Chapter1⑥
6.1
遺跡中央に残された階段から、タクマたちはダンジョンへと入り、攻略を開始した。
地上の遺跡と同様に白い石材を組み上げた石造りの迷宮は、壁の所々に設置された魔法の光によって照らされている。
石柱には円形を用いた幾何学模様の彫刻が施され、遺跡の地下に広がる迷宮を神秘的に見せた。
湿った空気を肌に感じながら、タクマたちは通路を進み戦闘を繰り返す。
迷宮内の通路は、幅六メートル、高さ四メートル程の広さがあり、所々に『牛の悪魔ミノタウロス』の石像が設置されているものの、プレイヤーの動きを阻害するものではなかった。
自由に動ける広さは、有利な戦闘状況を作るのに必要な条件である。
序盤の戦闘では、モンスターのLVも低く、サジやシンが高LVプレイヤーということもあって、苦戦することはなかった。
しかし、迷宮を進むに連れてモンスターのLVも次第に上がっていく。
タクマとアサミは、低LVプレイヤー且つ戦闘経験が浅いこともあり、モンスターの動きに翻弄される場面も増えていった。
「来るぞ!」
【名:アンバット 種:小型鳥類 LV:20】
タクマは、正面から飛来するアンバットに、片手斧を振り下ろすがその敵を捉えることは出来なかった。
アンバットはそのまま、タクマを通り過ぎてサジへと襲いかかるはずだ。
「ちっ!」
舌打ちをして後方へと向き直り、特殊技『プロヴォーク』を発動するタクマ。周囲のモンスターの敵対心を自分に向けさせ、壁へと駆け出す。
三匹のアンバットが誘引され、壁際に辿り着いたタクマに襲いかかる。
「先ぱぁい、張りま〜すぅ!」
その瞬間、アサミは治癒者の特殊技『防衛』から『ダメージ障壁』という技を選択し、タクマに付与した。
一定のダメージ量を無効化する不可視の障壁が付与されたタクマは、盾による防御と並行して、アンバットからの攻撃に耐える。
その隙に、アンバットの後方からシンが仕掛ける。
左右の手に持った二本の片手剣を縦横無尽に振り、アンバットのHPを瞬時に削ると、サジの放つ矢がアンバットに最後の一撃を加えた。
三匹のアンバットを処理するまでに、タクマのHPは半分まで削られていた。
途中、アサミが治癒者の治癒魔法『ヒール』でタクマのHPを回復していたが、やはり被ダメージ量は多い。
「ふう、どうにも敵対心コントロールが定まらねぇな」
タクマは一息ついて、回復薬の入った瓶を口に運ぶ。
遺跡に入る前、サジがタクマとアサミに渡した回復薬は、HPを回復する液体状の薬が瓶に詰められている。
「それは仕方ない」
「うん、タクマ君は良くやってるよ! 敵が僕やシン君に集中するのは、LVのせいだからね」
シンとサジはそう言うと、同様に回復薬を飲み始めた。
戦闘中、モンスターの敵対心は様々な要因で変化する。基本的には、壁役である『タンク』に向けられるが、パーティー内のLVに大きな差がある時は、高LVプレイヤーに向く。
迷宮の序盤ではモンスターが低LVだったため、シンとサジも被ダメージを気にせず戦えた。
しかし、迷宮深部のモンスターは攻撃力も高く、『アタッカー』の職業では防御力が不足する。
そのため、『タンク』がモンスターの敵対心を充分に集めなければならないのだが、現在はLV差によりそれが機能していないのだ。
回復薬による回復が終わり、タクマたちは探索を再開する。
タクマは歩きながら、今の戦い方とは別のスタイルを模索し始めた。
敵対心コントロールはLV差の問題もあり、早急な対策は無理だろう。しかし、被ダメージ量を抑えつつ反撃にも転じたいと考え、シンの動きを分析する。
シンの職業『遊撃戦士』に関して。
分類は『アタッカー』、敵に対し近接攻撃を仕掛ける前衛だ。攻撃力と敏捷値が高く、防御力が低い職業である。
片手剣や短剣などの武器を扱い、左右の手に武器を装備できるのが特徴でシンは片手剣を二本、二刀流というスタイルだ。
シンはここまでの戦闘で、四十体以上のモンスターを倒している。
右手に持つ『白銀の剣』と左手に持つ『黒曜石の剣』。この二本の剣が優秀な装備であることを除いても、シンの攻撃力は桁外れだ。
二刀流としての攻撃動作や特殊技の取り回しが洗練されているのだろう。
さらに、『遊撃戦士』は固有の特殊技『技巧』を習得できる。攻撃に特化したこの特殊技を織り交ぜ、シンは敵に対して圧倒的な火力を誇った。
『タンク』のタクマと『アタッカー』のシンでは役割が当然違う。
タクマの役割は、敵対心を自身に集中させ敵の行動を阻害することだ。これに、反撃による攻めの一手を加える。
その方法を模索しながら、タクマは迷宮を進んでいく。
6.2
タクマたちは、その後も幾度かの戦闘を経て、迷宮の最奥へと辿り着いた。
石造りの通路の先には、ミノタウロスの石像が左右に置かれており、その間には三メートル程の巨大な扉が設えてある。
「なんとか来れたね。この先がボスのフロアだよ」
「やっとかよ。ガチでさっさと終わらすぜ!」
タクマは扉を押し開けた。
巨大な扉に重さは無く、容易に開くことができる。
扉の先は広間となっており、無数の石柱が立ち並ぶ。
そして中央には、石造りの祭壇のようなものが設置してあった。
広間の中を照らす魔法の光がゆっくりと明滅し、祭壇の前に突如、モンスターが出現する。
現れたのは、身の丈五メートルを超える巨大なモンスター。
【名:ミノタウロス 種:大型角獣 LV:35】
牛の顔に酷似した頭には、湾曲した禍々しい角が生えており、人間同様の四肢を持つ。二本の脚で立ち、巨大な戦斧を両手に構えるその姿は悪魔のようだ。
「わぁ〜、これはまた大きい〜のが出ましたねぇ」
アサミの短絡的な感想も理解できる。PPOにログインしてから何度もモンスターには遭遇しているが、これ程の巨大なモンスターは初めてだ。
「以前、僕は他のプレイヤーとこいつに挑んで負けたんだ。あの巨体だから動きは鈍いけど、攻撃力は高い。油断しないでね」
サジの忠告を頭の片隅に置き、タクマたちは戦闘態勢に入る。
前衛のタクマとシンは、ミノタウロスに接近するため駆け出す。タクマは左に、シンは右に。
後方でサジの特殊技『戦乙女の唄』が発動し、パーティー全員に攻撃力、防御力の上昇効果が付与される。
『吟遊詩人』の特殊技『歌声』は、実際にプレイヤーが歌うわけではないが、発動するとパーティー内のプレイヤーに固有の音楽が聞こえる仕組みだ。
接近と同時に、ミノタウロスが振り下ろす戦斧がタクマへと迫るが、盾でこれを凌ぐ。
次の瞬間、タクマはミノタウロスの左側を駆け抜け、背後へと回る。
「ここで抑えねぇとな!」
『聖騎士』の特殊技『ヘヴィガード』と盾の特殊技『ダメージ吸収』を発動したタクマ。
『ヘヴィガード』は自身の敏捷値を一時的に下げ、代わりに防御力を上昇する技で、サジの唄の効果とも重複する。
『ダメージ吸収』は、盾で防御した際に被ダメージ量の20%を吸収し、自身のHPを回復する技だ。
背後のタクマへと向き直ったミノタウロスは、再度、戦斧を振り下ろすが、タクマは盾でしっかりと防御し片手斧で弾き返す。
狙い通りの構図だ。
ミノタウロスの後方へ回り、敵をタクマに向けさせ、シンやサジが側面や後方から攻撃できる形になる。
側面からシンの斬撃が疾った。左右に持つ剣から、銀と黒の二色の刃が煌めき、ミノタウロスへと放たれる。
「ゴアァァァ!」
ミノタウロスが吼え戦斧をシンに向かって振るうが、鈍重なその動きではシンを捉えることはできなかった。
「え〜い!」
アサミの緩い掛け声と同時に、ミノタウロスの足元から蔓が伸びその身体に巻き付いていく。
杖の特殊技『固縛する蔓』、対象の敵に蔓が巻き付き、一定時間、行動を不能にする技だ。
続けて、サジの矢がミノタウロスを貫く。
こちらも弓の特殊技『貫通矢』を使用して、与えるダメージを増幅してある。
敵対心をコントロールしてミノタウロスをタクマに釘付けにし、シンとサジの波状攻撃でHPを削っていく。
ミノタウロスの攻撃に耐えるタクマには、アサミが断続的に『ヒール』で回復を施している。
「作戦通りだわ、仕留めるぜ!」
タクマは勝利を確信した。しかし、それこそが油断に他ならなかったのだ。
「ゴォォアアァァァ!!」
一際、大きく吼えたミノタウロスは全身全霊の力で戦斧を振り回し、自身を中心に強力な旋風を巻き起こす。
これによってタクマやシン、後方のサジやアサミをも吹き飛ばした。
ーー「しまった! 全体への特殊攻撃!」
辛うじてサジのその言葉を聞き取れたが、既にパーティーの陣形は崩れている。
怒りを露わにするミノタウロスは、身を屈め湾曲した巨大な角を振り回し、タクマに追撃を放った。
「がはっ」
呼吸が停止するほどの強い衝撃を身体に浴び、タクマは祭壇まで突き飛ばされてしまう。
6.3
シン サイドーー
広間に一瞬の静けさが満ちる。
それはすぐにミノタウロスの咆哮で掻き消えた。
「ゴォアァァ!」
立ち上がったシンは、タクマのHPゲージに視線を向ける。
「危険域か」
タクマの残存HPは僅か十%程。次の攻撃には耐えられそうにない。
シンは意を決して、行動に移る。
「俺が時間を稼ぐ。立て直せ」
二本の剣を握り直し、シンはミノタウロスに斬りかかる。
タクマが行動不能に陥り、ミノタウロスの敵対心は高LVプレイヤーの、シンとサジのどちらかに向けられるだろう。
そこで、シンは敢えて攻撃を再開し敵対心を自身に向けさせた。
無論、防御力やHPの面では『アタッカー』のシンは『タンク』には及ばない。ミノタウロスの攻撃力を考えれば、そう長くは保たないかもしれないだろう。
だが、この逆境がシンの神経を研ぎ澄ます。
『遊撃戦士』の特殊技の一つ『バニシングステップ』。一定時間、自身の敏捷値を上昇させ敵の攻撃を躱す技術である。
シンはこの特殊技を用いて、得意の高速斬撃を繰り出しながらミノタウロスの戦斧を躱していく。
その間、サジは矢を放つのを止め、立て直す手順を模索する。
「再使用時間を考えると、アサミちゃんの『ヒール』と回復薬でタクマ君を全快するには二分ちょっと」
小さな声で呟き、タクマへと駆け寄るサジ。
再使用時間とは、魔法や特殊技を使用した後、再度同じ魔法や特殊技を使用するのに必要な冷却時間である。
例えば、治癒者の治癒魔法『ヒール』は使用後、三十秒間の再使用時間を待たなければ再度使用することは出来ない。
サジは魔法や特殊技が連続して使用出来ないことから、タクマが戦線復帰するためにアイテムの回復薬も併用して、回復に専念することを選択した。
アサミもそれを理解し、ミノタウロスとの距離を取りつつ再使用時間を踏まえた、断続的な『ヒール』でタクマを回復していく。
「アサミちゃん! 次の『ヒール』後、あいつを封じて!」
「はぁい!」
サジの指示を受け、アサミは準備する。
シンはMPを温存せずに片手剣の特殊技『フルクイット』を連続で放つ。
『フルクイット』は、剣の一振りで三度の斬撃を発生させる攻撃技だ。シンは、それを左右に握った二本の片手剣で繰り出す。
縦横無尽に刃は振られ、無数の白銀と黒の煌めきがミノタウロスのHPを削り取っていく。
しかし次の瞬間、『バニシングステップ』の効果が切れ、敏捷値は通常に戻ってしまう。
シンの足が止まり、ミノタウロスの戦斧が迫る。
「『固縛する蔓』」
またもミノタウロスの身体に蔓が巻き付いて、その動きを封じた。
振り下ろされるはずだった戦斧は、蔓に腕ごと縛られている。
この機を逃さず、シンは後方へと跳び態勢を立て直す。
「『バニシングステップ』の再使用時間はあと十五秒、『固縛する蔓』の効果時間は二十秒」
シンは、次の応戦に備え集中していく。