Chapter1⑤
5.1
タクマとアサミは、サジの製作作業が終わるまでの間、マールスの跡地を見て回っていた。
マールスは、想像以上に規模の大きい町だったようだ。
跡地の西側には、農地と居住用建築物の廃墟が建ち並ぶ。
農地は現在使われていないが、多種多様な作物が収穫できるように広大な面積を区画整理されている。
南側から東側にかけては、商業用店舗と思しき建築物があり、屋根や壁が崩れた倉庫もあった。
そして、北側は工房などが密集した区画になっており、その先は美しいクリュセ海域に面している。
昨夜、タクマたちが寝床とさせてもらった崖下の建物は、どうやら造船所の類らしい。
この跡地は、復興することが出来れば、生産力の高い町になるのではと予想できる。
「昨日はぁわからなかったですけどぉ。結構、人いますね〜」
「ああ、少なくとも百は超えてるんじゃねぇか?」
タクマとアサミは跡地を回っている際、歩みを止めた無気力なプレイヤーを何人も見てきた。
崖下の造船所にいたプレイヤーは、その一部でしかなかったのだ。
「腹減った」「帰りたい」「寂しい」
所々から、呻き声に似た呟きを耳にする。
普段は笑顔を絶やさないアサミですら、居た堪れない気持ちから表情を曇らせた。
「先ぱぁい、ど〜しましょ?」
「……」
沈黙。タクマは悩んでいるのだ。
マールスの跡地に残るプレイヤーたちの精神状況は芳しくはない。
開発主要メンバーの捜索を優先するなら、彼らを見過ごすしかないだろう。
しかし、タクマは別の選択をする。
「ちょっと遠回りだが、ここのプレイヤーを救えることができれば、協力してもらえるかもな」
「捜索の人手を〜現地徴用ですかぁ?」
「そういうことだな。昨日のサジの話じゃあ、活動しているプレイヤーもかなりいるだろ? この広い火星を俺たちだけで捜索しても、埒があかねぇ」
タクマの言葉にアサミは笑顔で頷いた。
「そうですねぇ! 困ってる人を〜助けるのもぉ、わたしたちの仕事ですもんねぇ〜」
「どっちかっていうと、それはガチで捜査二課だけどな」
「いいじゃぁないですかぁ〜? 同じ警察ですも〜ん」
「まぁな、後はどうすれば救えるかだな……」
タクマは再び悩みながら、崖下の造船所へ歩いていく。
タクマたちが造船所内にやってくると、待ちわびていたようにサジから声がかかる。
「お待たせ! 一通り完成したよ」
製作を終えたサジは、タクマたちに装備品を渡した。
防具には部位があり、頭、胴、腕、腰、脚の五箇所だ。
それぞれに付与された防御力の総合値が、自身の防御力となる。
タクマは、サジから三つの防具を渡され、装備した。
【名:白鉄の軽鎧 種:胴】
【名:白鉄の長靴 種:脚】
【名:鋼の円盾 種:盾】
白鉄の軽鎧は、胴と腰の部位を一体化した作りで、動きやすく防御力も高い。
白鉄の長靴には、防御力以外に俊敏値も付与されており、『聖騎士』の短所を補う効果がある。
両方共、今朝からサジが製作していた防具で、純白のカラーリングに赤い装飾と宝石が散りばめられていた。
「名前はこちらで付けさせてもらったよ。自信作だからね」
嬉しそうに話すサジ。
「良いセンスだな! 気に入ったわ。この盾は?」
「それはタルシス地方のダンジョンで入手したんだけど、僕は盾を装備しないからね。タクマ君に譲るよ」
光沢のある磨き上げた鋼製の盾は、所持している円盾と同一の直径で、扱いやすいサイズだ。
「じゃあ遠慮なく使わせてもらうぜ」
タクマは、それらの装備品を見て口元が綻ぶ。
アサミも既に、サジ製作の装備品に変更している。
タクマはそれを見て、言い表せぬ脱力感に襲われた。
【名:水霊の服 種:胴】
【名:アサミ考案ホットパンツ 種:腰】
「あ〜ん!! めっちゃ可愛いですぅ〜!」
「おい、こら」
アサミは可愛らしい装備に目を輝かせ、大喜びする。が、タクマは即座にアサミの頬をつねりながらツッコミを入れた。
薄い水色に白いリボンを装飾した、チュニック。
「私服か!?」「えぇ〜動きやすいですよぉ」
盛大に太腿を露出した、茶色のホットパンツ。
「防具か!?」「防御力付いてま〜す」
タクマは、アサミの装備を指摘するが、アサミは軽い口調で返し笑う。
すぐ傍では、サジも苦笑している。
「アサミちゃんの希望に沿って製作したけど、防御力はしっかりしてるから」
そのフォローから、サジの優しさが窺えた。
「悪りぃな、このバカが面倒をかけて」
再びアサミの頬をつねりながら、サジに謝罪するタクマ。
「ごめんにゃふぁい」
頬をつねられながら、アサミも謝罪した。
装備を新調したタクマたちは、サジに相談を持ちかける。
「装備の礼をしなくちゃな! なにか俺たちに出来ることはないか?」
サジは、その言葉に一瞬悩むが、すぐに答えは出たようだ。
「この跡地にいるプレイヤーに食事を振る舞いたいんだけど、どうかな?」
仮想現実内では、空腹によって餓死することは無い。
しかしプレイヤーは空腹感や喉の渇きも感じる。そこで、食事を摂ることにより満腹感から精神的な充足を得られるだろう。
これは無気力に沈むプレイヤーを、救うきっかけになるかもしれない。
タクマはそう判断した。
「いいぜ! 手伝うわ」
「やっちゃいましょぉ〜!」
タクマとアサミは、サジの提案に乗ることにした。
5.2
「見つけたぜ」
タクマはモンスターを視界に捉え、武器を構える。
向こうはまだ気づいていない。
【名:ランディア 種:小型角獣 LV:8】
ランディアは鹿の体躯に似たモンスターで、枝分かれした角が特徴だ。その角を捻じ込むように突進してくる姿は、プレイヤーの恐怖を煽る。
タクマは、ランディアの背後に回り仕掛けた。
ランディアに向かって飛び出し、右手の片手斧を振り下ろす。
「先手必勝!」
一撃では仕留められないが、続けて後方に待機するサジが弓を射る。
「キャウッ!」
矢はランディアの首を突き抜け、短い悲鳴と共に絶命させた。
その悲鳴を聞きつけ、新たに二頭のランディアが現れる。
「先ぱぁい、右に二頭で〜す」
「はいよ!」
アサミの言葉を聞き、タクマは右側に現れた二頭へ駆け出す。
ランディアたちの視線は、後方のサジとアサミに向けられている。モンスターの狙いは後衛の二人だろう。
タクマは『聖騎士』の特殊技、『プロヴォーク』を発動する。
『プロヴォーク』は一定時間、周囲のモンスターの敵対心を自分に集中させる技だ。
これを受け、ランディアたちは強制的にタクマへと突進し出す。
「分断するよ!片方はこっちで」
サジは、タクマへと向かうランディアの片方に対し矢を放つ。
前脚を射抜かれ、動きが停滞したランディアにアサミが詰め寄る。
タクマは、突進してきた一頭のランディアを盾で受け、そのまま押し返した。押し返した勢いを殺さずに、前へと踏み出し斧を振るう。
「キャキャゥ!」
さらに、タクマは左手の盾でランディアの頭頂部に追撃を加え、息の根を止める。
前脚を射抜かれたランディアは、敵対心をタクマに向けたまま、側面からアサミの杖に殴打されていた。
武器種毎に習得できる特殊技『杖技』の一つ、『巨木の槌』による殴打には、対象を麻痺させる効果がある。
ランディアは麻痺の効果で身体を動かせず、反撃も逃げることもできぬまま、サジの放つ矢に頭部を撃ち抜かれた。
そうして、二頭のランディアは朽ち果て霧散する。
戦闘が終了し、タクマたちは一息ついた。
マールスの跡地から海岸沿いを南東に進むと、白い砂浜は終わりを迎え、緑の草木が生い茂る草原へと辿り着く。
この辺りは、先程のランディアが数多く生息しているため、素材アイテムの『鹿肉』を効率よく収集できる。
タクマとアサミ、サジの三名はパーティーを結成し、『鹿肉』を集めにここへやって来ていた。
サジの職業『吟遊詩人』は、分類『アタッカー』の一種だ。後方からの弓矢による遠距離攻撃と、様々な効果を付与する特殊技『歌声』を持つ。
先程の戦闘でも特殊技『歌声』の一つ、『戦乙女の唄』を発動し、パーティー全員に攻撃力と防御力の上昇を付与していた。
「サジ、鹿肉の数はどうよ?」
「かなり確保できたね。道中、野草や果物も手に入ったし」
タクマとサジはメニューウィンドウを開き、アイテムの欄を確認しながら話す。
マールスの跡地には、百人以上のプレイヤーがいる。
彼らに数日間、食事を振る舞うには鹿肉が大量に必要なため、タクマたちは日が沈み始めるこの時間まで、ランディアを狩り続けていた。
「サジさぁん、あそこって〜なんですかぁ?」
アサミが指差す方には、遺跡が見える。
アサミが指差す草原の先に、夕陽に照らされ火星の赤い土と共に朱色に染まる遺跡。
崩れた石壁や石柱が無数に転がり、建物としての原型は留めていない。
「あれは『モノ遺跡』だね。テラフォーミング以前から火星に存在するって設定だよ」
「遺跡には何かあるのか?」
「実際には地下迷宮のダンジョンになってるね」
「先ぱぁい〜」
タクマとサジが話をしていると、アサミが呼びかけてくる。
「誰かいますよぉ〜」
遺跡の前には、一人のプレイヤーが立っていた。
5.3
タクマたちは、草原を抜け遺跡を訪れた。
そこには、黒の軽鎧を身に付け、首元に同じく黒のスカーフを巻いたプレイヤーが佇んでいる。
「君、どうかしたのかい?」
サジが声をかけると、佇んでいたプレイヤーは振り返り、タクマたちへと視線を運ぶ。
黒髪に切れ長の目をした青年。アバターの外見から、二十歳くらいだろうか。身長は決して高くはないが、引き締まった身体をしている。
印象的なのは、その装備であった。
軽鎧、首元のスカーフ、ブーツや指先の出ているフィンガーグローブ、それら全てが黒色に統一されている。
そして、腰の左右には剣を携えていた。
「ここの迷宮に欲しいものがある。あんたらも迷宮攻略か?」
青年は無愛想に質問すると、タクマたちの返事を待った。
「悪りぃけど、ここに来るのは初めてだな。サジは?」
タクマはそう答え、サジに話を振る。
「僕は来たことがあるんだけど、君の欲しいものって『転移石』?」
「そうだ、だが一人では厳しい。協力してくれないか?」
青年は、タクマたちに協力を求めてきた。
現実なら、初対面の人間に頼み事などしないだろう。
仮想現実内での、プレイヤー同士の接触だからこそだ。
そこでサジは、タクマとアサミに遺跡ダンジョンの概要を説明し始めた。
モノ遺跡は、地下に広がるダンジョンだ。
内部は迷宮と化していて、多種多様なモンスターが出現する。
また、ダンジョンにはボスと称されるモンスターが配置されており、それを倒さなければ希少なアイテムは入手できない。
「迷宮の攻略難易度は高くないけど、ボスが強くてね。以前、来た時はボスを倒せずにアイテム入手を断念したんだ」
苦笑いを浮かべるサジ。
「なるほどな。お前の欲しい『転移石』ってのはなんだ?」
「『転移石』を知らないのか?」
タクマの質問に、青年は不可解そうな顔をした。
「『転移石』は、プレイヤーが都市や町を移動するのに使用するアイテムだよ」
サジの説明によると、一度でも訪ねたことがある都市や町に一瞬で転移することができるアイテムらしい。
「二人さえ良ければ、僕は彼に協力したいと思う。『転移石』は、いずれ必要になるし」
「先ぱぁい、そのアイテムって〜わたしたちも必要になりますよねぇ?」
「そりゃそうだな。この先、あちこち聞いて回るわけだし」
サジの提案もあり、タクマたちは青年に協力することにした。
青年をパーティーに加え、ダンジョン攻略の準備を始める。
メニューウィンドウから、パーティーメンバーの確認をするタクマ。
【名:タクマ 職:聖騎士 LV:13】
【名:アサミ 職:治癒者 LV:13】
【名:サジ 職:吟遊詩人 LV:29】
【名:シン 職:遊撃戦士 LV:27】
「俺はシン。『遊撃戦士』だ」
シンは手短に自己紹介を済ませる。
「アサミで〜す。よろしくぅ」
「俺はタクマだ。そこのアサミと俺は初心者だが、よろしく頼むわ」
「僕はサジ。職業は『吟遊詩人』だよ。よろしくね」
タクマの自己紹介を聞いて、シンの表情にわずかな変化があった。
「初心者だと?」
聞き返してきたのは、やはりその部分だ。
「信じ難いかもしれないけど、タクマ君とアサミちゃんは昨日ログインして来たんだよ」
サジの言葉を受け、シンは訝しむ。
「まぁ〜、いろいろ訳ありなんですよぉ」
アサミはいつもの笑顔で応じるが、シンの不信感は手に取る様にわかる。
「歩きながら話すさ」
タクマはそう言うと、遺跡に向かって歩き出す。