衝撃
流夏と海
二人の関係に暗い雲が近付いていた。
成瀬 海
ホストの癖に頭が良くて、ムカつく程 綺麗だ。
私を誰だと思ってるのよ。
小野寺病院の一人娘よ。
顔を見たら意地悪しか言わないし 皮肉な事ばかり言うし 全然可愛くない!
ほんとにムカつくわ!
流夏は 今 男の部屋にいる。
どうしても 帰らないと駄々をこねたのだ。
悪態をつき、我が儘を言いその男を困らせた。
その結果がこれである。
私の太ももには包帯が巻かれている
その怪我は、別に彼のせいでも無いのに病院まで付き添い、治療費まで払ってくれた。
お人好しと言うか、お節介と言うか、まあ優しいには違いはないみたいだ。やっぱりホストをやっている男だから、女に優しくすることが身についているのかも知れない。
女学院の寮には、彼の知り合いの女性が家に帰っているから心配いらないと連絡してくれた。
まさか、客?
でも、立場的に私は何も言えない。その女が彼の客で有ろうが無かろうが大した事じゃないから。
「お前。夕飯は済んでるのか?」
成瀬海はベッドサイドから、私に声を掛けてきた。
もう、今夜は仕事に行かないらしい。
黒いスーツからラフなスウェットに着替えた彼は、髪も無造作に崩した為、さっきより二.三歳は若く見えた。
返事をする前に、お腹がぐぅ〜と鳴ってしまった。
ヤバい!
「クックック。もう着替えたから外に出るのも何だし、作るわ。 好き嫌いは無いよな!」
有無を言わさない問い掛け?にムッとしたが、空腹には勝てなかった。
キョロキョロと部屋を見渡すと、全てがワンルームになっている。
と言っても、むちゃくちゃ広い。
オープンキッチンには大型の冷蔵庫。
私が充分寝れる大きなソファーと一人用のリクライニングらしき椅子
その前には五十インチ位かな、液晶テレビとオーディオ
そして、一番奥にはダブルベッドがあった。
それら全てが黒で統一されていて、どうしても無機質な寒々しい部屋になっていた。
やっぱりホストって儲かるんだね。
お兄ちゃんと同じ位の筈なのに、こんな良い部屋に住んでいるんだもの。
「何 キョロキョロしてるんだよ。変な物は無いぞ。
ほら!食え」
海が出して来たのは、パッパッと作ったには不思議な位の本格的なカレーライスだった。
「レトルト?」
「失礼な事を言うな!昨日一日かけて煮込んだ本格カレーだぞ。まあ、お子ちゃまには辛すぎるかも知れないけどそれぐらいは我慢しろ。」
角切りになったビーフは溶け、辛いだけじゃないコクがあった。
これは本格的だ。
サラダはレタスとキュウリとトマトのシンプルなものだったが、此処でこんな美味しいものが食べれるなんて思いもよらなかった。
「美味しい!アナタ凄い特技が有るんだね?」
「ふん!それ食ったら早く寝ろよ。今は痛み止めが効いているから良いけど、もう少ししたら痛くて寝れなくなるぞ!
これに着替えてベッドで寝ろ。」
海はクローゼットから洗いたてのスウェットを出して流夏に渡した。
海はベッドを開け渡してくれた
「私、ソファーで良いよ。泊めてくれるだけでも 有り難いんだから。」
流夏にしてはいつになく素直に礼を言ったつもりだった。
「はっ!お嬢様をソファーなんかに寝させたら後で何を言われるか判らないからな?
それに、俺はまだ眠く無いんだよ。お前が此処で寝てたら俺はテレビも見れないだろ?」
ホントに素直じゃないんだから。
「明日は小野寺病院まで送っていくからな?
整形外科で見てもらえよ?」
整形外科?
「どうして整形なの?怪我なら外科で良いんじゃないの?」
「いや・・X線撮ってもらえ!」
レントゲンなんて必要ないよ。
いくら何でも骨までいってないもん。
そんな事を考えていた流夏だったが、どうしてか瞼が重くなっていた。
先程、海は流夏の紅茶に微量の睡眠導入剤を入れていた。
もう少ししたら麻酔が切れる筈だ。そうなると多分彼女は痛みで一晩中苦しむだろう。それを少しでも和らげてやりたかったのだ。
************
翌朝、やはり痛みが出てきたらしい流夏はグッと唇を噛んで我慢している。只の我が儘なお嬢さんだけではないみたいだ。
海は自分の車を出し流夏を小野寺病院まで連れて行った。
「パパはいる?」
高飛車な態度で流夏は受付の女性に聞いていた。
待合いロビーにいる女性達の視線は、流夏の後ろにいる海に釘付けになっている。
夜の闇の中以外でも、海の美しさは際立っていた。
「院長はまだお見えになっておられません。お嬢様、お怪我をされているんですか?」
奥の部屋から事務長と呼ばれた男性が出てきて流夏に説明してきた。
「外科の当直に連絡を取りました。処置室まで来ていただけますか?」事務長は彼女を怒らせまいと言葉を選んで居るみたいだ。
そうか。まだ診察時間には早いんだな。
「整形外科の先生はいらっしゃいますか?一度脚を観てやって欲しいんです。」
流夏の後から海が口を挟んだ。
「あっ整形外科の先生はもう来てますから、呼びますね。」
ビクビクしていた事務長は海の言葉に安心したようにすぐさま受話器を取った。
「骨折なんてしてないわよ。」流夏が馬鹿にしたように言い放つ。
しかし、何故か海は頑として引き下がらない。
二人の間でオロオロしている小太りの事務長が整形外科の医師を呼び出した。
格闘家かと思うような体型をした整形外科の医師が、体型に似合わない程軽やかに廊下を走ってきた。
「茅原です。急患ってのは流夏さんでしたか。お怪我されたんですか?」人懐っこい笑みを浮かべたその医師が問い掛けてきた。
先ずは傷の消毒をしてもらい新しい包帯を巻いている。
「この程度なら、わざわざうちに来なくても、家で消毒出来ますよ?」
にこやかな笑みを浮かべた整形外科の医師が流夏に伝えていた。
「レントゲンを撮って下さい。出来れば血液検査も。」
二人の話に横槍を入れたのは、海。
「どうして?
骨に異常はないのに?」
「お願いします。もしかしたら・・・」
海の頼みに疑心暗鬼になりながらも、流夏はレントゲン室に入っていった。
「君は何か気になるのかい?」
「流夏の転け方が気になって。膝に故障が有るんじゃないかと・・」
海が気になっていたのは、流夏が看板に当たる直前の膝の曲がり方だった。
靱帯を傷付けて居るのか・・それとも・・骨か・・
海の不安が、現実となるのは直ぐのことだ。