君に羽が生えたなら
最近、君に羽が生えていることを知った。僕は確かに見たのだ。同じクラスのあの男子と楽しそうにおしゃべりをする君の背中に生えた、小さな可愛らしい羽を。生まれてから十年と少し、ずっと隣にいた僕でも知らなかった羽を。
ゆっくりと大人への道を歩く君を、僕も一緒に歩きながらすぐ隣で見ていた。ふんわりと笑う君の周りには、常に色とりどりの花が咲き乱れていた。赤いゼラニウム、黄色いフリージア、ピンクのチューリップ……。甘い匂いが漂って、その中心に佇む君しか見えなくなって。僕の視界はいつも赤や黄色の淡い色合いに包まれていた。
それなのに。君の足下の桜草に気づいたときには、君は少し遠くにいて。ずっと隣にいたのに、今は背中しか見えない。
相変わらず花の咲き乱れる君の、背中の羽。蝶のような可愛らしいそれを、恨めしい思いで見つめる。いつかはこの羽で、僕のもとから飛び去ってしまうのか。そんなの。そんなのって。
許せるわけがない。
ずっと隣にいたのに。側にいたのは僕なのに。納得できない思いがぐちゃぐちゃになって、目の前が暗くなる。眉間に皺が寄るのを止めることが出来ない。ああ、もしこのままこの胸のどす黒い塊が大きな蜘蛛になって、君を糸で絡め捕ってしまえたら。がんじがらめにして僕に繋ぎ止めておけたなら。
でも、クラスのアイツにわずかに頬を染めて笑いかける君を見てしまったら、もうそんなことを考えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまって。
ああ、報われない。
今日もアイツと楽しそうに話す君の背中に小さな羽が見える。飛び去ってしまう前にもいでしまおうと手を伸ばした。
手の中でくしゃりと潰れた羽を思いきり引きちぎる。顔を歪める君の背中に、もう羽はない。
そんな妄想に満足して、僕はそっと手を下ろした。