Chapter1⑦
7.1
タクマ サイドーー
仰向けに倒れ、視界には天井だけが映る。
タクマは何が起きたのか一瞬、理解出来ずにいた。
「なんだっけ? 奴の風で吹き飛ばされて……」
「そうだ。……その直後にあの角で……突き飛ばされたんだ」
事前にサジから聞いていた情報を思い返す。
ミノタウロスの角による突き飛ばし攻撃。これには、対象を気絶状態にする特殊効果があった。
仮想現実内での気絶は、一種の状態異常として設定されている。
気絶状態は、プレイヤーが行動不能に陥り、HPの完全な回復を施さなければ通常状態へ復帰できない。
「身体に力が入らね。これが気絶状態か、……クソ」
自身の状態に気づき、タクマは毒付く。
「お?」ーーその瞬間、サジに抱き抱えられるタクマ。
サジは、タクマの上半身を抱き抱え、口に回復薬を流し込む。
また、アサミの『ヒール』による回復も行われている。
「みんな、無事なのか?」
サジから答えは返ってこない。
不可解そうな顔をするタクマだが、すぐに理解する。
「あ……気絶してるからか」
自分では声を出し喋っているつもりだったが、それはタクマの頭の中でだけ反芻されていた。
タクマの声は、周りのプレイヤーに届いていない。それが、気絶状態の副作用だった。
視線をミノタウロスの方に向けると、シンが戦っていた。
壁役の『タンク』が不在な今、シンは持ち前の俊敏な動きでミノタウロスを翻弄し、敵対心を自身に向けさせている。
二本の剣を縦横無尽に振るう特殊技『フルクイット』。
それを立て続けに放ち、ミノタウロスに果敢に攻めていく。
『遊撃戦士』の特徴でもある、武器の二刀流。
その最大の強みは、特殊技の連続使用だ。
右手と左手に持った武器は、それぞれの武器で特殊技を発動できる。また、再使用時間も個別に設定されるのだ。
シンは二本の片手剣で『フルクイット』を連続で放ち、それぞれの再使用時間がリセットされると、また連続使用する形を取っている。
シンの凄まじい戦いに圧倒されるタクマ。
「おいおい……躱しすぎだろ?」
シンは、ミノタウロスの攻撃を悉く躱していく。
「バケモノかよ? タンク不要か? あいつは」
しかし、タクマは同時にシンの不自然な動きにも気がつく。
シンはミノタウロスの攻撃を躱しながらも、止まらずに動き続けていた。
「もたねぇぞ、あのままじゃ……?」
仮想現実内のキャラクターに意識をダイブしているプレイヤーにとって、体力という概念は無い。
生命力を示すHPと、魔法や特殊技を使用する度に消費されるMPこそが全てだ。
しかし、脳への疲労という意味では、タクマの言ったことは的を射ている。
常時動き続け、回避行動と攻撃を繰り返すシンの戦い方は、感覚を研ぎ澄まし神経をすり減らすような集中力で保たれていた。
やがて脳への疲労は蓄積され、判断力が鈍り、シンは動けなくなるのではないだろうか。
ならば何故、シンは足を止めることなく動き続けているのか?
タクマはその理由を、その意図を理解し、驚愕する。
「そういうことかよ……ガチでバケモノだろ」
シンとミノタウロスの攻防は続いていた。
アサミの放つ『固縛する蔓』がミノタウロスの動きを絡め取り、シンは後方へと飛び退く。
その最中、タクマの眼には強い意志が漲る。
「あの瞬間、俺は油断したよな。それがこの結果だ」
タクマは、悔しさから顔を歪める。徐々に身体に力が入り始め、右の拳は強く握られていた。
「だが、おかげで得られたものもあった!」
全身に力が戻り、回復したことを確認すると、すぐに立ち上がる。
「タクマ君! 大丈夫かい?」
「先ぱぁい! よかったぁ〜」
「悪かったな、もう大丈夫だわ」
サジとアサミの心配する声に、タクマは返事をした。
気絶の状態異常は消え去り、今は声が届くことを確認する。
タクマは素早くメニューウィンドウを開くと、右手の装備を片手斧から、小型の円盾に変更した。
右手に小型の円盾、左手に鋼の円盾。端から見れば、異様な姿かもしれない。
「タクマ君、それは?」
サジも当然、困惑の表情だ。
「試してみたくてな、俺にもできるかどうか」
タクマはそう言うと、ミノタウロスに向かって駆け出す。
その表情は、悦びに満ちていた。
7.2
ミノタウロスは『固縛する蔓』の戒めから解放され、再びシンへ襲いかかろうとしている。
タクマは、ミノタウロスへと距離を詰め、特殊技『プロヴォーク』を発動。強制的に敵対心を自分に向けさせ、左右の盾で攻撃を繰り出す。
直径三十センチの円盾を両手に握り、正拳突きの如く拳を突き出していく。
「ゴォアア!」
吼えるミノタウロスに、タクマは、素早い連打を浴びせ横に跳ぶ。
振り下ろされる戦斧は空を切り、ミノタウロスが向き直る前に、盾で脇腹を殴打する。
まるでボクシングだ。拳を突き出し、握られた二枚の盾で殴りつけ、軽いフットワークでミノタウロスを翻弄する。
タクマは再び、ミノタウロスの背後に回るように跳び、盾の特殊技『シールドバッシュ』を叩きつけた。
『シールドバッシュ』は、単純な盾による突進攻撃だが、敵をよろめかせ行動を阻害する効果もある。
タクマの動きに、サジは困惑していた。
「盾を武器代わりにしてる!? そんなこと可能なの?」
「ん〜。わかりませんけどぉ、先ぱぁいらしい動きになってきたかもぉ」
答えるアサミは、タクマの表情を見て笑う。無邪気に戦いを楽しむような笑み。
「わたしたちも〜いきましょ〜!」
アサミの声に、サジは気を取り直して弓を構えた。
シンは、タクマの戦線復帰を確認してミノタウロスの側面へと回る。
「あの動き……面白い男だ」
そう呟くと、大きく跳躍しミノタウロスの首筋を狙って、左右の剣を振り抜く。
シンはタクマの動きを邪魔しないように上空からの攻撃へ切り替えた。
広間の中央では、タクマとミノタウロスが激しく衝突する。
タクマは、横薙ぎに振り払われた戦斧を左手の盾で受けながら、ミノタウロスの懐に潜り込む。
「おっし!」
短い掛け声と共に、再び連打を浴びせる。
当然ながら盾に付与された攻撃力は、本来の武器と比べてもあまりに低い。
しかし、重量の存在しない盾には、片手斧や片手剣では再現できない程の高速攻撃が可能だった。
タクマの攻撃速度は、シンをも凌駕し、積み重なる連打はミノタウロスのHPを着実に削り取っていく。
その時ーー「ゴォォアアァァァ!」
先程の一際、大きな咆哮。全体攻撃だ。
ミノタウロスは全力で戦斧を振り回し、強力な旋風を巻き起こす。
タクマは瞬時に判断し、『ヘヴィガード』を発動して二枚の盾で受ける。
シン、サジ、アサミが吹き飛ばされる中、タクマはその場に留まり、次の攻撃に備えた。
身を屈めるミノタウロス。角による攻撃を行う前に、再び『シールドバッシュ』を叩きつけ、ミノタウロスはよろめく。
「行動阻害攻撃! ナイスタイミングだよ!」
「おぉ〜! 先ぱぁいが暴れてるぅ、続きま〜す」
タクマの攻撃でよろめくミノタウロスに、矢を放つサジ。
再使用時間がリセットされ、再び『固縛する蔓』を発動するアサミ。
蔓に拘束され、身動きのとれないミノタウロスのHPは、残り僅かである。
「ガチで決めるぜ!」
タクマの声に皆が応え、最後の攻撃を繰り出す。
サジの『戦乙女の唄』の効果を受け、タクマとシンはミノタウロスの両側面から殴打と斬撃を放つ。
タクマとシン、二人の動きを追うミノタウロスの頭部にサジの放つ矢が突き刺さる。
ミノタウロスは、一度は怯むも態勢を起こし、タクマに向かって戦斧を振り抜くが当たらない。正確には、既にそこにいない。
タクマは後方に跳び、距離を取っていたからだ。
「はっ!」
シンは大きく跳び上がり、背後から渾身の『フルクイット』を振るう。
「おおりゃぁ!」
正面からは、タクマの『シールドバッシュ』。一瞬で距離を詰め、ミノタウロスの胸部を打ちつける。
「グゴアァァゴアァァァ……」
それらを同時に受け、ミノタウロスは断末魔の叫びと共に霧散した。
7.3
ミノタウロスとの戦闘を終え、広間には静寂が戻る。
まるで先程までの戦いが嘘のように静かだ。
サジは、タクマの戦い方に疑問を抱き、不思議そうな表情を浮かべていた。
「タクマ君、さっきのはどうやって?」
「あー、あれはシンの模倣だ」
タクマは、疲れの色を滲ませながらも説明する。
行動不能に陥り、シンとミノタウロスの戦いを眺めることしか出来なかったタクマは、シンの動きに違和感を覚えていた。
それは、攻撃と移動を絶え間なく繰り返していたこと。
シンは、ミノタウロスからの攻撃に対する回避とは別に、常に立ち位置を変えるため動き続けていた。
それは、モンスターが攻撃対象に対し攻撃する際の、プログラムの隙をついた高度な回避技術だと気づく。
モンスターが攻撃対象を捉え、攻撃動作に入る直前に移動する。
そのタイミングでの立ち位置の変更に、モンスターは付いていけず、既に攻撃対象がいない場所に向かって攻撃動作を行う。
タクマは、この仕組みに気づくことでシンの動きを理解できたのだ。そして、同時に敏捷値の低い聖騎士でも回避は可能だと悟った。
この事実に、シンは補足する。
「理論的にはそうだが、簡単なことじゃない」
モンスターが攻撃動作に入ると、プレイヤーの動きは回避と見做され、敏捷値が作用してしまう。
だからと言って、立ち位置ばかりに気を囚われ、動き続けると攻撃が行えない。
故にシンは、『バニシングステップ』で敏捷値を上昇させ、立ち位置の変更と通常回避の二段構えでミノタウロスの攻撃を躱していた。
タクマはシンの動きを模倣しながらも、立ち位置の変更と盾による防御の二段構えを構築したのだ。
「それを実践するために、両手に盾を装備したのかい?」
サジが、次の疑問を問いかける。
「それもあるけど、シンの二刀流を見てたら、攻防一体の戦闘スタイルを再現できそうだと思ってな!」
タクマは、それを満足そうに説明する。
タクマは、盾には防御力と攻撃力が設定されており、初めての戦闘で盾による攻撃が可能だということを経験した。
さらに武器とは違い、盾には重量が設定されていない。
プレイヤーが体感する重量が無いため、片手斧に攻撃力は劣るものの、素早い攻撃と連打が可能となる。
そして、シンの桁外れな攻撃力の要因。その一つである特殊技の連続使用をタクマは左右の盾二枚で再現した。
タクマの説明を受け、サジは先程の戦闘の流れを理解する。
しかし、シンやタクマが実践した戦い方は、到底自分には無理だと感じた。
プレイヤーとしての技量が違いすぎる。
「あの短時間でそこまで実践するとはな」
「お前からはいろいろ学べたわ。ガチで感謝するぜ」
シンの言葉を聞き、タクマは礼を述べた。
7.4
迷宮ダンジョンのボス、ミノタウロスを倒したタクマたちは、祭壇に現れた宝箱へ向かう。
ボス討伐の報酬である宝箱には、サジやシンの欲している『転移石』が入っていた。
「あった!転移石だよ!」
サジは手を挙げ喜び、シンは安堵の表情を浮かべる。
「やりましたねぇ〜」
「流石に苦労したぜ」
アサミやタクマも目的の達成に表情が緩む。
報酬のアイテムは、パーティーの人数分だけ入手できる。
四人はそれぞれ『転移石』を持ち、迷宮を引き返すことにした。
迷宮から脱出し地上の遺跡へ戻ると、外は既に夜の色に染まっている。
星々の輝きに照らされた遺跡は、夕刻とは違う印象を受けた。
深い青に崩れた石壁や石柱が白く映える。
「すっかりぃ遅くなっちゃいましたね〜」
「そうだね。ランディアを狩るだけのつもりが、迷宮攻略までしちゃったからね」
アサミの言葉に、サジは笑いながら答えた。
「協力を頼んだのは俺だ。すまなかったな」
シンは申し訳なさそうに謝る。
「気にすんな、こっちも収穫は充分だったしな」
タクマはそう答え、笑みを浮かべた。
「シン君はこれからどうするの? 僕たちはマールスの跡地に戻るけど」
「俺も戻るべき処に戻るさ」
シンは微かに笑い、メニューウィンドウを開くと、パーティーから離脱する。
「シン、ダンジョン攻略前の話だけど……」
「ああ、PPOの開発メンバーの件だな。こちらでも他のプレイヤーに聞いておく」
タクマは、この時期の初心者ということを訝しむシンに、自分の目的を話していた。
その話に納得し、開発メンバー捜索に協力してくれるようだ。
「悪りぃな、頼むぜ」
タクマの言葉に、シンは頷き背を向ける。
「世話になった。またどこかでな」
そう言って歩き出す、シン。
「うん。またいつか会えるよね」
サジは少し寂しそうな表情で答える。
「またな」
「じゃあねぇ〜」
タクマとアサミもシンに別れを告げた。
「僕たちも行こう」
サジの言葉を合図に、タクマたちはマールスの跡地へ向けて出発する。