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人魚姫  作者: 如月 雪
2/8

楽園

海夜は一体 だれなんだろう?



夜の闇に浮かぶ城




『Eden』




楽園と言う名を持つ不夜城に今 俺は生きている




死んだような目をして それでも生に固執しながら生き長らえている




何故 あの時死んでしまわなかったのか?





何故 一緒に逝かなかったのか?








海夜(カイヤ) 指名だよ?」

メンソールの煙草を曇らせている小さな部屋に マネージャーの謙吾さんが声を掛けた




「了解」


数人の男の中から 夜の闇のような真っ黒な髪を一つに束ねた細身の男性が 気だるそうに立ち上がった




源氏名を海夜(カイヤ)



この店のナンバー3




他の男からは ため息が漏れる




「何で 彼奴はトップを狙わないんだ?本気になれば(シン)や龍都に引けを取らないんじゃないかぁ?」


神はこの店のNo.1

龍都がNo.2だ




誰につくでもない下っ端のホストが呟く



確かに そいつの言った通りだ



海夜を贔屓にしている女性は神や龍都のそれよりも 羽振りが良く金払いも良い。殆どが 堅気の女性だ。

しかし、海夜が彼女達から金をせびるのを嫌がった。



元々 水商売とは縁のない奴なんだろう。いつだったか、海夜と、彼奴を一番贔屓にしている女性社長が話している内容など、ホストクラブで話すものでは無かった。



世界経済や株式、まるでどこかの会社の会議室にいるような錯覚に陥った



そのため、ヘルプに付く他のホストが居ないのだ



だからなのか、海夜はいつも女性と二人だけで店のコーナーに座る



周りはギャアギャアと五月蝿く騒いでも その一角だけは落ち着いたバーのようだった



「いらっしゃいませ。水沢様。」

僅かばかりの笑みを浮かべて 海夜がその女性の手の甲に唇を寄せた




たおやかな笑みを浮かべて満足そうな表情を見せる女性は、海夜の一の客である大手エステサロンの社長、水沢美香だ。



三十台に見えるが、既に五十を超えているはずだ




海夜と水沢はいつものように二人だけで真剣な顔をして話している。


時折 はにかむように微笑んでいるのだから、水沢社長も満更ではないのだろう










小一時間たった後、水沢社長は海夜の頬にキスをして颯爽と帰って行った



たった二杯の酒と一皿のフルーツだけで彼女は百万を払った



「水沢様。これでは多すぎます。」

マネージャーが申し訳なさそうに伝えると

水沢はふっと微笑んで彼に秘密を打ち明けるように言った


「残りを海夜のお給料に追加しておいてくれる?あの子に何かお礼をしたいのだけど受け取ってくれないの。お給料を頂いているからいいと言ってね。だからお給料なら受け取ってくれるでしょ?

本当に欲がないんだから」


その人は、悪戯を思いついた子供のように楽しそうに笑った



いつも社交辞令的な笑顔しか知らないマネージャーや若いホスト達は、彼女の初めて見せたであろう本当の微笑みに心を奪われた




「海夜のことが本当にお気に入りなんですね?」


マネージャーの一言に水沢社長は思いがけない事を口にした


「ええ。引き抜きたいと何度もアプローチしたけど駄目だったわ。ごめんなさいね?こんな事バラしちゃって。

でも、あの子はどんな良い条件を出しても受けてくれなかったし、多分これからもそうだと思うわ。

この仕事が好きでもなさそうだし、何か理由が有るんでしょうね? あの子が理由も無しに動くなんて有り得ないから。

あら。喋り過ぎちゃったみたい。海夜には内緒ね!


じゃあ 有難う。楽しかったわ。」


颯爽とお迎えのジャガーに乗って水沢社長は帰って行った







海夜のお客様には ああいう人が多い


海夜と話す為だけにこの店に来ている女性達だ


酒を飲む為でも、騒ぐ為でも、憂さを晴らす為でも無く、只海夜と話す為だけに足とお金を運んでいる人達だ



海夜はホストには珍しく、客からのプレゼントを一切 受け取らない



勿論、アフターもしない。彼奴にとってこの場所は只の仕事場に過ぎないからだ


夜の世界が好きでいる奴がほとんどの世界で 彼奴はやはり異質だった




オーナーの雪さんが海夜を連れてきたのは 二年前の冬だった




海夜と言う名はオーナーが付けた



確かに海夜には夜の闇がよく似合った



店でも一番の美形で190近い長身のくせに下働きも黙々とこなす。無口で、休憩室ではいつも本を読んでいた。


そう、ホストの世界には似合わない人種





しかし、海夜が店に出ると直ぐに指名が入った




いつも何かしらいちゃもんを付けて当たり散らす社長令嬢だ。先輩ホストの策略だった。






彼女が海夜と話すにつれ、彼女の声が徐々に低くなってきた。最後には海夜の胸に顔をうずめて泣き出したのだ。固唾を飲んで二人を見ていた他のホスト達は、呆気に取られ何が起こったのか理解するのに時間がかかった。


まるで魔法を使ったのように 彼女の顔は店に来たときとは別の顔になっていた。








勿論 彼女は今でも海夜の良いお客様だ。


しかし、以前のように敵のようにお金を使うことなどせず、時折来て 海夜と二人きりで二時間程 お喋りして 楽しそうに帰ってゆく。




その人も来月に結婚してアメリカに行くという。









*****


「先に上がります。お疲れ様でした」



夜の闇は ネオンに掻き消され薄くベールを被っていた




11時


今夜は早い


ホストクラブではこれからがかきいれどきだろう。



しかし、俺は明日のため今夜は早めに店を出た。




三月八日




アイツの命日だ





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