Chapter1⑧
8.1
マールスの跡地へと戻ってきたタクマたちは、崖下にある造船所に腰を落ち着けていた。
「鹿肉料理を振る舞うのは明日だね。これでプレイヤーのみんなに少しでも活気が戻るといいんだけど……」
心配そうな面持ちのサジに、アサミが声をかける。
「大丈夫ですよぉ、 きっとぉみんな元気になりますよ〜」
向けられた笑顔に、サジも笑みを浮かべた。
「悪りぃけど、その前に聞きたいことがある」
タクマは神妙な顔で、サジへ尋ねる。
「サジ、いや……如月 悟」
その名前を呼ばれ、サジの顔は急に青ざめた。
「お前がPPOの開発主要メンバーの一人、そうだろ?」
「……何故、いつ気づいたの?」
「ログインする前に、主要メンバー七名の個人データは見させてもらった。如月 悟は、先天性赤緑色覚喪失だな」
タクマはゆっくりと説明を始めた。
赤緑色覚喪失とは、赤と緑の色の区別がつかない状態を指す。
サジが昨夜、ここでマグカップを取り違えたことにより、この色覚喪失の持ち主だと推測した。
同一形状とはいえ、赤と緑のマグカップを間違えたのは、あまりに不自然だったからだ。
仮想空間内の映像は、直接脳へと送られているため、視覚機能に影響はされない。
しかし、先天性の色覚喪失ならば、生まれた時から赤と緑の区別がつかない状態なので、脳内で再現される映像にも赤と緑が無いはずだ。
「だから一日行動を共にし、如月 悟の個人データとサジを比較させてもらった。
外見はアバター加工で変えられているが、几帳面で優しい性格や母親から聞いた習慣的な仕草をするか、観察してたってわけだ」
その結果、タクマはサジと如月 悟が同一人物だと断定したのだ。
「いったい……君たちは?」
焦燥を滲ませ、顔を強張らせるサジ。
「警視庁捜査五課に所属する刑事だ。アサミもな」
「警察か……」
何かを諦めたように俯くサジに、タクマは尋ねる。
「サジ、何故黙っていた?」
暫くの沈黙の後、サジは答えた。
「このログアウトできない状況で、開発に携わった人間だと知られたら……責められ、恨まれると思ったよ。僕にも何故、ログアウトできずに現実へ戻れないのかわからない。だから……怖かった」
サジは、自身の心の内を吐露する。偽りのない事実。今日まで胸に秘めた想い。
それは、恐怖に塗り固められていたのだろう。
サジ自身が語ったあの二週間。ログアウトできずに泣き叫び、喚き散らし、絶望に塞ぎ込んだプレイヤーたちは、この事実を知ればどうなるのか……。
責められるだろう。恨まれるだろう。罵られるだろう。
大勢の人間に冷たい視線を向けられ、それでも何もできない自分はどうすればいいのか。
サジは、それが怖くて怯えていたのだ。
「誤解すんなよ? 俺たちはお前を責めるつもりも吊るし上げる気もないぜ」
「そうですよ〜、探していたのはぁ話を伺うためですぅ」
タクマとアサミの言葉を聞き、サジは頭を上げ涙を浮かべる。
昨夜、知り合ったばかりのタクマたちは、サジが予期していた未来とは違う答えを伝えた。
「すまない……黙っていて……」
タクマは表情を緩め、話を続けた。
「サジ、力を貸して欲しいんだ。この状況を打開するために、俺たちはログインした」
やがて、サジは嗚咽混じりの涙を流す。
タクマやアサミに、事実を隠していたことへの罪悪感なのか。
それとも、責められず恨まれず力を貸して欲しいと言われた、その言葉によるものか。
どちらかわからないが、サジはこの夜を泣き明かした。
翌朝、タクマとアサミは再びサジの部屋を訪れる。
「おはよう。昨日はすまなかったね、眠れたかい?」
サジに笑顔が戻り、タクマは安心した。
「ああ、バッチリだぜ」
「それならよかった。座ってくれ、話したいことがあるんだ」
サジに促され、タクマとアサミは椅子に座る。
「僕たち開発メンバーを捜索しているのは、PPOの特殊なメインサーバーに関して調べてるんだよね?」
「ああ、そうだ。俺たち警察は、あのサーバーに組み込まれているパイオニアエンジンが、この事件の原因だと思ってる」
「考えられるのは、やっぱりそこだよね」
サジは、タクマとアサミに知り得る限りのことを説明する。
「正直、パイオニアエンジンの構造に関しては、設計者の柏木さんしか知らないと思う。一つ言えることは、現代のテクノロジーを凌駕してるってこと」
「そうみたいだな。専門家の連中も四苦八苦してたわ」
「ですねぇ〜! わたしたち捜査五課でもぉメインサーバーのプロテクトすら解けませんでしたぁ〜」
サジの言う通り、パイオニアエンジンもそれを内包するメインサーバーも現代の科学技術の水準を上回るものだ。
故に設計者の柏木 功は、天才と呼ばざるをえない。
「僕たち開発メンバーはパイオニアエンジンの性能を発揮させるため、ゲームシステムやプログラムを構築していたけど……直接、パイオニアエンジンに関わることはなかったんだ」
「サジは、パイオニアエンジンをどう見る?」
この質問にサジは、僅かに頭を悩ませる。
「どう表現したらいいかな……
僕たち開発メンバーにとって、あれはPPOの道標となるはずだったんだよ」
「道標?」
「うん。始点と終点を設定し、環境を用意する。その始点から終点への道程はパイオニアエンジンが環境の上に構築する」
【始点とは、惑星に生き残る人類】
つまり、プレイヤーを指し示す。
【終点とは、地球への帰還】
これは、予め設定されているゲームのエンディングだ。
【環境とは、テラフォーミングされた火星】
ゲームの世界設定と『探索』『生産』『交流』『戦闘』のシステムである。
【惑星に生き残る人類が地球へ帰還するための手順を、パイオニアエンジンがテラフォーミングされた火星に構築するということ】
「なるほどぉ〜。PPOとパイオニアエンジンはぁ相互関係にあるってことですね〜」
「PPOを進めるためには、パイオニアエンジンが必要。そして、パイオニアエンジンの性能を発揮するために、PPOが必要ってことだな」
タクマとアサミは、サジの説明からPPOとパイオニアエンジンの関係性を理解した。
「タクマ君、アサミちゃん」
サジは、自信なく語り始める。
「僕の仮説だけど……もし、この状況がパイオニアエンジンを起因とするなら。現実に帰還できる可能性はあると思う。
さっきの道標の構想。パイオニアエンジンは、プレイヤーのログアウトが地球への帰還と見做してしまい、ログアウト機能を封印したのかもしれない」
「地球への帰還はPPOのエンディングでもあるから、それを阻止したってことか?」
「うん。両者の関係性からPPOが終点に向かうのは、パイオニアエンジンが道標としての機能を果たしてからじゃないといけない。逆に言えば、その機能を果たした時、パイオニアエンジンは現実帰還への方法を構築すると思うんだ」
サジの仮説にタクマとアサミは頷いた。
「その可能性は、確かにあるな」
タクマの思考は次の段階に入り、サジに尋ねる。
「パイオニアエンジンが道標として機能するには?」
「PPOというゲームの攻略だね。始点から終点に向けて、プレイヤーが行動していけば、パイオニアエンジンはその行動を分析して終点への道を示すはず」
サジの答えは、タクマの予想と同様だった。
現実帰還への手がかりとなる。タクマはそう感じ、笑みを浮かべた。
エピローグ
陽光が降り注ぐマールスの跡地には、秋を感じさせる涼しい風が流れていた。
その昼時を久方ぶりに、プレイヤーたちの嬉々とした表情が埋める。
サジの振る舞った料理のおかげだ。
昨日、大量に確保した鹿肉を、サジが加工アイテムで加工すると、それはプレイヤーが食べることのできる料理アイテムとなる。
焼けた鹿肉や煮込まれた鹿鍋を中央広場に並べ、跡地に残るプレイヤーたちに渡していく。
PPOにログインしてから、今日まで食事らしい食事をしていなかったプレイヤーたちは、渡された料理にかぶりついた。
食事に喜び、歓声さえ上がる。
口いっぱいに頬張りながら、涙する者もいた。
「ははっ、ガチで騒がしいな」
その光景を見て、タクマは笑いながら言う。
無気力だったプレイヤーたちが笑いながら食事をする。
同時に、生きている実感を噛み締めているのだろう。
「後は、呼びかけに応じてくれるかどうかだな」
「なぁんとなくですけどぉ、大丈夫な気がしますよ〜」
タクマの憂いに、アサミは笑いながら答えた。
サジ サイドーー
「みんな、聞いてほしい!」
サジは、大きな声でプレイヤーたちに呼びかける。
食事の手を止め、笑い声や話し声も終息し、中央広場に静寂が訪れた。
料理を振る舞ったサジへと視線を向けるプレイヤーたち。
「僕たちは未だに現実へ帰ることができない。……だけど、この世界で生きている。食事もできるし、隣の人と笑い合うこともできる」
プレイヤーたちは、互いの顔を見ながらサジの話に耳を向けた。
昨日までは、互いの顔を見ることなど一度もなかったプレイヤーたちが視線を交わし合う。
「もう無気力に俯くのも、絶望に打ちひしがれるのも終わりにしよう! 僕は生きることを止めないし、現実へ帰ることを諦めない!」
静まり返った中央広場に、喝采が響く。
プレイヤーたちは自分の意思を、声を、張り上げた。
「そうだ!」
「生きよう!」
「諦めるもんか!」
食事の時とは違う、強い声が響き賑わう広場。
サジの言葉にプレイヤーたちは奮い立つ。その眼には、生きる意志が強く漲っていた。
サジは決意する。
PPOの開発に携わった者として、責任を取る。
この仮想現実から、プレイヤーたちを解放するんだ。
サジの眼にもまた、力強い意志が宿っていた。
広場で賑わうプレイヤーたちと、そのプレイヤーたちに呼びかけたサジを眺めながら、タクマはアサミに言う。
「アサミ、瀬良のヤツに報告頼むわ」
「はぁ〜い。でもぉ、今後の捜査はどぉします〜?」
「まあ、他の開発メンバーを探しながら……」
タクマは、一瞬言い淀む。だが、その後に強い口調で答えた。
「この仮想現実を攻略してみるか」
透き通る様な青い空を見上げ、タクマは火星での冒険に思いを馳せた。
PPOー惑星開拓者ー 第一章完結です。
拙い文章に浅い描写力…見苦しい作品かと思いますが、ご感想・ご意見などいただけると嬉しいです。
*第一章最終話で物語の進行上、『赤緑色覚喪失』という単語がありますが、あくまで当作品の架空の言葉だと解釈ください。