を重ねる。


「今のとこ、全て『英雄』で通っちゃってるんだけど、『勇者』じゃないとダメ…?」


「うん…別にむさ苦しい鎧のわりにやたらハスキーな声でキャラが濃すぎるお前と一緒が嫌とかじゃなくて、悪いけど俺の一身上の都合なんだ」


「むしろ、そっちの方が、説得力あって困るんだけど…うーん、英雄を勇者に、かぁ…

 あっ!じゃあ『英勇者』とか、どう!!?」


「何でもくっつけりゃいいってもんじゃねぇよ!!却下だ却下!!」


 イントネーションからこちらの意志を酌んで、真ん中の文字を『雄』じゃなく『勇』にしてくれてるのは分かるが、なんかイギリス人の勇者みたいだし、センスがなさすぎる。こっちは歴とした日本人だ。


 反対というより拒絶に近い返答に、クラウディオスは呆れたように首を振ると帝里の説得を諦め、今の会話が全く理解出来ず、さらに困惑した様子のアテルの横に戻る。


 そんな3人を見て、レイル女王は楽しそうにクスクスと笑うと、帝里の意図を理解したようで、


「アテル、エルのいう…じゃなくて、エルクウェルの言う通りに勇者に変えてあげなさい」


「しかし、レイル様!大事な式の途中でそんな勝手な変更はいささか…」


「いいじゃないですか、1000年前、旧帝プトレミーシア国をわたしの祖先と一緒に建てたとされる勇者イブエル様も『英雄』でなく『勇者』ですし!

 …それに戴冠式なのに、これでエルクウェルが拗ねて、また戴冠出来なかったらどうするのです?」


 その発言にクラウディオスが申し訳なさそうに、いたずらっぽく肩をすくめる。たしかにこの英雄の頭には栄冠がない。


 冠を兜に乗せるわけもいかず、戴冠のために兜を脱ぐべきなのだが、なんとクラウディオスは素顔を隠すためにそれを拒み、式が終わった後でレイル女王に奥で被せてもらうことにしたらしい。お前一体何しに来た。


 痛い指摘を突きつけられて渋い顔になったアテルが苦々しそうに帝里の方を見るので、帝里はとりあえず頷いておくと、アテルは少しの間唸り、


「…ハァ…分かった。英雄じゃなくて勇者にすればよいのだな?」


 疲れたようなにため息をつきながら変更を認めるアテルに、「あ、なら名前も」と帝里が口を開こうとするが、それを察したアテルが本気でこちらを睨んできており、諦めて口をつぐむ。さすがに名前を変えるのはまずいか。


「では…勇者エルクウェルの戴冠式を執り行う。勇者エルクウェル」


「…はい」


「貴殿は総聖プトレミーシア王国女王レイル様と共に、全ての国々を一つにまとめ、魔王討伐軍を――」


 一瞬崩れた雰囲気を戻すようにアテルがより一層厳かな声で、帝里のこれまでの功績を次々と読みあげていく。それは数年前の帝里では考えられなかったほど、壮大で偉大な功績。


「――そして、見事魔王デザルグを討伐した。これらの多くの栄誉を称え、レイル女王からこの栄冠を授けられる。」


 立ち上がったレイルの手には、本物の金色の葉でつくられた冠が輝き、その荘厳さに参列者は皆、ハッと静かに息を飲む。


 そして、レイルが帝里のもとへ歩み寄るためにゆっくりと前に踏み出した瞬間、

 まるで帝里とレイル以外、全ての時が止まったかのように帝里は感じ、帝里の鼓動とレイルの足音だけが帝里の中で鳴り響く。


 そして、二人だけが切り取られたような空間の中、栄冠を抱えたレイルが勇者の前に辿り着き、一度栄冠を上に掲げると、静かにその栄冠が帝里の頭の上に降りてくる。


 その最中、帝里は幸せを感じていた。自分のしたことをきちんと認められて、皆が心から祝福してくれる。これほど嬉しいことはきっとないだろう。だから、この日を全力で楽しもうと心の中で誓う。


 ふと、式の前に褒美は何でも良いと言われてたのを思い出し、何にしようか考えていると、栄冠が頭に収まった。帝里は立ち上がり、一歩下がる。レイルに向かってお辞儀を一つして、これで戴冠式は終了。


 アテルが閉会の儀を述べようとするが、その前に帝里が腰を折り、レイルに手を差し伸ばす。

 とっさのことでレイルは反射的に帝里の手を掴んでしまい、驚きのあまり、キョトンと帝里を見つめるレイルに、帝里はニッと悪戯っぽく笑うと、


「ご褒美だけど…一緒にお祭りをまわるってことで!!!」


 そう告げると、レイルの手を強引に引っ張って、後ろで見守る民衆のもとに駆け出し、これを皮切りに今日一番大きい歓声があがって、本当の祭が始まる。


 民衆に向かってダイブを決める勇者。

 それを笑って追いかける女王様。

 式が完全に無茶苦茶になり、吠える騎士団長と、それを宥めながらも、祭りにはしゃぐ英雄。


 参列してた諸国の王、女王もいつしか自由に祭りへ繰り出し、皆が皆、身分や種族を忘れ、訪れた平和を謳歌する。


 魔王討伐祭は7日間続いたのであった。



初めまして、初投稿の禎式笛火と申します。

なにぶん初めてで、誤字脱字や変な表現などがあったとは思いますが、よろしくお願いしますm(_ _)m

もし良かったら、感想や評価を頂けると嬉しいです!

それでは「ご視聴ありがとうごさいました!」

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