偶然
海夜が助けた少女はいったい誰?
「止めて下さい!放して! 止めて! 誰か 助けて!」
煌びやかな人工の派手な光の中を歩くのは久しぶりだ
いつもは東の空が薄明かりに変わる頃にしか、この街を歩かない。
「誰か 助けて!」
何だ?誰も助けないのか?
みんな無視かよ!
「止めろ!」
制服姿の女子高生の腕を掴んでいたチャラ男の腕を捻り上げた。
「イッテエなぁ!何すんだよ?」
くすんだ顔色をした若いんだか老けてるのか判らない男が大袈裟に喚く
「嫌がってるだろう?放してやれよ?」
捻り上げている手にグッと力を入れた。
「いっいってえ〜 判ったよ。判ったから放せよ!」
その男は、泣きそうな声を上げて、それでも俺が手を放すと
「覚えてろよ」捨て台詞を吐き捨て走っていった。
「有難うございました。」今時 珍しいお下げ髪の女子高生だ。
確かこの制服は、お嬢様学校で有名な聖マリアンナ女学院だ。
「あんたもそんな格好で、こんな時間にこんな所にいるからいけないんだ。誘ってくれって言ってるようなもんだろ」
海夜にしては珍しく嫌みを口にしていた
その言葉にカチンと来たのか、それまでしおらしく俯いていた女子高生は、思いっきり不機嫌そうに口を開いた
「仕方ないでしょう。私だって好き好んでこんな所にいるわけじゃないわ。この筋の向こうに予備校が有るんだから仕方がないじゃない。駅への道が通行止めだったから、仕方なくここを通っただけよ!私のせいじゃ無いわ!」
大人しい少女だと思っていたが、見立て違いみたいだ。
「ああ、そうですか?すみませんね?それでは、早くお帰り下さい。お嬢様」
ムカつく気持ちを抑えられず、嫌みったらしい言葉を吐いて歩き出した。
「ちょっ ちょっと待ちなさいよ?私 一人だと危ないでしょ?送って行かなければと思わないの?」
「はっ? お前 誰に物言ってんだ?ぁあ〜?」
「今 あなたが危ないから助けたんでしょ?だったら最後まで面倒見なさいよ?そんな事 常識よ!」
高飛車な態度に海夜の苛立ちは募る一方だ。
「お前な〜 送って欲しいんなら送って下さいってお願いしろよ?
ははぁ 怖いんだな?」
女子高生の思惑など知った事ではない
「こっ怖くなんてないわよ! 別に!
只 あなたが送るのが筋だって言ってるだけよ!」
どこまでも 傲慢な態度を貫くつもりらしい。
何だかこんな餓鬼にムカついているのも馬鹿らしくなっていた。
「ハイハイ。判りましたよ。送れば良いんでしょ?送れば。
では お嬢様。まいりましょうか?」
海夜は五メートル程離れていたその少女に向かい手を差し出した。
少女の顔が 赤く見えたのはネオンのせいだろうか…
最寄の駅まで送り届けるだけのつもりだった
黙々と足を進める二人の距離はきっかり一メートルは有っただろう。
今時の女子高生のように 携帯を触る訳でもなく しっかりと前を見据えて歩いていた
「あっ…」
たどり着いた駅は、既に真っ暗で非常灯だけが主張をしていた。
「どうしよう…」
途方に暮れているその子の腕を掴み、タクシーを停めた。
「ついでだから送っていってやるよ。家は何処だ?」
「成城」
「ふーん。やっぱりお嬢だな。
最後まで送り届けないと後で何を言われるか判ったもんじゃないからな。
お前の言う筋を通してやるよ。」
停まったタクシーの後部座席の奥に少女を押し込め、続いて海夜も乗り込んだ。
静寂が車中に広がる。
エンジの縁取りが施された紺色のボレロ風ジャケットに紺色のジャンバースカート
ここ何年かは、女子中学生の憧れる制服のNo.1だ。
興味は無いが、一度知識として入った情報は容易く忘れない特技を持つ、海夜の脳裏に浮かんでいた。
車は世田谷の高級住宅街に入って行く。
「どの辺りですか?」と、運転手が後ろに声を掛けてきた。
窓の外を見つめていた女子が、驚いたように
「二つ目の角を左に曲がって三軒目です。」と応えた。
音もなくスーッとタクシーが停まり後ろのドアを開けた。
「あの 送ってもらって有難う。」
消えてしまいそうな声で 礼を言った少女は クルリと回りすぐ前の黒い門扉の中に消えていった。