Chapter2⑥
6.1
時刻は午後の三時を回り、マールスの跡地ではアサミたちによるイベント攻略が始まろうとしていた。
「名付けて〜マールスぼ〜えい戦!」
「そのままだけどね」
元気良く声を上げるアサミに、凛はツッコミを入れる。
跡地の南側、居住用建築物の廃墟が建て並ぶ区画。そこは、このイベント攻略戦における最前線となるだろう場所だ。
アサミと凛はそこから更に南、跡地の入り口に押し寄せているモンスターの大群を眺めていた。
「来たよ、アサミ」
「りょ〜かい。まずはぁ『視察』!」
アサミが発動した『視察』とは、治癒者の『防衛』特殊技の一つだ。
視界に映るプレイヤーやモンスターのデータを垣間見る能力。その有効範囲は、通常のプレイヤーの五倍にもなる。
押し寄せるモンスターたちのデータが、アサミの視界いっぱいに表示された。
【名:ウォルフ 種:小型牙獣 LV:10】
タクマがログインした時に交戦した狼型モンスター。
【名:ランディア 種:小型角獣 LV:12】
鹿肉採取のためアサミも狩ったことのある鹿型モンスター。
【名:ワイルドボア 種:小型牙獣 LV:10】
猪型のモンスターで直線的な動きしかしない、討伐が容易な類の敵である。
現在、視認できるのはこの三種だ。しかし、その数は圧倒的で軽く見積もっても七十は超える。
「ふぇ〜。まるでぇサファリパークみたいだねぇ」
アサミは呑気に言い放ち焦りを全く感じさせないが、隣に立つ凛の表情は険しく怯えの色すら伺えた。
「データ見れた?」
「うん〜大丈夫ぅ! 始めよっか〜」
アサミは凛の質問に答え、左手を高々と挙げた。
次の瞬間、アサミたちの後方から幾つもの炎の帯が打ち上がる。
二十本程の炎の帯はアサミたちを飛び越え、緩やかな放物線を描きモンスターの大群へと向かっていく。
「ど〜ん!」
アサミのかけ声と同時に、炎の帯は一斉にモンスターに降り注ぎ、辺り一面を火の海と化した。
アタッカー職の魔術士による、一斉魔法攻撃。
放たれた炎の帯は、初期の攻撃魔法『フランメモーア』。
炎の帯は指定された地点へと落下し、燃え広がる。威力こそ低いものの、攻撃範囲が広く持続時間が長いのが特徴だ。
跡地の入り口は燃え盛る炎で埋め尽くされ、直撃したモンスターは焼け焦げていく。
進むことも退くこともできずに炎に焼かれ、やがて霧散していった。
廃墟の後方に控える魔術士部隊を統率するのは、チナッチェだ。
開戦の合図とも言える一斉魔法攻撃を放った後、チナッチェは横二列に並ぶプレイヤーたちに指示を出す。
「はーい! 一射目オッケーです。二射目の準備に入ってくださーい!」
先程『フランメモーア』を放ったプレイヤーたちは、後ろに並ぶプレイヤーたちと入れ替わり再使用時間のリセットを待つ。
後列から前列へと歩みでたプレイヤーたちは、『フランメモーア』の二射目詠唱を始める。
「跡地には入れてあげないんだから!」
チナッチェは笑みを浮かべ、魔術士部隊に二射目の合図を出した。
再び放たれた二十本程の炎の帯は、またも緩やかに放物線を描き、跡地の入り口へと降り注ぐ。
二射目ともなるとモンスターは直撃を避けて、跡地の入り口から左右へと散開する。
「アサミ! 分断したよ!」
「凛ちゃんはぁ左翼へ伝達お願い〜」
アサミはそう言うと、右側の廃墟へと駆け出した。
炎を避け左右へと広がるモンスターの群れは、崩れた石壁や木造の柵を乗り越え、跡地へと侵入を試みる。
しかし、それこそがアサミの狙いだ。
跡地の入り口を塞ぎ、左右に分断したモンスターの群れを各個撃破するため、無数に並ぶ廃墟にはプレイヤーたちが身を潜めていた。
モンスターの侵入を拒むかのように、廃墟に身を潜めていたプレイヤーたちは立ち上がり応戦する。
近接戦闘を得意とするタンク職の聖騎士と武芸者、アタッカー職の遊撃戦士。
これらで編成された部隊は、右翼左翼共に十六人ずつ配置されていた。
「モンスターを入れさせるなよ!」
「きっちり叩かせてもらうぜ!」
各陣営から強気な声が上がり、モンスターの殲滅が始まる。
タンク職が敵対心を制御して、モンスターを廃墟の手前で釘付けにし、遊撃戦士がダメージを与えていく。
更に後方には、ヒーラー職の治癒者と召喚士が複数待機しており、前衛たちの回復を怠らない。
「アサミちゃんの狙い通り!」
アインハルトは嬉々とした表情でそう言うと、左右の手に持った鋼の短剣を突き出し、ランディアの首を抉る。
次に、崩れた石壁を乗り越え、突進してくるワイルドボアを見やると左手の短剣を振りかぶり投擲。
「『爆撃刃』!」
投擲された短剣は、一直線にワイルドボアの額へと刺さり爆発する。
短剣の武器種特殊技『爆撃刃』は、投擲した短剣が刺さることにより発動する技だ。
対象に刺さり、その場で高威力の爆発を引き起こす。
ワイルドボアは霧散し、後にはアインハルトが投げた短剣だけが残った。
戦況は圧倒的にプレイヤーたちが有利だ。
左右に分断されたモンスターの群れは着実にその数を減らし、残るは十数体。だが、ここで襲撃イベントは第二フェーズへと移行する。
6.2
跡地南側の居住用建築物の区画。その東側には、二階までの構造が残っている廃墟が幾つかあった。
その廃墟の二階で監視役を担う、治癒者の女性プレイヤーは大きな声で叫ぶ。
「第二波来ました!!」
その声にプレイヤーたちは反応し、第二フェーズの始まりを確認した。
アサミは事前にアインハルトから説明された、襲撃イベントの内容を思い返す。
襲撃イベントは、モンスターの大群による跡地やプレイヤータウンへの侵攻を、プレイヤーたちが協力して撃退するものだ。
このモンスターの勢力は、イベント発生時にランダムで数が増減するのだが、共通していることが一つある。
それはイベント発生から攻略状況に応じて、三段階のフェーズを辿るという点。
第一フェーズは、モンスターのLVは低く設定されており、数が多い。
第二フェーズは、数こそ少ないものの、LVの高いモンスターが現れる。
第三フェーズは、イベントボスの出現。
このボスを討伐することで、襲撃イベントは攻略完了となる。
「予想より早かったかなぁ〜」
アサミは右翼部隊と合流し、新たに出現した第二波のモンスターたちへ視線を向ける。
【名:ハウクス 種:小型鳥類 LV:16】
大きな翼を広げ空から飛来する鷹に似たモンスターは、鋭い鉤爪を剥き出しにしている。
【名:リザードナイト 種:爬虫亜人 LV:20】
先日、タクマとサジが交戦した蜥蜴の頭部に人間と同じ四肢を持つ亜人種モンスターの同族だ。こちらは三日月刀ではなく両手で突撃槍を持っている。
双方合わせて四十体ほど。モンスターのLVも高く、特に亜人種は跡地のプレイヤーには荷が重い相手だ。
だが、アサミにとってはこれも想定内である。
跡地のプレイヤーの平均LVを遥かに上回る亜人種に対し、アサミは次の作戦に移った。
「アインく〜ん! 第二波、亜人種いるから〜あっちの作戦でいくよぉ」
「オッケーっす!」
アサミの報告にアインハルトは返事をすると、右翼部隊へと指示を出す。
「みなさーん! 噂の亜人種来たっす。上空にはハウクスも見えるんで、例の作戦に切り替えましょ!」
右翼部隊のプレイヤーたちは、アインハルトの指示に応じて行動を開始した。
一方、左翼部隊も第一波のモンスターを殲滅し、第二波の対応に動き出している。
左翼に展開するプレイヤーたちを統率する凛は、アサミの作戦通り飛行型モンスターへと狙いを絞っていた。
「ハウクスの敵対心を奪取! 後退しますよ!」
凛の的確な指示に左翼部隊の前衛たちは従い、飛来するハウクスたちの敵対心をコントロールしていく。
第二波に対する左翼部隊の役目は、敵の主力から周囲の敵を剥がすことだ。この場合、敵の主力はリザードナイト。剥がしたい周囲の敵はハウクスである。
右翼部隊がリザードナイトの討伐に集中できるように、左翼部隊は上空に現れたハウクスたちを引き寄せていく。
「空から来るなら跡地に入られるのは仕方がないこと……。でも! 来るからには撃ち落とすわ!」
凛の覚悟の叫び。それに呼応したかのように、後方に並び建つ廃墟の二階から新手の部隊が攻撃を開始する。
「いくぞ! 撃て撃て!」
「手を緩めるなよ! 一匹も漏らすな!」
引き寄せ侵入してきたハウクスに対し、一斉に矢が放たれた。
左翼部隊の最後方、殿を務めるは吟遊詩人部隊だ。
吟遊詩人のプレイヤーたちは、特殊技『戦乙女の唄』を奏でながら弓を射り、絶え間なく放たれる矢の雨にハウクスたちは身を晒し、その翼を撃ち抜かれ落下していく。
それを待ち受ける左翼部隊の前衛たちは、翼を撃たれ落下するハウクスたちに自身の武器を振るった。
次々とHPを削り取られ、霧散していくハウクス。
「よし、大丈夫そうね。……ジョグさん! ここをお願いします、私は右翼に合流します!」
「おう! 任せろ!」
凛は、ハウクスと交戦する聖騎士の男性プレイヤーに後事を託し、右翼側へと駆け出した。
アサミは左翼部隊に引き寄せられるハウクスたちを見やり、視線を跡地の入り口へと戻す。
跡地の入り口の炎は既に消え去り、焼け焦げた効果演出を大地に映し出していた。
その先からゆっくりと侵攻するリザードナイトの群れは、薄気味悪い声を上げながら、特徴的な長い舌を出している。
「さぁて〜トカゲ退治といきましょ〜!」
アサミがそう言うと、右翼部隊のプレイヤーたちは一斉に駆け出すが、その進行方向は正面の跡地の入り口ではなく背後だ。後方の廃墟が建ち並ぶ方へと、右翼部隊は走り出す。
リザードナイトたちは、その動きを捉え同様に駆け出した。
崩れた石壁を乗り越え、飛び跳ねるように瓦礫を躱し、プレイヤーを追い詰めていく。
「はっや!! 何あれ? 嘘でしょ!?」
「なんかぁトカゲっていうより〜カエルぅ?」
リザードナイトの身のこなしに、目を見開き驚くアインハルト。
彼と共に走るアサミは、その姿に跳ね回るカエルを連想していた。
「呑気なこと言ってる場合じゃなくない!? あんなに速いんじゃすぐに追いつかれるっしょ!?」
焦るアインハルトにアサミは笑って答える。
「じゃ〜わたしが時間稼ぐね〜」
リザードナイトへと向き直り、足を止めるアサミ。
「せぇ〜の〜……『固縛する蔓』!」
先頭を駆けるリザードナイトを標的に大地から蔓が伸び、その四肢を捕らえていく。そうして、身動きを取れずに急制動させられたリザードナイトに、後方から飛び跳ねる別のリザードナイトが衝突する。
アサミは即座に『ダメージ障壁』を自身へ付与し、杖を構えた。
「『巨木の槌』!」
更に押し寄せるリザードナイトの群れ、その一体に『杖技』を発動し殴打すると、すぐにその場を飛び退く。
リザードナイトの一体は麻痺し、その場に仰向けで倒れる。
他のリザードナイトが突き出す突撃槍を見事に躱しながら、アサミは廃墟の一つへと逃げ込んだ。
「アサミちゃん…………」
時間を稼ぐため、一人飛び出したアサミを心配するアインハルトだが、立ち止まっている余裕はない。彼はそれを理解し、再び駆け出す。
アサミが逃げ込んだ廃墟。しかし、それは逃げ込んだのではなく誘い込んだのだ。
十数体のリザードナイトたちもその廃墟へと突入していく。
アインハルトはそれを確認すると、後方に待機するチナッチェたち魔術士部隊へと右手で合図を送る。
右翼部隊のプレイヤーたちは散開し、既に廃墟を取り囲むように配置されていた。
「アイン、チナ!」
廃墟周辺へと駆け寄ったのは凛だ。
左翼部隊の戦闘を指揮し、戦況が有利となった今、彼女も右翼側へとやってきた。
「凛さん! アサミ姉が敵の群れを誘い込んだよ!」
「仕上げといこうか!」
チナッチェとアインハルトの言葉に凛も頷く。
廃墟内へとリザードナイトを誘い込み、防戦に徹するアサミだが、治癒者のHPと防御力では長くは保たないだろう。
リザードナイトの群れに囲まれ、突撃槍の切っ先を向けられたアサミは、廃墟の外へと視線を向ける。
ーー瞬間、外に待機するアインハルトと眼が合う。
準備が整ったのだろう。それを察知したアサミは、再び自身へと『ダメージ障壁』を付与し、左手を高々と空へ差し出す。
「バイバイで〜す!」
アサミは悪戯めいた笑みを浮かべ、リザードナイトたちへ別れを告げた。
次の瞬間、朽ち果てた屋根の隙間から次々と炎の帯が降り注ぐ。
廃墟を囲む魔術士部隊の『フランメモーア』が一斉に放たれ、廃墟の中は猛々しく燃え盛る炎の海と化す。
「グゲゲェ!?」「グギャァァァ!」
リザードナイトたちは呻き声を上げ、炎から逃げるように廃墟の壁へと駆け出すと崩れた壁や割れた窓から脱出を試みるが、それは叶わなかった。
「逃がすか! 『シールドバッシュ』!」
「『爆撃刃』! 一匹も出すなよ!!」
廃墟の外に出ようとする敵を右翼部隊の前衛職たちが阻止し、炎の海へと突き返す。
荒れ狂う炎の海に溺れ、逃げようにもプレイヤーたちの攻撃に阻まれ、なす術を失ったリザードナイトたちは朽ち果てる。
一体、また一体と朽ちて霧散していく。
「全部倒し切るまで手を休めないでー!」
チナッチェの指示に従い、再使用時間がリセットされたプレイヤーから順次、『フランメモーア』が放たれていく。
「チナ! アサミは!?」
慌てながら周囲を見渡す凛は、チナッチェへ尋ねる。
しかし、チナッチェが答える前にアサミの声は凛へと届いた。
「ここだよぉ〜!」
廃墟に『フランメモーア』が降り注いだ瞬間、アサミは壁に穿たれた穴から外へと脱出していた。
無論、今もその穴から逃げ出そうとするリザードナイトがいるが、アインハルトによって阻止され壁の内側へと押し戻されている。
「良かった……ほんとに……」
凛の眼には涙が滲む。安堵の息を漏らし、アサミへと駆け寄る。
「えへへ〜、心配かけてごめんねぇ」
アサミのいつも通りの口調を聞き、凛もチナッチェも安心したようだ。
やがて、全てのリザードナイトは朽ち果て霧散する。
後に残るのは、焼け焦げた廃墟とプレイヤーたちの歓喜の声だった。
6.3
アサミたちがリザードナイトの群れを殲滅し、跡地の入り口へと引き返すとそこにはイベントの第三フェーズ、イベントボスがいる……はずだったが。
「あれぇ? ボスは〜?」
「いないわね……どうなっているの?」
アサミと凛は不可解そうな顔でアインハルトに尋ねる。
「おっかしいなー? βテストの時はたしかに……」
こちらも怪訝そうな顔で周囲に視線を巡らすアインハルト。
「アサミ姉! あれって!? 」
チナッチェが跡地の入り口の先、フィールド上を指差し声を上げた。
フィールドからマールスの跡地へと向かって歩いてくる集団。彼らは、カロッツェ率いるバレンシアファミリーの三番隊だ。
タクマの依頼で神梛の指示に従い、マールスの跡地へ救援に来たのだろう。
跡地の入り口へ辿り着くと、先頭に立つカロッツェはアサミたちに告げた。
「バレンシアファミリーのカロッツェだ。タクマの頼みでな、こちらの手助けに来たんだが……イベントの第三フェーズに突入していたようなので、悪いがボスだけ叩かせてもらった」
跡地のプレイヤーたちは、それを聞き目を輝かせ喜びに声を上げる。
カロッツェたちが持ってきた報らせは、襲撃イベントの攻略成功を示すものだ。同時に戦いの終わりを告げるものだ。
安堵の表情を浮かべ、騒ぎ出すプレイヤーたち。
それを見るカロッツェたち三番隊も共に喜び、笑顔を向けた。
「先ぱぁい……助けてくれたんだぁ〜」
アサミは小さく呟き、いつもの無邪気な笑顔を浮かべる。だが、その眼はいつもとは違った。
彼女なりに気を張り、周囲の者へ不安を感じさせないよう努めていたのだろう。しかし、イベント終了の報と共にタクマの援護があったことを知り、彼女は安堵から涙を浮かべていた。
「終わったー! 完全勝利っす!!」
「ひやひやもしたけど、アサミ姉の作戦のおかけだね!」
「ほんと……もうくたくたよ。特別に肩揉ませてあげるわよ、アイン」
アサミと親しくする三人も、アサミを信じ戦い抜いたことで結束を強くする。
「……いや、あの……俺も疲れたから……ね、凛ちゃん……」
アインハルトの小さな呟きは、跡地に響く歓声にかき消された。