裂傷
流夏と 翔は兄妹なのか?
海夜の悩みは尽きない
流夏はいつものように、制服に着替え階段を下りた。
「あら、おはよう。流夏さん。今から学校?私ももう直ぐ出るから、一緒に乗って行きましょうよ。ね?」
一寸の狂いもないメイクに彩られた顔
おぞましい!
醜い筈はない。この女性は 濃いメイクをしている訳ではない。
適度にトレンドを取り入れ、それでいて上品さを失わない。
女性誌に取り上げられる事も 判ると言うものだ。
五十の大台に乗っても、若さと美しさを保ち、大病院の院長夫人の座を射止め、自らも会社社長を務めるセレブな女性。
他の女性からの嫉妬と妬みより、憧れを抱かせる稀有な存在
それが、パパの奥さんである美香だ。
見ているだけで、ムカつく!
「いいえ。バスで行きますので結構です」
にこやかに飛びきりの笑みを浮かべ鞄を手に持った。
「あら、そう?でもバスで行くと遅刻しちゃうわよ?もう八時前だもの。」
あちゃー 寮でいるときと同じように支度をしていた。
今の時間帯は、バスが混むんだった。
はぁー
仕方ないか?背に腹は代えられない。
「それでは、お願い出来ますか?」ニコッと笑って首を傾げる。男の子にはこれが効くが、この人には到底 無理でしょうね・・
美香さんの車に乗って女学院までの道すがら、彼女は昨日のことを謝ってくれた。
「ごめんなさいね?お兄様のご命日だったのに・・」
「いいえ。来年もあるんだからいいんじゃないですか?それより、トラブルって聞きましたけど、大丈夫だったんですか?」
朝早くから出かけた美香は、私が起きている時間にはまだ帰っていなかった。
「ええ。漸くね。製品の使用方法を誤って使っていたお客様が、泣きついてきたのよ。担当者がもっときめ細かいサービスを提供しないと、直ぐ駄目になってしまうのにね。この業界は・・」
「大変ですね?」
「ええ。でも、クレームでも言ってきてくれる人のほうがまだまし。こちらに言ってこない人は、二度とうちの製品を手にとらないし、店にも来ない。そればかりか、口コミで嫌な噂が流れるから怖いのよ。女って・・・」
完璧なまでの美しい横顔が、少し歪んだ。
そうだよね。 今まで、女独りで生きてきたんだから、色んな波を乗り越えてきてるんだろうな・・
母としても、パパの奥さんとしても認めないけど、一人の女性としては認めざるを得ない。
校門の前で車から降り、足早に校舎までの坂を走った。
・・痛・・・
最近、走ると左脛が痛む。
・・運動不足かな?・・・
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あの日から一週間が過ぎた。
相変わらず海夜は、夜の海に浸っている。
夜 七時過ぎに店に入り、明け方出て行く。そんな毎日を送っていた。
その日も 同じように黒いスーツを着て、俺は「海」から「海夜」に身づくろいをした。
灯の点っていないネオンもある時間帯
・・・?・・・誰だ?・・・・・
流石に酔っ払いはまだ居ないが、制服姿で此処に居たら危ないだろう。
「お前は・・」
あのときの少女だった。
「あっ」
誰かを待っているかのように、きょろきょろしていた彼女はおれの姿を見つけると、重そうな鞄を手に走ってきた。
「良かった!!逢えなかったらどうしようかと思ってたの。ハイ。この間のお礼。
余り美味しくないかも知れないけど、食べてね。」
彼女は鞄から綺麗にラッピングした浅黄色の箱を差し出した。
「えっ? 何? 」
突然のことに戸惑う俺の手に、無理やりそれを持たせ「じゃあ」と走りだした。
「毒なんて入ってないからね!」
振り向きざまに言った言葉に「ぶっ!!」と噴出してしまった俺は、笑い出していた。
ガッチャン・・・その子が、歩道に出ている看板に躓いてこけてしまった。
「あっ」
思わず駆け寄った俺の目に飛び込んできたのは、割れた看板の欠片にザックリと裂かれた彼女の太股だった。
ドクドクと血が噴出し、彼女は真っ青になって震え出した。
俺は、思わず自分のネクタイを解き彼女の止血をしていた。
救急車の中で震える彼女は
「パパの病院へ」と彼女に付き添う俺に、救急隊員が氏名を尋ねてきた。
そう言えば、名前も知らないんだ
「あっちょっと待って下さい。
君 名前は?保険証とか持ってる?」
苦痛に顔を歪めている彼女に声を掛けた。
応急処置をしてもらっている彼女が、生徒手帳をだした。
「小野寺流夏。保険証は財布の中に入ってます。」彼女は『小野寺病院』の娘らしい。
小野寺病院
院長の小野寺尚哉博士は心臓外科の権威だ。ただ、独裁的で傲慢な経営に意を唱えるものも多いと聞いた。
翔も小野寺だった。
まさか・・
兄妹か・・?
まさかな?
救急車は小野寺病院では無く、近くの救急病院に入っていった。
「今夜の救急担当はこの病院なので、申し訳ないですが、それで良いですね?」
救急隊員がストレッチャーに乗った流夏に話していた。
何だか彼女の顔色がまた悪くなったように思うのは思い過ごしか?
処置室で傷の手当てをしてもらう間、俺は店に電話を入れた
「もしもし海夜です。すみませんが今日 休ませて貰えますか?
・・・・・・
はい。ちょっと知り合いが怪我をしてしまったので今病院なんです。
・・・・・・
はい。そうです。
・・・・・・
すみません」
救急車に乗り込む所をマネージャーが見ていたらしい。
女絡みのトラブルかと心配していたが、海夜に限って有り得ないなと笑っていた。
イソジンの匂いが処置室に漂っている。痛々しいぐらいの包帯が、彼女の白い肌を覆っていた。
「送っていくよ。成城に行けば良いな?」
すると、彼女はぐっと頭をもたげて
「今日はあの家は駄目! 寮へ帰るわ」
と、高飛車
言い放った。
「どうしてだよ?これからの傷の処置についても、親に話しておかないといけないだろ?
乗り掛かった船だ。面倒だけど、説明しなかったら心配するだろ?
それに・・」
長い睫に縁取られた切れ長の目が 一瞬曇った
「今日は駄目! あの人がいるから。
(あの人と二人きりなんて耐えられない。)」
あくまで家には帰らないつもりらしい。
しかし、寮って門限があるんじゃないか?
「おい。お前。」
「流夏よ。あなたにお前って言われる筋合いはないわ!」
気のキツい女だ
「流夏さん?寮って門限があるんじゃないか?」
流夏はハッと顔を上げて 処置室の時計を見た。
九時二十分
「ウッソー!!どうしよう・・初めて門限破っちゃった。
どうしよう?」
あんなデカい家があるんだから、帰れば良いものを、どうして帰りたくないのか?
まあ、別に判りたくはないが。
しかし、これからコイツをどうするかだ
「お前、家に帰らないのなら何処か泊まる所はあるのか?」
俺の質問に 彼女はグッと黙ってしまった。
「友達とか居ないのか?」
「・・・」
友達も居ないのかよ?
「アンタんちに泊めてよ?ソファーで良いから。」