Chapter2①
プロローグ
マールスの跡地に秋風が吹き、大地に注がれる陽光は草木を育て、海を煌びやかに飾る。
やや高い波は、それでもいつも通り砂浜へと辿り着く。
今日も火星は晴天だ。タクマは胸中で呟く。
だが、ある懸念のためにタクマの心は一向に晴れないようだが。
マールスの跡地は、今日も今日とて賑わっている。
先日、サジの呼びかけに応じ、無気力に俯いていた多くのプレイヤーは、活気を取り戻し始めていた。
生きることを止めず現実へと帰還するため、各々が行動を始めたのだ。
タクマは、中央広場まで歩いてくると辺りへ視線を向けた。
二人の男性プレイヤーがフィールドへ狩りに出かけるようだ。あれこれ相談し、準備に勤しんでいる。
その奥では、別の男性プレイヤーが装備を製作している姿が見えた。
西側の崩れた建物では、六人のプレイヤー集団が瓦礫に座り、笑い合いながら食事をしている。
「活気は取り戻せたし、次は……」
タクマはそう言うと、再び歩き出す。
跡地に残るプレイヤーにサジが呼びかけてから、四日。
タクマは、ある事柄に頭を悩ませていた。
それは、昨夜のことだ。
タクマとサジは、跡地の北側、崖下の造船所で焚き火を囲い、今後のことを相談していた。
「現状を考えると、まずは組織の立ち上げからだよね」
「そうだな、この跡地をガチで復興しなくちゃ始まらないな」
サジの言う組織とは、プレイヤーたちが一つの組織に属し、集団で行動するチームのようなものだ。
タクマたちは、ギルドを立ち上げマールスの跡地に残るプレイヤーを纏めようと考えていた。
そして、ギルド内での役割を明確にし、組織として効率的にマールスの跡地に生活圏を築こうとしている。
「この前の呼びかけでここのプレイヤーには、サジの印象が強く残ってるからな! サジを筆頭にギルドを立ち上げて……」
「それなんだけど……僕には無理だよ。タクマ君は気にするなって言ってくれるけど、僕には彼らに負い目がある。開発メンバーの一人として、彼らをログアウト不可の仮想現実に閉じ込めてしまったんだから」
タクマの言葉に、サジはそう答えた。
「気持ちはわかるけどな。だけど、サジの代わりにギルドのマスターになれるような奴はいないぜ?」
「僕はタクマ君を推薦するけどね」
サジは笑みを浮かべ、タクマを名指しする。
「それこそ無理だわ。俺は人に指示なんてできねぇし、責任持たされるより、好き勝手やりたい派だからな」
タクマも笑いながら答えた。
昨夜のサジとのやりとりを思い返し、タクマは溜息を漏らす。
「カリスマ性のある奴とか、どっかに落ちてねぇかな……」
無茶な注文を呟きながら、タクマは寝床として利用させてもらっている崖下の造船所へ向かった。
1.1
石造りの階段を下りるタクマは、なにやら騒がしい様子の造船所へ視線を向けた。
そこに映ったのは、相棒のアサミである。
アサミは、複数の女性プレイヤーに囲まれながら、楽しそうに騒いでいた。
「え〜!? ちょっと露出し過ぎじゃない?」
「そんなことないよ! 凛さん、背高いんだし脚出さなきゃ!」
「そうだよぉ〜、セクシーで可愛いよぉ!」
複数の黄色い声が飛び交う中、タクマは歩み寄っていく。
「あ〜先ぱぁい」
タクマに気づき、アサミは声をかけた。
「よう、何やってんだ?」
「みんなで〜装備製作してたんですよぉ〜」
タクマが尋ねると、アサミは作りたての洋服を見せ、笑顔で答える。
「それ装備っていうより私服だろ」ーータクマは呟くがアサミの耳には届いていない。
PPOは、プレイヤーのLVが十五に達すると製作、加工機能が使用可能になり、その際、簡易な装備の製作書や製作、加工アイテムが貰える。
以前、サジが提供してくれた装備の製作書もこれで貰えるものだ。
アサミはそれらのアイテムと、ここ数日で集めた素材アイテムを利用して、他プレイヤーに装備製作を披露していた。
「アサミ姉の装備、めっちゃ可愛いんですよ!」
「たしかにアサミの装備、素敵よね。露出多いけど」
口々にアサミの装備を褒めているのは、チナッチェと凛という名のプレイヤーだ。
【名:チナッチェ 職:魔術士 LV:8】
金髪ヘアを頭の左右で束ね、可愛らしいリボンを付けたチナッチェは、小柄な背もあってか幼く見えた。
【名:凛 職:武芸者 LV:9】
凛は、対照的に背は高く、細身な身体に凛々しい顔つきの美人である。黒の長髪をポニーテールに束ね、和風な印象を感じる。
「そうなのか? お前にそんな才能があったなんてな」
珍しくアサミに感心するタクマだが。
「ふふふ、この世界でアサミブランドを立ち上げて〜わたしの洋服を世に知らしめるのですぅ!」
「おおー!」
ーー彼女たちの言葉に呆れ溜息をついた。
「アサミちゃん、ちぃーっす!」
タクマとアサミたちのやり取りの最中、今度は男性プレイヤーがアサミへと声をかけてくる。
「アイン君、ちぃ〜っす!」
アサミが陽気に対応した相手は、アインハルトだ。
【名:アインハルト 職:遊撃戦士 LV:14】
明るい栗色の髪を逆立てバンダナを巻いた容姿は、人気ロックバンドのボーカルを真似ているらしい。軽い口調で陽気な性格もあり、無気力に俯いていたのが不思議なプレイヤーだ。
「タクマさんもちぃーっす!」
「おう、狩りの方はどうだ?」
これを挨拶と呼ぶかはわからないが、タクマもアインハルトに挨拶を返す。
「順調っすよ! 今朝から鳥類狩りまくって『鶏肉』大量確保っす。アサミちゃんも鹿肉ばっかじゃ飽きちゃうっしょ? あとで焼き鳥にするから食べに来てよ! チナッチェと凛ちゃんもね」
アインハルトは笑顔でそう言うと、アサミたちと雑談を始めた。
タクマは「またな」と皆に挨拶し、サジの部屋に向かう。
部屋を訪ねると、サジは跡地のプレイヤーのため装備の製作に勤しんでいた。
「お疲れさん! 作業捗ってるか?」
タクマの声に、サジが振り向き答える。
「なんとかね。みんなに支給できるくらいの数は揃ったかな。そっちはどうだい? 跡地の様子を見てきたんでしょ?」
「ああ、プレイヤーたちは問題ねぇな。活気もあるし賑やかなもんだわ。アインが鶏肉確保したから、焼き鳥を振る舞うってよ」
タクマとサジは、互いの情報を交換しながら、今後のことを相談するようだ。
「ギルドの立ち上げはギルドマスターさえ擁立できれば、すぐにでも可能だし……。その前にやっておきたいことがあるね」
サジはマグカップにココアを注ぎ、話を切り出した。
「復興準備か、具体的には?」
「タルシス地方のプレイヤータウンに知り合いがいるんだ。生産を中心にプレイしている彼女なら、こちらの復興支援申し出を受け入れてくれると思う」
サジの話によると、跡地の復興にはいくつかの条件を満たす必要がある。
一、プレイヤーの住居や店舗、製作用の工房などを建築できる職人。これらの建築物専用の製作書を持ち、それを扱えるだけの製作技術のLV保持者である。
二、農業、漁業に携われる人材と設備。人材に特別な能力を必要とはしないが、人手の数が難題だ。設備に関しては、農地を耕し漁港の開港が必要になる。
三、一定の所属人数を有する組織。
これらの条件を満たすために、タルシス地方にいる知り合いのプレイヤーに助けを請うのが理想的だと、サジは説明した。
「異論は無いぜ。残りの開発メンバーの行方も調べたいしな」
タクマはサジの提案に乗り、タルシス地方へ赴くことを了承する。
「ごめん……他の開発メンバーの所在を、僕が把握できていれば良かったんだけど」
「そこも気にするなよ、誰だってこんな状況は想定外だろ」
サジの謝罪に、タクマは笑って答えた。
1.2
翌日、朝早くタクマとサジの二人はタルシス地方へ向け出発する。
マールスの跡地から、南西へ一日半ほど歩くようだ。
朝方の気温は低く、その寒さから身を守るために二人は布の外簑を羽織り、フィールドへと出て行く。
「ところで、良かったのかい? アサミちゃんを置いてきて」
寒さが苦手なサジはマントに包まりながら、尋ねた。
「あいつには、別の仕事を頼んだわ」
前日の夜、タクマはタルシス地方へ行くことをアサミに伝えた。
アサミも同行を希望したが、タクマはやんわりと断る。
「どんな仕事を頼んだの?」
「跡地にいるプレイヤーと交流しろ、ってだけ」
サジはその意図を理解できず、不可解そうな顔をして見せた。
「そのうち効果はあるさ」
タクマはそう答え、歩いていく。
マールスの跡地から南西には、火星特有の赤錆の混じった荒野が広がっている。時折吹く風に赤い砂のような物が舞う。
タクマとサジは、フィールドに現れるモンスターと幾度も戦闘を重ねながら、タルシス地方へとやって来た。
「タクマ君! もう一体来るよ!」
「キリがねぇな!」
タクマは毒付き、前方へと目をやる。
【名:リザードポーン 種:爬虫亜人 LV:20】
タルシス地方に生息する爬虫亜人と分類されるモンスターは、蜥蜴の被り物をした人間にしか見えなかった。
頭部のそれは蜥蜴で爬虫類特有の長い舌を出している。
人の四肢に緑の鱗を生やし、手には三日月刀を所持していた。
サジの放つ矢を躱し、タクマへ急速に接近してくるリザードポーン。
「人間大でその速さは卑怯だな!」
タクマは、瞬時に立ち位置を変更して、リザードポーンの振るう三日月刀を躱す。ーー次の瞬間、蜥蜴の頭には円盾がめり込む。
「グゥゲェ」
気味の悪い呻き声を無視し、タクマは連打を浴びせ後方へと飛び退る。
「長引くのはうまくねぇしな」
タクマはそう言うと、聖騎士の特殊技『リベンジカウンター』を発動した。
『リベンジカウンター』は、敵から受けたダメージの三割を相手に返す。
リザードポーンは再び接近し、三日月刀を無造作に振り回した。
その斬撃全てをタクマは両腕の盾で防ぎ、反撃の拳、もとい盾を突き出す。
リベンジカウンターの効果で、振るった斬撃のダメージ三割を自身へと返され、痛みに悶えるリザードポーン。間髪入れずにタクマの盾による殴打を受け、後ろに仰け反ったところをサジの矢に射抜かれた。
「ググゲェェ」
先程と同じく、気味の悪い呻き声は断末魔となり、リザードポーンの身体は霧散する。
「気味悪りぃな、こいつら」
「たしかにね。亜人種はそれこそファンタジー世界のモンスターって感じだし」
タクマとサジは、会話をしながらも回復役でHPの回復を施した。
PPOの世界に出現するモンスターは、大きく分けて二種類が存在する。
ウォルフやランディアのような現実世界の動物に酷似した獣種と、先程のリザードポーンやミノタウロスなどの亜人種だ。
亜人種は、人に近い形をしており、獣種よりも強力な個体が多いのが特徴である。
「日が暮れてきたね。この時期、タルシス地方の夜はかなり冷え込むんだ。だから、この先の集落跡地で野宿しよう」
「あいよ!」
二人は野宿を決め、足早に進み始めた。
二人が訪れた集落跡地には、崩れた木造住宅の廃墟が乱立し、集落の入り口から隅まで木材の破片や藁などが散らかされている。
マールスの跡地に比べ、その面積は少ないが人々の生活していた痕跡が見てとれた。
仮想現実内の集落跡地とは、プレイヤーが復興することにより村としての機能を有する設定だ。
プレイヤータウンやマールスの跡地より規模が小さい分、復興にかかる手間が少ないのが利点と言える。
タクマとサジは、野宿のため集落跡地の中心部に歩いていく。
その集落跡地の中心部には、三角屋根のテントが幾つも設置されていた。
「ここにはプレイヤーがいるのか?」
「どうだろう? 前に立ち寄った時は、何もなかったんだけど……」
サジはそう答え、辺りを見回す。
プレイヤーの気配は無いが、テントの周囲には焚き火の跡が点在している。
「野営地みたいだね。ひとまず僕らもここで休もう。誰かがここに戻ってくるかもしれない」
「そうだな」
二人は、旅の疲れを癒すため野宿の準備を始めた。
二章から登場人物がかなり増えていく予定です。
容姿の描写や口調などの特徴が混ざらないか心配ではありますが……(笑)
新キャラ
チナッチェ、凛、アインハルト
彼らの今後の活躍にご期待ください!