トナカイアレルギーのサンタクロース
冬の童話…。女王とかそんなのに飽きてない?
とある場所のある日のお昼のこと。
「じいちゃん、じいちゃん!」
「なんじゃ、我が愛しき孫よ。」
簡素な茶色いベストを着て、蒼い瞳と金色の髪の小さな男の子と、赤い服に身を包み、白い髪と同じように白い髭を蓄え、少年と似た目のおじいさんが、赤屋根の家の大きな庭にいた。
「じいちゃんって『さんたくろうす』っていうんだろ?」
「ああ、そうとも。それがどうかしたかな?」
「サンタ苦労す。って学校のみんなは言ってるけど、じいちゃんそんな人なの?」
「現代っ子はそんなことを言うのか……うむ、間違いでは無いがな。」
「じゃあじいちゃん、その、さんたくろうすって辛い?俺も将来なるんだろ?嫌だよ辛いのは…。」
しゅん、として涙目の少年アンテロへ、おじいさんはアンテロの涙がこぼれないよう指でぬぐい、優しく微笑んで言葉をかける。
「アンテロよ。確かにサンタクロースはとても苦労をする。じゃが、その報酬はとっても良いもの。それこそ、世界一良いものじゃよ。」
アンテロは小さな腕を組み少し悩んで、
「お金?」
「現代っ子の思想、シビア……!いいやお金じゃない。それは、笑顔じゃ。」
「えがお?」
「そう、笑顔じゃ。笑顔は人の心を豊かにする。笑顔を見ている人も笑顔にする。そしてそれを見ている人も笑顔に。さらに、それを見ている人、見ている人と。笑顔は世界の人、皆の心を豊かに、愛の溢れる優しい地球になる。」
「……ふーん。でも、さんたくろうすとなにが関係しているの?」
この質問に、「よくぞ聞いてくれました!」みたいな顔でおじいさんが答える。
「アンテロよ。いつもクリスマスイブを越えた次の日の朝、リビングのクリスマスツリーの下には何がある?」
「プレゼント!!」
先ほどのしんみりしていた少年はどこへやら。元気いっぱいに目を輝かせてアンテロは答えた。それもそのはずだろう。この年の子供たちにとってクリスマスはプレゼントであり、プレゼントはクリスマスって感じに認識している。
「アンテロよ、プレゼントは好きか?」
「大好き!」
アンテロの頬は赤くなり、鼻息も荒くなる。気分はハイテンションだ。
そこにおじいさんは「時は来たれり!」とばかりに勢いよく
「ほっ!」
と、手鏡をつきだした。
アンテロはびっくりしたものの、この鏡に写った自分の顔は『笑顔』だった。
「プレゼントとはすなわち笑顔になる。わかったかな?」
「…うん!」
理解し、同時にアンテロは気づいた。
今の笑顔は自分だけだが、これがクリスマスに世界中の子供たちに渡ると、当然規模は大きい。ならば先ほどおじいさんが言っていた、
『愛の溢れる優しい地球になる。』
瞬間、鳥肌が立つ。
ああ、なるほど。確かにさんたくろうす、いや、サンタクロースの報酬は世界一だ!
「俺もサンタクロースになる!今すぐ!!」
「ホッホッ、今すぐは早いわい。大人になってからじゃ。」
足をバタつかせて催促するも、返事はNOだ。
若過ぎる子供故か、いてもたってもいられなくなり裏のトナカイ小屋へ駆け出す。
「俺だってトナカイに乗れるよ!」
小屋の中にいるトナカイにアンテロは抱きつくように乗っかった。
「見てよじいちゃん、この俺がトナカイを乗りこなす姿を!」
「アンテロよ、急に乗るとトナカイが驚いてしまう…、何か目が赤くないか?ん、顔も赤く……ア、アンテロ!?どうした!?おーーーーい!!」
* * * * * * *
あの日、初めて自分がトナカイアレルギーだとわかった。
それいこうはトナカイを遠目で見つめるも、触ることはない。
トナカイアレルギーでサンタクロースが務まるか!と、自分を職業不適合とし、サンタクロースにはならないことにした。
なのだが。
「いや~~、すまんすまん。どうやらぎっくり腰になってしまったわい。」
「わかったから寝てろ。じゃないと治るものも治らないぞ。」
少年だったアンテロもすっかり大きくなり、ついこの間、大学を卒業した。
「アンテロよ、一つ頼みがあるんじゃが…。」
「ん、なんだ?」
「今年、サンタクロースになってくれない?」
「!!!?」
* * * * * * * * * *
そんな訳で今、アンテロはサンタクロースの衣装を着ている。
白い立派な付け髭をアゴにくっ付ければ、どっからどう見てもサンタクロース。
しかし中身はトナカイアレルギーの青年だ。
適任か?
一瞬、アンテロの頭の中をよぎった。
ーーー…、俺、出来ないよな。アレルギーだから。
アンテロは自分には出来ないと決め、その場から去っていった。
* * * * * * * * * *
あれから近くの街までアンテロは缶コーヒー片手に走った。なぜ走ったのかは自分の中ではよくわからない。缶コーヒーを持っているのは、せめてもの快楽を得るためだ。
キリッ、と北国ならではの寒さがアンテロの体温を奪う。
ーー俺って、最低だな。
アンテロは、自分が祖父から頼まれた仕事を道半ば、いや。始まる前から投げ出した。
仕事が重大だとはわかっている。
祖父から教えてもらったことだ。
でも自分はさっき、その祖父からもらった仕事を放棄したのだ。
缶コーヒーの栓を開けると、コーヒーの豊かな香りが温かい蒸気と共に鼻へ入ってくる。いつもは気持ちいい感じがするのに、今日に限っては何も感じれない。
ーーーーーー俺は逃げたのか?
ッ!いや、違う!逃げてなんかない!
俺には出来ないんだ!
ーーーーー何故そんなに必死なんだ?
そりゃ必死になる!俺はアレルギーなんだ!
サンタはトナカイを従えてる!
俺にはそれが出来ない!
サンタなんて、サンタなんて。
サンタなんてーーー出来ない!!
「あ、サンタさんだ。どうしたの?」
ふと、どこからか子供の声がした。
否、隣だ。すぐ隣に女の子がいる。いつの間にいたんだろう。全然気づかなかった。
サンタ?ああ、そっか。俺、その格好のまま来たのか。
「おれ…儂のことか?どうしたもなにも、なにもないよ。」
何で、『儂』なんて使い慣れない一人称使ったんだろう。
変にサンタぶるなよ。『俺』でいいではないか。
「ふーん。そうなの?でも、凄ーく苦しそうだったよ?」
不思議そうな顔でまた聞いてきた。
「何でもないよ。儂は元気じゃ!」
まただ。
それっぽい口調で俺は子供を騙してる。
もうこの場から去ろうと足を踏み出す。
グイッ
ーーーーー……、え?
なぜだろう?歩こうとしたら、あの女の子に袖を引っ張られた。
「ダーメ!具合悪いんでしょ!ちゃんとお医者さんのとこ行って!!」
怒られた。何でだ?
「君には関係ないだろう?」
「関係あるもん!!!」
女の子は瞳に涙をいっぱい浮かべている。先ほどよりも声を荒げて訴えられる。
「だって…、サンタさんが具合悪いままだとプレゼント運べないでしょ?」
………ーーーーーーー!!!!
ああ、チクショウ。なんてことだ。
仕事が重大って分かってる?アホか!!
一番分かってねぇのは、俺だろ!!
子供を泣かせるようなヤツに、俺は成り下がってたのかよ!!
「…ごめんな、嬢ちゃん。サンタさん。今、元気になったよ。」
アンテロはそういってこぼれないように、女の子の涙を指でぬぐった。
「どこ行くの?」
「儂は今からちと、笑顔を運んでくるよ!」
このときアンテロに『儂』と言うことへのためらいはなかった。
* * * * * * * * * * *
クリスマスの朝。
街中の家々から、子供たちの歓喜の声が聞こえてくる。
「ゴホッゴホッ!」
そんな中、プレゼントを世界中に運んだアンテロは、当然、顔を赤くし、アレルギーによる熱をだしていた。
気分は悪く、気だるいというのに、やけに心の中は晴れやかだ。
窓から街を見つめ、アンテロは昨日の仕事を誇りに思う。
サンタクロースって凄いな、と。
これは例年の感想。でも今年は…、
愛に包まれているなぁ。
と、そして心の底から祖父と祖父の言葉が理解出来たような気がした。
そんなサンタクロースのお話。
最後までありがとうございます。